第1章 第4話「嘘をつかない情報屋」
『あなたの父親は、1億円を盗んでいない。』
黒い封筒から取り出したカードには、そう書かれていた。
その裏には、もう1行。
『真相を知りたければ、誰も信じるな。』
俺はしばらく、開いたままの扉の前で立ち尽くしていた。
父さんは、1億円を盗んでいない。
信じたい言葉だった。
だが、差出人も分からない紙切れを信じていいのか。
それに、仮に父さんが1億円を盗んでいなかったとしても、事件に何も関わっていなかったとは限らない。
12年前、何があったのか。
俺はまだ、何も知らない。
ユウキ:「……誰も信じるな、か」
カードを封筒に戻し、廊下を見渡した。
誰もいない。
居住棟の廊下には防犯カメラが設置されている。
運営に確認すれば、封筒を置いた人物が分かるかもしれない。
俺は端末を手に取った。
だが、問い合わせ画面を開いたところで、指が止まる。
運営に聞けば、この封筒を受け取ったことも知られる。
それが得策なのか、判断できなかった。
結局、俺は封筒を引き出しにしまった。
今日はもう寝よう。
そう思ってベッドに横になったものの、目を閉じるたびにカードの文章が浮かんでくる。
父さんは、1億円を盗んでいない。
誰も信じるな。
矛盾しているようで、矛盾していない。
カードの言葉自体も、疑えということなのだろう。
ユウキ:「……面倒くさい招待状だな」
天井に向かってつぶやいた。
返事はない。
当たり前だ。
返事があったら、今度こそ部屋から飛び出していた。
◇
DAY2。
午前7時。
俺は食堂で、昨日と同じカレーを注文しようとしていた。
だが、画面に表示された商品名を見て手を止める。
『朝食セット 650円』
トースト、卵、サラダ、スープ。
健康的だ。
俺は朝食セットを選んだ。
受け取り口でトレーを持ち上げると、後ろから声がした。
レン:「ユウキ、おはよう。昨日のカレーは?」
ユウキ:「朝からカレーを食べるほど、俺はカレーに人生を捧げてない」
レン:「昨日、62杯分とか数えてなかった?」
ユウキ:「聞いてたのかよ」
レン:「いや、今適当に言った」
ユウキ:「怖っ」
レンは笑いながら、俺の隣で朝食セットを注文した。
そして、受け取り口に並んだ料理を見て固まる。
レン:「……なあ」
ユウキ:「何?」
レン:「俺の卵、ないんだけど」
確かに、トレーにはトーストとサラダとスープしかない。
係員に確認すると、注文履歴を見せられた。
『朝食セット・卵抜き』
レン:「誰が卵抜きにしたんだよ!」
ソウタ:「お前だろ」
通りかかったソウタが即答した。
レン:「いや、俺は卵が好きだ!」
ソウタ:「好みの話はしていない」
レンは端末を確認した。
どうやら、注文時に誤って卵抜きを選択したらしい。
レン:「……俺の朝、終わった」
ユウキ:「650円で人生終わらせるな」
俺は笑いながら席に着いた。
少しだけ、昨日の夜のことを忘れられた。
◇
朝食を終えると、共有リビングに全員が集まった。
昨日、運営から届いた通知について話し合うためだ。
黒い封筒。
その中にあった、投票対象者がすでに決まっているというカード。
俺は昨夜、自室の前に置かれていた封筒のことを話すべきか迷っていた。
だが、まずはほかの人の話を聞くことにした。
シオン:「昨日の通知を確認したい。黒い封筒について、何か知っている人はいる?」
誰も手を上げない。
しばらくして、レイが口を開いた。
レイ:「写真に写っていた封筒と、運営が通知した封筒は同じものなのかな」
リナ:「外見は一致してる。でも、写真だけじゃ同一とは断定できない」
ソウタ:「封筒の中身が、いつ入れられたかも分からない」
ヒナ:「私が撮ったときは、閉じてたよ」
シオン:「つまり、撮影後に誰かが開けた可能性がある」
カイト:「誰かがわざと見つけさせたってことか?」
シオン:「その可能性もある」
シオンはノートに書き込んだ。
昨日から何度も見ている光景だ。
彼のノートには、すでに相当な量の情報が記録されているのだろう。
アカリ:「でもさ、『投票対象者はすでに決まっている』って、どういう意味なんだろう?」
ハルカ:「誰かに投票を集めようとしてるのかもしれないね」
ナナ:「……怖いね」
ナナは小さくつぶやいた。
セナが隣から声をかける。
セナ:「まだ誰の名前も出ていないよ。今から決めつけなくても大丈夫」
その言葉に、ナナは頷いた。
俺も同じことを考えていた。
まだ誰の名前も出ていない。
だからこそ、全員が疑わしく見える。
そして、俺自身もその13人のうちの1人なのだ。
◇
話し合いが終わったあと、俺はSTORE Xへ向かった。
中央施設の隣にある、白い建物。
入口には大きな看板が掲げられている。
『STORE X』
