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辺境の暗殺者はハッタリで生き抜きたい〜「神王の遺骸」なんて無いのに三大勢力が攻めてきた。えっ、俺の血が最強の聖遺物!?〜  作者: ユーディ


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第19話:残念暗部と金色芋

――『天陽教・暗部極秘調査録(ニコル著)』より抜粋。


白山の頂にて、私はついに本物の『神』の御業に触れた。

あの御方は、私の薄汚れた殺意と空腹をすべて見透かした上で、慈愛の微笑みとともに黄金に輝く『聖餐(焼き芋)』を分け与えてくださったのだ。

ああ、私の尊いマリエット様があの御方に惹かれるのも無理はない。今日から私は、お二人の神聖なる愛を物陰から見守り、邪魔する害虫どもを排除する『過激派の壁』となることを誓う♪


(のちの歴史家は、天陽教最凶と恐れられた暗部筆頭が戦わずして寝返ったこの事件を『白山の無血開城(あるいは芋による懐柔)』と呼び、神王の底知れぬ人心掌握術に震え上がったが、実際はただ腹を空かせた暗殺者が焼き芋に釣られただけである)

――秋風に乗って漂う、極上の甘い香りと神聖な波動。


白山の険しい獣道を音もなく進んでいた純白の修道服――暗部組織『白日の刃』の筆頭執行官・ニコルは、自らの意思に反してトコトコと足を動かしていた。


「……なんなのですか、この匂いは……。甘くて、香ばしくて、お腹の底からとろけそうになるような……。まさか、白山の悪魔が仕掛けた新しい精神汚染のトラップですか……?」


口元に手を当て、警戒の色をにじませながらも、ニコルの可愛らしい喉はゴクリと大きな音を立てて唾を飲み込んでいた。

どれほど冷酷な処刑人であっても、朝から何も食べていない胃袋にこの匂いはあまりにも強烈すぎた。


(い、いけません。私は教団のために、あの汚い悪魔の首を刈り取り、尊いマリエット様を救い出すために来たのです。こんな美味しそうな匂いに釣られるなんて、暗部の恥……!)


自らの頬をパチンと軽く叩いて殺意を呼び戻し、ニコルは一気に無明院の境内へと踏み込んだ。

……だが、侵入した彼女が目の当たりにした光景は、暗殺任務のそれとはあまりにもかけ離れていた。


「――はい、レオン様! 焼きたての一番大きいところですわ! ふーふーして差し上げますから、どうぞあーんしてくださいませ♪」

「いや、お前が自分で食えよ……って、ちょ、顔が近えよマリエット!」

「むぐっ!? レオン殿、ずるいぞ! 私にもその黄金の皮のパリパリした部分を寄越せ!」

「コラ、脳筋トモエ! あんたはさっき三本食べたでしょ! これはあたしがバターを一番綺麗に塗り込んだ特等席なんだからね!」

「あら、クルミ様。お行儀が悪いですね。ですが、このバターの溶け具合……完璧です」


境内の一角。焚き火を囲んで、ルナ、トモエ、マリエット、シノ、そしてクルミの面々が、金色に輝く焼き芋をハフハフと幸せそうに頬張っていたのだ。

さらにその中心で、エプロン姿のレオンが「熱っ、熱っ!」と言いながらサツマイモを割って取り分けている。そこにあったのは、凄惨な監禁や邪悪な呪術の儀式などではなく、まるで微笑ましい家族のピクニックそのものの光景だった。


――その瞬間。

ニコルの頭の中で、何かがプツリと切れた。


(なっ……!?)


純白の修道服の下で、ニコルの小さな両手がプルプルと震え始めた。

彼女の脳裏に、マリエットが他の男(レオン)に甘えている姿が、猟奇的なフィルターを通して巨大に拡大されて映し出される。


(私の……私の尊く、誰よりも気高いマリエット様が……あんな薄汚い辺境の三白眼に「あーん」なんてされている……!? 屈辱ですわ、許せませんわ、あんな雌豚どもの群れに混ざって芋を頬張るなんて、マリエット様が洗脳されておかしなことになってしまいますぅぅっ!!)


嫉妬と、聖女を汚されたという(勝手な)怒りで、ニコルの天使のような瞳がドス黒い狂気に染まった。


「よくも……よくも私のマリエット様を堕落させてくれましたね……! 悪魔め、その首を今すぐ千切って地獄へ送ってあげますわぁっ!!」


怒号とともに、ニコルは茂みから飛び出し、毒塗りの暗器の短剣を構えてレオンの背後へと跳びかかった――!


