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辺境の暗殺者はハッタリで生き抜きたい〜「神王の遺骸」なんて無いのに三大勢力が攻めてきた。えっ、俺の血が最強の聖遺物!?〜  作者: ユーディ


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第22話:黒鴉と秘湯

――『バシリカ分家・処刑部隊「黒鴉」作戦行動記録(カガリ記)』より抜粋。


標的は、かつて本家から追放された魔力なしの落ちこぼれ、レオン。辺境のボロ寺に引きこもっているとのことだったが、現地に到着して私は目を疑った。

山門は聖都の大聖堂のごとき純白の大理石で築かれ、境内には謎の巨大な筋肉像が鎮座し、さらには裏手から極上の硫黄の香りと湯けむりが立ち上っている。……本当にここが、あの落ちこぼれの潜伏先なのか?


(のちの歴史家は、暗殺に訪れた『黒鴉』の精鋭二名が、無明院のあまりにも異常な景観と防衛網を前に、突入前から深刻な認知的不協和を起こしていたと同情を寄せている)

――月明かりすら届かぬ白山の深い森を、二つの黒い影が風のように疾走していた。


バシリカ分家が誇る冷酷無比の処刑部隊『黒鴉(くろがらす)』。その中でもトップクラスの隠密・暗殺技術を誇る、黒髪ポニーテールの少女・カガリと、小柄で無口な銀髪の少女・ニアである。


二人は音もなく無明院の外壁を駆け上がり、大屋根の瓦の上へと羽毛のように着地した。


「……よし、潜入成功だ。ニア、周囲の警戒を」

「……ん。でもカガリ、なんか変……」


隣にしゃがみ込んだニアが、眠たげな目をパチパチと瞬かせながら、眼下に広がる無明院の境内を指差した。

その光景を見下ろしたカガリは、思わず「……は?」と間の抜けた声を漏らし、ゴシゴシと自分の目をこすった。


「な、なんだこれは……!? 事前の情報では『今にも崩れそうな辺境のボロ寺』と聞いていたはずだぞ!?」


カガリの困惑も無理はなかった。

月明かりに照らされた境内は、聖都の大聖堂と見紛うばかりの『純白の最高級大理石』が敷き詰められ、その中央にはトモエが素手で彫り上げた『全長三メートルのマッチョなレオン像』が神々しく鎮座している。


さらに本堂の裏手には、クルミが突貫工事で完成させたばかりの『超豪華・大理石造りの大露天風呂』が広がっており、濛々(もうもう)と立ち上る湯けむりの向こうで、なぜかお湯の表面に『黄色いアヒルのおもちゃ』が何十匹もぷかぷかと平和に浮かんでいたのだ。

浴場の入り口には、赤い文字で『ゆ』と染め抜かれた立派な暖簾(のれん)まで揺れている。


「……カガリ。私たち、暗殺する場所を間違えて、どこかの成金貴族の高級温泉宿に忍び込んじゃったんじゃない……?」

「ば、馬鹿を言うな! 地図は完璧に頭に入っている! ここが白山の無明院に間違いないはずだ……! だが、あの落ちこぼれのレオンがなぜこんな宮殿のような秘湯を……?」


かつてバシリカ本家で一緒に訓練を受けていた頃、いつも泥だらけでボロボロだったレオンの記憶と、目の前の成金リゾート地のギャップに、真面目なカガリは早くも頭を抱えた。


「……とにかく、まずは本堂に忍び込んでルナ様と『神王の遺骸』の在処を探るぞ。ニア、裏口の錠前と罠を解除しろ」

「……了解」


気配遮断と罠解除のスペシャリストであるニアが、スッと屋根から降りて本堂の縁側へと近づく。

だが、特殊な魔力視認用の片眼鏡(モノクル)を装着して本堂を覗き込んだ瞬間――ニアの小さな身体が、ビクッ! と電流を浴びたように硬直した。


「……ッ!? カガリ、ストップ! 絶対にあの縁側に近づいちゃダメ……!」

「どうしたニア!? お前ほどの熟練者が、たかがボロ寺の防犯罠に怯むなど――」

「違う、ただの罠じゃない……! これ、シノ姉様の『極限暗殺糸』と、見たこともない『超古代魔導レーザー』、それに誰かが仕掛けた『毒塗りのクワが全自動で飛んでくる猟奇ギミック』が、ミリ単位で三重に絡み合ってる……!」