店内には食料品や日用品が並び、奥には情報商品の購入端末が設置されていた。
俺は迷わず端末へ向かった。
昨日見つけた商品が、まだ販売されている。
『INFO-001:ホールに置かれた黒い封筒について』
『価格:50,000円』
高い。
改めて見ても高い。
俺の生活費は、残り約99,000円。
これを買えば、今月の生活費がほぼ半分になる。
しかも、何が分かるのかは購入するまで不明。
俺が端末の前で悩んでいると、背後から声がした。
ミオ:「ユウキ?」
振り向くと、ミオが立っていた。
手には歯ブラシとタオルを持っている。
ユウキ:「ミオ。買い物?」
ミオ:「うん。必要なものを少し」
ミオは俺の端末を見た。
ミオ:「情報商品?」
ユウキ:「ああ。昨日の黒い封筒について、何か分かるらしい」
ミオ:「50,000円……高いね」
ユウキ:「だろ? しかも、情報1件だけ」
俺は画面を指さした。
ユウキ:「これで『封筒は黒かったです』って言われたら、泣く自信ある」
ミオ:「それは……泣いてもいいと思う」
ミオが小さく笑った。
俺も笑う。
だが、彼女はすぐに真面目な表情へ戻った。
ミオ:「買うの?」
ユウキ:「迷ってる。知りたいことはあるけど、生活費も大事だし」
ミオ:「そうだね。買うなら、何を知りたいのか考えてからのほうがいいと思う」
ユウキ:「何を知りたいか……」
俺は画面を見つめた。
封筒を置いた人物。
中にあったカードを書いた人物。
そして、俺の部屋の前に封筒を置いた人物。
知りたいことは、いくつもある。
だが、この商品が教えてくれるのは、そのうちの何か1つだけかもしれない。
ユウキ:「……今日はやめとく」
購入画面を閉じた。
ミオ:「うん」
ミオはそれ以上、何も言わなかった。
俺たちは並んでレジへ向かった。
◇
STORE Xを出ると、リナとシオンがベンチに座っていた。
2人とも端末を見つめている。
リナ:「あ、ユウキくん。ちょうどよかった」
ユウキ:「何かあった?」
リナ:「情報商品の一覧を調べてたんだけど、気になるものがあって」
リナが画面を見せる。
『INFO-002:参加者13人の共通点について』
『価格:80,000円』
俺は思わず目を見開いた。
ユウキ:「共通点?」
シオン:「招待状にあった、無作為に選ばれたわけではないという文章と関係している可能性がある」
リナ:「でも、80,000円なんだよね」
ユウキ:「……高すぎない?」
シオン:「生活費の8割だ」
ユウキ:「それ、買ったら今月どうやって暮らすんだよ」
シオンは真顔で答えた。
シオン:「残り20,000円で生活する」
ユウキ:「計算は合ってるけど、そういう話じゃない」
リナが笑った。
シオンは少し考えたあと、ノートを開いた。
シオン:「だから、共同購入を提案したい」
ユウキ:「共同購入?」
シオン:「情報を買うために、複数人で費用を出し合う。購入した情報は、出資者全員に共有する」
なるほど。
1人で80,000円を払うのは厳しい。
だが、8人で出せば1人10,000円。
13人全員なら、さらに負担は軽くなる。
ただし、問題がある。
ユウキ:「……Xも参加できるよな」
シオン:「そうだね」
ユウキ:「だったら、Xに情報を渡すことにならない?」
リナ:「逆に、Xがどんな反応をするか観察できるかもしれない」
リナは落ち着いた声で答えた。
リナ:「情報を隠したがる人がいるなら、それも手がかりになる」
確かに、そういう考え方もある。
だが、Xが本当に情報を隠したがるとは限らない。
むしろ、俺たちに何かを知ってほしくて、このゲームを始めた可能性だってある。
俺はそう思ったが、口には出さなかった。
◇
午後3時。
シオンの提案で、再び共有リビングに13人が集まった。
議題は、情報商品の共同購入。
シオンが端末をモニターに接続し、商品一覧を表示した。
シオン:「現在、確認できる情報商品は2件。黒い封筒についての情報が50,000円。参加者の共通点についての情報が80,000円」
レン:「合計130,000円か」
ソウタ:「全員で均等に負担するなら、1人10,000円だな」
アカリ:「あ、それなら分かりやすい!」
カイト:「俺は賛成だ。1人で買うより安いしな」
何人かが頷く。
だが、レイは腕を組んだままだった。
レイ:「購入した情報は、全員に公開するの?」
シオン:「出資者全員に共有する予定だよ」
レイ:「出資しなかった人には?」
シオン:「そこは、まだ決めていない」
レイは小さく頷いた。
レイ:「なら、先に決めたほうがいいね。あとから揉めると思う」
もっともな意見だった。
すると、ハルカが口を開いた。
ハルカ:「情報を買うこと自体はいいと思う。でも、生活費が足りなくなる人もいるかもしれないよね」
