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二度目の人生では妃候補になりません  作者: 秋月 もみじ


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第22話 王宮の鑑定卓


王宮の鑑定卓へ置かれた薬杯を見ても、今日は逃げたいとは思わなかった。


思わなかった、というのは少し見栄だった。王妃府へ続く回廊を歩く間、靴音が石壁へ返るたびに喉が乾いた。隣を歩くノエルの歩幅が速すぎないことにも、前方でアマーリエが一度ずつ扉を開けて待ってくれることにも、私は気づかないふりをして頼っていた。


それでも、足は止まらなかった。


鑑定室の卓には、三種の資料が揃えられている。汚染されていない月白草粉末、法務室が封印管理していた第一ロットの検体、施療所から移管された第二ロットの検体。どれも私が持参したものではなく、法務官の管理下で準備された。


壁際には王国監査評議会の委員が三名、薬草院のセルヴァン院長、施療所薬師のガルシア、書記が座っていた。ヴァレリアと代理人も、反対側の席で立ち会う。


エレノア王妃は出席しない。王妃府で扱う事件だからといって、被害を受けかけた王妃本人が審査の言葉を左右してはならないという判断だと、アマーリエから聞いていた。その距離の置き方も、私には信頼できた。


「本日は、乾燥粉末として納入された薬材について、通常の目視確認では判別できない異物が、どの手順で確認されたかを見ます」


アマーリエが告げた。


「ラングフォード公爵令嬢には、薬草院助手として用いた鑑定方法の説明を求めます。動機への推測や過去の経緯ではなく、現在の検体に再現できる手順だけを扱います」


私が抱える記憶を持ち出さなくても、ここでは現在の手順と記録だけで話せる。その明確さが、私を鑑定卓の前へ立たせてくれた。


「説明いたします」


卓に向かい、まず汚染のない月白草を示す。


「月白草は熱を下げる調薬へ用いられ、乾燥粉末は淡い白色です。灰紫根も細かく砕けば近い色になり、少量を混ぜられた場合は、外観だけで安全かどうかを判断できません」


私は二つの粉を別々の皿へ取り、監査委員に外観を見てもらった。委員の一人が、差が分からないと告げる。


ヴァレリアの代理人がすかさず言った。


「ならば、助手が鑑定の際に誤って別の薬材を混ぜた可能性もあるのではありませんか」


「その疑問も、手順によって確認できます」


私は反論する代わりに、アマーリエへ封印検体の開封を求めた。法務官と書記、監査委員の確認を経て、第一ロットの検体瓶が開かれる。私はその中身を取るのではなく、院長が規定量を皿へ移し、私へ渡した匙で温浸を行う。


湯が粉をほどき、かすかな香りが立つ。


昨日ノエルへ話せたことで、匂いが平気になったわけではない。指は冷え、白塔の薬杯が一瞬重なる。それでも私は、明礬紙へ一滴を落とす手を止めなかった。


紙の縁に、淡紫の輪がにじむ。


委員が身を乗り出し、書記が色の出た時刻を記した。


「灰紫根が混じる場合、温浸液に触れた明礬紙の縁が淡紫へ変わります。汚染のない月白草では、淡い黄色のままです」


比較用の皿も同じ手順で行い、変化しないことを見せる。次に、施療所で未開封箱から採られた第二ロットを、ガルシアの立会い確認のもとで開封する。


二枚目の紙にも、同じ紫の縁が現れた。


監査委員の一人が、鑑定卓の近くへ進み出た。


「これは、ラングフォード嬢にしかできない技術ですか」


「いいえ。規定の湯量と紙の保管が守られれば、手順を学んだ薬師が行えます」


私は院長へ目を向けた。院長はあらかじめ用意していた別の無表示検体を、ガルシアへ渡す。


「では、施療所の薬師にも行っていただきましょう。どの検体が汚染品かは、お伝えしておりません」


ガルシアは緊張した面持ちで手袋をはめ、私がしたのと同じ順序を一つずつ読み上げた。粉を皿へ取り、湯を注ぎ、紙へ一滴を落とす。最初の皿は変色しない。二つ目の皿は縁が紫になった。


