第1章 第9話「12年前の新聞」
DAY4。
午前8時42分。
俺は食堂で朝食を済ませると、資料閲覧室へ向かった。
昨夜、端末に届いたメッセージ。
『資料閲覧室へ行くなら、最初に古い新聞を調べてください。』
『12年前の記事には、あなたがまだ知らない名前が載っています。』
差出人は不明。
それでも、俺は無視できなかった。
父さんの事件に関する情報が、そこにあるかもしれないからだ。
中央施設の廊下を進むと、突き当たりに新しい案内板が設置されていた。
『資料閲覧室 午前9時開室』
時計を見る。
午前8時56分。
あと4分。
俺が扉の前で待っていると、背後から声がした。
シオン:「早いね、ユウキ」
振り向くと、シオンがノートを持って立っていた。
ユウキ:「シオンも資料を見に来たのか?」
シオン:「うん。昨日の通知を見て、気になったから」
その後ろから、リナも歩いてくる。
リナ:「おはよう。2人とも早いね」
シオン:「リナも同じだよ」
リナ:「私は開室時間を確認してから来たから」
ユウキ:「俺も確認した」
シオン:「じゃあ、3人とも同じだね」
そのとき、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえた。
レン:「待ったー!」
レンが走ってくる。
手には、食べかけのトースト。
ソウタ:「館内で走るな。それと、食べながら歩くな」
後ろからソウタが注意する。
レン:「お前、俺の保護者かよ!」
ソウタ:「保護者なら、まず食生活を改善させる」
俺たちは笑った。
時計が午前9時を示す。
電子音とともに、資料閲覧室の扉が開いた。
◇
室内は、想像していたよりも広かった。
壁際には書架。
中央には閲覧用のテーブル。
奥には、新聞や記録を検索できる端末が並んでいる。
入口のモニターには、利用規則が表示されていた。
『資料の閲覧は無料です』
『資料の持ち出しは禁止します』
『複写可能な資料は、各端末から保存できます』
『一部の資料には閲覧制限があります』
無料。
その2文字を見て、俺は少し安心した。
昨日までのSTORE Xなら、新聞を1ページ読むだけで5,000円くらい請求してきそうだったからだ。
レン:「無料って、いい響きだな……」
ユウキ:「分かる」
ソウタ:「お前ら、すっかり金銭感覚を支配されてるな」
俺は新聞検索端末へ向かった。
昨夜のメッセージに従い、12年前の記録を調べる。
検索欄に、父さんの事件に関係する名前を入力した。
『青風未来基金』
検索結果が表示される。
18件。
俺は息をのんだ。
記事が、残っている。
◇
最も古い記事を開く。
日付は12年前の春。
見出しには、こう書かれていた。
『青風こども生活支援センター、地域支援事業を拡充』
写真には、建物の前に立つ大人たちが写っていた。
その後ろには、子どもたちの姿もある。
俺は画面に顔を近づけた。
青風こども生活支援センター。
聞き覚えのある名前だった。
父さんが、仕事で関わっていた施設。
俺も幼い頃、何度か連れていってもらったことがある。
だが、記憶は曖昧だった。
建物の色。
広い庭。
誰かと遊んだこと。
それくらいしか思い出せない。
記事を読み進める。
青風未来基金は、子どもたちの生活や教育を支えるための資金を管理していた。
その活動の一環として、施設の運営を支援していたらしい。
俺は次の記事を開いた。
さらに次。
そして、数か月後の記事で、指が止まった。
『青風未来基金の資金1億円が不明に』
胸が締めつけられた。
見覚えのある見出しだった。
当時、何度もテレビで見た言葉。
父さんの名前が報道されるたび、俺は画面から目を背けていた。
記事には、基金の資金管理を担当していた会計職員について記されていた。
その名前は――。
『神崎直人』
俺の父さんだ。
ユウキ:「……父さん」
声が漏れた。
記事を読み進める。
基金の資金1億円について、使途が確認できない状態になっている。
会計担当者の関与が調査されている。
当時の報道は、そんな内容だった。
俺は何度も読み直した。
そして、あることに気づく。
記事には、父さんが1億円を盗んだと確定した事実は書かれていない。
調査中。
関与の疑い。
使途不明。
当時の俺は、その違いを理解していなかった。
父さんの名前が報道された。
だから、父さんが盗んだのだと思っていた。
俺は画面を見つめたまま、動けなくなった。
◇
リナ:「ユウキくん?」
隣から声がした。
リナが俺の画面を見て、表情を変える。
リナ:「……この記事」
ユウキ:「俺の父親なんだ」
言ってしまった。
昨日の自己紹介では話せなかったこと。
それを、今は口にしていた。
リナはすぐには答えなかった。
少しして、静かに尋ねる。
リナ:「一緒に調べてもいい?」
俺は頷いた。
ユウキ:「頼む」
