第26話:隠し蔵と新たな火種
――『バシリカ分家・極秘財産目録(押収資料)』より抜粋。
「地下宝物庫の最奥には、我が分家が数十年かけて北方の魔境から収集した『呪われし特級魔鉱石』および『古代の魔導炉心』を厳重に封印してある。これらは触れるだけで常人の精神を蝕む劇物であり、万が一にも外部へ持ち出されれば――」
この目録は、黒狼城の陥落直後に神王軍によって接収されたものである。のちに編纂された『白山神王正史・内政篇』によれば、分家が持て余していたこれらの危険な呪物群は、神王レオンの手によってその日のうちに「無明院の冬季暖房および融雪システムの拡張パーツ」へと全て作り変えられたという。また、同宝物庫の氷室から発見された旧バシリカ王家謹製の幻の銘酒『天叢雲・百年氷吟』が、神王の気まぐれによって「豚の角煮の煮込み用」として鍋に投入されかけたという逸話は、後世の美食家や歴史家たちが読むたびに冷や汗を流す有名なエピソードとして語り継がれている。
「――ひ、ひぃぃぃっ! お許しください神王レオン様、そして本家当主ルナ様ぁっ! 我らバシリカ分家一同、二度と本家に弓引くような真似はいたしませぬぅぅっ!!」
黒狼城の中庭には、武器を捨てた数百人の黒装束たちが、綺麗に整列して雪の上に額をこすりつけていた。
その最前列では、白目を剥いて泡を吹いている分家当主ゲオルグが、ニコルの手によって「はい、出荷待ちの丸太さん一丁上がり♪」と荒縄でミノムシのようにぐるぐる巻きにされて転がっている。
「まったく……こっそりオルハ先輩を助け出すだけのはずが、なんで城一つ丸ごと降伏させてんだよ……」
頭を抱えてため息をつくレオンの横で、ルナがふんすと胸を張り、シノが満足そうに頷いた。
「ふふっ、これぞ神王様の圧倒的な覇道ですわ! ゲオルグに騙されていたとはいえ、この者たちも元はバシリカの血を引く技術者や暗殺者。使い道はいくらでもありますわよ」
「はい、ルナ様。ですが、これだけの人数と巨大な城の後始末となると、誰か統率力のある者が再教育を施す必要がありますが……」
「――あら、それでしたら、私のような不束者にお任せいただけませんか?」
そこで一歩前へと進み出たのは、漆黒のロングメイド服を優雅に着こなした麗人――オルハであった。
オルハは土下座している分家の荒くれ者たちの前へと歩み寄ると、胸に手を当てて、鈴を転がすような美しい声で語りかけた。
「皆さん、寒い雪の上でそんなに震えなくても大丈夫ですよ。レオンくんもルナ様も、とてもお優しい方々です。これからは残業もパワハラもない、アットホームでホワイトな職場環境で、仲良く一緒に頑張りましょうね♪」
本人は、怯える元・同僚たちを安心させるために、精一杯の「優しい笑顔」を向けたつもりだった。
――ただし、その切れ長の『極上の三白眼』が、氷の刃のようにギラリと冷酷な光を放ち、背後に「逆らえば先ほどの古代機兵と同じく塵にするぞ」という無言の魔王オーラを背負いながら。
「「「ひゃ、ひゃいぃぃぃっ!! 命に代えてもホワイトに働かせていただきますぅぅっ! アットホームな忠誠を誓いますぅぅっ!!」」」
分家の屈強な男たちが、一糸乱れぬ動きで涙目の敬礼をビシッと決めた。
「……すげえな、オルハ先輩が『ホワイトな職場』って言うだけで、世界で一番逃げられないブラック企業の研修に聞こえるぞ……」