「当所でも、器具と明礬紙があれば確認できます」


彼が言うと、監査委員は書記へ頷いた。私の特別な感覚でしか分からない危険なら、私がいなくなればまた通る。誰でも再現できる手順として認められることが、何より大切だった。


室内で誰かが息を吐いた。派手な声はない。紙に現れた色が、必要なことを述べている。


ガルシアが証言台へ呼ばれた。


「第二ロットについて、ラングフォード公爵令嬢が検体へ接触する前の状態を説明してください」


「基金許可で当所へ搬入された箱を、薬草院から届いた停止番号により留めました。未開封のまま監督官と令嬢を待ち、私と当直書記の前で開封、採取しました。令嬢が単独で粉へ触れた時間はありません」


代理人が、商会で何者かが混ぜた可能性は未確定だと主張する。


アマーリエは頷いた。


「混入を実行した個人については、帳簿と商会証言を併せて審査します。ただし、ラングフォード公爵令嬢が鑑定の際に作った異常であるという申立ては、二地点の封印採取と今日の再現に反します」


告発の足元が、音もなく崩れる。


私は卓へ手を置き、呼吸を整えた。勝ったと思うより先に、紙の紫がひどく悲しく見えた。この色が出なければ、薬は安全だった。誰かが危険な粉を混ぜなければ、こんな場へ立つ必要もなかった。


「ラングフォード嬢」


ノエルが低く声を掛ける。資料を運ぶ役として卓の横におり、私の顔色に気づいたのだろう。


「次の説明は院長へ代わることもできます」


私は首を横に振った。


「大丈夫です。最後の一点だけ、私から説明いたします」


無理を認めない返しではない。ここは私が言いたいと思った。


「今回の異常は、特別な勘で見つけたものではありません。温浸と明礬紙の確認を受領手順へ加えれば、同じ異常は薬師が再現できます。慈善用粉末でこの確認が省かれていたことが、危険を通しやすくしていました」


監査委員の一人が尋ねた。


「再発を防ぐには、全ての慈善粉末にこの手順を加えるべきですか」


「灰紫根と紛れ得る解熱粉末、および異常が出た供給系列については必須とするべきです。全薬材へ一律に広げるかは、費用と危険性を院長方に判断していただく必要があります」


知らないことを、万能の答えとして言わない。その答えを、ノエルは最初の試験で評価してくれた。


院長が補足し、追加検品を恒常運用にする対象範囲の案を提出する。監査委員たちはそれを受け取り、暫定報告へ盛り込むよう求めた。


代理人は最後に、私が母から教わったというだけで手順の公正を保証できるのかと述べた。アマーリエは、母の帳面の認証写しは技能の由来を支える資料にすぎず、今日認められるのは複数の薬師が再現した変色と封印管理された検体であると整理した。


母の教えが否定されたのではない。母が教えてくれた方法が、私だけの記憶を越えて他人の手でも働いたのだ。



説明が終わると、鑑定卓の紙片は一枚ずつ乾燥板へ置かれ、時刻と検体番号が付された。紫は乾くにつれて縁だけ濃くなる。美しい色ではないのに、私はその変化を最後まで見ていた。


アマーリエが書記から起案紙を受け取り、冒頭の一文を読み上げる。


「ラングフォード公爵令嬢が検体へ異物を混入したとの告発について、現時点で維持すべき根拠を認めない」


文字が耳へ届くまで、少し時間がかかった。


ノエルは何も言わず、器具を洗浄箱へ戻している。私の功績を自分の感情で覆わない、その静けさが今は嬉しかった。


王宮の鑑定卓に残ったのは、私を罪へ運ぶ薬杯ではなく、私の手順で危険を示した二枚の紙だった。


退出の前、私は開いたままにしてもらった扉へ目を向けた。廊下の先で、ミナが持参した茶の小瓶を抱えて待っている。飲む必要はもうなかったが、私は彼女のところまで自分で歩いて行き、温かな瓶を受け取った。


その温度は、王宮の外へ出るまで消えなかった。

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