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べサニーは離婚を願う不憫な夫を今夜も愛している  作者: 春風由実


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2/5

1.結婚が決まった日の旦那さま♡


 べサニーは侯爵家当主の一人娘だ。


 順当に行くと将来は当主となる予定だったけれど、べサニーにはそのつもりがなかった。

 そして両親にもべサニーに強く次期当主となることを強要する気がなかった。


 だからべサニーは、まだ幼い頃から叔父の息子である従兄に会うたび伝えてきた。

 どうぞ当主になってくださいな、あなたが当主に相応しいわ、と。


 きっとそれが良くなかったのだ。


 従兄は男爵家の令嬢と結婚した。

 庶民より早く結婚すると言われる貴族にしても、それは早過ぎる結婚だった。

 何せ従兄は、成人したその日に王城の然るべき機関に結婚届を提出していたのだから。


 好きな女性と早く結婚したかったと言われてしまえばそれまでだが、べサニーはそれほどに従兄が当主になりたくなかったのだろうと考える。

 それならそうと言ってくれていたならば、もっと違う策を考えたのにと、べサニーはちょっと悔しく思うのだった。

 今となっては、これで良かったのだと心から思い、笑えるけれど。


 こうしてべサニーは、次期当主に決まった。


 侯爵家を継ぐ候補が他にいないこともなかったが、血統主義のこの国では、当主娘のべサニーを差し置き次期当主になるに相応しい人間が従兄だけだったのだ。

 その従兄も、下位貴族を妻としたことで、べサニーを差し置き当主になる資格を落としてしまう。


 さて、そんなべサニーは当主になる気がなかったおかげで、貴族令嬢としては珍しく成人近くなっても婚約者を決めてはいなかった。

 従兄とは逆向きの方向に狙ってそうしたわけだから、似た者従兄妹だったと言えるだろう。



 まさに重い腰を上げて、覚悟を決めて相手を探そうとべサニーと両親が動き出すタイミングだった。


 王家から縁談の話が急遽舞い込んできたのは──。



 そして出会った未来の夫の顔を、整えられた出会いの場でべサニーが見られた時間は僅かだった。

 王家の設定した初顔合わせの場所に、べサニーと両親が揃って現れるなり、未来の夫は頭を下げてしまったからだ。


「申し訳ございません。此度は私が……我が国が、貴国の王陛下と貴殿らに対し、多大なるご迷惑をお掛けしました」


 未来の夫の謝罪の言葉はそこで止まらず、いつまでも続きそうに思われた。


「あぁ、どうか。貴殿らはこの件を何も気になさらずに、いつも通り健やかに穏やかにお過ごしください。必ずや国の問題にならないように、また貴殿らには一切の迷惑が掛からぬように、私が処理しておきますので。貴殿らは本件をお忘れいただいて構いません。あぁ、いや、お詫びの用意はさせていただきますとも。このように貴国の王陛下には要らぬ手間を掛け、貴殿らにも私などのためにお忙しいなか貴重なお時間を使っていただき──」


 べサニーはこのとき両親を大層に驚かせることをした。


 今思い出してみても自身でも凄いことをしたなと思うべサニーだったけれど、あの時に戻ったら必ずや自分は同じことをするだろうと確信しているために、あの日のことについてはべサニーは後悔や反省の色を持たない。

 むしろ過去の自分の突飛な行いを、べサニーは今や誇っていた。



 ──あのときを逃さなかったわたくし、最高ですわ。


 

 それは自分で自分を褒めるほどに。


 あの日べサニーは、王城の一室、王家の用意した管理人も付き添う場所で、初対面であり、かつまだ挨拶も済ませていなかった他国の王子の発言を遮って、声を掛けたのだ。



「わたくしはお話を受けて嬉しく思いましたのですけれど。王子殿下は、わたくしがお相手ではお嫌でしょうか?」



 あとから両親にどれだけ驚いたかと言われ少々の説教を受けた時間を思い出すと、べサニーは今でもくすりと笑ってしまうのだった。


 なかなか顔を上げてくれず、やっと見られた夫の顔を、べサニーは忘れない。


 目の下に大きなクマを作り、遠目でも分かる乾燥した肌と、こけた頬は痛々しくて。

 その今と異なる顔が、懐かしくて、可哀想で、不憫で、いじらしくて、可愛くて、愛おしくて堪らず。


 何度思い出してもあの日の夫も愛せずにはいられないべサニーだった。


 その大切な思い出に、目のまえで可愛く酔い始めた夫を重ねてみれば──。



「べサニー。信じられるか。相手国の返事を待つどころか、打診もせずにだ。王子を受け取れという酷く一方的で身勝手な内容の書状を持たされた私は、城から放り出され、馬車に詰め込まれ、この国に運ばれたのだよ。無茶な要望には慣れていたつもりだったが。あの長旅の時間は、問題がこの手に余るものではないかと恐ろしかったね──」



 そうして夫が故郷の人間について一通り話し終えたあと、べサニーは言った。



「旦那さまは大変でしたのに。わたくし、故郷の皆さまが旦那さまをこちらへと送ってくださったことには、いつも感謝をしてしまいますのよ。ねぇ、テオさま。わたくしは酷い妻かしら?」



 べサニーが頬を撫でると、夫テオドールは嬉しそうに目を細めて言った。



「この世にべサニーほど素晴らしい妻はいない。あぁ、そうだ。私も彼らに感謝していた。彼らのおかげでこんなにも素晴らしい女性を私の妻に出来たのだから──」



 夫婦の長い夜は今夜もまた刻々と更けていく。

 



読んでくださいまして、ありがとうございます♡

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