第1章 第7話「自己紹介の値段」
自己紹介の情報が、30,000円。
俺は端末に表示された商品名を、もう1度読み直した。
『INFO-004:参加者の自己紹介について』
『本商品では、DAY2に実施された自己紹介について、確認済みの情報を1件開示します』
昨日、俺たちは13人で円になって座り、名前や職業、好きなものを話した。
あの時間は、悪くなかったと思う。
少なくとも、初めて会ったときよりは、みんなのことを知れた。
なのに、STORE Xはその自己紹介を商品にした。
ユウキ:「……人の自己紹介で商売するなよ」
しかも30,000円。
俺が無職だと知るために30,000円払う人がいたら、全力で止めたい。
その金でカレーを食べたほうが、よほど有意義だ。
俺は商品を購入せず、端末を閉じた。
だが、眠ろうとしても気になってしまう。
この商品で分かるのは、誰かの経歴なのか。
それとも、自己紹介の内容に関する別の事実なのか。
考えているうちに、日付が変わった。
◇
DAY3。
午前8時。
食堂へ行くと、レンが珍しく真剣な顔で端末を見つめていた。
ユウキ:「おはよう。どうした?」
レン:「ユウキ。俺、重大なことに気づいた」
ユウキ:「何?」
レン:「昨日の自己紹介、俺だけ好きなものを2つ言ってた」
ユウキ:「……それが?」
レン:「みんなに不公平だったかもしれない」
ユウキ:「朝から考えること、それ?」
レンは真顔で頷いた。
レン:「だから今日、みんなに好きなものを追加で聞こうと思う」
ユウキ:「やめとけ。自己紹介の情報商品が増えるぞ」
レン:「えっ?」
俺がINFO-004の画面を見せると、レンは固まった。
レン:「30,000円……?」
ユウキ:「そう」
レン:「じゃあ俺、昨日の自己紹介で30,000円分の価値を生み出したってこと?」
ソウタ:「13人分の自己紹介についての情報だ。お前個人の市場価値ではない」
背後から現れたソウタが、容赦なく訂正した。
レン:「朝から夢を壊すなよ!」
俺は笑いながら朝食を注文した。
だが、ソウタはINFO-004の画面を見ると、表情を変えた。
ソウタ:「これ、昨日の自己紹介が終わったあとに追加されたのか?」
ユウキ:「ああ。夜に通知が来た」
ソウタ:「なら、みんなに知らせたほうがいい」
俺も同じことを考えていた。
昨日の自己紹介は、全員が参加したものだ。
その情報が売られているなら、全員が知っておくべきだろう。
◇
午前10時。
共有リビングに13人が集まった。
モニターには、INFO-004の商品画面が映っている。
アカリ:「えーっ! 自己紹介って売れるの!?」
ヒナ:「私の好きなもの、写真だよ? みんなもう知ってるよ?」
カイト:「俺なんて力仕事が得意って言っただけだぞ」
レン:「俺の自己紹介は、もっと価値あると思うけどな」
ソウタ:「まだ言ってるのか」
笑いが起きる。
だが、シオンはモニターを見つめたままだった。
シオン:「商品説明をよく読んでほしい」
俺たちは画面に目を向けた。
『確認済みの情報を1件開示します』
シオン:「自己紹介の内容を全部確認できるとは書いていない」
リナ:「うん。何か1つの事実を教えてくれるだけかもしれない」
レイ:「たとえば、誰かの職業が事実かどうか、とか?」
ソウタ:「可能性はある。ただ、商品名だけでは分からない」
シオンがノートを開く。
シオン:「昨日、俺は自己紹介の内容を証明された事実として扱わないほうがいいと言った。だからこそ、これは気になる」
ハルカ:「でも、誰かの過去を勝手に調べることになるかもしれないよね」
セナ:「話したくないことがある人もいると思う」
セナの言葉に、ナナが小さく頷いた。
俺も同じ気持ちだった。
自己紹介では、父さんの事件について話さなかった。
もし、そのことが商品として売られているなら。
俺は、正直に言って嫌だ。
ユウキ:「……買う前に、本人に聞くって方法もあるんじゃないか?」
全員の視線が集まる。
ユウキ:「気になることがあるなら、まず本人に聞く。それで話したくないなら、無理に聞かない」
ソウタ:「本人が嘘をつく可能性は?」
ユウキ:「あると思う。でも、だからって最初から30,000円払って調べるのも、何か違う気がする」
ソウタは少し考えた。