「よくも……よくも私のマリエット様を堕落させてくれましたね……! 悪魔め、その首を今すぐ千切って地獄へ送ってあげますわぁっ!!」


ドス黒い殺意をまとい、毒塗りの短剣を閃かせて茂みから飛び出したニコル。

その異常な気配を察知した瞬間、焚き火を囲んでいたシノ、トモエ、ルナ、クルミの四人は、口に焼き芋をくわえたまま瞬時に臨戦態勢へと移行した。


「――曲者っ!」

「当主様から離れなさい、害虫が!」


シノの袖から暗器が滑り出し、トモエが大剣の柄に手をかける。

だが、彼女たちが迎撃に動くよりもコンマ一秒早く――レオンがひょいと後ろを振り返った。


「ん? なんだ、誰かと思えば……マリエットの知り合いのチビっ子修道女か?」


レオンの目に映ったのは、純白の修道服を着た小柄で可愛らしい美少女(美少年?)の姿だった。

まさか教団最凶の処刑人だとは夢にも思わないレオンは、焚き火の棒を持ったまま「ああ、なるほどな。焼き芋の匂いに釣られて山で迷子になったのか?」と、完全に近所の子供を見るような生温かい目を向けた。


「なっ……!? だ、誰が迷子のチビっ子ですか! 私は暗部筆頭のニコル・アークライト……あなたをミンチにする処刑人ですよぉっ! 死ねぇぇっ!!」


プライドを傷つけられたニコルが、憤慨して短剣を振り下ろそうとした――まさにその瞬間だった。


――グゥゥゥ……ギュルルルルゥッ!!


秋の澄み切った無明院の境内に、獣の咆哮のごとく凄まじい『腹の虫の音』が大音量で鳴り響いた。


ピタリ、と。

短剣を振り上げたまま、ニコルの動きが完全に凍りついた。

シノも、トモエも、ルナも、クルミも、全員がポカンと口を開けてニコルのお腹を見つめる。


「……………………あ」


朝から何も食べずに山道を全力疾走し、極限の空腹状態で「神話級の焼き芋の甘い香り」を嗅ぎ続けた結果、ニコルの胃袋が限界を訴えて大爆発したのである。

透き通るような白い肌が、耳の先までみるみるうちに真っ赤に染まり、ニコルは短剣を持ったまま羞恥でプルプルと震え出した。


「ぶっ……あははははっ! なんだよお前、威勢のいいこと言ってると思ったら、腹ペコで倒れそうなんじゃねえか!」

「な、ななな、笑わないでくださいましっ! こ、これは敵を油断させるための暗部秘伝の腹話術で……っ、くぅぅ、辱めを受けるくらいなら自害しますぅっ!」


涙目で自分の喉元に短剣を突きつけようとする残念すぎる暗殺者に、レオンは呆れつつも苦笑いを浮かべた。

そして、焚き火の中から一番大きくて焼き加減が絶妙な『黄金の焼き芋』を取り出すと、パカッと真ん中から二つに割り、湯気の立つホクホクの片割れをニコルの鼻先へと無造作に突き出した。


「ほらよ、自害する前にこれでも食え。ちょうど一番デカいのが焼けたところだ。腹が減ってちゃ、ろくな仕事もできねえだろ?」


レオンとしては、ただの気まぐれなお裾分けだった。

だが、その黄金の断面から溢れ出した『超高濃度の神聖力』と『暴力的なまでに甘い蜜の香り』が、ニコルの脳髄をダイレクトに直撃したのだった。


「……な、なんですかこれは。私に毒入りの餌でも食べさせて、苦しむ姿を笑うつもりですか……?」


警戒しつつも、目の前に突き出された黄金色の断面から漂う蜜の香りに、ニコルの理性はすでに決壊寸前だった。

空腹の本能に抗えず、ニコルは震える手で焼き芋を受け取ると、まるで小動物のように「……あむっ」と小さく一口かじった。


――その瞬間。


カァァァァッ!! と、ニコルの全身から眩いばかりの黄金の後光が噴き出した。


「ひゃあああっ!? な、なにこれぇぇっ!?」


レオンの『神王の真血』と、国宝『太陽神の錫杖』の神聖力を極限まで吸い上げて育ったエリクサー級の焼き芋。その圧倒的な浄化エネルギーが、ニコルの体内で大爆発を起こしたのである。