リナは隣の端末を操作し、関連記事を検索した。
シオンもやってきた。
シオン:「何か見つかった?」
俺は父さんの記事を見せた。
シオンは黙って読み、ノートを開く。
シオン:「記事の日付と、書かれている事実を分けて整理しよう」
ユウキ:「……うん」
シオンは俺の顔を見た。
シオン:「つらかったら、無理に続けなくていい」
ユウキ:「いや。調べたい」
自分でも驚くほど、はっきりと答えられた。
12年前、俺は何もできなかった。
でも、今は違う。
少なくとも、自分の目で確かめることはできる。
◇
俺たちは記事を日付順に並べた。
基金の資金が不明になったという報道。
関係者への聞き取り。
施設の運営縮小。
そして、青風こども生活支援センターの閉鎖。
記事を追うほど、胸が苦しくなった。
あの施設が閉鎖されたことは知っていた。
だが、いつ、どんな経緯で閉鎖されたのかは知らなかった。
リナが画面を指さす。
リナ:「ユウキくん。この記事、見て」
施設閉鎖に関する記事だった。
見出しの下に、関係者のコメントが載っている。
『施設長は、子どもたちの生活環境を最優先に対応すると説明した』
その下には、施設長の名前。
『青風こども生活支援センター施設長・早川恵子』
俺は名前を見つめた。
ユウキ:「……早川、恵子」
知らない名前のはずだった。
なのに、どこか引っかかる。
昔、誰かが呼んでいたような気がする。
優しい声。
庭。
青い空。
記憶の奥で、何かが揺れた。
シオン:「知ってる人?」
ユウキ:「分からない。でも、聞いたことがある気がする」
シオンは名前をノートに書いた。
シオン:「施設長。事件の当時、施設側の責任者だった人物だね」
俺は頷いた。
昨夜のメッセージには、知らない名前が載っていると書かれていた。
この名前のことなのだろうか。
それとも、ほかにもあるのか。
◇
さらに調べていると、レンが俺たちのところへやってきた。
レン:「なあ、ちょっといい?」
ユウキ:「どうした?」
レン:「これ、同じ施設の記事じゃない?」
レンの端末には、別の新聞記事が表示されていた。
『地域交流イベント、子どもたちが参加』
青風こども生活支援センターで開かれた催しの記事だった。
写真には、子どもたちが並んでいる。
俺は画面を見た。
そして、息を止めた。
写真の端。
小さな男の子が、誰かと手をつないでいる。
顔は横を向いている。
だが、その服には見覚えがあった。
母さんが買ってくれた、青いシャツ。
ユウキ:「……これ、俺かもしれない」
レン:「えっ?」
俺は写真を拡大した。
男の子の隣には、女の子がいた。
長い髪。
白い服。
手首には、小さな青い飾り。
俺は画面に顔を近づけた。
青いビーズ。
昨日、ヒナの写真で見たバッグの飾りに似ていた。
胸の奥がざわつく。
だが、女の子の顔は、写真の折り目に重なっていた。
誰なのか分からない。
レン:「知り合い?」
ユウキ:「……分からない」
俺は正直に答えた。
覚えていない。
けれど、手をつないでいる。
少なくとも、当時の俺は、その子と一緒にいた。
なぜ忘れてしまったのだろう。
◇
昼過ぎ。
俺たちは資料閲覧室のテーブルで、調べた内容を整理していた。
そのとき、レイが入ってきた。
レイ:「ずいぶん熱心だね」
シオン:「12年前の新聞を調べてる」
レイは画面に表示された記事を見た。
青風未来基金。
資金1億円。
施設閉鎖。
その文字を見た瞬間、彼の視線がわずかに止まった。
レイ:「……なるほど」
ユウキ:「この事件、知ってる?」
レイは俺を見た。
レイ:「報道された事件なら、聞いたことはあるよ」
ユウキ:「それだけ?」
レイ:「今、話せるのはそれだけかな」
俺は言葉に詰まった。
昨日の自己紹介でも、レイは自分の仕事について詳しく話さなかった。
何かを隠しているのか。
それとも、単に慎重なだけなのか。
判断できない。
レイは新聞記事をもう1度見てから、静かに言った。
レイ:「記事に書かれていることと、実際に起きたことは、必ずしも同じじゃない」
ユウキ:「……どういう意味?」
レイ:「報道は、取材時点で確認できた情報を伝えるものだから」
それだけ言うと、レイは別の書架へ向かった。
俺はその背中を見つめた。
今の言葉は、一般論なのか。
それとも、この事件について何か知っているのか。
◇
午後4時。
俺は最後に、父さんの名前で検索した。
『神崎直人』
結果は7件。
その中に、事件から半年後の記事があった。
『元会計担当者、資金移動の経緯について説明』
俺は記事を開いた。
そこには、父さんが資金の移動に関わったことを認めていると書かれていた。
だが、移動先については明らかにしていない。
俺は何度も読み返した。
資金を移動した。
でも、移動先は明らかにしていない。
これは、どういうことだ?
