第1章 第11話「70,000円を払った人物」
DAY6。
午前7時38分。
俺は食堂の入口で、昨夜の通知をもう1度開いた。
『INFO-005:青風未来基金の資金移動について』
『12年前、問題となった1億円の資金移動は、単一の取引ではありません。』
価格は70,000円。
誰かが購入し、13人全員へ共有した情報だ。
これで分かったのは、1億円が1度に消えたわけではないということ。
しかし、肝心の内訳は不明のままだった。
俺は購入者からのメッセージを見つめる。
『1億円を、1億円のまま考えないでください。』
誰が送ったのだろう。
そして、どうして俺たち全員に知らせたのだろう。
レン:「おはよ、ユウキ。顔が怖いぞ」
顔を上げると、レンが立っていた。
ユウキ:「そんな顔してた?」
レン:「してた。70,000円の請求書を見た人みたいな顔」
ユウキ:「実際、70,000円の情報を見てた」
レン:「じゃあ正常だな」
レンは俺の隣に並び、端末をのぞき込んだ。
レン:「でもさ。これ買った人、生活費は大丈夫なのか?」
俺は手を止めた。
そうだ。
昨日のINFO-005は、70,000円。
この島の生活費は、毎月100,000円。
食事代も、日用品代も、そこから払う。
しかも、第1回投票まではまだ24日ある。
ユウキ:「……かなり厳しいはずだよな」
レン:「だろ? 情報買って、残りの期間を水だけで過ごす気か?」
ユウキ:「水だけは無理だろ」
レン:「じゃあ俺のカレーを半分やる」
ユウキ:「優しいな」
レン:「ただし、福神漬けは俺のものだ」
ユウキ:「そこは譲れないのかよ」
笑いながら食堂へ入る。
だが、俺の頭には別の疑問が浮かんでいた。
INFO-004は30,000円。
INFO-005は70,000円。
合わせて、ちょうど100,000円。
もし同じ人物が購入したのなら、生活費をすべて使い切ったことになる。
だが、購入者が同じとは限らない。
そもそも、ほかに情報を買っていないとも限らない。
残高だけで人物を絞り込むことはできなかった。
◇
午前9時。
共有リビングに13人が集まった。
昨夜の情報について、シオンが話し合いを提案したのだ。
シオン:「まず、確認できたことを整理したい」
モニターにINFO-005の全文が表示される。
シオン:「確定しているのは、問題の1億円が単一の取引ではなかったこと。何回の取引だったのか、各金額はいくらか、誰が関わったかは分からない」
ソウタ:「そのとおり。2回だったとも、3回以上だったとも断定できない」
カイト:「じゃあ、何で70,000円もするんだ?」
レン:「値段のつけ方が強気すぎるよな」
アカリ:「しかも、買った人が全員に教えてくれたんでしょ? ありがたいけど、心配になるよ」
ハルカが頷いた。
ハルカ:「食費が足りなくなっている人がいるなら、早めに相談してほしいな」
その言葉に、ナナが少し顔を上げた。
だが、誰も名乗らない。
シオンは全員を見渡した。
シオン:「購入者を特定するために集まってもらったわけじゃない。ただ、今後も高額な情報を買うなら、共同購入のほうが負担は少ないと思う」
リナ:「共有するつもりなら、先に相談してくれたらいいよね」
レイ:「1人で買いたい事情がある場合もあるんじゃない?」
レイの言葉に、シオンは頷いた。
シオン:「もちろん。それも本人の自由だよ」
俺は黙って聞いていた。
購入者は、2回続けて全員に情報を共有している。
ただの親切なのか。
それとも、13人全員に同じ情報を持たせたい理由があるのか。
まだ判断できなかった。
◇
話し合いが終わったあと、俺は資料閲覧室へ向かった。
今日は、基金の資金移動に関する記録をもう少し調べるつもりだった。
入口で利用端末を操作すると、昨日までなかった案内が表示された。
『資料閲覧室 検索機能更新のお知らせ』
『公開資料の横断検索が利用可能になりました』
俺は検索欄に入力する。
『青風未来基金 資金移動』
検索結果は23件。
昨日より増えている。
だが、開いてみると、同じ新聞記事や事業報告書が多かった。
俺は条件を変更した。
『青風未来基金 承認』
結果は4件。
そのうち1件に、目が止まる。
『基金運営規程・旧版』
俺は資料を開いた。
古い規程の一部が表示される。
基金の目的。
役員の職務。
会計処理。
そして、資金支出の承認手続き。
読み進めたところで、背後から声がした。
リナ:「何か見つかった?」
ユウキ:「昔の運営規程。資金を動かすときの手続きが書いてある」
リナは隣の椅子に座った。
2人で文章を確認する。
