11.王太子から降ろされた旦那さま♡♠
「いつものように並んでお話がしたいですわ、旦那さま」
ベサニーの一言で、二人は別荘の建物を出て、湖の近くへと移動した。
今朝は夫がどうしてベサニーをこの別荘地に連れて来たか。
ベサニーはもう理解出来ている。
少し歩いたあと、二人は湖を望むベンチに並び座った。
ベンチにはふかふかのシートが敷かれ、クッションと大判のひざ掛けが置いてあった。
ベサニーたちが使うと見込んで、管理人夫妻が用意してくれたのだろう。
ベサニーはひざ掛けを夫と二人で使うことにした。
「静かでいいところだね、ベサニー」
「えぇ、お気に入りの場所ですの。またこちらにご一緒してくださる?」
「私からお願いしようと思っていたのに、先に言われてしまったな。だけど次の話は当分先になると思うよ、ベサニー」
「そんなに仕事が立て込んでいたかしら?」
「そうではなくてね。義父上たちが、しばらくは二人でゆっくりしてきなさいと言ってくれた」
「まぁ、お父さまが?」
「あぁ。というわけで。お言葉に甘えて休暇をいただき、ここで二人で過ごさないか、ベサニー。結婚する前も、してからも、君はずっと忙しくしてきただろう?」
「一番に忙しく働いてきたのは、テオさまでしてよ。もう少し仕事の量を抑えてくださいませ。わたくしの仕事がなくなっては困りましてよ」
「困らせてすまなかったね、ベサニー。白状すると、それも君に甘えてのことだった」
「まぁ、テオさまは、妻に甘えるとより働き者になりますの?」
テオドールが眉を下げ照れたように微笑む顔を見ていたら、ベサニーは夫をもっと可愛がりたくなって、夫の方へと身体を傾けた。
それに対するテオドールのお返しは、ひざ掛けに隠して繋いでいた手の甲を指の腹で撫でることだった。
「君が仕事をするなと怒ってくれることが嬉しくてね。祖国では誰も仕事をする私を止める者はいなかったから」
テオドールはさらに付け足した。
「嫌がらせで仕事の邪魔をする者ならば、嫌というほどに居たのだけれどね。本当に困った人たちだった──」
ベサニーもまた繋ぐテオドールの手の甲を指先で撫でていると、二人の手は指と指を絡める繋ぎ方に変わった。
「最初に間違えたのは私だったのだよ、ベサニー。だから亡国に導いた責任は、私にあると思っている」
そんなことはありませんわ、とベサニーが簡単に口にすることは出来なかった。
何も言えないベサニーに言葉を求めず、テオドールは先を語る。
「目立ってはならなかった。私は急ぎ過ぎたのだ」
テオドールは国をより豊かにするためにと、外交に携わるようになると、熱心に自国の資源と産業を売り込んでいった。
幼い王子が外交の場で前に出て来たことは、確かに諸国との交渉の強みになっていたから、子どもだからと相手が甘く見てくれる今のうちにとテオドールは焦り過ぎた。
それは確かにその国に大きな利益をもたらしていったのだけれど。
帝国があの国に残していた豊かな資源に目を付けてしまった。
あの国を出る少し前のテオドールが、身内からの無茶な要望に応え、貴族たちの横暴な指示に従ってしまったのは、帝国の件で強い責任を感じていたせいもあっただろう。
重過ぎる罪悪感に押し潰されて、テオドールはもう彼らに抵抗する気力というものを完全に失っていた。
「追い出されたあの日、ほっとした自分を私は酷く軽蔑したね。これで責任を取ったことになるだろうか。これで私はもうあの国の誰にも責められることはないだろうかと──」
テオドールは、発言を躊躇うような間を挟んだが、やがて自分から言った。
「私はさらに願っていた。恥ずかしく、最低なことを──。貴国、いや、もう君と私の国となったこの国の、王陛下も、他の王族の皆様も、貴族たちも、そして民も。どうか皆で激怒して私の首を刎ねてくれ。馬車での移動中に私はずっとそのようなことを祈っていた」
