第1章 第60話「第2回プリン消失事件」
DAY61。
第2回X投票から、一夜が明けた。
昨日、ナナは最多得票者として判定され、主催者Xではないことが確定した。
投票の緊張から解放された朝。
俺たち13人を待ち受けていたのは、予想もしない事件だった。
レン:「……ない」
食堂の冷蔵庫を開けたレンが、低い声で呟いた。
レン:「ない……ないぞ……!」
ソウタ:「何が?」
レンはゆっくりと振り返った。
その顔は、昨日の投票結果を待っていたときよりも深刻だった。
レン:「俺のプリンが、消えた」
食堂が静まり返った。
レイがコーヒーを置く。
レイ:「また?」
レン:「またって言うな! 今回は2個買って、1個は昨日食べた。残りの1個を今日の楽しみにしてたんだ!」
前回のプリン消失事件では、犯人はレイだった。
しかも動機は、投票対象者に選ばれた腹いせ。
あの事件を受け、レンはプリンの蓋に大きく名前を書くようになっていた。
レン:「今回は『レンのプリン。食べたら絶交』って書いたんだぞ!」
カイト:「絶交の対象、13人中12人かよ」
レン:「それくらい大事だったんだ!」
俺は冷蔵庫を覗いた。
確かに、プリンはない。
代わりに、棚の奥に空の容器が1つ置かれていた。
蓋には、太い文字で『レンのプリン』。
食べた人物は、容器だけを残していた。
レン:「挑発だ……!」
ソウタ:「普通に捨て忘れただけじゃないか?」
レン:「犯人の心理を勝手に軽くするな!」
こうして、島を揺るがす第2回プリン消失事件が幕を開けた。
◇
午前9時。
食堂のテーブルを囲み、13人全員による緊急会議が始まった。
議長はシオン。
書記は俺。
被害者はレン。
そして容疑者は、レンを除く12人。
シオン:「まず、プリンを最後に確認した時刻は?」
レン:「昨日の夜9時!」
ユウキ:「今朝、なくなっているのに気づいたのが8時半だな」
シオン:「つまり、その間に食べられた可能性がある」
レイ:「僕は今回は食べてないよ」
レン:「前科がある人間の発言は慎重に扱う」
レイ:「前回は自白したでしょ」
レン:「それはそう!」
俺はホワイトボードに書いた。
『被害品:プリン1個』
『発見場所:食堂の冷蔵庫』
『残された物:空の容器』
『犯行推定時刻:昨夜9時〜今朝8時半』
そこへアカリが手を挙げた。
アカリ:「ねえ、昨日の夜、ナナが食堂にいたよね?」
全員の視線が、ナナへ向いた。
ナナはきょとんとした顔で首を傾げた。
ナナ:「……違います」
小さく、柔らかく、少しだけ頬を膨らませた返答だった。
上目遣いで、もう一度。
ナナ:「私じゃないです……」
…………。
誰も反応できなかった。
レンですら口を開けたまま固まっている。
アカリは両手で口元を押さえた。
ハルカは無言で目を逸らした。
カイトは天井を見た。
ソウタは眼鏡を直そうとして、途中で手を止めた。
シオン:「……ええと」
ユウキ:「……次の質問に進もうか」
レン:「待て! 今の可愛さで捜査を終わらせるな!」
ようやく被害者が正気に戻った。
◇
午前10時。
容疑者への聞き取りが始まった。
まずはレイ。
レイ:「昨日は自室にいたよ。前回の件があるから、今回は冷蔵庫にも近づいてない」
レン:「本当だな?」
レイ:「本当。そもそも、君のプリンを食べるなら今回はちゃんと買うよ」
レン:「前回もそうしてくれ!」
続いてソウタ。
ソウタ:「俺は昨日の夜、シオンと資料を整理していた」
シオン:「確認できる」
リナ、セナ、ハルカも、それぞれ昨夜の行動を説明した。
ミオは自室で本を読んでいたという。
俺も昨夜は自室でノートを整理していた。
そして、ナナの番になった。
