9.孤立していく嫌われ者の王子さま♠
「貴族たちが私を良く思わないことは、はじめから気が付いていた。信じられるか、ベサニー?あの頃の私は、王族として働く者は皆そのように悪意を持たれるものだと思っていたし、貴族からの悪意を受け止めることが王子の責務とまで考えていた。笑えるだろう?」
その国は、貴族の権限が大きかった。
貴族が貿易で得る利益が、国政費用の大部分を支えていたからである。
あとでテオドールが手を加えるまでは、貴族なしではとても王家は存続できない状況だった。
そんな力関係があったから、今までの王は貴族たちの求めにただ従って来た。
よく学んでいたテオドールとて、貴族たちを蔑ろにする意識は持たず。
ただテオドールが幼過ぎただけの話なのだ。
貴族からの意見を、はいはいと承諾していれば良かったのだろうが。
疑問は問い、間違いは指摘して、改善策を提示した。
それはテオドールが善意からしたことだったのだが。
これが貴族たちに不快と不安を与えたのだろう。
貴族たちはテオドールと会うと、まだ子どもである王子相手に嫌悪感を隠さなくなっていく。
そんな貴族たちも王家の臣下である意識は持っていたようで、表立っては王に対して第一王子であるテオドールを排除せよと進言するような貴族は、さすがにテオドールが幼いうちは現れなかった。
しかし彼らが嫌悪感を示すだけで何もしなかったのかといえばそうではなく。
会えば遠回しの嫌味三昧で幼いうちに心を折ろうとしたし、悪い者ではテオドールに渡る書類に虚偽の報告を紛れ込ませたり、テオドールの決定が失敗となるように領地で暗躍したりと、貴族たちはテオドールの足を引っ張り続けた。
そんな彼らの思惑は、悉く失敗に終わっていく。
テオドールは賢く、彼らの嫌味なんかは軽くあしらえてしまえたし、どんな悪事も誰より早くに気付いて事が大きくなる前にすべて対処してしまった。
そのうえ少し成長しテオドールが外交までも担うようになると。
テオドールは貴族を通さず、国を、王家を、潤す事業を始めていく。
彼らはいよいよ恐ろしくなったのだろう。
しかし自分が動いてはより賢く成長したテオドールに、かえってやり返されることを彼らは恐れた。
確かにテオドールは、やり過ぎた貴族を複数名、正しい方法で正しく罰した。
テオドールとしては単に間違った者に相応しい罰を与えただけであったが、彼らはそれを粛清と受け取ったようである。
自分が動いて失脚するのは怖い。
ならばと使ったのが子どもだった。
将来の側近候補として、あるいは将来の妃候補として、テオドールの元には同年代の貴族の子どもたちが幾人も送り込まれた。
それは将来を考えればとても自然なことで、当時のテオドールにも拒絶する理由がない。
親の思想をたっぷりと受け継いだ子どもたちは、大人とは違って、テオドールに対し分かりやすい敵意を向けてきた。
しかしそれも最初は悪口を言って来るくらいの、テオドールが言うところの子どもらしい可愛いものだったのだ。
そんな彼らは、テオドールと共に成長し、少しずつ悪い方に変わっていく。
それは彼らが長時間テオドールの側にいた弊害とも言えようか。
彼らは親である貴族たちが見なかった普段の王と王妃の姿を目の当たりにする機会を多く得た。
王も王妃も貴族といっても相手は子どもだからと油断したのだろう。
彼らの前で、テオドールに対するいつも通りの態度を示してしまった。
「親にも好かれぬ無価値な王子のくせに。彼らはよくそう言っていたな」
王と王妃に嫌われている王子には、何をしても大丈夫だと思ったのだろうか。
彼らはまた、成長してもテオドールとの間にある埋められぬどころか広がる一方だった能力の差に、様々な負の感情を抱いていたに違いない。
そのうえテオドールには、彼らの相手を長くしている暇がなかった。それも彼らは気に入らなかったようだ。
いつでもテオドールを口悪く罵るようになった彼らは、それだけでは足りないと、はじめた嫌がらせは徐々に激しくなっていき──。
王城の使用人にテオドールが自身で食事を拒否したと告げて、テオドールが食事を取らせないことなどは日常茶飯事だった。
稽古と称し、複数人でテオドールを痛めつける日も一度や二度のことではない。
令嬢たちはあえて稽古の後に茶の席を設定し、口内を怪我したテオドールに熱い紅茶を飲ませるようなことをした。
『大事な側近である私たちの相手も出来ぬほど忙しいのだから、食事を取る暇なんかありませんよね』
『王たるもの文武両道ですよ。それほど弱くて将来王になれるとお思いか?』
『まぁ、王太子ですのに。そのように情けないお姿をお見せになって。そんなことでは誰も妃になりたいと思ってくれませんことよ。ねぇ、皆さま?』
もっと酷いときには、やっと食事にありつけたと思わせたところに毒を用いて──。
十日も寝込み、国政が回らなくなったことで、側近候補であるのに仕事が出来ないと知られることを恐れた彼らは、もう二度と同じ手を使わなかったことだけは、テオドールは有難く思っている。
しかしこの件に関しては、テオドールはベサニーの前では口にしなかった。優しい妻は泣くから。
テオドールは妻を見詰め、肩を竦めて笑う。
「最後の方は、どちらが王子で家臣か分からないようだったね。何故彼らを罰しなかったのかと、ベサニーも思うだろう?」
前に座る愛しい妻は、潤んだ瞳でテオドールを見詰め、その両手を見えるところで握り締めていた。
「あの頃の私は、それを考えられないほどに疲れていた。食事もままならず、眠る時間も取れず、忙しいのに邪魔をされ痛めつけられて。真面な思考が働いていなかったのだろう。そうと気付けたことも──」
テオドールは、一段と柔らかく微笑み、出来る限りの優しく甘い声を出す。
もう自分は大丈夫であると、優しい妻に安心して欲しかったから。
「ベサニー。すべては君のおかげだった。君はいつも昼には私の知らなかった当たり前を教えてくれたね。そして夜にはどんなに情けない私も甘やかしてくれた」
妻の瞳から雫が零れる。
テオドールは伸ばし掛けた手を引いて、頭を下げた。
「すまなかった、ベサニー。私は毎夜君に甘え、自分のことばかり考え、君を繰り返し傷付けてきた。こんな私が夫で、本当に申し訳ない」
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