言葉は飲み込めたベサニーだったが、くっと小さく喉を鳴らしてしまった。
「過去の話だから。どうか泣かないで、ベサニー。それに私は……最低な男だから」
夫にそう言われても。
両の瞳から結婚前より溜め込んできたものが溢れ出ることを、ベサニーは止められない。
それは出会ったあの日から、ベサニーがずっとずっとずっと感じてきた不安の根源。
テオドールにはいつも、突然ふっと消えてしまうような儚い影が付きまとっていたから。
「責任を取るより、君の隣を譲りたくないという気持ちが勝った。一国を滅ぼしておきながら、自分の欲を優先し、責任を放棄して生きながらえようとする。それが王子として生まれた意味も失くした、価値のない男の本質だった。ベサニーは私がこんな最低な男と知って──」
耐えきれず、ベサニーは夫の言葉を遮る。
「わたくしは、亡国の責任を放棄して、わたくしの隣を選ぶ夫を、心からお慕いする女でしてよ?テオさまは、わたくしの本質を知って、お嫌いになりますの?」
触れた肩が擦れて、ベサニーは心までくすぐったかった。
しばらく二人でそうしていたけれど、今度はベサニーから問い掛ける。
「皇女さまとは、親しくされておりましたの?」
「いいや。実は私は皇女殿下を知らないのだよ」
ベサニーはこれには驚いてしまった。
テオドールに皇女との結婚の話があったことは知っていたからである。
「あぁ、確かに当初は私と結婚したいという話が来ていた。だが私は皇女殿下とお会いすることなく、国を出ることになってね」
「テオさまは、お断りするおつもりでしたのね?」
「そうだね。私は断ろうと考えていた。そこで終わった」
実際に断ることが出来ていたかどうかは怪しいが、テオドールはなんとか交渉して、結婚を回避しようと動く予定だった。
「良い返事を得るまで帰らぬと言って居座る帝国の使者と、三度目の面会をする前日のことだったよ」
穏便に使者を返すには、手土産が多く必要だった。
テオドールは、王太子としてあらゆる手札を使い、結婚を避けようと交渉している途中であったというのに。
「貴族たちは何故か皇女を受け入れたがっていた。そしてもちろん、私の侍従候補だった彼らも同様にね。いくら私が現実を説明しても、彼らはおかしな夢から覚めようとしない。だから私もつい言ってしまったのだよ。最も熱心に語っていた侍従候補の一人に、『お前は馬鹿か』ってね」
テオドールはその先をとても言いにくそうにしていたが、ベサニーが「教えてくださいまし」と強く願うと、テオドールにしては珍しくぼそぼそと歯切れ悪く彼らの見た夢の内容を説明していった。
「つまりね、帝国の皇女と言っても──若い女性だからと。そう──彼らは、嫁いでしまえばこちらのものと。少し──怖い想いをさせるなりしてね───好きに言うことを聞かせられる。そんな甘い考えを持っていたのだよ」
テオドールがあえて口にしなかったことが多くあることは、ベサニーにも分かった。
せっかく夫が濁してくれたことだから、具体的には想像せずにおいたベサニーだったけれど。
きっとそれは呆れるくらいにお粗末で、程度の低い計略だったに違いない。
「馬鹿かと告げたあと、彼らはまだ何か騒いでいたけれど。私は仕事に忙しく、翌日に使者と会う準備もあったからね。構わずにいれば、いつの間にか部屋から消えていて。それで──」
仕事に追われたテオドールは眠らずに朝を迎えた。
日が昇り、しばらく経つと、部屋に騎士が走り込んできて、父王が呼んでいると言う。
使者から何か要求があったのではないか。
テオドールは急いで身なりを整え部屋を出て、王の間に向かったのだけれど。
そこで──。
「私は王太子を降ろされ、弟が王太子に立つことになった」
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