ニアは青ざめた顔で後ずさりし、冷や汗を拭った。


「一歩でもあの敷居を跨いだら、私たち、0.1秒でサイコロステーキにされてから消し炭にされるよ……。完全に『絶対殺す要塞』になってる……」

「な、なんだと……!? あのシノだけでなく、教団の暗部と伝説級の魔導技師が共同で防衛網を敷いているとでもいうのか!?」


正面突破も本堂への潜入も不可能。

北の寒空の下、強行軍で冷え切った身体に、露天風呂から漂う極上の温泉の香りと、ぷかぷか浮かぶ黄色いアヒルたちの呑気な姿がイヤというほど目に飛び込んでくる。


「くっ……! 本堂が駄目なら、残る死角はあの出来たばかりの『露天風呂』だけだ! 気配を探ったところ、今あの湯船には男が一人だけ……間違いなく標的のレオンが単独で入浴している!」

「……お風呂場なら、あいつ丸腰だもんね。それに……あっちなら、すごく温かそう……」


寒さで鼻先を赤くしたニアが、湯けむりを見つめてゴクリと唾を飲む。

こうして『黒鴉』の精鋭二人は、湯船に浮かぶ黄色いアヒルたちを盾代わりにするようにして、湯けむり立ち上る大理石の秘湯へと音もなく忍び寄っていくのだった。


「……ふぅぅ、極楽極楽。クルミのやつ、頼んでもないのにこんな豪華な大理石の風呂なんか作りやがって……まあ、お湯の加減だけは最高だけどな」


湯けむりが立ち上る大露天風呂の真ん中で、レオンは頭に白い手拭いを乗せ、肩までどっぷりと温泉に浸かりながら間の抜けた声を漏らしていた。


彼の目の前には、お湯の表面をぷかぷかと漂う大量の『黄色いアヒルのおもちゃ』がある。

レオンがそのうちの一匹を指先でツン、と突つくと――アヒルの目が怪しく赤く発光し、『キュピーン!』という物騒な駆動音とともに、くちばしから極小の麻酔針が天井へ向かって発射された。


「……って、あぶねぇなオイ! シノとクルミのやつ、なんでお風呂のアヒルにまで防犯ギミックを仕込んでんだよ! うっかり握り潰したら大惨事じゃねえか!」


実はこの黄色いアヒル隊長たち、クルミが「入浴中の無防備な時間を守るためよ!」と魔改造し、シノとニコルが嬉々として『痺れ薬』『催眠ガス』『閃光弾』などを詰め込んだ、恐るべき『全自動迎撃フローティング・ダック(機雷)』だったのである。


レオンが「まったく、物騒な連中だぜ」と苦笑いしながら、手桶に汲んだお湯を頭からかぶった、ちょうどその時だった。


――チャプン……。


湯けむりの向こう側、大理石の岩陰から音もなく湯船へと滑り込んだ二つの黒い影――カガリとニアが、水面から目だけを出してレオンの背中を睨みつけていた。


(……よし、完全に無防備だ! まさか暗殺者が湯船の中を潜って接近しているとは夢にも思うまい!)

(……カガリ、お湯がすごく気持ちいい……。私、このまま肩まで浸かってたい……)

(馬鹿者、任務中だぞ! ……って、おいニア、目の前に浮いているその黄色いアヒルを邪魔だからと突つくな!)


湯船にぷかぷかと浮いていたアヒルのおもちゃがニアの鼻先にコツンと当たり、ニアが何気なくそれを「……ぷにっ」と指で押し込んだ。


――キュピピピピッ!! ボフゥッ!!