幼い頃からの過酷な暗部での修行で蓄積していた神経毒、内臓の古傷、そして心に渦巻いていたドス黒い殺意や怨念までもが、濃密な甘みとともに一瞬で洗い流されていく。


「あ、あふぅぅ……っ! 甘くて、温かくて……身体の奥のドロドロした穢れが、ぜんぶ溶けて消えていきますぅぅ……っ!!」


ニコルは手から短剣をポロリと落とし、その場にぺたんとへたり込んで、大粒の恍惚の涙をポロポロとこぼしながら焼き芋を夢中で頬張り始めた。

一口食べるごとに肌はツヤツヤになり、目の下のわずかな隈も消え去り、文字通り「心身ともに完全浄化(デトックス)」されていく。


そんなニコルの頭を、エプロン姿のマリエットが歩み寄って優しく撫でた。


「あらあら、ニコルではありませんか! あなたもレオン様の『愛と祝福の結晶』に導かれてここへ来たのですね。ふふっ、素敵でしょう? このお方が、私の運命の殿方(救世主)なのですよ♪」


幸せいっぱいの笑顔で胸を張るマリエットと、その隣で「いや、だから救世主じゃなくてただの農夫だってば」と照れくさそうに鼻を掻くレオン。

黄金の焼き芋によって脳の髄まで幸福感で満たされたニコルの目に、二人の姿はまるで神話の絵画のように神々しく映っていた。


(――な、なんてこと……!!)


ニコルの脳内で、天変地異のごとき価値観の大逆転(パラダイムシフト)が起きた。


(この御方は、マリエット様をたぶらかした悪魔なんかじゃなかった……! 刃を向けた私を一切責めることなく、一瞬で私の空腹と魂の呪縛を見抜き、無償の聖餐(エリクサー)で救済してくださるなんて……このお方こそ、本物の『神王』様ですわ!!)


そして、そんな慈愛に満ちた神王の隣で、聖都にいた頃とは比べ物にならないほど生き生きと輝くマリエットの笑顔。


(ああ……っ! 教団の汚い大人たちに利用されてばかりだったマリエット様が、あんなに幸せそうなメスの顔をされている……! 神王様とマリエット様……な、なんですかこの究極に尊いカップリングはぁぁぁっ!!)


天陽教最凶の処刑人が、『レオン×マリエット過激派カップリング信者』へと完全改宗した瞬間であった。


――ズシャァッ!!


焼き芋を皮まで綺麗に平らげたニコルは、目にも留まらぬ速さで地面に美しい土下座を決めた。


「お見それいたしました、神王レオン様っ! 私めのような薄汚い害虫に、これほど尊い救済と『最高の尊さ(推しカプ)』をお恵みくださるとは……! 今日この瞬間より、私ニコル・アークライトの命は神王様のものです! お二人の神聖なる愛の巣(無明院)を脅かす教祖や枢機卿どもは、私が笑顔で全員ミンチにして排除することを誓います♪」


キラキラと狂信的な瞳を輝かせながら、物騒すぎる忠誠を誓うニコル。

その後ろでは、ルナやトモエ、シノたちが「さすがはレオン様! 敵の筆頭暗殺者を焼き芋一つで完全調教なさったわ!」と惜しみない拍手を送っている。


「……えっ、ちょっと待て! なんで焼き芋半分あげただけで、命捧げられて実家の教祖をミンチにする話になってんだよぉっ!?」


レオンの悲痛なツッコミは、秋の空へと虚しく吸い込まれていくのだった。

――『無明院・来客記録(シノ記)』より抜粋。


本日、天陽教の暗部筆頭が当主様の命を狙って潜入してきたが、当主様は一瞬で相手の空腹と殺意を見抜き、黄金の焼き芋を突き出すことで戦わずして完全に屈服させられた。

現在、その元・処刑人は「神王様とマリエット様の尊いイチャイチャをもっと拝みたいですぅ♪」とよだれを垂らしながら境内の茂みに隠れている。邪魔なので、あとで首根っこを掴んで裏の畑を耕させる予定だ。


(のちの歴史家は、この一件により天陽教の暗部組織が事実上無力化され、聖都の最高指導部が自ら白山へ出向かざるを得なくなったと記録している)

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