第1章 第13話「90,000円の共同購入」
DAY7。
午後8時14分。
俺は共有リビングへ向かいながら、端末に表示された文章を読み返していた。
『誰かを守るためだったとしても、許されるとは限りません。』
昨夜から続く、差出人不明のメッセージ。
父さんが動かした金には、理事会の事前承認を確認できる記録がなかった。
それでも、送金先は分からない。
何のために動かしたのかも分からない。
俺は父さんを信じたい。
だが、信じたいという気持ちだけで、記録に残った問題を消すことはできない。
そのことを、メッセージの送り主は知っているようだった。
共有リビングの扉を開けると、レンがソファでくつろいでいた。
レン:「お、ユウキ。どうした?」
ユウキ:「新しい情報商品が出た。みんなに相談したい」
レン:「いくら?」
ユウキ:「90,000円」
レン:「……俺、今すごく大事な用事を思い出した」
ユウキ:「何だよ」
レン:「節約」
俺は笑いながら、全員に集合メッセージを送った。
◇
午後8時30分。
13人が共有リビングに集まった。
モニターには、INFO-006の商品画面が表示されている。
『青風未来基金の承認記録について』
『価格:90,000円』
アカリが目を丸くした。
アカリ:「90,000円!? 昨日より高くなってない?」
カイト:「情報って、こんなに金かかるのかよ」
ソウタ:「価格と情報量が比例する保証はない。そこが問題だ」
俺は頷いた。
INFO-005は70,000円だった。
そこで分かったのは、1億円の資金移動が単一の取引ではなかったという事実だけ。
重要な情報ではあったが、内訳までは分からなかった。
ユウキ:「今回も、90,000円払えば全部分かるわけじゃない。承認記録の確認結果を1件だけ開示するって書いてある」
シオン:「そこは全員で理解しておこう」
シオンが端末を操作し、共同購入の説明を映した。
各自がSTORE Xへ直接支払い、合計額が商品価格に達すると情報が開示される仕組みだ。
参加者同士で残高を送ることはできない。
だから、今回の共同購入は、前にやったような口約束の割り勘とは違う。
リナ:「13人で均等に負担すると、1人あたり約6,923円だね」
レン:「端数が気持ち悪いな」
ソウタ:「気持ちの問題ではない」
レン:「俺の気持ちにも承認をくれよ」
小さな笑いが起きた。
だが、全員が支払うことに同意しているわけではない。
ハルカが手を上げた。
ハルカ:「私は、情報を調べることには賛成。でも、今月の生活費も考えたいな」
セナ:「無理して払う必要はないと思う」
ナナ:「……私も、少し考えたい」
俺は頷いた。
ユウキ:「もちろん。これは俺の父さんの事件でもあるし、みんなに負担を押しつけたくない」
すると、カイトが腕を組んだ。
カイト:「でも、その事件が俺たちを集めた理由と関係してるかもしれねえんだろ?」
ユウキ:「まだ確定してないけどな」
カイト:「だったら、俺にも調べる理由はある」
リナも頷いた。
リナ:「少なくとも、ここまで何度も同じ事件の情報が出てきてる。無関係だと決めつける理由もないよ」
俺は2人に頭を下げた。
◇
シオンはホワイトボードに、購入条件を書き出した。
『目標額:90,000円』
『購入成立後、情報は13人全員へ共有』
『支払額は各自で決定』
『購入者の個別負担額は、本人が公表しない限り共有しない』
俺は最後の項目を見た。
ユウキ:「誰がいくら払ったか、ほかの人には分からないのか?」
シオン:「共同購入画面には、集まった合計額だけが表示されている。個別の履歴は本人の端末に残るみたいだね」
ソウタ:「なら、金額から人物を推測するのは難しいな」
レイ:「誰かの支払いを監視するための仕組みじゃないんだろうね」
レイはそう言って、画面を眺めた。
俺は自分の残高を確認した。
最初に支給された100,000円。
INFO-001の共同購入で支払った5,000円。
それに、これまでの食費。
まだ余裕はある。
だが、残り23日を考えれば、大きな出費は避けたい。
それでも。
ユウキ:「俺は10,000円出す」
最初に宣言した。
レン:「じゃあ俺も10,000円」
カイト:「俺も」
シオン:「僕も10,000円にする」
リナ:「私も10,000円」
ソウタ:「必要な情報だと判断する。10,000円出そう」
6人で60,000円。
ヒナが手を上げた。
ヒナ:「私も5,000円なら出せる!」
アカリ:「じゃあ私も5,000円!」
合計70,000円。
あと20,000円。
