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二度目の人生では妃候補になりません  作者: 秋月 もみじ


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第21話 雪の日の記憶


私が一度死んだことを話せば、この人まで私を疑うと思っていた。


セシリアが提出した指示書の写しは、その日の夕方、確認のため私の手元にも届いた。叔母が姪へ命じた言葉の中に、私を「慈善を妨げる者」とする表現がある。


白樺小邸の居間でその文字を読んだ途端、夏の窓から入る風が冬の冷気へ変わったように感じた。


前の人生で、白塔へ連れて行かれる前にも同じような言葉を聞いた。王妃陛下を害し、慈善と王家の信頼を裏切った候補。私は薬の異常を見つけただけだと申し上げたが、帳面は戻らず、私が妨害したのだという説明の方が整っていた。


紙を畳もうとして、指が動かない。


「お嬢様」


ミナが茶の盆を置き、私の顔を見てすぐにカップを遠ざけた。温かい茶から立つ湯気さえ、薬の匂いに思えたのだろう。私自身、何が怖いのかを言葉にできず、ただ椅子の背へ身を預けていた。


「院から、アシュフォード監督官がいらしております。今日の文書について、ご確認がお済みなら受領簿をお持ち帰りになるとのことでしたが……お断りいたしますか」


断ってもよい。今までならそうしたかもしれない。仕事に必要な顔だけを見せ、死んだ記憶は自分の中へ閉じ込める。けれどその閉じた場所で、私は侯爵夫人の言葉を一人で何度も読み直してしまう。


「お通しして。ミナも、いてくれる?」


「はい」


ノエルは居間へ入ると、挨拶の後、私の前の文書へ手を伸ばさなかった。


「書面の受領確認に来ましたが、今日は別日にできます。具合が優れないのであれば、院長へ私から伝えます」


その言い方に、逃げる理由を作ってもらっているようで、かえって首を横に振った。


「書面は確認しました。受領簿にも署名します。ただ、その前に、聞いていただきたいことがあります」


彼の目が真剣になる。私はミナが入れてくれた新しい湯のカップへ指を添えた。飲むためではなく、温度のあるものに触れているために。


「私は、妃候補への推薦状が届いた春を、一度経験しています」


言葉はひどく不格好に始まった。


「その時は推薦を受け、白百合宮へ入りました。侯爵夫人の担当する慈善奉仕で、施療薬の異常に気づきました。温浸液が紫に変わったのです。私は帳面に記し、侯爵夫人へ報告しました」


ノエルは何も口を挟まない。否定も、驚きの声もない。その静かさを頼りに、私は続けた。


「帳面は戻りませんでした。盛夏の視察で、王妃陛下がお飲みになる薬に灰紫根が混じり、私の器具箱から同じ薬包が見つかったとされました。私は毒を入れた者として白塔へ拘束されました」


ミナが立ったまま口元を押さえた。初めて聞く話だ。当然だ。今の世界では、起きていない。


「冬至の前の夜、療養のためと言われて薬を渡されました。匂いで分かりましたが、飲まないという選択をさせてもらえる場所ではありませんでした。扉の外で、記録を残すよう求める男の方の声を聞きました」


私はノエルを見た。


「その声が、あなたと同じでした」


居間の時計が、小さく音を立てた。


ノエルはすぐに私を信じるとも、覚えているとも言わなかった。膝の上に置いた手を一度握り直し、ゆっくり返す。


「申し訳ありません。私には、その出来事の記憶がありません」


胸が痛まなかったと言えば嘘になる。けれど、それは私が初めから分かっていたことでもあった。今の彼は、白塔の外にいた時よりも前の季節を生きている。


「分かっています。これは、法務官へ証拠として申し上げる話ではありません。私がなぜ王宮を恐れ、薬の匂いに動けなくなるのかを、あなたに知っていてほしかったのです」


ノエルは私から視線を逸らさず、膝の上の手を握ったまま、しばらく答えなかった。


「……すぐに、ふさわしい言葉が見つかりません」


その声は、困るほど正直だった。彼は一度息をついてから続けた。


「今回の監査に用いるのは、現在残っている記録だけです。ですが、あなたが王宮や薬を恐れる理由を軽く扱うことはしません。必要な手配は整えます。ただ、選ぶのはあなたです」


