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べサニーは離婚を願う不憫な夫を今夜も愛している  作者: 春風由実


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7/12

6.忘れさせませんわ旦那さま♡


 それから三夜連続で、ベサニーは夫からいつもの言葉を聞けなかった。


 妻を避けているように、夫は深夜遅くまで寝室に戻って来なかったのだ。

 そして──。


「起こしてしまったかい、ベサニー?すまないね。まだ夜だから、おやすみ」


 少々不貞腐れて先にベッドに入って、いつしか眠ってしまったベサニーが気配に目を覚ますと、夫はどの夜もそう言った。

 ベサニーにはそれが、起きてくれるなと言っているようで悲しかった。


 そうしていつもの言葉を聞けずに就寝すること三日が過ぎて、朝のこと。


 ベサニーは目覚めから強烈な不安に襲われていた。

 昨日までとは違って、朝の寝室に夫の姿が見えなかったこともある。



 ──旦那さまは、恐ろしい方ですわ。


 ──離婚してとお願いされない方が、こんなにも不安になるだなんて。



 夫は昨夜も、その前の夜も、さらに前日の夜も。

 ベサニーに何も告げなかったとしても、いつも通り同じ結論を導いていたことだろう。



 ──わたくしは毎夜、夫ではなく自分を安心させてまいりましたのね。


 ──傷付いて苦しんでいる夫を想うのではなく、どこまでも自分のことばかり。わたくし、わたくしが嫌になりましたわ。



 長い夜の間に、夫を慰め、宥め、考えを改めるように導き、そうやって守って来たものは自分の心だったことにベサニーは気が付いてしまった。



 ──賢い方ですもの。とうにわたくしの考えなど、お読みでしたでしょう。



 愛想を尽かされたのではないか。

 ベサニーの抱く不安がますます強まっていく。



 ──もう決めてしまっていたら、どうしましょう?


 ──それにあのお手紙のこともありますわ。



 病を疑われたあの日、ベサニーは皇女から届いた書簡を隠したり妨害したりせずに夫に手渡している。


『旦那さま宛のお手紙ですわ』


 声にはどんな色も乗せず、つんと澄ました顔をして、妻として、次期当主として、その行いが至極当然の振舞いであるようにベサニーは演じた。


 ところが書簡を受け取ったテオドールは、不自然なほど何も言わなかった。

 ただベサニーに着替えて早く横になりなさいと言うばかりだったのだ。


 その夜からだ。

 テオドールが寝室でいつも通りの言葉を告げなくなって、もう三晩も過ぎてしまったのである。


 ベサニーは今、怖くて堪らない。



 ──分かっておりますのよ。あの地を皇女さまが治めていくうえでの、旦那さまの必要性は。



 テオドールは、あの地を長く治めてきた王家唯一の生き残りだ。

 国が消えてもその地の民は残る。

 当初の予定通り皇女とテオドールが結婚し、あの地を統治していくことは、どの立場からも最適解ではないか。



 ──テオさまはもう決めてしまって。だからわたくしを避けていらっしゃるのだわ。



 ベサニーがどんなに憂鬱な気持ちにあろうとも、太陽は優しくなくてどんどん高くなっていく。

 予定は待ってくれないからと、ベサニーが着替えるために侍女を呼ぶ鈴を鳴らそうというときだった。


 トン、トン、トン。


 ベサニーの肩が跳ねる。

 その叩くテンポが、誰のものかをベサニーはよく知っていたから。


 平然を装う間を空けて、ベサニーは言った。


「どうぞ、旦那さま」


「あぁ、起きていたかい。おはよう、ベサニー」


 夫の変わらぬ笑顔が堪らなく憎いと感じたのは、ベサニーが結婚してから今朝がはじめてのことだった。

 それでも淑女らしい微笑を浮かべて、ベサニーも朝の挨拶を返す。


 すると夫は急にいつもとは違うことを言い出した。


「体調はどうかな?良ければ外で朝食を一緒にどうかと思うのだけれど」


「はい?お外でございますか?」



 ──朝から打ち合わせの予定でも入っていたかしら?



 いつもなら二人で食堂に移動して、両親と合流し、家族皆で朝食を取っていた。

 夫が急にそれを変更するならば、仕事であろうとベサニーは思ったのだ。


 そんなべサニーの思考を読んでいたのだろうか。

 テオドールはくすりと笑うと言った。



「今日は一日二人とも休みにして貰った」


「え?お休みですの?」


「仕事は調整済みだから安心して、ベサニー。邸でゆっくり過ごしても良かったのだけれど。義父上たちがせっかくだから二人で出掛けてはどうかと言ってくれてね。色々と教えて貰ったから、良かったら付き合ってくれないか?」


「わたくしは構いませんけれど──」



 テオドールが休暇と決めたなら、仕事の調整は完璧に終えているだろう。

 そう考えたベサニーは、自身の今日の予定を頭に浮かべていくことはやめた。


 しかしそうなると、空いた心の隙間に、するすると今朝からの不安が舞い戻ってくる。



 ──もしかして、お父さまたちとはお話を済ませて?それなら。


 ──今日はわたくしと最後の思い出作りなのだわ。



「残酷な御方ですこと」


「え?なんだい、ベサニー?」


 小さな声でベサニーが零した言葉は、テオドールの耳には届かなった。


「何でもありませんわ。久しぶりのお出掛けですわね。何を着ていったらよろしいかしら?」


 ベサニーは出来るだけ明るい声で言った。


 その自身の声に引っ張られて、本来のベサニーの性質も顔を出す。



 ──わたくしは嫌。離婚なんてしたくないわ。


 ──そうよ、このまま黙ってお気持ちを受け入れるなんてことは、して差し上げませんことよ!



 ベサニーは不安を吹き飛ばそうと強く決意する。



 ──今日がお休みならば、ちょうどよろしいこと。一日で旦那さまを説得してみせますわ!



 ベサニーはぐっと拳を握り締めて奮起した。



 ──もしも。もしもですわよ。どうしても旦那さまのご意思を変えられなかったとして。


 ──わたくしといた時間を楽しかったと思い出してくださらなければ嫌ですわ!


 ──そうよ。わたくし、旦那さまの忘れられない女になってみせましてよ!



 ──いずれにせよ。テオさま、今日はお覚悟なさいませ!






読んでくださいまして、ありがとうございます♡

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