「「んぐっ!?」」


アヒルのくちばしから、至近距離で『高濃度の桃色催眠ガス(マリエット特製の媚薬アロマ入り)』と『微弱な電撃』が同時に炸裂した。


「きゃあああっ!? な、なんだこのアヒルはぁっ!?」

「あ、あふぅ……っ、しびれる……なんか頭がふわふわして、身体がぽかぽかするぅ……」


思わぬプチトラップの直撃を受け、湯船の中でバシャバシャと溺れかける二人。

しかし、そこは『黒鴉』の精鋭。カガリは気合で痺れを振り払うと、湯けむりを切り裂いて水面から一気に跳躍し、濡れ透けた黒装束のままレオンの喉元へと短剣を突きつけた!


「――そこまでだ、レオン! バシリカ分家の命により、お前の首と『神王の遺骸』をもらう! 大人しくしろ!」


水しぶきを上げながら、殺気とともに放たれた完璧な奇襲。

だが、丸腰(しかも全裸)で刃を突きつけられたレオンは、驚くどころか目をパチパチと瞬かせると、目の前のびしょ濡れの美少女二人の顔をまじまじと覗き込んだ。


「……ん? おい、お前……昔、本家の屋敷の裏庭でよく迷子になって泣いてたカガリじゃねえか!?」

「なっ……!?」

「それに、後ろでアヒル抱えてぷかぷか浮いてるちっこいのは、ニアだな? お前ら、いつの間にそんなに大きくなったんだ! 懐かしいなぁ!」


暗殺の緊迫感などどこへやら。

レオンはまるで、盆休みに田舎へ遊びに来た親戚の子供たちを出迎えるかのような、これ以上ないほど呑気で温かい笑顔を浮かべたのだった。


「な、ななっ……! む、昔の恥ずかしい話を今するなぁっ!!」


冷酷な処刑人として完璧にキメたはずの奇襲を、親戚のお兄ちゃんのような笑顔で迎え撃たれたカガリは、耳まで真っ赤にして短剣をプルプルと震わせた。


「いやあ、お前が昔、暗殺訓練の夜間演習で『暗くて怖いぃぃ』って木のうろに挟まって泣いてたのを、俺が引っ張り出してやったことがあったろ? あの時は鼻水垂らして――」

「わーっ! 黙れ黙れ黙れぇっ! あれは不可抗力だ! 今のお前は私の標的(ターゲット)なんだぞ、少しは緊張感を持てぇっ!」


顔を真っ赤にして暴れるカガリだが、濡れ透けた黒装束が肌に張り付き、さらに先ほどアヒルから噴射された『マリエット特製・桃色アロマガス』の微弱な効果も相まって、その姿は暗殺者というよりただの湯あたりした美少女にしか見えない。


その後ろでは、すでに戦意を完全に喪失したニアが、頭に黄色いアヒルをちょこんと乗せたまま、トロンとした目で首までお湯に浸かっていた。


「……あふぅ……カガリ、もう暗殺なんてどうでもいいよぉ……。北の屋敷のお風呂、いつも水みたいに冷たかったから……こんなにお尻までぽかぽかする温泉、天国みたい……」

「こらニア! 任務中にくつろぐな! しかも敵の罠(アヒル)を頭に乗せるんじゃない!」


呑気に湯船を満喫する後輩にツッコミを入れつつ、カガリはハッと息を呑み、目の前のレオンを改めて睨みつけた。

頭に手拭いを乗せ、丸腰の全裸で湯船に浸かっているというのに、レオンからは不思議と『隙』というものが一切感じられなかったのだ。


(ま、まさか……! 私たちの奇襲を完全に予測した上で、あえて丸腰で待ち構えていたというのか!? どこから打ち込んでも即座にカウンターを叩き込める、究極の『無構え(自然体)』……!)


ただ昔馴染みに会えてリラックスしているだけのレオンなのだが、カガリの脳内ではバシリカ本家に伝わる『暗殺術の極致』として恐ろしい深読みが進行していた。


(しかも、昔の私の黒歴史をわざと口にすることで精神を揺さぶり、極上の温泉とアロマ毒でニアの戦意を無血で奪い去るなんて……! こ、これが天陽教すらひれ伏させた『白山の神王』の実力だというのか……っ!)


