12.かつてのすべてをお捨てになられた旦那さま♠♡
「皇女の相手は私でなくていいと考えたのだろう。以前より私ではなく弟を次の王にしたいと願う勢力も増えていた。侍従候補だった彼らも、いつの間にか私の弟と懇意にしていたようでね」
帝国としても、皇女があの国の次期王に嫁げれば、相手はどうでも良かったのだと思われる。
使者は納得し、帝国に戻っていった。
テオドールはそこで王家の終焉を見て、ならばとせめて国だけは存続するよう一王子として帝国と交渉するだけでなく、これまで他国の王族貴族らと築いてきた関係を利用して諸外国にも協力を願うつもりだった。
それは貴族たちを守るためでもあったというのに。
「そこからはあっという間だったよ。貴族たちには、皇女殿下がいらっしゃる前に王子もやめて国を出て行けと言われてしまってね。さすがに王だけは、王族をそのまま放り出してはまずいと思ったのだろう」
王子でなくなった要らない者ではあるが、気に入っている様子だったから婿にでもどうか。
さすがに遠回しな表現を使っていたが、亡国の王がベサニーたちのいるこの国の王に宛てた手紙には、そのようなことが書いてあった。
「幼い頃に、こちらの王陛下に可愛がっていただく機会があった。その頃はまだ両親も共に外交の場に出ていて、父であったあの人は、それを覚えていたのだろう」
他国の王に息子が褒められたとき、その男はよく笑っていたようにテオドールも覚えているが。
当時から自分は嫌われていたのだろうか。
テオドールは答えを知らないし、今となっては確認のしようがない。
こうしてテオドールは、この国に無事辿り着いて、ベサニーと出会った。
「亡国への歩みの仔細は秘されているが、皇女に無礼を働いたのだろう。これに帝国が激怒して、戦うまでもなく、かの国は帝国の領土として吸収、この世から一国の名が消え失せた。これが私の知るすべてだ──」
ここからはベサニーも知る話だった。
怒り狂った帝国の皇子が兵を引き連れかの国に入り、あっという間に国内を制圧、怒らせた原因となった王族と貴族が次々に粛清されていったという話は世に知られたことで、ベサニーも父からよく聞いている。
ベサニーはもう不安を抱いてはいなかったが、どうしても納得出来ていない部分があった。
今ままでのベサニーならば口にはしなかったであろうその疑問も、今のベサニーは簡単に問うことが出来る。
「テオさまは、皇女さまと結婚して再びあの地を治めようとは思いませんでしたの?」
責任感が強いテオドールがあの国を見捨てることが、ベサニーには不思議でならなかったのだ。
「帝国は甘くないよ、ベサニー。義父上にも、くれぐれも深追いはしないようにとお願いしたが。君も気を付けてくれるか?」
ベサニーは夫の肩に身体を預けたまま頷く。
かつては戦争に明け暮れ、領土を急拡大してきた帝国も、この五十年余りは大人しくなったと言われている。
ベサニーだけでなく、昔を知らないベサニーと同世代の多くが、帝国に対して大国としての畏れは抱いていても、それほどに危険な国という認識を持ってはいなかった。
だからベサニーは、テオドールの祖国が併合されてしまったのは、テオドール以外の者たちがあまりに愚かで浅慮であった因果と捉えていたのだ。
しかしテオドールは、現実は違うと言う。
「各国の王族も帝国に関して仕入れた情報については、取り扱いを気を付けているからね。ベサニーが知らないのは仕方のないことだった。私とて、かつて付き合いのあった国の方々から聞いて知ったことだ」
そこでテオドールの声が暗く澱んだ。
「幼い私に帝国には気を付けろと忠言してくれた方々がいた。私はそれを真摯に受け止め、行動を改めなければならなかったのだが──私はそれが出来なかった」
幼いテオドールは、帝国と取引をしなければ問題にはならないと甘く考え、その結果として祖国が帝国に目を付けられてしまった。
「帝国はまず狙った国の王家に、皇族、あるいは自国の貴族との婚姻を提案する。友好の証と言ってね」
「実際にいくつかの国々と婚姻を結んでおりますわね」
よくある国家間の政略結婚ではないか。
ベサニーも今まではそう捉えてきた。