「……ん。カガリ、私たち、早めに白山のおまんじゅうの方に寝返っておいて本当によかったね……」
「う、うむ……! オルハお姉様の三白眼は、いつ見ても魂を直接握りつぶされるような迫力があるからな……!」
レオンが乾いた笑いを漏らし、ニアとカガリがほっと胸を撫で下ろす。
当のオルハは「まあ、皆さん素直でいい子たちばかりですね♪」と嬉しそうに小首を傾げると、くるりとレオンの方へ向き直った。
「そういうわけで、この黒狼城の留守番は反省した彼らに任せるとして……私とカガリちゃん、ニアちゃんの三人は、これから白山の無明院へ移り住み、レオンくんとルナ様の直属の従者としてお仕えしたいと思います」
「えっ、オルハ先輩も一緒に白山へ来てくれるのか!? そいつは助かる! あの屋敷、ボロい上に最近は居候ばっかり増えて、家事と畑仕事の手が全然足りてなかったんだよ!」
「ふふっ、可愛いレオンくんのためなら、お料理でもお洗濯でも、夜のお背中流しでも、なんでも喜んでお引き受けしますよ♪」
距離感ゼロで再びレオンの腕にギュッと抱きつくオルハと、「お、おい先輩、だから背中流しはいらねえって!」と慌てるレオン。
その後ろで、ルナ、シノ、マリエットの三人が「「「夜のお背中流しですって……!? オルハお姉様といえど、そこだけは絶対に譲れませんわ(譲りません)!!」」」と火花を散らし始める。
「……っと、そうだ! 白山へ帰る前に、一つだけやっておかなきゃいけないことがあったな」
レオンは思い出したように、壊れた本館の大扉へと視線を向けた。
「この城の地下には、ゲオルグが私腹を肥やして溜め込んでいた『隠し蔵(宝物庫)』があるらしいじゃねえか。これから冬本番を迎える無明院の蓄えとして、使えそうな資材や食料をありがたく頂戴していこうぜ!」
カガリの案内で一行が足を踏み入れたのは、黒狼城の地下深くに造られた広大な『極秘宝物庫』であった。
分厚い鋼鉄の扉を開けた瞬間、中から眩いばかりの金銀財宝の輝きと、ひんやりとした霊気の風が吹き出してきた。
「うわぁ……なんだこりゃ! ゲオルグの奴、俺たち下っ端にはカビの生えたパンしか食わせなかったくせに、こんなにお宝を溜め込んでやがったのか!」
レオンが呆れ声を上げるのも無理はなかった。
広大な石室の棚には、北方諸国からかき集めた金貨や美術品だけでなく、厳重な結界の鎖で縛られた『黒光りする巨大な鉱石』や『古代の大型魔導炉心』、さらには奥の氷室(雪室)には北方特産の氷結熟成肉や保存食が山積みにされていたのである。
「ちょ、ちょっと待って……! あの奥に封印されてるの、北方の魔境でしか採れない『呪われし特級魔鉱石』と、失われた旧文明の『高出力・魔導エンジン』じゃない!? 分家の連中、扱いきれずに封印してたみたいだけど、これ一つで王都の魔導戦艦が動かせるレベルの劇物よ!!」
クルミがゴーグルをずらして大興奮で駆け寄る。
しかし、レオンは「へえ、つまりよく燃える石炭みたいなもんか」と無造作に近づくと、結界の鎖をひょいと跨いで、禍々しい黒い瘴気を放つ特級魔鉱石を素手でペタペタと撫でた。
「おっ、なんか表面がジメジメしてカビ臭えな。ちょっと拭いておくか――っと」
レオンの親指に残っていた極微量の『神王の真血』が、魔鉱石の表面にかすかに触れた、その瞬間。
――パァァァァァンッ!! キラキラキラァッ……!!
