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辺境の暗殺者はハッタリで生き抜きたい〜「神王の遺骸」なんて無いのに三大勢力が攻めてきた。えっ、俺の血が最強の聖遺物!?〜  作者: ユーディ


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第17話:胃痛の処刑人

――『天陽教・最高枢機卿ローレンツの備忘録(兼・胃薬の処方箋)』より抜粋。


太陽神殿騎士団の精鋭たるトモエに続き、教団の至宝である聖女マリエット様までが音信不通となった。白山に巣食う『悪魔』は、どれほどの強大な力と邪悪な精神支配の術を持っているというのか……。

今日もバルバロス教祖様の怒声が宮殿に響き渡っている。私の胃の粘膜が完全に消滅する前に、この事態が解決することを祈るばかりだ。


(のちの歴史家は、この悲痛な手記を「聖都の首脳陣が神王の底知れぬ恐怖に震え上がった歴史的証拠」として重宝したが、当の神王本人はただ毎日の食費と居候たちの騒がしさに震え上がっていただけである)

「ええいっ! トモエはどうした! 聖女マリエットはどこで油を売っておるのだ!!」


西方宗教国家、聖都サン・ソレイユ。

その中心にそびえ立つ豪奢な大宮殿の最奥で、最高教祖バルバロス14世の怒声が響き渡った。

たっぷりと蓄えた贅肉を震わせ、ジャラジャラと身につけた黄金の装飾品を鳴らしながら、バルバロスは最高級のワイングラスを床に叩きつける。


「わしの金のなる木……いや、教団の至宝である聖遺物が二つも失われたのだぞ! なぜ今すぐ討伐軍を出さない! 白山のボロ寺ごと、あの小賢しい悪魔を焼き払え!!」

「きょ、教祖様、どうかお怒りをお鎮めください……! むやみに大軍を動かせば、国境で睨み合っている南朝の『覇王軍』に隙を突かれる恐れがございます」


教祖のヒステリーを前に、最高枢機卿ローレンツ・フォン・ロベリアは、懐から取り出した丸薬(強力な胃薬)をボリボリと噛み砕きながら必死に諫めた。

几帳面に整えられた銀髪と、知的な眼鏡。しかしその目の下には、連日の心労による真っ黒なクマがくっきりと刻まれている。


ローレンツは冷や汗を拭いながら、脳内で恐るべき敵――『白山の神王(レオン)』の姿を想像して戦慄していた。


(太陽神殿騎士団でも最強クラスの武力を誇るトモエを、傷一つつけずに下したばかりか……最高位の聖遺物を持つマリエット様まで洗脳し、音信不通にさせるとは……!)


トモエやマリエットが、ただレオンのボロ寺に居候して美味しいご飯を食べ、毎晩(クルミたちと)宴会で騒いでいるだけだとは夢にも思っていないローレンツ。

彼の頭の中では、レオンは『恐るべき邪悪な精神支配の術を持ち、教団の根幹を揺るがす神話級の化け物』として、完全に過大評価されていた。


「それに、相手は未知の化け物。正面から大軍を向かわせれば、被害は計り知れません。……ここは、奴に気付かれることなく確実に首を刈り取る『影』を送り込むべきかと」

「影だと……? ローレンツ、まさかお前、あれを呼んだのか……?」


傲慢なバルバロス教祖ですら、その言葉を聞いてギョッと顔をひきつらせた。

――その時だった。


ギィィ……と、分厚い宮殿の扉が開き、この重苦しく殺伐とした空気に全くそぐわない、場違いなほど軽やかな足音が響き渡ったのである。


透き通るような色素の薄い髪に、天使のように無邪気な笑顔。その可憐な姿は、神聖な聖都においてもひときわ目を引く美しさだ。両手には、返り血の汚れを隠すための薄手の手袋がはめられている。


「お呼びでしょうか、バルバロス教祖様、ローレンツ枢機卿様。そんなに怖い顔をなさらないでくださいな。私がちゃーんと、マリエット様をお迎えにあがりますから♪」


天陽教・暗部組織『白日の刃』筆頭執行官、ニコル・アークライト。

教団の裏の汚れ仕事を一手に担う最凶の処刑人である彼(彼女?)が優雅にお辞儀をすると、ローレンツの胃がキリキリと新たな痛みを訴え始めた。


「……ニコル。お前の腕は確かだが、相手はあのトモエを退け、マリエット様を洗脳した『白山の悪魔』だ。決して油断はするなよ」

「ふふっ、心配性ですねぇ、ローレンツ様は。大丈夫ですよ。迷えるマリエット様を、このニコルが優しーく救済してさしあげますから♪」


表向きは慈愛に満ちた、非の打ち所がない天使の笑みを浮かべるニコル。

――だが、その内面では、ドス黒く煮えたぎる『狂気』が暴走していた。


(ああ……私の尊く、気高く、美しいマリエット様……ッ! どこの馬の骨とも知れない薄汚い辺境の悪魔に穢されるだなんて……許せない許せない許せない許せないッ!)