ソウタ:「……判断材料としては分かる」
珍しく、否定されなかった。
俺は少しだけ安心した。
◇
話し合いの途中で、レイが手を上げた。
レイ:「1つ聞いてもいい?」
シオン:「どうぞ」
レイ:「みんなは、このゲームに参加した理由を話せる?」
空気が変わった。
名前。
職業。
好きなもの。
昨日の自己紹介では、そこまでしか話していない。
なぜ1億円ゲームに参加したのか。
その理由には、もっと個人的な事情があるはずだ。
レン:「俺は金かな。1億円あったら、やりたいことがいろいろあるし」
カイト:「俺も金は欲しいな。まとまった額があれば、できることが増える」
アカリ:「私も! また何か始めたいし!」
明るい声が続く。
だが、全員が同じ理由とは限らない。
シオン:「俺は、このゲーム自体に興味があった」
リナ:「私は招待状の内容が気になったから」
ヒナ:「私は島で365日っていうのに、ちょっと惹かれたかな。写真も撮れるし」
ソウタ:「俺は、参加条件と運営の仕組みを確認したかった」
レン:「ソウタ、旅行先でも利用規約読んでそう」
ソウタ:「読む」
レン:「即答だった」
また笑いが起きた。
だが、レイはそのまま俺を見た。
レイ:「ユウキは?」
心臓が小さく跳ねた。
俺の参加理由。
1億円が欲しかった。
人生を変えたかった。
そして、父さんの事件について知りたかった。
どこまで話すべきだろう。
ユウキ:「……金も欲しい。でも、それだけじゃない」
レイ:「そう」
レイは、それ以上聞かなかった。
ありがたかった。
同時に、少し不思議でもあった。
質問した本人なのに、答えを深く聞こうとしない。
何かを確かめたかったのだろうか。
◇
昼食後。
俺は居住棟の廊下で、ナナと鉢合わせた。
ナナ:「あ、ユウキくん」
ユウキ:「お疲れ。買い物?」
ナナ:「うん。少しだけ」
ナナは小さな袋を持っていた。
中にはお菓子が入っている。
昨日、好きなものは甘いものだと言っていた。
ユウキ:「本当に甘いもの好きなんだな」
ナナ:「うん。食べると落ち着くから」
彼女は少し笑った。
だが、すぐに表情を曇らせる。
ナナ:「……ねえ、ユウキくん」
ユウキ:「何?」
ナナ:「昨日の自己紹介、変じゃなかったかな」
ユウキ:「全然。普通だったと思うけど」
ナナ:「そっか。よかった」
ナナはほっとしたように息を吐いた。
俺は少し迷ってから、尋ねた。
ユウキ:「何か気になることでもある?」
ナナは袋の持ち手を握りしめた。
ナナ:「……話してないことがあるだけ」
その言葉に、俺は黙った。
自分も同じだからだ。
ナナ:「でも、嘘をついたわけじゃないよ」
ユウキ:「うん」
ナナ:「……それだけ」
ナナは小さく頭を下げ、部屋へ戻っていった。
俺は廊下に立ったまま、彼女の言葉を思い返した。
話していないことがある。
でも、嘘をついたわけじゃない。
秘密と嘘は、同じではない。
そんな当たり前のことを、俺は忘れかけていた。
◇
午後2時。
共有リビングへ戻ると、ヒナが写真を整理していた。
昨日のホールの写真も、画面に並んでいる。
ユウキ:「腕時計の写真、何か分かった?」
ヒナ:「ううん。まだ。でも、ちょっと気になることがあって」
ヒナは別の写真を開いた。
船内で撮影したものだ。
参加者たちが、それぞれの席に座っている。
その中に、腕時計をつけた人物が何人か写っていた。
ヒナ:「似たような時計、何人か持ってるんだよね」
ユウキ:「……そうなのか」
ヒナ:「うん。だから、あの写真だけじゃ分からないと思う」
俺は頷いた。
昨日、誰かの名前が浮かんだ気がした。
だが、決めつけなくてよかった。
もし、あのとき誰かを疑っていたら。
今頃、関係のない相手を傷つけていたかもしれない。
そのとき、ヒナが別の写真を表示した。
ヒナ:「あと、これ」
写真には、船の乗船口が写っていた。
黒い制服の係員。
そして、乗船する参加者たち。
その端に、黒い封筒らしきものが見えた。
ユウキ:「……これ、誰の荷物?」
ヒナ:「分からない。顔が写ってないんだ」
封筒は、誰かのバッグの隙間から少しだけ見えていた。
だが、バッグの持ち主は画面の外にいる。
俺たちは写真を拡大した。
黒い封筒。
銀色の文字。
そして、バッグについた小さな飾り。
青い、丸いビーズのようなものだった。