勝手に戦慄してゴクリと唾を飲み込むカガリに、レオンはやれやれと肩をすくめた。


「ほらカガリ、そんな物騒なもん振り回してると湯冷めするぞ。北からここまで強行軍で走ってきたんだろ? 身体の芯まで冷え切ってんじゃねえか」


そう言ってレオンは、湯船の縁に置かれていた氷入りの木桶から、キンキンに冷えたガラス瓶を二本取り出し、カガリとニアへとひょいと投げ渡した。


「お風呂上がり……じゃねえけど、温泉といったらこれだろ。ほら、腰に手を当ててグイッといけよ」

「えっ……? な、なんだこの黄色い飲み物は……?」

「クルミとマリエットが作った、白山特産の『黄金芋と新鮮ミルクの特製フルーツ牛乳』だ。甘くて美味いぞ」


「……ん、いただきまーす……ごくっ、ごくっ……」


疑うことすら忘れて栓を抜いたニアが、小さな手で腰に手を当て、黄金色の特製ミルクを一気に飲み干した。

――その瞬間。


カァァァッ!! と、お湯の中でニアの全身から眩いばかりの祝福の光が弾けた。


「……ふぁああああっ!? な、なにこれぇ……っ! 甘くて、冷たくて、お口の中が幸せでいっぱいになるぅ……っ! 強行軍で痛かった足も、慢性的な寝不足も、全部シュワシュワって消えていくよぉ……っ!!」

「ニ、ニア!? おい、まさか遅効性の猛毒か!?」


慌てたカガリも、毒見のつもりで自分の瓶の栓を抜き、一口グイッと煽った。

直後――レオンの『神王の真血』の恩恵を受けた黄金芋のエキスと、高純度の神聖ミルクが、カガリの疲労困憊した肉体と凍りついた心を容赦なく溶かし尽くした。


「んぐっ……!? あ、あああっ……!? なんだこの暴力的なまでの甘みと癒やしの奔流は……っ! 訓練で痛めた古傷が、目の奥の疲れが、一瞬で吹き飛んでいく……っ!?」


温泉の温もりと、神話級フルーツ牛乳のダブルパンチ。

北の冷酷な環境で「道具」として扱われ、温かいお風呂も甘いお菓子も知らずに育った二人の暗殺者にとって、それは絶対に抗えない『劇薬(極楽)』だった。


「……ぷはぁっ! カガリ、私決めた。もうあの寒い分家の屋敷には帰らない。一生このお風呂の番人になる……」

「く、くそっ……こんな、こんな美味しい牛乳と気持ちいいお風呂で、私の忠誠心が揺らぐなどと……っ、もう一口だけだ、もう一口だけだからなぁっ……ごくっ、ごくっ、ぷはぁぁっ!!」


腰に手を当てて見事な飲みっぷりを披露する『黒鴉』の二人を見ながら、レオンは「よしよし、やっぱり風呂には牛乳だよな」と満足そうに頷く。


「さて、お前ら。身体が温まったところで、少し話を聞かせてもらおうか。……オルハが分家に捕まってるっていうのは、本当なんだな?」


レオンが真剣な声で問いかけると、牛乳瓶を持ったままのカガリとニアはビクッと肩を揺らし、気まずそうに視線を落としたのだった。

――『黒鉄堂・魔導設備点検記録(クルミ著)』より抜粋。


大理石の神殿露天風呂がついに完成した。男湯と女湯を隔てる壁には、マリエットとニコルが勝手に『覗き見用のマジックミラー』と『隠し回転扉』を仕込もうとしていたので、全部魔導溶接して塞いでおいた。

……ところで今、男湯の方から三白眼の声と一緒に、若い女の子たちの「あふぅ」とか「気持ちいい」とかいう声が聞こえてきた気がするのだが……あいつ、あたしたちに隠れて一体どんなハーレム入浴をしてるのよ!?


(のちの歴史家は、バシリカ分家が放った最凶の処刑部隊『黒鴉』が、わずか数分の入浴とフルーツ牛乳一本によって完全に無力化されたこの夜を、『湯けむりの無血開城』と呼んで語り継いだ)

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