父さんは何をした?
誰のために?
そして、なぜ説明しなかった?
記事の最後には、父さんの短いコメントが載っていた。
『説明できない事情がある。ただ、私的に使った金はない』
俺は画面から目を離せなかった。
12年前、父さんは何も話してくれなかった。
俺が問い詰めても、ただ黙っていた。
だから、俺は父さんを疑った。
けれど。
父さんは、何も言っていなかったわけじゃない。
少なくとも、当時の記録には、こう残っていた。
私的に使った金はない。
それが事実かどうかは、まだ分からない。
でも、俺が知らなかった父さんの言葉だった。
◇
午後6時。
資料閲覧室の閉室時刻になった。
俺たちは保存できる記事を端末へ保存し、部屋を出た。
廊下には、夕方の光が差し込んでいる。
シオンが俺に声をかけた。
シオン:「今日は、いろいろ分かったね」
ユウキ:「ああ。でも、分からないことも増えた」
シオン:「そうだね」
リナが続ける。
リナ:「記事だけで結論を出すのは危険だと思う。ほかの資料も探そう」
ユウキ:「うん。ありがとう」
俺は2人に頭を下げた。
自分1人だったら、途中で読むのをやめていたかもしれない。
父さんの名前を見るだけで、昔の記憶がよみがえったからだ。
それでも、今日は最後まで調べられた。
少しだけ、前へ進めた気がした。
◇
夜。
自室に戻った俺は、保存した新聞記事を見返していた。
青風未来基金。
青風こども生活支援センター。
施設長・早川恵子。
そして、父さんの名前。
神崎直人。
俺はノートに、今日分かったことを書き込んだ。
『父さんは資金移動への関与を認めていた』
『移動先は明らかにしていない』
『私的に使った金はないと説明していた』
『施設長の名前は早川恵子』
『昔の写真に、俺らしき男の子と青い飾りをつけた女の子が写っていた』
最後の1行を書いたところで、手が止まった。
青い飾り。
昨日、ヒナが見つけた船の写真。
黒い封筒が見えるバッグについていた飾り。
偶然だろうか。
それとも、何かつながっているのだろうか。
そのとき、端末が震えた。
『神崎ユウキ様へ』
個別通知だった。
俺は画面を開く。
『今日、あなたが見つけた新聞記事について、1つだけ確認してください。』
続けて、文章が表示された。
『記事に書かれていない金額があります。』
俺は眉をひそめた。
書かれていない金額?
1億円ではないのか?
さらに、もう1行。
『1億円は、最初から1つの行き先へ消えたわけではありません。』
心臓が大きく跳ねた。
俺は急いで新聞記事を開き直した。
1億円。
資金移動。
使途不明。
その言葉は何度も出てくる。
だが、確かに。
資金がどこへ、いくら移動したのか。
記事には、具体的な内訳が書かれていなかった。
俺は端末を握りしめた。
1億円は、最初から1つの行き先へ消えたわけではない。
なら、父さんが動かした金は、いくらだったんだ?
そして、残りの金は――。
誰が、どこへ動かした?
俺は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
DAY4。
第1回投票まで、あと26日。
12年前の事件は、俺が知っていたよりも、ずっと複雑なのかもしれない。
第1章 第9話 完
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
この作品では、物語の中に少しずつ「主催者X」につながるヒントを散りばめています。
ぜひ皆さんの推理を聞かせてください!
**「Xはこの人だと思う!」**
**「このセリフが怪しい!」**
**「この行動、もしかして伏線?」**
**「この人物は逆にXではなさそう」**
など、どんな予想・考察でも大歓迎です。
もちろん、物語そのものについての感想や「このキャラが好き!」といったコメントも、とても嬉しいです。
皆さんが現時点で**誰をXだと予想しているのか**、ぜひ感想欄で教えてください。
そして「続きが気になる」「面白かった」と感じていただけましたら、評価やレビューで応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!
果たして――
**13人の中に潜む主催者Xは誰なのか?**
あなたの推理、お待ちしています!
毎日19時10分と20時10分更新予定です!!
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