石室全体が眩い黄金の光に包まれ、触れるだけで常人の精神を狂わせるはずの『呪われし特級魔鉱石』から一切の不純物と瘴気が蒸発した。
後に残ったのは、太陽そのものを閉じ込めたかのように美しく輝く、伝説の『超高純度・聖魔結晶』の塊であった。
「「「な、なんだとぉぉぉっ!?」」」
「ぎゃああああっ!? あんた今、素手で撫でただけで、国が傾くレベルの呪物を神話級の聖結晶に精製したわよ!? これだけあれば、白山の畑のビニールハウス化(魔導温室化)も、露天風呂の自動追い焚きシステムも十万年くらい動かし放題じゃない!!」
頭を抱えて絶叫するクルミをよそに、レオンは「よし、暖房の燃料は確保っと。次は食料庫の方を見てみるか」と、さらに奥にある万年氷の氷室へと足を踏み入れた。
「おおっ、でっかい霜降り肉が丸ごと凍ってるぞ! それに、この奥の氷棚に並べてある白い陶器の瓶は……酒か?」
レオンが氷の棚からひょいと取り上げたのは、うっすらと白い霜をまとった、透き通るような純白の一升瓶だった。
瓶の中央には、黄金の箔押しで旧バシリカ王家の紋章と、『天叢雲・百年氷吟』という格調高い文字が刻まれている。
「なになに、『百年氷吟』……? ずいぶん古そうな米の酒だな。これだけ寝かせてありゃ、肉の臭み消しにちょうどいいだろ。よし、この霜降り肉と一緒に大鍋へドボドボ入れて、今夜は特上の『豚とイノシシの角煮』を作るぞ!」
レオンがコルクの栓をポンッと抜き、無造作に瓶を傾けようとした――まさにその時。
「ぎゃあああああああっ!! ストォォォップ、三白眼ぇぇぇっ!!」
血相を変えたクルミが、音速のスライディングでレオンの足元へ滑り込み、その手から白い一升瓶をひったくるようにして抱きしめた。
「な、なんだよクルミ、急に飛びついてきて危ねえな! ただの古い料理酒だろ!?」
「どこが料理酒よ、この大馬鹿者ぉぉっ!! これについてる紋章を見なさい! 旧バシリカ王家がまだ健在だった百年前、白山の霊水と神米を使って一度だけ仕込み、北の万年雪の底で一世紀にわたって氷温熟成させた幻の銘酒『天叢雲・百年氷吟』よ!!」
クルミは涙目で瓶を頬ずりしながら、震える声でまくし立てた。
「いい!? 王都の裏オークションに出せば、お猪口一杯で金貨千枚、この一升瓶一本で小さな城が丸ごと買えるレベルの伝説のヴィンテージなのよ!? それを、よりによって角煮の煮込み鍋にドボドボ入れる気!? バチが当たって雷が落ちるわよ!!」
「えっ……い、一本で城が買える酒……!? ゲオルグの野郎、そんなもんまで隠してやがったのかよ……!」
レオンが目を丸くして驚く中、抜かれた栓の口から、氷室いっぱいに言葉では言い表せないほど芳醇でフルーティーな吟醸香がふわりと広がった。
しかも、先ほどレオンが栓を抜いた際、指先の『神王の真血』の魔力が瓶の口に触れたことで、百年眠っていた古酒の酵母が奇跡の超覚醒を果たし、一口飲めば魔力は全回復、肌は二十歳若返り、悪酔いすら一切しないという文字通りの『神酒』へと進化を遂げていたのである。
「はふぅ……なんて甘美で神聖な香りなの……。これ、本当にただのお酒なの……?」
「くっ……! 先ほどの黒糖まんじゅうといい、このお酒の香りといい、神王様の周りには理性を溶かす劇物しか存在しないのか……!」
「ふふっ、素敵ですねレオンくん♪ 白山へ帰ったら、みんなで露天風呂に浸かりながら、このお酒で雪見酒といきましょうか♪」
ニアとカガリが香りだけでうっとりと頬を染め、オルハが三白眼を細めて微笑む。
こうして一行は、城が買えるレベルの伝説のヴィンテージ酒(数本)と、山のような高級食材、そして浄化された聖魔結晶をクルミの装甲馬車へと次々に積み込んでいったのだった。
――だが、その宝物庫の最奥にあるゲオルグの隠し机から、シノが『ある不穏な羊皮紙の束』を見つけ出したことで、場の空気は一変することになる。
「――当主様、ルナ様。宝物庫の奥にあったゲオルグの隠し金庫から、このような密書が見つかりました」
クルミたちが戦利品の運び出しに夢中になる中、シノが険しい表情で一束の羊皮紙を持ってきた。
封蝋には、双頭の魔竜を模した禍々しい紋章が刻まれている。それを見た瞬間、ルナとオルハの表情がピタリと引き締まった。
「この紋章は……大陸の北方を支配する三大勢力の一つ、『ガルドニア魔導帝国』の軍務省のものですわね」
「ええ、ルナ様。どうやらゲオルグは、自分たちだけでは白山の神王軍に勝てないと踏んで、外部の大国にまで尻尾を振っていたようです」
オルハが三白眼を細めながら羊皮紙の文面を読み上げる。
「『バシリカ分家が白山の神王の遺骸を確保した暁には、我がガルドニア魔導帝国の最新鋭・機甲魔導師団を派遣し、バシリカ本家の残党を根絶やしにする手助けをしよう。なお、約束の期日までに連絡がなければ、我々自身が白山へ侵攻する』……だそうですよ」
「な、なんだと……!? 分家の次は、北の『魔導帝国』が直接白山へ攻めてくるっていうのか!?」
レオンの背中を、氷室以上の冷たい汗がツーッと流れ落ちた。
天陽教の聖女と暗部、王国の狂戦士、そしてバシリカ分家だけでも胃に穴が開きそうだったというのに、今度は「最新鋭の機甲魔導師団」を擁する軍事大国が相手である。
(や、やべえぞこれ……! そんなガチの正規軍に攻め込まれたら、俺に『神王の遺骸』なんて無いことが今度こそバレて、嘘つきとして縛り首にされちまう!!)