シオン:「ナナ。昨日の夜、食堂に来た?」
ナナ:「……来ました」
レン:「おっ!」
ナナ:「お水を飲みに……」
ナナは両手でコップを持つ仕草をした。
ナナ:「喉が渇いてたので……」
…………。
再び沈黙。
カイト:「……水は大事だな」
ソウタ:「捜査を進めろ!」
シオンが咳払いをした。
シオン:「冷蔵庫は開けた?」
ナナ:「……開けました」
レン:「おおっ!?」
ナナ:「冷たいお水を取ろうと思って……」
ナナは、また少しだけ頬を膨らませた。
ナナ:「でも、プリンは食べてないです……」
レンが机に突っ伏した。
レン:「くそっ……! 疑いにくい……!」
レイ:「君、前回は僕を即座に犯人扱いしたよね」
レン:「お前は実際に犯人だっただろ!」
◇
昼。
捜査はいったん中断された。
昼食のメニューは焼き魚定食。
レンは魚を見つめながら呟いた。
レン:「プリン……」
ソウタ:「魚に謝れ」
俺は食堂の隅で、午前中の証言を整理した。
ナナは昨夜、食堂に来た。
冷蔵庫も開けた。
だが、それだけではプリンを食べた証拠にならない。
そこでヒナが声を上げた。
ヒナ:「あっ! 昨日の夜、写真撮った!」
ユウキ:「写真?」
ヒナ:「星がきれいだったから、食堂の窓から撮ったの。ナナも一緒にいたよ」
ヒナが端末を開く。
表示されたのは、夜空を撮影した写真だった。
窓際に、ナナの後ろ姿が小さく写っている。
撮影時刻は午後10時17分。
その写真の端に、食堂のテーブルが写っていた。
俺は画面を拡大する。
ユウキ:「……これ」
テーブルの上に、小さな容器がある。
白い蓋。
丸い形。
レンが立ち上がった。
レン:「プリンだあああ!」
ナナの肩が、ぴくりと動いた。
◇
午後1時。
緊急会議が再開された。
ホワイトボードには、新しい証拠が追加されている。
『午後10時17分の写真に、プリンと思われる容器』
シオンが説明する。
シオン:「ただし、写真だけでは誰が食べたか分からない」
レン:「でも、ナナはそこにいた!」
ナナ:「……違います」
また、あの声だった。
ナナ:「私、食べてないです……」
…………。
全員が黙った。
レンは両手で顔を覆った。
レン:「頼む……! その言い方をやめてくれ……!」
アカリ:「可愛すぎて追及できないよ!」
ハルカ:「ナナ、普通に答えて大丈夫だからね」
ナナ:「……はい」
返事まで可愛かった。
ソウタ:「この島、推理より感情が優先されすぎだろ!」
俺は笑いをこらえながら、写真をもう一度確認した。
テーブルに置かれた容器。
その横には、小さなスプーン。
そして、もう1つ。
折り畳まれた紙が写っていた。
ユウキ:「ヒナ、この紙って何?」
ヒナ:「あ、それ! ナナが持ってたメモだよ」
ナナ:「……!」
ナナの顔が、わずかに赤くなった。
◇
午後2時。
俺たちは、写真に写った紙について確認した。
ナナは最初、何のメモか思い出せないと言った。
だが、ヒナが当時の会話を思い出した。
ヒナ:「ナナ、昨日『明日買い物しなきゃ』って言ってたよね?」
ナナ:「……うん」
ヒナ:「それで、メモを書いてた」
ナナは小さく頷いた。
ナナ:「生活用品の買い物メモです」
シオンが尋ねる。
シオン:「見せてもらえる?」
ナナは少し迷ったあと、ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
そこには、こう書かれていた。
『洗剤』
『ティッシュ』
『お茶』
『プリン』
全員の視線が、最後の1行に集中した。
レン:「プリン!!」
ナナ:「……!」
ナナは慌てて紙を隠そうとした。
ナナ:「これは、その……」
頬が真っ赤になっている。
