第1章 第10話「消えた金の内訳」
『1億円は、最初から1つの行き先へ消えたわけではありません。』
昨夜届いた非公開メッセージ。
俺はその文章を、朝になっても忘れられずにいた。
12年前、青風未来基金から消えた1億円。
父さんは、その資金移動に関わっていた。
けれど、新聞記事には、どこへいくら移動したのか書かれていなかった。
俺はずっと、1億円という金額だけを見ていた。
父さんが1億円を盗んだのか。
盗んでいないのか。
その2つしか考えてこなかった。
だが、もし資金の行き先が複数あったのなら。
事件そのものを、最初から調べ直す必要がある。
◇
DAY5。
午前8時。
食堂で朝食を取っていると、レンが俺の向かいに座った。
レン:「おはよう。今日も資料閲覧室?」
ユウキ:「ああ。昨日の続きが気になってる」
レン:「俺も行こうかな。古い新聞って、意外と面白かったし」
ユウキ:「昨日、何読んでたんだ?」
レン:「昔の地域イベントの記事。屋台の焼きそばが300円だった」
ユウキ:「事件じゃなくて物価を調べてたのかよ」
レン:「今の島の焼きそば、1,200円だぞ。4倍だぞ!」
レンは真剣な顔で訴えた。
確かに、そちらも事件かもしれない。
ただし、今の俺にはもっと調べたいことがある。
そこへシオンとリナがやってきた。
シオン:「ユウキ、昨日の記事を整理してみたんだけど、少し気になることがある」
ユウキ:「何?」
シオン:「報道で使われている言葉が、記事によって違うんだ」
シオンは端末を見せた。
『使途不明』
『資金移動』
『不正流用の疑い』
似ているようで、意味は違う。
リナ:「それに、1億円が一度に動いたとは、どの記事にも書かれていないんだよね」
俺は顔を上げた。
ユウキ:「……やっぱり、そうなのか」
シオン:「何か知ってる?」
昨夜のメッセージを思い出す。
今まで、俺だけに届いた情報を隠していた。
だが、これ以上1人で抱え込んでも、調べられることには限界がある。
ユウキ:「実は、昨日の夜にこんなメッセージが届いた」
俺は端末を見せた。
シオンとリナが文章を読む。
レンも横からのぞき込んだ。
レン:「……1億円が、1つの行き先じゃない?」
リナ:「記事の内容とは矛盾しないね」
シオン:「ただ、このメッセージ自体が事実かどうかは確認できていない」
ユウキ:「分かってる。だから調べたいんだ」
シオンは頷いた。
シオン:「じゃあ今日は、金額の内訳を探そう」
◇
午前9時。
資料閲覧室には、昨日より多くの参加者が集まっていた。
ヒナは古い写真資料。
ソウタは基金の公開記録。
ハルカとセナは、施設の運営に関する記事を調べている。
カイトは書架の前で、分厚い資料を手に取っていた。
カイト:「これ、全部読むのか?」
ソウタ:「必要な部分を探せばいい」
カイト:「その必要な部分が分からねえんだよ」
レン:「分かる。俺も昨日、焼きそばの記事にたどり着くまで大変だった」
ソウタ:「お前は目的からして違う」
俺たちは笑いながら、それぞれの端末へ向かった。
俺は青風未来基金の記録を検索した。
昨日は新聞記事を中心に調べた。
今日は、公開されている会計資料や事業報告書を探す。
検索結果は12件。
だが、開ける資料は半分ほどだった。
残りには、灰色の鍵のマークがついている。
『閲覧制限中』
俺は1つを選択した。
『本資料は、現在の公開範囲に含まれていません』
ユウキ:「……やっぱり、全部は見せてくれないか」
隣でリナが頷く。
リナ:「公開されている資料だけで、どこまで分かるかだね」
◇
午前10時15分。
ソウタが俺たちを呼んだ。
ソウタ:「少し来てくれ」
彼の端末には、12年前の青風未来基金の事業報告書が表示されていた。
ソウタ:「資金の移動先そのものは書かれていない。でも、支出の分類がある」
画面には、複数の項目が並んでいた。
施設運営費。
教育支援費。
生活環境整備費。
外部支援事業費。
俺は最後の項目に目を止めた。
ユウキ:「外部支援事業費?」
ソウタ:「ほかの団体と連携する事業に使う費用だと思われる。ただし、この資料には個別の送金先が載っていない」
シオン:「金額は?」
ソウタ:「この年度の予算額は確認できる。でも、事件で問題になった1億円との対応関係は分からない」
俺は小さく息を吐いた。
何か見つかったと思ったのに。
ソウタは画面を閉じずに続けた。
ソウタ:「ただ、1億円を単純に現金の盗難として扱うのは危険だと分かった。少なくとも、基金には複数の支出経路があった」
リナ:「うん。資金移動の記録があれば、もっと具体的に調べられる」
シオンがノートに書き込む。
シオン:「次は、送金記録か」