セナ:「うん。必要なものを買えなくなるのは困ると思う」
ナナ:「私も、少し不安かな……」
意見が分かれ始めた。
共同購入は合理的だ。
だが、全員が同じ金額を負担できるとは限らない。
そして、何より。
誰もが同じ情報を欲しがっているわけではない。
俺は、父さんの事件を知りたい。
でも、ほかの12人が何を知りたいのかは分からない。
それぞれの目的が違うなら、協力は簡単ではない。
◇
話し合いが続く中、ソウタが手を上げた。
ソウタ:「1つ確認したい」
シオン:「何?」
ソウタ:「情報商品は、購入した人以外に内容を伝えてもいいのか?」
確かに。
そこを確認していなかった。
シオンは端末で利用規約を開いた。
しばらく操作したあと、画面をモニターに映す。
『情報商品の購入者は、取得した情報を任意の相手に共有できます』
問題ないらしい。
だが、その下には注意書きがあった。
『ただし、購入者による情報の改変、虚偽の伝達について、運営は責任を負いません』
俺は、その文章を見つめた。
STORE Xが売る情報は事実に基づく。
けれど、それを誰かに伝えるとき、内容が変わる可能性がある。
つまり、情報を買った人間が嘘をつけば、ほかの参加者は騙される。
Xが誰なのか分からない以上、共同購入にも危険があるということだ。
ソウタ:「購入した情報は、全員が原文を確認できる形にしたほうがいい」
リナ:「賛成。スクリーンショットだけじゃなくて、購入履歴も確認したい」
シオン:「分かった。購入者の端末を使って、その場で全員に見せる方法にしよう」
少しずつ、話がまとまっていく。
だが、そのときだった。
モニターに新しい通知が表示された。
『STORE Xよりお知らせ』
『情報商品INFO-001の販売を、本日午後6時で終了します』
リビングがざわついた。
レン:「えっ、期限あったの?」
リナ:「商品説明には書かれてなかったはず」
ソウタ:「販売条件が変更されたのか」
シオン:「あと3時間しかない」
俺は時計を見た。
午後3時。
黒い封筒についての情報を買うなら、今決めなければならない。
そのとき、俺の端末が震えた。
個別通知だった。
『神崎ユウキ様へ』
画面を開く。
『あなた宛てに、非公開メッセージが届いています』
俺は周囲を見渡した。
全員がモニターを見ている。
誰も、俺の端末には気づいていない。
メッセージを開いた。
『黒い封筒の情報を買ってはいけない。』
続けて、もう1行。
『その情報を知れば、あなたは最初に疑う相手を間違える。』
背筋が冷たくなった。
誰が送ってきた?
どうして、俺だけに?
そして、なぜ購入を止めようとする?
俺は顔を上げた。
シオンは購入方法を説明している。
リナは端末を操作している。
ソウタは規約を確認している。
レイは静かに全員を見渡している。
ほかの参加者たちも、それぞれの反応を見せていた。
誰もが普通に見える。
だが、この中の誰かが、俺の行動を知っているのかもしれない。
そのとき、ミオが俺に声をかけた。
ミオ:「ユウキ、大丈夫?」
ユウキ:「……ああ」
ミオ:「顔色、悪いよ」
ユウキ:「ちょっと考え事してただけ」
ミオは心配そうに俺を見た。
俺は端末を伏せた。
黒い封筒の情報を買うべきか。
買わないべきか。
どちらを選んでも、誰かの思惑どおりになる気がした。
そして、俺はまだ知らなかった。
この島では、真実そのものよりも――。
真実を、誰から聞くか。
その違いが、やがて13人の関係を壊していくことを。
第1章 第4話 完
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
この作品では、物語の中に少しずつ「主催者X」につながるヒントを散りばめています。
ぜひ皆さんの推理を聞かせてください!
**「Xはこの人だと思う!」**
**「このセリフが怪しい!」**
**「この行動、もしかして伏線?」**
**「この人物は逆にXではなさそう」**
など、どんな予想・考察でも大歓迎です。
もちろん、物語そのものについての感想や「このキャラが好き!」といったコメントも、とても嬉しいです。
皆さんが現時点で**誰をXだと予想しているのか**、ぜひ感想欄で教えてください。
そして「続きが気になる」「面白かった」と感じていただけましたら、評価やレビューで応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!
果たして――
**13人の中に潜む主催者Xは誰なのか?**
あなたの推理、お待ちしています!
毎日19時10分と20時10分更新予定です!!
ブックマークお願いします♪




