第15話:鉄くずと毒舌
――『大陸魔導鍛冶師ギルド・要注意人物通達書(極秘)』より抜粋。
氏名:クルミ・クロガネ(元・特級宮廷魔導技師)。
神がかり的な鍛冶技術を持つ不世出の天才だが、極めて口が悪く、発注主である大貴族に対し「あんたの頭蓋骨の中身、スライムでも詰まってるの?」と暴言を吐いた罪により追放。なお、追放前夜には国宝の聖杯で酒蔵の銘酒を一晩で飲み干し、泥酔して暴れ回るという前代未聞の不祥事を起こしている。
現在、彼女の行方は杳として知れない。再び彼女に槌を握らせることができる者がいるとすれば、それは荒ぶる古竜すらも手懐ける『真の覇王』だけであろう。
(のちの歴史家は、白山の神王がわずか一袋の『鉄くず』と一つの『干し柿』でこの暴れ馬を完全に手懐けた事実を知り、その底知れぬ人心掌握術に震えたという)
「……重っ。腰が砕ける……なんであいつら、こんな鉄の塊を山奥まで担いできたんだよ……」
白山の麓にある宿場町。そのメインストリートから一本外れた薄暗い路地裏を、レオンは巨大な麻袋を引きずりながら歩いていた。
袋の中身は、先日洞窟で自爆した武装集団(グスタフ隊)が放置していった『重たい鉄くず』である。無明院に居座る腹ペコヒロインたちの恐るべき食費を捻出するため、レオンはなけなしの体力を振り絞って下山していた。
(シノやトモエたちには『少し麓の空気を吸ってくる』って誤魔化してきたからな。あいつらに見つかる前に、さっさとこのガラクタを換金して米俵を買って帰ろう!)
レオンが立ち止まったのは、古びた木の看板に『裏道具・鍛冶工房 黒鉄堂』と殴り書きされた一軒の店だった。
カラン、と錆びたドアベルを鳴らして中へ入ると、むせ返るような鉄と油の匂い――そして、なぜか芳醇な『日本酒の香り』が鼻を突いた。
「……すいません、誰かいますか? ちょっと鉄くずを買い取ってほしいんですけど」
レオンが声をかけると、奥のカウンターに突っ伏していた人影が、気怠げに身を起こした。
「……あー? うるさいわね、せっかく気持ちよく昼寝してたのに……」
艶のある紫紺の長髪をかんざし一つで無造作にまとめ上げ、切れ長の涼しげな瞳がジトッとレオンを射抜く。
立ち上がったその女性――店主のクルミ・クロガネは、レオンと同じくらいか、履いている厚底の作業靴の分だけわずかに目線が高い、見事なまでの長身モデル体型だった。
鍛冶場の熱気対策なのか、胸元に巻いた白いさらしの上から無骨な革エプロンを直接羽織り、短い作業ズボンからは無駄な肉が一切ないスラリと伸びた美脚が惜しげもなく晒されている。
無明院の巨乳三人衆のような暴力的な質量とは対極にある、研ぎ澄まされた刀剣のような『大人の色気とスレンダーな美しさ』を纏った美女であった。
――ただし、その片手には真っ昼間から特大の『一升瓶』が握りしめられていたが。
トクトクトク……と、クルミは挨拶もなしに木枡へなみなみと酒を注ぎ、グイッと一口で煽ってから、ゴミを見るような冷ややかな流し目でレオンを上から下まで観察した。
「いらっしゃい……と言いたいところだけど、なによあんた。寝不足で死んだ魚みたいな三白眼をした、貧相な男ね」
初対面から、一切の容赦がない火の玉ストレートの暴言であった。
クルミは空になった木枡をカウンターにコツンと置き、氷のように冷たい声で続ける。
「言っておくけど、うちの店は素人が山で拾ってきたガラクタを買い取る慈善事業じゃないのよ。小銭が欲しいなら他所をあたりなさい。ほら、分かったらお帰り、三白眼」
シッシッと手で追い払う仕草をするクルミ。
普通の客なら震え上がるか激怒して帰る場面だが、今のレオンには「三大勢力の刺客」よりも恐ろしい「来週の飢餓」が迫っていた。
「いや、そこをなんとか! 俺もこの鉄くずが売れないと、家で待ってる連中に食い殺される(※比喩ではなく食費的な意味で)んだよ! 明日の米代くらいにはなるはずだから、一回見るだけ見てくれ!」
レオンは必死のあまり、背負っていた巨大な麻袋をカウンターの上へとドサァッ!と乗せ、そのまま袋の口をひっくり返した。
ガシャァァンッ!!