そこには、一定額を超える支出について、理事会の承認を必要とする旨が記されていた。
リナ:「これ、当時の規程だね」
ユウキ:「父さんが資金を動かしたなら、承認が必要だった可能性があるってことか」
リナ:「そう。ただし、問題の取引にどの条項が適用されたかは、まだ分からないよ」
俺は頷いた。
父さんが私的に金を使っていなかったとしても、手続きに問題がなかったとは限らない。
そこは分けて考えなければならない。
父さんを信じたい。
だが、信じたいからといって、都合の悪い事実を見落とすわけにはいかない。
◇
午前11時。
資料を読み進めていると、ヒナがやってきた。
ヒナ:「ユウキくん。昨日の写真のことで、見てほしいものがあるんだけど」
ユウキ:「青い飾りの?」
ヒナ:「うん。でも、ちょっと違う発見」
ヒナは端末に、12年前の地域交流イベントの写真を表示した。
8歳の俺と、女の子が手をつないでいる写真だ。
ヒナ:「これ、写真の下に説明文がついてたの」
俺は画面をのぞき込んだ。
写真の下には、小さな文字でこう書かれていた。
『地域交流イベントに参加した子どもたち。個人情報保護のため氏名は非掲載』
ユウキ:「名前は載ってないのか」
ヒナ:「うん。でも、この写真だけじゃなくて、同じイベントの写真が何枚かあるみたい」
ヒナが別のページを開く。
庭で遊ぶ子どもたち。
折り紙をする子どもたち。
大人と一緒に昼食を取る子どもたち。
俺は1枚ずつ確認した。
すると、ある写真で手が止まった。
青い飾りをつけた女の子が、テーブルに座っている。
その隣には、俺がいた。
女の子は何かを手に持っている。
青いビーズがついた、小さな飾り。
ユウキ:「……これ」
ヒナ:「同じ子だよね?」
ユウキ:「たぶん」
俺は写真を拡大した。
飾りの形は、昨日の船の写真に写っていたものと似ている。
だが、同じものだと証明できるほど鮮明ではない。
ヒナ:「昨日のバッグの持ち主、気になるね」
ユウキ:「うん。でも、写真だけで誰かを疑うのはやめよう」
ヒナ:「分かってる」
ヒナは真剣に頷いた。
俺はもう1度、写真を見た。
女の子は笑っている。
俺も笑っている。
その顔を見ていると、忘れていた何かが、胸の奥で少しずつ動き始める気がした。
◇
午後1時。
食堂へ戻る途中、俺はミオと会った。
ミオ:「ユウキ。今日も資料を調べてたの?」
ユウキ:「うん。父さんの事件について」
ミオ:「何か分かった?」
ユウキ:「昔の運営規程を見つけた。金を動かすには、承認が必要だったみたいなんだ」
ミオは静かに頷いた。
ミオ:「そっか」
ユウキ:「……父さんが盗んでないとしても、何も問題がなかったとは限らないんだな」
口にすると、少し苦しかった。
ミオはすぐには答えなかった。
しばらくして、俺を見た。
ミオ:「ユウキは、何があったのか知りたいんだよね」
ユウキ:「ああ」
ミオ:「だったら、いいことも、嫌なことも、確かめていくしかないのかもしれないね」
俺は頷いた。
優しい言葉だった。
ただ慰めるのではなく、俺が調べようとしていることを、そのまま受け止めてくれた気がした。
ユウキ:「ありがとう」
ミオ:「ううん」
ミオは小さく笑った。
その笑顔を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いた。
◇
午後3時。
共有リビングでは、レンとカイトが生活費の計算をしていた。
レン:「仮に毎日3食、全部800円だったら……」
カイト:「1日2,400円だな」
レン:「30日で72,000円!」
カイト:「残り28,000円か」
レン:「そこから日用品とか買うんだろ? 情報を70,000円で買った人、どうやって暮らすんだ?」
俺も計算に加わった。
今月の生活費は100,000円。
INFO-005を買った人は、少なくとも70,000円を支払っている。
さらに、昨日のINFO-004も同じ人物が買っていたなら、合計100,000円。
食事代を支払ったあとでは、そもそも購入できないはずだ。
ユウキ:「……待ってくれ」
レン:「どうした?」
ユウキ:「INFO-004とINFO-005を、同じ人が買ったとは限らないよな」
カイト:「そりゃそうだろ」
ユウキ:「でも、もし同じ人が買ったなら、100,000円必要だ」
レン:「生活費が全部消えるな」
ユウキ:「それだけじゃない。食事代を使ってたら、足りないはずなんだ」
3人で顔を見合わせた。
カイトが腕を組む。
カイト:「誰かから金を受け取った可能性は?」
ユウキ:「送金できるのか、確認してない」
レン:「じゃあ、まずそこからだな」
俺たちは端末の利用規則を調べた。