恐怖のあまり、レオンの膝がガクガクと小刻みに震え出し、手の中の密書がギリギリと音を立てて握り潰された。
(こうなったら、帝国軍が雪山を越えてくる前に、今日手に入れたあの聖魔結晶と魔導エンジンを使って、無明院の周りに絶対誰も入ってこられないような分厚い壁とトラップを張り巡らせて、春まで完全に引きこもるしかねえ!!)
レオンは必死の防衛本能(引きこもり決意)から、鋭い三白眼をカッと見開き、震える低い声で唸るように宣言した。
「……すぐに白山へ帰るぞ。あの聖魔結晶と古代エンジンをすべて注ぎ込んで、無明院を大改造してやる……! 魔導帝国の連中がどれだけ大軍で押し寄せようと、指一本触れられないようにしてやるぜ……!」
――ズオオオオオォォンッ!!
恐怖で震えているだけのレオンだったが、先ほど古代機兵を一撃で成仏させたばかりの彼が、密書を握り潰しながら放ったその言葉は、周囲のヒロインたちの耳には「覇王による大陸制覇の宣戦布告」として響き渡った。
「ああっ……! なんという気高き覇気! 帝国が攻めてくるのを待つのではなく、無明院を対帝国用の『絶対迎撃要塞』へと進化させ、返り討ちにして魔導帝国まで呑み込むおつもりですわね!」
「ふふっ、お見事ですレオンくん♪ 私なんかがお手伝いできることは少ないかもしれませんが、帝国の兵士さんたちを全員『アットホームに再教育』する準備をしておきますね♪」
「よし、そうと決まれば善は急げよ! この聖魔結晶と古代炉心があれば、無明院の地下と畑と露天風呂を、帝国軍が百万人来てもビクともしない超要塞に魔改造してあげるわ!!」
ルナ、オルハ、クルミの三人が目を輝かせて盛り上がる中、カガリとニアも「くっ、これより神王軍は対帝国フェーズへ移行するのだな……!」「……ん、帰ったらまず角煮と熱燗で英気を養わなきゃね……」とすっかりその気になって頷いている。
(ちがう、俺はただ平和に引きこもりたいだけなんだってばぁぁっ!!)
心の中で涙のツッコミを入れつつも、すでに全員が荷物を積み終えて「「「いざ、白山へ凱旋ですわーっ!!」」」と透明な装甲馬車へ乗り込んでしまったため、レオンも観念してタラップへと足を踏み入れた。
かくして、莫大な戦利品と幻の銘酒、そして『三白眼の頼れる(?)先輩メイド』という新たな家族を加えた一行は、さらなる大騒動が待つ白山の無明院へと、ホカホカの湯気を立てながら帰還していくのだった。
――『ガルドニア魔導帝国・北方諜報部緊急電文』より抜粋。
「緊急報告! 我々が裏で支援していたバシリカ分家の拠点・黒狼城が、わずか一日にして謎の武装集団により完全制圧された! 地下宝物庫に眠っていた古代魔導エンジンや特級魔鉱石、さらには王家秘蔵の銘酒に至るまで根こそぎ持ち去られており、現在、正門跡には『これより当城は白山神王軍・北方ホワイト営業所とする』という不気味な看板が掲げられている……!」
この緊急電文は、のちに編纂された『大陸大戦史・北方戦線篇』において、ガルドニア魔導帝国と白山神王軍の全面衝突の発端として記録されている。当時の帝国軍上層部は、難攻不落の黒狼城を無傷で接収したばかりか、略奪ではなく「営業所の開設」を宣言した神王レオンの意図を測りかねて極度の混乱に陥ったという。のちに帝国が誇る機甲魔導師団が白山へと進軍し、そこで待ち受けていた「世界一過酷で極楽な魔導温泉要塞」の前に戦わずして壊滅することになるのだが、それはまた別の記録で語られる物語である。