カウンターの上にぶちまけられたのは、黒光りする重厚な銃身と、精巧な魔導回路が刻まれた金属の塊だった。
「ほら、なんか変な筒がついた鉄くずだけど、溶かせばナベとかクワの材料くらいにはなるだろ?」
レオンの呑気な言葉を聞きながら、クルミは「はぁ、素人が持ち込む鉄くずなんてどうせ錆びた農具か……」と呆れ顔で視線を落とした。
――その瞬間、彼女の身体からアルコールが一瞬で蒸発した。
「…………は?」
クルミの切れ長の瞳が、限界まで見開かれる。
彼女は一升瓶をカウンターに置き、震える手でその『鉄くず』の一つを掴み上げた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい……! これ、南朝のイグニス覇王軍が極秘開発していた最新鋭の『三八式・魔導連発銃』じゃない!? しかもこっちは重装砲兵隊長クラスしか所持を許されない試作型の魔導砲身……! 最高純度の黒鋼(アダマンタイト合金)が使われてる、一丁で家が建つレベルの国家機密よ!?」
元・宮廷筆頭魔導技師であるクルミの慧眼は、その価値を正確に看破していた。
さらに彼女を戦慄させたのは、その兵器群の『壊れ方』である。
「なによこの断面……! 内部の魔導回路や希少金属には一切傷をつけず、超高熱の爆風だけで外部の撃発機構だけをピンポイントで融解させて無力化してある……!? あんた、どうやって覇王軍の精鋭部隊からこれを奪ったのよ!?」
鬼気迫る表情で胸倉を掴まんばかりに詰め寄るクルミ。
しかしレオンは「えっ、そんなに良い鉄なのか? ラッキー!」と内心でガッツポーズをしつつ、自分のボロが出ないように少し目線を逸らして答えた。
「いや、奪ったっていうか……うちの山の洞窟に勝手に入り込んできた連中がいたから、ちょっと『火遊び(※苦し紛れの小麦粉ぶちまけ)』をしたら、勝手に爆発して置いていったんだよ。俺にとっては使い道のない、ただの邪魔な鉄くずさ」
「ひ、火遊びですって……!?」
クルミの背筋に、氷柱を突っ込まれたような悪寒と戦慄が走った。
あの無敵を誇る覇王軍の重装砲兵部隊を、たった一人で「火遊び」と称して壊滅させ、国家予算級の最新鋭兵器を「邪魔な鉄くず」「明日の米代」として裏道具屋に投げ売りする男。
改めて見れば、そのボサボサの黒髪の下にある三白眼は、死んだ魚の目ではなく『修羅場を潜り抜けた絶対強者の虚無の眼光』にしか見えない。
(こ、こいつ……ただの貧相なカモなんかじゃない! 底知れない化け物だわ……!)
クルミがゴクリと生唾を飲み込み、冷や汗を流して硬直していた、その時だった。
「……それよりあんた、すごい手をしてるな」
ふと、レオンがクルミの手元に視線を落とした。
スラリと長い美しい指先だが、その手のひらには無数の火傷の跡と、分厚い『鍛冶ダコ』が刻まれていた。
「え……?」
「女手一つでこんな重たい鉄を毎日叩いてるんだろ? 昼間から酒なんか飲んで不良みたいだけど、あんたが真面目な職人だってことは、その手を見ればわかるよ」
レオンは懐をゴソゴソと探ると、紙に包まれた二つの『干し柿』を取り出し、クルミの荒れた手のひらにポンと乗せた。
「ほら、うちの山で採れた干し柿だ。酒ばっかり飲んでないで、たまには甘いもん食って休めよ。……じゃあ、その鉄くずの査定、よろしく頼むわ」
それはレオンにとって、自分と同じく「生活のために苦労している労働者」への、ほんのささやかな世間話と労いに過ぎなかった。
だが――。
これまで彼女の「技術」を利用しようとする権力者か、彼女の「美貌と毒舌」を恐れる者しか周囲にいなかったクルミにとって、その飾らない言葉と干し柿の温もりは、どんな魔導兵器よりも強烈に胸の奥を撃ち抜いた。
「なっ……!?」
ボワッ、と。
クールビューティーの白い頬が、鍛冶場の炉心のように耳まで真っ赤に染まった。
「な、なな、なにを偉そうに……! 誰があんたなんかに心配してって頼んだのよ、この三白眼ッ!!」
クルミは干し柿をギュッと握りしめたまま、涙目になって怒鳴り散らした。
先ほどまでの氷のような毒舌はどこへやら、完全に挙動不審のポンコツ状態である。
「……べ、別にあんたに貰って嬉しいわけじゃないんだからね! ただの査定の手数料として受け取ってあげるだけよ! 勘違いしないでよね、バカッ!」
顔を真っ赤にしてぷいっと横を向く長身スレンダー美女。
あまりの急激な態度の変化に、レオンが「(えっ、急にどうしたんだこの人……やっぱり酔っ払ってるのか?)」と困惑していた、まさにその時――。
ドゴォォォンッ!!