「それらの国のほとんどが、すでに帝国の手に落ちている。帝国が怖ろしいのはね、ベサニー。子が生まれてからだ」
結婚し幾人か子が生まれれば、帝国の血を持たぬ王族は要らぬと急に排除されていき、その国の王家は帝国の血統に塗り替わることになる。
完全な国の乗っ取りであるが、その国の王家が存続しているために、周辺国には何も起きていないように見えるというわけだった。
王家の内情など仔細は外に漏らさないものであるし、実際に起こした事実を隠すことなどは帝国の手に掛かかれば容易いことなのだろう。
「昔の帝国を知るある方が言っていた。完全に滅せず、そこの王家の血を残してやったのだから喜べ。あの帝国ならばそう思っているだろうとね」
「帝国とは、そのように怖ろしい国でしたのね」
「あぁ、そしてこれは王族に留まらない。婚姻を結ぶと、彼らはせっかく縁を繋いだのだからと、その国の貴族や有力者たちにも、帝国の人間との婚姻を勧めていく。その後は──分かるだろう?」
気が付いたときには、国の上層部が帝国の血統に占められて、元の国の血縁者たちは国政に関与出来なくなっているということだ。
それはもはや帝国の属国。
「だから私があの国に留まり、皇女にも何もしなかったとして、私は長く生きられなかっただろう」
テオドールは婚姻を避けようとしていたが。
多くを差し出しても、帝国が完全に諦めることはなかったのではないか。
一度は婚姻を回避出来たとて、外からあらゆる手を使い、まずテオドールが排除されていたかもしれない。
もしやもっと以前からあの国には帝国の手が伸びていて、それでテオドールは追い出された……と思わなくもないが、さすがにテオドールも当時の事実をこれ以上知ることは叶わないし、帝国に関することはテオドールが当事者であるといってもこれ以上は知らない方がいいだろう。
「では、皇女さまからのお手紙は──」
「併合した亡国の領土は、すべて皇女殿下の領地とされたようでね。領主として、私に確認したいことがあると──」
元王族としてあの地に関わることはないと誓え。
子孫累々、未来永劫、変わらぬ誓約を求む。
皇女の書簡にて婉曲されていた表現を素直にまとめるとこうなる。
さらに皇女は、無理ならばこの国の王も交えよく話し合おうという誘いを足した。
まぁ脅しだ。
亡国から逃れた王子をわざわざ拾ってくれた王国に、まさか迷惑を掛ける気ではないな?と皇女は言いたいのである。
ただしこの国は、そこそこに大きな国であるからには、帝国の力もすぐには及ばないだろう。
「ベサニー。私は皇女と誓約を交わす」
ベサニーは頷く。
テオドールがそう答えを導いたのであれば、ベサニーに意見はない。
なのにテオドールは妻に問う。
「だから君には改めて問いたい。私たちの子孫がもうあの国に関わることは出来なくなる。関わろうという意思を少しでも見せるだけで、子孫には危険が及ぶだろう。いいや、何の意思を示さなくとも、狙われ続けることになるかもしれない。その危険は、君にまで及ぶ可能性がある」
ベサニーは次期侯爵だ。
さすがに帝国も妻には手を出して来ないだろうと、テオドールは想定しているが……絶対はない。
幼い頃には想像もしなくとも、現実に国は消えてしまったのだから。
「私は本当に無価値な、以前王子であっただけの男になるばかりか、いるだけで迷惑を掛け続ける存在となった。侯爵の伴侶として考えても、私は君に相応しい男ではない」
自国の王が許したのだから、テオドールが侯爵の夫であることに、公的には不服を唱えるものはないだろう。
それでも影でベサニーを中傷する者は必ずや現れる。
この国で高位貴族家の当主の伴侶は、高位貴族以上の出自であることが条件だからだ。
どこまで苦労を掛けるかと考えると、テオドールは婚姻を続けない方がいいという結論に至ってしまう。
それでも──テオドールは今日も握る妻の手を離せない。
「こんな情けなくも役に立たない私と、ベサニーはまだ夫婦でありたいと言ってくれるだろうか──?」
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