ニコルは、天陽教の狂信者である以前に、『聖女マリエット過激派ファンクラブ・会員番号1番』を自認する重度のヤンデレであった。


(安心してくださいね、マリエット様。あなたをたぶらかしたその害虫の四肢を笑顔で千切って、ミンチにして、すり潰して、その首には可愛いリボンを巻いて教祖様にプレゼントしてあげますからねぇ……アハハハハッ♪)


内心で物騒極まりない猟奇的な妄想を爆発させながら、ニコルは表面上ニコニコと愛らしい笑みを一切崩さない。

しかし、その可憐な背後に見えない漆黒のオーラ(ドス黒い殺意)が渦巻いているのを感じ取り、ローレンツは冷や汗を拭いながら、また一つ懐の胃薬をガリッと噛み砕くのだった。


「それでは、教祖様、ローレンツ様。すぐに行ってまいりますね♪」


純白の修道服の裾をふわりと揺らし、ニコルは天使のような笑みを残して宮殿の奥へと消えていった。

パタン、と重厚な扉が閉まった後、ローレンツは深々とため息をつき、三粒目の胃薬を水なしで飲み込んだ。


「……ニコルの実力は教団でもトップクラス。だが、相手はあのトモエとマリエット様を無力化した正体不明の『神王』だ。果たして、無事に済むと良いのだが……」


教団の命運を懸けた、最凶の刺客の出陣。

聖都の首脳陣が、白山に君臨する『悪魔』の底知れぬ力に震え上がっていた、まさにその頃――。


視点は変わり、白山の無明院。


「ぶっくしょぉぉいッ!!」


縁側に座っていたレオンが、盛大なクシャミをして鼻をすすっていた。


「……なんだ? 急に背筋に悪寒が走ったぞ。誰か俺の噂でもしてるのか?」

「バカね。あんたの要望通り『完全隠蔽型ステルス要塞』にするため、床板を引っ剥がして地下の配管工事をしてるんだから、隙間風が入って寒いに決まってるでしょ」


レオンの隣では、頭に手ぬぐいを巻いたクルミが、容赦なく本堂の柱に魔導レンチを叩き込みながら呆れたように言い放った。ボロ寺のあちこちからは、ギコギコ、ガガガッという派手な工事音が響いている。


その時、ドタドタと足音を立てて、エプロン姿のマリエットがすっ飛んできた。


「まぁ大変! レオン様がお風邪を引いてしまいますわ! さあ、この私の胸元でたっぷりと温めて差し上げます! 遠慮なく飛び込んでくださいませっ!」

「いや、普通に暑苦しいし重いからやめて! ちょ、くっつくな、お前のは質量がおかしいだろ!?」


両腕を広げて豊満な胸部装甲を押し付けてくる聖女から、レオンは必死に逃げ回る。


「……発情した雌牛が。防寒具代わりになるなら、その無駄な脂肪の塊を削ぎ落としてマフラーにでも編み込みましょうか?」

「おおっ、レオン様! 聖女殿の突進を躱すあの無駄のない足捌き……! さすがは極限の武の境地、見惚れますぞ!」


お茶をすするシノの冷ややかな毒舌と、縁側で筋トレをしながら目を輝かせるトモエの的外れな感嘆が、秋の空高く響き渡った。

血で血を洗う権力闘争や、迫り来る最凶の刺客の存在など微塵も知らないレオンは、逃げ回るのに疲れてドカッと縁側に座り込んだ。


「あーあ、腹減ったな。……よし、今日の昼飯は、裏の畑で採れたサツマイモで『焼き芋』でもするかぁ」


彼が何気なく口にした『焼き芋』という単語。

それが翌日、聖都が放った狂気の処刑人を、一撃で物理的かつ精神的に完全浄化(洗脳)してしまう究極の聖遺物へと変貌することになるなど、今のレオンは知る由もなかった。

――『天陽教・暗部任務報告書(出撃前夜)』より抜粋。


標的:白山の悪魔。

目的:解体、およびマリエット様の奪還。

特記事項:標的の顔の皮は、綺麗に剥いで私のコレクションルームに飾る予定です♪ 苦痛に歪む悲鳴を、早くマリエット様への子守唄にしてさしあげたいですね。(ニコル)


(のちにこの恐るべき猟奇的な処刑人が、標的から「焼き芋」を半分渡されただけで完全改宗し、標的とマリエットの仲を猛烈にプッシュする『過激派カップリング信者』へと変貌することなど、この時の教団上層部は知る由もなかった)

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