レイが静かに口を開いた。
レイ:「僕も5,000円出すよ」
合計75,000円。
ミオが端末を見てから言った。
ミオ:「私も5,000円なら」
合計80,000円。
あと10,000円。
ハルカ、ナナ、セナは、まだ支払うか決めていない。
俺は3人を見た。
ユウキ:「無理しなくていいから」
ハルカは少し考えてから、首を横に振った。
ハルカ:「私は今回は見送るね。生活費を残しておきたいから」
セナ:「私も。ごめんね」
ユウキ:「謝らないでくれ」
ナナは端末を見つめていた。
やがて、小さく手を上げる。
ナナ:「……私、5,000円出す」
ユウキ:「ナナ、大丈夫?」
ナナ:「うん。自分で決めたから」
合計85,000円。
あと5,000円。
俺は残高を見た。
追加で払えない額ではない。
だが、俺が口を開く前に、レイが言った。
レイ:「残りは僕が出すよ」
そう言って端末を操作する。
数秒後。
『共同購入額:90,000円』
『購入成立』
電子音が鳴った。
◇
モニターに白い画面が表示された。
『INFO-006:青風未来基金の承認記録について』
俺は思わず身を乗り出した。
全員が黙る。
やがて、文章が表示された。
『12年前、問題となった資金移動のうち、少なくとも1件について、必要な理事会の事前承認は得られていませんでした。』
俺は息をのんだ。
昨日の議事録では、事前承認を確認できないと書かれていた。
だが、今回の情報は違う。
必要な承認は、得られていなかった。
そこまで確認された情報だ。
ソウタ:「……少なくとも1件、か」
リナ:「ほかの取引については、これだけじゃ分からないね」
シオン:「承認されなかった送金があったことは確定した。でも、誰が実行した取引なのかは書かれていない」
俺は画面を見つめた。
父さんが関わった資金移動。
その中に、承認されていないものがあったのだろうか。
だが、今回の文章だけでは、父さんが実行した取引だと断定できない。
それでも、胸が重くなる。
ユウキ:「……これで、90,000円か」
レン:「情報屋、商売うますぎだろ」
レンの声には、いつもの明るさがなかった。
俺はゆっくり息を吐いた。
期待していたのは、送金先につながる手がかりだった。
だが、手に入ったのは、手続きに問題があったという確かな事実。
父さんを信じたい俺にとって、簡単に受け止められる内容ではなかった。
◇
情報共有が終わると、シオンが全員に向き直った。
シオン:「今日の情報を、どう扱うか決めておきたい」
カイト:「どう扱うって?」
シオン:「これを根拠に、誰かをXだと決めつけないこと。承認されなかった送金と、主催者Xの正体は、まだ直接つながっていない」
ソウタが頷く。
ソウタ:「そのとおり。今の段階で分かっているのは、12年前の資金移動に問題があったということだけだ」
俺は少し安心した。
ここにいる誰かが、父さんの事件について知っている可能性はある。
だが、それだけでXだとは言えない。
この島では、疑いが簡単に広がる。
だからこそ、分かったことと、まだ分からないことを分けておかなければならない。
そのとき、ナナが小さく口を開いた。
ナナ:「……ユウキくん」
ユウキ:「何?」
ナナ:「今日の情報、つらかったよね」
俺は少し驚いた。
ユウキ:「……うん。でも、知れてよかったと思う」
ナナは小さく頷いた。
ナナ:「そっか」
彼女は何か言いかけた。
だが、結局そのまま口を閉じた。
◇
午後10時。
俺は1人で北側の展望台へ向かった。
夜の海は暗く、遠くに小さな灯りが見えるだけだった。
風が強い。
俺は手すりに寄りかかり、端末を開いた。
『必要な理事会の事前承認は得られていませんでした。』
何度読んでも、意味は変わらない。
父さんは、何をしたのだろう。
金を動かした。
そのことは認めていた。
でも、移動先は明らかにしなかった。
そして、少なくとも1件の送金には、必要な承認がなかった。
俺は空を見上げた。
ユウキ:「……父さん」
12年前、俺は父さんを責めた。
なぜ何も話してくれないのか。
なぜ、みんなに疑われるようなことをしたのか。
父さんは、答えてくれなかった。
いや。
答えられなかったのかもしれない。
だが、だからといって、何をしてもよかったわけじゃない。
俺は今日、そのことを初めて自分の言葉で考えられた気がした。
◇
展望台から戻る途中、ミオとすれ違った。
ミオ:「ユウキ。こんな時間に散歩?」
ユウキ:「ちょっと考え事」
ミオ:「そっか」
彼女は俺の隣に並んだ。