生活費の項目。
STORE Xの購入履歴。
支払い方法。
そして、参加者間の送金機能。
『参加者間の残高移転はできません』
俺は画面を見つめた。
ユウキ:「……送金できない」
レン:「じゃあ、同じ人が2つとも買った可能性は低いってことか?」
ユウキ:「少なくとも、今月の生活費だけなら無理だと思う」
ただし、俺たちが知らない支払い方法があるかもしれない。
そこまでは断定できない。
だが、1つ分かった。
INFO-004とINFO-005の購入者を、同じ人物だと決めつけるべきではない。
◇
午後5時。
俺はSTORE Xの端末を開き、問い合わせ欄を探した。
購入者の名前を教えてほしい。
そう聞いても、答えてくれるとは思えない。
なら、確認できる範囲の質問をする。
俺は文章を入力した。
『INFO-004とINFO-005は、同じ参加者が購入しましたか?』
送信。
数秒後、返信が届いた。
『購入者の同一性は、公開対象外です』
ユウキ:「……だよな」
予想どおりだった。
だが、続けて別の案内が表示された。
『参加者間の残高移転はできません』
『情報商品の購入には、購入時点で必要額以上の残高が必要です』
俺は画面を見つめた。
つまり、残高が足りない人間は買えない。
当たり前のことだ。
けれど、この島では当たり前の確認が重要になる。
俺は端末を閉じた。
◇
夜。
自室に戻った俺は、今日の出来事をノートにまとめた。
『INFO-004:30,000円』
『INFO-005:70,000円』
『参加者間の残高移転は不可』
『購入時点で必要額以上の残高が必要』
『購入者の同一性は非公開』
そして、最後に書き加える。
『2つの情報を同じ人物が買ったとは限らない』
俺はペンを置いた。
このゲームでは、誰かを疑う材料が次々と現れる。
黒い封筒。
腕時計。
青い飾り。
高額な情報の購入者。
だが、どれも決定的ではない。
疑わしいというだけで、誰かをXだと決めつけるわけにはいかない。
そのとき、端末が震えた。
『神崎ユウキ様へ』
また、個別通知だった。
俺は画面を開く。
『今日、あなたが確認した運営規程について。』
心臓が跳ねた。
俺が今日、何を調べたのか。
誰かが知っている。
続けて、文章が表示された。
『資金を移動できた人物と、資金の移動を承認できた人物は、同じとは限りません。』
俺は息をのんだ。
父さんは会計担当者だった。
資金移動への関与を認めている。
だが、承認する権限は、別の人物にあった可能性がある。
さらに、最後の1行が表示された。
『次に調べるべきは、送金先ではなく、承認記録です。』
俺は端末を握りしめた。
送金先。
承認記録。
1億円の内訳。
調べるべきものが、少しずつ具体的になっていく。
だが、同時に疑問も深まった。
このメッセージを送っている人物は、なぜそこまで知っている?
俺が調べた資料まで把握しているのか?
それとも、最初から俺がそこへたどり着くと分かっていたのか?
俺は黒い封筒を取り出した。
『あなたの父親は、1億円を盗んでいない。』
その言葉を、もう1度見つめる。
もし本当なら。
父さんは、何を守ろうとしていたんだ?
そして、誰がその事実を知っている?
DAY6。
第1回投票まで、あと24日。
俺たちはまだ、主催者Xの正体に近づけていない。
だが、12年前の事件については、確かに前へ進んでいた。
第1章 第11話 完
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
この作品では、物語の中に少しずつ「主催者X」につながるヒントを散りばめています。
ぜひ皆さんの推理を聞かせてください!
**「Xはこの人だと思う!」**
**「このセリフが怪しい!」**
**「この行動、もしかして伏線?」**
**「この人物は逆にXではなさそう」**
など、どんな予想・考察でも大歓迎です。
もちろん、物語そのものについての感想や「このキャラが好き!」といったコメントも、とても嬉しいです。
皆さんが現時点で**誰をXだと予想しているのか**、ぜひ感想欄で教えてください。
そして「続きが気になる」「面白かった」と感じていただけましたら、評価やレビューで応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!
果たして――
**13人の中に潜む主催者Xは誰なのか?**
あなたの推理、お待ちしています!
毎日19時10分と20時10分更新予定です!!
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