俺は頷いた。
まだ答えには届かない。
でも、昨日よりは少しだけ近づいている。
◇
昼休み。
資料閲覧室を出ると、廊下でナナと会った。
彼女は小さな紙袋を持っていた。
ナナ:「ユウキくん。今日も調べてるの?」
ユウキ:「うん。父さんの事件について」
ナナの表情が、わずかに変わった。
ナナ:「……そっか」
ユウキ:「ナナは、青風こども生活支援センターって知ってる?」
聞いた瞬間、彼女の手が止まった。
紙袋の持ち手が、小さく揺れる。
ナナ:「……名前は、聞いたことがあるよ」
ユウキ:「そうなんだ」
俺はそれ以上、すぐには聞かなかった。
ナナは少し迷ったあと、口を開く。
ナナ:「でも、今はまだ、うまく話せない」
ユウキ:「分かった」
ナナ:「ごめんね」
ユウキ:「謝らなくていいよ」
彼女は小さく頷いた。
そのまま立ち去ろうとして、ふと振り返る。
ナナ:「……ユウキくん」
ユウキ:「何?」
ナナ:「新聞に書いてあることだけで、全部決めないでね」
俺は息をのんだ。
昨日、レイも似たようなことを言っていた。
記事に書かれていることと、実際に起きたことは必ずしも同じではない。
ナナも、何か知っているのだろうか。
だが、彼女はそれ以上話さなかった。
◇
午後1時。
俺は資料閲覧室へ戻った。
今度は、基金の関係者について調べる。
施設長・早川恵子。
会計担当・神崎直人。
そして、基金の理事たち。
公開されている古い役員名簿を開くと、複数の名前が並んでいた。
その中に、昨日まで見落としていた役職があった。
『財務担当役員』
俺は画面を見つめた。
父さんは会計担当者だった。
だが、基金の資金を管理する責任者が、父さん1人だったとは限らない。
財務担当役員。
理事会。
会計職員。
それぞれ、どこまで資金の移動に関わっていたのだろう。
俺はシオンを呼んだ。
ユウキ:「これ、見てくれ」
シオンが名簿を確認する。
シオン:「基金の組織図だね」
ユウキ:「父さん以外にも、金の管理に関わる人がいたんじゃないか?」
シオン:「その可能性はある。ただ、役職だけでは実際の権限は分からない」
リナも画面をのぞき込む。
リナ:「送金の承認が誰に必要だったのか、そこが重要だと思う」
俺は頷いた。
父さんが金を動かした。
それが事実だとしても、1人でできたことなのか。
誰かの承認が必要だったのか。
あるいは、承認を得ずに動かしたのか。
調べるべきことが、また増えた。
◇
午後3時。
ヒナが俺のところへやってきた。
ヒナ:「ユウキくん、ちょっといい?」
ユウキ:「何か見つかった?」
ヒナ:「昨日の古い写真なんだけど、別の資料にも載ってたの」
ヒナが見せてくれたのは、青風こども生活支援センターの地域交流イベントの記録だった。
昨日、レンが見つけた新聞写真。
俺らしき男の子と、青い飾りをつけた女の子が手をつないでいる写真だ。
だが、今回の資料は新聞よりも大きく掲載されていた。
写真の折り目もない。
俺は思わず画面に顔を近づけた。
男の子の顔が見える。
間違いない。
8歳の俺だ。
そして、その隣の女の子。
長い髪。
白い服。
青いビーズの飾り。
俺は息を止めた。
女の子は、こちらを向いて笑っていた。
だが、12年前の写真だ。
今の顔と簡単に結びつけることはできない。
ヒナ:「この子、知ってる?」
ユウキ:「……覚えてない」
そう答えた瞬間、胸の奥が痛んだ。
手をつないでいる。
あんなに楽しそうに笑っている。
それなのに、名前すら思い出せない。
ヒナは写真を見つめた。
ヒナ:「この飾り、昨日のバッグについてたのと似てるね」
ユウキ:「うん。でも、同じものかは分からない」
ヒナ:「そうだね」
ヒナは頷いた。
俺たちは、写真を保存した。
◇
夕方。
資料閲覧室を出ると、レイが廊下のベンチに座っていた。
レイ:「今日も何か見つかった?」
ユウキ:「少しだけ。父さん以外にも、基金の資金管理に関わる人がいたみたいだ」
レイ:「そう」
レイは静かに頷いた。
俺は思い切って尋ねた。
ユウキ:「レイは、12年前の事件について何か知ってるんじゃないか?」
彼はすぐには答えなかった。
窓の外へ視線を向ける。
レイ:「知っていることはあるよ」
心臓が跳ねた。
ユウキ:「何を?」
レイ:「でも、今の君が知りたいことに答えられるかは分からない」
ユウキ:「それでも聞きたい」
レイは俺を見た。
レイ:「……じゃあ、1つだけ」
俺は息をのんだ。
レイ:「君のお父さんが関わった事件を、1人の人間だけの問題だと考えないほうがいい」
俺は言葉を失った。
それは、今日調べていたことと重なる。
父さん以外にも、資金管理に関わる人間がいた。
レイは、それを知っていたのか?