ナナ:「自分で買おうと思って……」
レンは机に手をついた。
レン:「じゃあ、なんで俺のプリンが消えたんだよ!」
ナナ:「……違います」
小さな声。
上目遣い。
少し潤んだ瞳。
…………。
誰も言葉を発せなかった。
ソウタだけが、眼鏡を外して目頭を押さえた。
ソウタ:「頼むから、証拠と可愛さを別々に処理してくれ……」
◇
午後4時。
捜査は最終段階に入った。
決定的な証拠を見つけたのは、リナだった。
リナ:「ねえ。空の容器、まだあるよね?」
レン:「ある!」
レンが証拠品として保管していた容器を持ってくる。
リナは蓋を確認した。
そこには、レンが書いた文字が残っている。
『レンのプリン。食べたら絶交』
だが、その下に、小さな文字が書き足されていた。
『ごめんなさい』
全員が固まった。
レン:「……誰だ、これ書いたの」
ナナが、ゆっくりと顔を伏せた。
リナは続けた。
リナ:「ナナ、昨日の買い物メモと同じペンだよね」
ナナは答えない。
シオンが、メモと蓋を並べた。
どちらも青いインク。
文字の癖もよく似ている。
それだけで筆者を断定することはできない。
だが、ナナが食堂にいたこと、プリンの容器が写真に写っていたこと、買い物メモにプリンと書かれていたこと。
そして、蓋の『ごめんなさい』。
複数の事実が、同じ方向を指していた。
シオン:「ナナ。もう一度だけ聞くね」
ナナは顔を上げた。
シオン:「レンのプリンを食べた?」
長い沈黙。
そして――。
ナナ:「…………はい」
食堂が静まり返った。
ナナ:「……食べました」
レン:「犯人だあああああ!!」
◇
午後5時。
ナナによる供述が始まった。
彼女は椅子に座り、両手を膝の上に置いていた。
ナナ:「昨日、投票で私が対象者に選ばれて……」
声が少し小さくなる。
ナナ:「Xじゃないって分かって、安心したんですけど……やっぱり、ショックで……」
俺たちは黙って聞いた。
ナナ:「みんなに疑われたことを思い出したら、なんだか悲しくなって……」
ナナは俯いた。
ナナ:「ストレス発散で、甘いものが食べたくなりました」
レン:「それで?」
ナナ:「冷蔵庫を開けたら、プリンがあって……」
レン:「俺の名前、書いてあったよな?」
ナナ:「……はい」
レン:「絶交って書いてあったよな?」
ナナ:「……はい」
ナナは、ぎゅっと目を閉じた。
ナナ:「でも、食べちゃいました……」
その場にいた全員が、言葉を失った。
ナナは続けた。
ナナ:「食べたあと、悪いことしたと思って、蓋に『ごめんなさい』って書きました」
俺はノートに記した。
『犯行動機:投票対象者に選ばれたショック』
『ストレス発散のため、甘いものを食べたくなった』
『被害品:レンのプリン1個』
……第1回プリン消失事件と、動機がほぼ同じだった。
俺はレイを見た。
レイも俺を見た。
レイ:「歴史は繰り返すんだね」
ソウタ:「この島の歴史、プリンに偏りすぎだろ」
◇
午後6時。
判決の時間が来た。
議長のシオンが、厳粛な表情で立ち上がる。
シオン:「第2回プリン消失事件。被疑者、水瀬ナナ」
ナナが小さく肩を震わせた。
シオン:「本人の供述と、写真および容器の記載内容を総合し、犯人はナナと認定します」
レンが拳を握った。
レン:「よし!」
シオンは続ける。
シオン:「処分は、プリン2個の弁償」
ナナ:「……はい」
レン:「異議なし!」
ナナは立ち上がると、レンに向かって深く頭を下げた。
ナナ:「レンくん、ごめんなさい……」
その声が、あまりにも可愛かった。
レンは硬直した。
レン:「…………」
ナナ:「ちゃんと、2個買って返します……」
レンは胸を押さえた。