信じます、という一言よりも、私にはその言葉が深く届いた。死んだ記憶を彼の正義に使われるのではなく、私が生きるための配慮にだけ用いてくれる。


「あなたが、記録を残すことにこだわる理由も伺ってよろしいですか」


問うと、彼は窓の外へ一瞬目を向けた。夏の夕方で、雪などどこにもない。


「五年前、地方施療所へ監査の補助に入りました。納品された薬に疑問があり、報告を求めましたが、受領記録は一冊しかなかった。正式な調査が始まるまでに数字が書き換えられ、供給停止が遅れました。重い被害は避けられましたが、体調を崩した人がいます」


「それで、白塔でも記録を求めたのですか」


問いは口にしてから矛盾していると気づく。彼に記憶はない。


ノエルは困ったように微笑んだ。


「もし同じ状況に出会えば、私は求めると思います。ただ、それはあなたの覚えている私とは別の、今の私の答えです」


「はい」


私はカップを両手で持ち上げた。ミナが替えてくれた茶は香りの穏やかな葉で淹れられており、湯気に毒の甘さはない。少しだけ口を付ける。温かさが喉を通り、胸へ落ちる。


ミナが静かに鼻をすすった。


「お嬢様が、そんな場所でお一人だったなんて」


「今は一人ではないわ。あなたに話せたから」


言ってから、ノエルへも目を向けた。


「監督官にも」


彼は礼を受けるような顔をせず、受領簿の用紙を卓の端へ置いた。


「明日、王妃府で判別手順を説明する予定があります。欠席や延期を願うこともできます。今決める必要はありません」


王宮へ入る。薬杯の置かれた場所で、灰紫根について語る。


身体はまだ拒みたがっていた。けれど、逃げれば侯爵夫人に負けるから行くのではない。私の手順が、同じ薬を二度と通さないために必要だから行く。


「出席します。ただ、鑑定卓へ向かうまで、同行をお願いできますか」


ノエルはためらわず頷いた。


「もちろんです。法務官へ、あなたの希望として届けます」


ノエルはその場で手帳を開かず、一度私を見た。


「もう一つ、確認してよろしいでしょうか。王宮へ入る際、薬の香りや閉ざされた部屋が負担になるなら、鑑定室の扉を開けたままにする、休憩場所を先に確保する、飲み物はミナ殿か薬草院から持参するという手配ができます」


「そのようなことまで申し出て、わがままだと思われませんか」


問いが出た後で、私は自分に呆れた。死ぬほど怖かったことを話したばかりなのに、まだ誰かの評価を先に気にしている。


ノエルは困ったように眉を寄せた。


「鑑定を担う者が、落ち着いて手順を行える準備を求めることは、わがままではありません。もし誰かがそう呼ぶなら、その人に薬の安全を任せるべきではない」


ミナが、珍しくはっきりと頷いた。


「私も茶を持参いたします。お嬢様がお飲みになるかどうかは、その場でお決めになればよろしいのです」


二人が私の代わりに行くと決めるのではなく、行くと選んだ私が立てるように準備を挙げてくれる。私はしばらくカップの縁を見つめ、ようやく答えた。


「扉は開けておいていただけますか。それから、茶はミナに頼みます」


「その通りに手配します」


ノエルの返事に、明日の王宮が少しだけ、過去の場所ではなく現在の仕事場に近づいた。


死んだ人生の話を終えた後、私は受領簿へ署名した。今夜は書面を読み直さず、文書箱へ鍵を掛ける。ミナが茶を温め直すか尋ねたので、私は首を振った。


「このままで十分よ。明日の朝、早く起こして」


窓の外には、まだ雪ではなく夏の暗い庭があった。


私は初めて、自分の口で明日の予定を決めた。


窓を閉める前、ミナが庭を見て「暑い夜ですね」と呟いた。私は、その暑さを確かめるように頬へ触れた。雪の冷たさではない夜を、今日は自分の家で眠れる。

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