俺はその飾りを見た瞬間、胸の奥がざわついた。
どこかで見たことがある。
遠い昔。
まだ、俺が8歳だった頃。
青い空の下で、誰かが笑っていた。
その手に、青いものが光っていた気がする。
ユウキ:「……っ」
ヒナ:「ユウキくん?」
ユウキ:「いや、何でもない」
俺は画面から目を離した。
記憶は、そこで途切れてしまった。
あの飾りが何なのか。
誰のバッグなのか。
今は、何も分からない。
◇
夕方。
STORE Xから、新しい通知が届いた。
『INFO-004の販売終了時刻をお知らせします』
『本日午後8時』
俺は端末を見つめた。
また期限つきだ。
まるで、考える時間を奪うように。
共有リビングでは、シオンとリナが購入について話していた。
シオン:「今回は共同購入を提案しないつもりだよ」
リナ:「うん。自己紹介に関する情報だから、本人の意思も考えたい」
俺は2人の会話を聞きながら、少し安心した。
誰かの秘密を暴くことだけが、ゲームの進め方じゃない。
そう思えたからだ。
だが、その直後。
端末が震えた。
『INFO-004が購入されました』
俺は目を見開いた。
誰かが買った。
30,000円を払って、自己紹介に関する情報を手に入れた。
購入者の名前は表示されていない。
シオンもリナも、同じ通知を見ていた。
リナ:「……誰か買ったんだ」
シオン:「そうみたいだね」
俺は周囲を見渡した。
共有リビングにいるのは、俺、シオン、リナ、ヒナ、レン、アカリ。
ほかの7人は、それぞれ別の場所にいる。
だが、端末があれば、どこからでも購入できる。
この場にいるかどうかは、関係ない。
そのとき、さらに通知が届いた。
『購入者より、参加者全員への情報共有が申請されました』
画面に、確認ボタンが表示される。
俺は迷わず押した。
次の瞬間、モニターに白い文字が浮かび上がった。
『INFO-004:参加者の自己紹介について』
『DAY2に実施された自己紹介において、参加者13人全員が、自身の過去に関する情報の一部を開示していません。』
俺は息をのんだ。
13人全員。
つまり、俺だけじゃない。
全員が、何かを話していない。
それは当然のことかもしれない。
たった数分の自己紹介で、人生のすべてを話せるはずがないからだ。
だが、なぜSTORE Xは、わざわざそれを情報商品にした?
誰かが30,000円を払ってまで、俺たちに知らせたかったことは何だ?
その答えを考える間もなく、最後の通知が届いた。
『購入者からのメッセージ』
『隠していることがあるのは、あなただけじゃない。』
俺は画面を見つめた。
その言葉は、責めるためのものなのか。
それとも、誰かを安心させるためのものなのか。
分からない。
ただ、1つだけ確かなことがある。
この島には、俺たち13人の過去を知ろうとしている人物がいる。
そして、その人物は、情報を独り占めすることを選ばなかった。
DAY3。
第1回投票まで、あと27日。
俺たちは少しずつ、互いの秘密に近づき始めていた。
第1章 第7話 完
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
この作品では、物語の中に少しずつ「主催者X」につながるヒントを散りばめています。
ぜひ皆さんの推理を聞かせてください!
**「Xはこの人だと思う!」**
**「このセリフが怪しい!」**
**「この行動、もしかして伏線?」**
**「この人物は逆にXではなさそう」**
など、どんな予想・考察でも大歓迎です。
もちろん、物語そのものについての感想や「このキャラが好き!」といったコメントも、とても嬉しいです。
皆さんが現時点で**誰をXだと予想しているのか**、ぜひ感想欄で教えてください。
そして「続きが気になる」「面白かった」と感じていただけましたら、評価やレビューで応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!
果たして――
**13人の中に潜む主催者Xは誰なのか?**
あなたの推理、お待ちしています!
毎日19時10分と20時10分更新予定です!!
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