レン:「……1個でいい」
ソウタ:「判決を勝手に減刑するな!」
全員が笑った。
ナナも、ようやく笑った。
◇
夜。
食堂には、いつもの賑やかさが戻っていた。
ナナは売店で買ったプリンを2個、レンに差し出した。
ナナ:「本当にごめんなさい」
レン:「もういいって。昨日はいろいろあったしな」
レンは1個を受け取り、もう1個をナナに返した。
ナナ:「えっ?」
レン:「それ、一緒に食べようぜ」
ナナは目を丸くした。
ナナ:「……いいの?」
レン:「ただし、次からはちゃんと自分のを買えよ!」
ナナ:「うん!」
2人は並んでプリンを食べ始めた。
俺はその様子を見ながら、少し笑った。
昨日、ナナはX投票の対象者に選ばれた。
今日は、プリン消失事件の犯人に選ばれた。
まさか2日連続で、全員の注目を集めることになるとは。
ミオ:「ユウキ、何笑ってるの?」
ユウキ:「いや、平和だなって」
ミオは俺の隣に座った。
ミオ:「そうだね」
そのとき、レンが突然立ち上がった。
レン:「待て! 俺のプリン、もう1個ない!」
食堂が静まり返った。
全員の視線が、ナナへ向く。
ナナはスプーンを持ったまま、きょとんとした。
ナナ:「……違います」
…………。
誰も反応できなかった。
レイが、ゆっくりと手を挙げた。
レイ:「それ、僕が食べた」
レン:「お前かあああああ!!」
食堂に、今日一番の笑い声が響いた。
こうして第2回プリン消失事件は解決した。
第1章 第60話 完
第1章 第51〜60話 あらすじ・重要事項まとめ
あらすじ
管理棟の記録保管室で、13人全員に12年前の「青風」に関する記録が存在すると判明する。ユウキは自分が交流会の04班に所属していたことを確認。さらに、当時渡されなかった紙製保管袋には、写真と手紙が入っていたことが分かる。
未交付品の管理に関わっていたのは、ナナの母・水瀬真紀だった。ナナは写真や母親の言葉を少しずつ思い出すが、説明が増えるほど周囲の疑惑も強まっていく。
DAY60、第2回X投票。最多の6票を集めたナナが判定対象となる。しかし結果は**「Xではない」**。ユウキは今回もシオンに投票していた。
翌日、レンのプリンが消失。全員による捜査の末、犯人はナナと判明する。投票対象者に選ばれたショックから、甘いものが食べたくなったという。プリン2個の弁償で事件は解決し、13人に笑顔が戻った。
判明した重要事項
- 13人全員に青風関連記録がある。ただし、関わり方はそれぞれ異なる。
- ユウキとナナは、12年前の交流会で04班に参加していた。
- 04班の未交付品には写真と手紙が含まれ、別々に保管された。
- 水瀬真紀は、児童保護上の事情から直接交付を避け、指定窓口を通じて返却を確認していた。
- ユウキ自身も未交付写真の照合対象だが、受取予定者かどうかは不明。
- 第2回投票はナナ6票、シオン3票、ソウタ2票、ミオ1票、セナ1票。ナナは非Xと確定し、今後の判定対象から除外された。
- Xは残る11人の中にいる。 第3回投票はDAY90。
第2章へ――父が隠した真実
ナナへの疑いは晴れた。しかし、青風の写真と手紙は、まだ本来の持ち主に届いていない。
そしてユウキの前には、もう1つの未解決事件が残されている。
12年前、青風未来基金から消えた1億円。
会計担当だった父・神崎直人は、なぜ資金を移動させたのか。なぜ行き先を明かさなかったのか。
父は本当に、1億円を盗んだのか――。
第2章では、ユウキが避け続けてきた父の証言へと迫る。守ろうとしたもの、隠された行き先、そして13人をこの島に集めた理由。
過去を知るほど、今そばにいる仲間たちの見え方が変わっていく。