しばらく、2人で歩く。
ユウキ:「今日の情報、どう思った?」
ミオは少し考えた。
ミオ:「必要な承認がなかったことは、確かなんだと思う」
ユウキ:「うん」
ミオ:「でも、それだけで送金の目的や、最終的に誰が金を使ったのかまでは分からないよね」
俺は頷いた。
ユウキ:「そうなんだ。そこが、まだ分からない」
ミオは静かに俺を見た。
ミオ:「ユウキは、これからも調べる?」
ユウキ:「もちろん」
即答だった。
自分でも驚いた。
昨日までの俺なら、嫌な事実を知るのが怖くて、少し迷っていたかもしれない。
でも、今は違う。
ユウキ:「父さんが何をしたのか、ちゃんと知りたい。たとえ、俺が望んでた答えじゃなくても」
ミオは小さく微笑んだ。
ミオ:「……うん」
その表情が、なぜか少しだけ寂しそうに見えた。
だが、俺が理由を尋ねる前に、彼女は前を向いた。
◇
自室へ戻ったのは、午後11時を過ぎた頃だった。
俺は今日の記録をノートにまとめた。
『INFO-006:90,000円』
『少なくとも1件の資金移動について、必要な理事会の事前承認なし』
『送金の実行者、送金先、金額は未判明』
『共同購入により13人全員へ共有』
最後に、今日の気持ちを書き加える。
『父さんを信じたい。でも、事実から目を背けない』
ペンを置いた。
そのとき、端末が震えた。
『資料閲覧室よりお知らせ』
俺は画面を開く。
『DAY8より、追加資料を公開します』
『公開対象:青風未来基金・関係者証言記録』
俺は息をのんだ。
証言記録。
12年前、事件に関わった人たちが何を話したのか。
そこに、父さんの言葉も残っているかもしれない。
さらに、もう1行。
『一部の証言には、閲覧制限があります』
俺は苦笑した。
ユウキ:「……また制限かよ」
だが、今度は少し違う。
俺たちは、13人で情報を買った。
それぞれが、自分の意思で金を出した。
全員が同じ金額を払ったわけじゃない。
それでも、手に入れた情報は全員で共有した。
この島では、誰かを疑わなければならない。
だが、協力することもできる。
俺は端末を閉じ、明日の予定を書いた。
『DAY8:関係者証言記録を調べる』
その直後。
画面がもう1度点灯した。
『神崎ユウキ様へ』
差出人不明の個別通知。
俺は開いた。
『明日、証言記録を読む前に確認してください。』
続けて、文章が表示される。
『あなたのお父さんが最後まで明かさなかったのは、金額ではありません。』
俺は息を止めた。
金額ではない。
では、何を隠していた?
次の文章が表示された。
『その送金によって、守られた人たちがいます。』
俺は端末を握りしめた。
守られた人たち。
父さんは、誰かを守るために金を動かしたのか。
だが、それが本当だとしても、承認を得なかった理由にはならない。
そして、なぜその人たちのことを、12年間も話さなかった?
最後の1行が表示された。
『ただし、守られなかった人もいます。』
俺は動けなくなった。
誰かを守るためだった。
でも、守られなかった人もいる。
その言葉が、胸の奥に重く沈んだ。
DAY7。
第1回投票まで、あと23日。
父さんの事件は、単なる金の問題ではないのかもしれない。
そこには、12年前の誰かの人生が関わっている。
そして俺は、まだその名前すら知らなかった。
第1章 第13話 完
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
この作品では、物語の中に少しずつ「主催者X」につながるヒントを散りばめています。
ぜひ皆さんの推理を聞かせてください!
**「Xはこの人だと思う!」**
**「このセリフが怪しい!」**
**「この行動、もしかして伏線?」**
**「この人物は逆にXではなさそう」**
など、どんな予想・考察でも大歓迎です。
もちろん、物語そのものについての感想や「このキャラが好き!」といったコメントも、とても嬉しいです。
皆さんが現時点で**誰をXだと予想しているのか**、ぜひ感想欄で教えてください。
そして「続きが気になる」「面白かった」と感じていただけましたら、評価やレビューで応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!
果たして――
**13人の中に潜む主催者Xは誰なのか?**
あなたの推理、お待ちしています!
毎日19時10分と20時10分更新予定です!!
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