ユウキ:「どうして、そう思うんだ?」
レイ:「今は、そこまで話せない」
レイは立ち上がった。
レイ:「でも、調べ続ければ分かると思う」
そう言って、廊下の向こうへ歩いていった。
俺はその背中を見送った。
レイは何を知っている?
そして、なぜ今は話せない?
◇
夜。
自室に戻った俺は、今日の記録を整理した。
『基金には複数の支出経路があった』
『父さん以外にも、資金管理に関わる役職があった』
『ナナとレイは、事件について何か知っている可能性がある』
『8歳の俺と、青い飾りをつけた女の子の写真を確認』
最後に、昨夜のメッセージを書き加える。
『1億円は、最初から1つの行き先へ消えたわけではない』
俺はペンを置いた。
まだ、具体的な金額は分からない。
でも、1億円という数字だけを見ていた昨日までとは違う。
父さんが何をしたのか。
ほかの人間が何をしたのか。
分けて考える必要がある。
そのとき、端末が震えた。
『STORE Xよりお知らせ』
新しい情報商品が追加された。
『INFO-005:青風未来基金の資金移動について』
俺は画面を開いた。
『本商品では、12年前の資金移動に関する確認済みの情報を1件開示します』
価格は、70,000円。
ユウキ:「……また高いな」
思わず声が出た。
だが、今回は迷いが少なかった。
俺が知りたいことに、直接関係している。
ただし、1人で買うには高すぎる。
明日、みんなに相談しよう。
そう考えた直後、端末に新しい通知が届いた。
『INFO-005が購入されました』
俺は目を見開いた。
誰かが、もう買った。
そして、数秒後。
『購入者より、参加者全員への情報共有が申請されました』
俺は確認ボタンを押した。
画面に、白い文字が表示される。
『INFO-005:青風未来基金の資金移動について』
『12年前、問題となった1億円の資金移動は、単一の取引ではありません。』
俺は息をのんだ。
昨夜のメッセージと一致している。
1億円は、1つの行き先へ消えたわけではない。
だが、具体的な内訳は書かれていなかった。
情報は、ここまで。
俺は思わず天井を見上げた。
ユウキ:「……70,000円で、そこまでかよ」
俺が払ったわけではない。
それでも、購入者の財布が心配になった。
すると、最後に購入者からのメッセージが表示された。
『1億円を、1億円のまま考えないでください。』
俺は画面を見つめた。
誰が買ったのか。
なぜ、全員に共有したのか。
そして、なぜこの事件について、そこまで知りたがっているのか。
分からない。
ただ、1つだけ確かなことがある。
この島には、俺と同じように12年前の事件を調べている人物がいる。
しかも、その人物は70,000円を払ってまで、全員に情報を届けた。
DAY5。
第1回投票まで、あと25日。
1億円の謎は、まだ解けない。
だが、俺たちはようやく、その金が1つの塊ではなかったことを知った。
第1章 第10話 完
第1章 第1話〜第10話 あらすじ・重要事項
【これまでのあらすじ】
無職の20歳・神崎ユウキのもとに届いた、謎の招待状。孤島に集められた男女13人は、365日間の共同生活を送りながら、参加者に紛れた「主催者X」を見つけるゲームに挑む。賞金は最大1億円。30日ごとの投票でXを特定しなければならない。
島では、差出人不明の黒い封筒や個別メッセージが届き始める。ユウキに告げられたのは、12年前、父が関与したとされる1億円の資金消失事件に関する言葉だった。
「あなたの父親は、1億円を盗んでいない。」
参加者たちは自己紹介を通じて少しずつ打ち解ける一方、全員が過去の一部を明かしていないことも判明する。やがて開放された資料閲覧室で、ユウキは父の事件と、幼い自分が写った写真を発見する。
【第10話までに判明した重要事項】
- ゲームのルール: 参加者は13人。主催者Xはその中に1人いる。第1回投票はDAY30。
- 黒い封筒: 13人のうち1人が島へ持ち込んだ。ただし、持ち込んだ人物と置いた人物が同じとは限らない。
- STORE X: 情報を有料で販売する。開示内容に虚偽はないが、知りたいことすべてを教えてくれるとは限らない。
- 12年前の事件: 青風未来基金の資金1億円が使途不明となり、ユウキの父・神崎直人が関与を疑われた。父は資金移動への関与を認める一方、私的に使った金はないと説明していた。
- 資金の謎: 1億円は単一の取引で消えたわけではない。具体的な内訳と行き先は未判明。
- 過去の写真: 8歳のユウキが、青いビーズの飾りをつけた女の子と手をつないでいた。女の子の正体は不明。
- 新たな手がかり: 施設長・早川恵子の名前が浮上。ナナとレイも事件について何か知っている様子を見せている。
父は何をしたのか。消えた1億円はどこへ向かったのか。そして、13人の中にいる主催者Xは誰なのか――。