『黒鉄堂』の入り口の扉が、蝶番ごと吹き飛んで店内に転がってきた。
「――見つけましたわよ、レオン様ぁっ!!」
吹き飛んだ扉の砂煙を突き抜け、店内になだれ込んできたのは、血相を変えたルナ、トモエ、マリエット、そしてシノの四人だった。
「レオン様が私に内緒で麓へ下りるなんて、胸騒ぎがしたんですの! その怪しげな泥棒猫はどこのどいつです!? 肩から削ぎ落としますわよ、ニコッ!」
「レオン様、まさかこのような薄暗い店で浮気とは……! 騎士として見過ごせません!」
「ひどいですレオン様! 私の『あーん』を差し置いて、こんな露出度の高いお姉さんと密会だなんてっ!」
ヒロインたちが一斉に武器や杖を構え、カウンターのレオンへと詰め寄る。
だが、その殺気立った空気と、視界に飛び込んできた「暴力的なまでの質量(胸部装甲)」の群れを見た瞬間――耳まで真っ赤になっていたクルミの顔から、すべての熱がスンッと引き、絶対零度のジト目へと戻った。
クルミはカウンターに肘をつき、長身スレンダーな肢体をくねらせながら、マリエットたちの胸元から顔へと冷ややかな視線を這わせた。
「……なんなの、この騒がしい牛の群れは」
「「「なっ……!?」」」
ピシリ、と三人の動きが凍りつく。クルミは鼻で笑い、切れ味抜群の毒舌を容赦なく浴びせかけた。
「人の店の扉を蹴り破っておいて、ずいぶんとめでたい頭ね。あんたたち、胸に栄養がいきすぎて脳みそまでお花畑になったの? それとも発情したメスゴリラの集団? ここは真面目な鍛冶工房よ、生乳の出荷なら他所でやってちょうだい」
――グサァッ!!
ルナの瞳からハイライトが消え、トモエがわなわなと拳を震わせ、マリエットが「う、牛……メスゴリラ……っ!」とショックで膝から崩れ落ちそうになる。無明院の巨乳三人衆が、たった一言でまとめて斬り捨てられた瞬間だった。
しかし、その阿鼻叫喚の中でただ一人。
唯一の中学生体型(小柄・貧乳)である筆頭メイドのシノだけは、前髪の奥で瞳を輝かせ、心の中で万歳三唱をしていた。
(……素晴らしいッ!! よくぞ言ってくださいました! あの無駄に膨らんだ脂肪の塊どもを『牛の群れ』と一刀両断するとは……この毒舌の女、実に優れた審美眼を持っています!)
シノが密かに親指を立ててクルミへの好感度を爆上げする中、レオンは冷や汗をかきながら両手を振った。
「お、おい、お前ら落ち着けって! クルミさんは泥棒猫じゃなくて、俺が持ってきた『鉄くず』を買い取ってくれる店主さんだよ!」
「鉄くず……ですか?」
トモエが怪訝そうにカウンターの上を見る。
するとクルミは、先ほどまでのツンデレぶりを完全に隠して不敵に笑い、積み上げられた『覇王軍の最新鋭・魔導連発銃』の山をポンと叩いた。
「ええ、ただの鉄くずなんかじゃないわ。これだけの最高級黒鋼(アダマンタイト合金)と魔導回路、言い値で買い取ってあげる。代金として、あんたが欲しがってた『特上の白米百俵』と『高級食材』を今すぐ手配してあげるわよ」
「ひゃ、百俵!? マジでか!?」
レオンの三白眼が、歓喜でカッと見開かれた。これで当面、腹ペコヒロインたちに食い殺されずに済む!
「ただし、条件があるわ」
クルミはスラリとした長い指でレオンの鼻先を差し、挑発的に唇の端を吊り上げた。
「これだけの国家機密を『火遊び』で無力化するあんたの拠点――白山の『無明院』とやらに、魔導鍛冶師として猛烈に興味が湧いたわ。あたしも今日からそこへ乗り込んで、あんたの城を直々に視察してあげる。……べ、別にあんたの傍にいたいわけじゃなくて、純粋な技術者としての探究心だからね! 勘違いしないでよ、三白眼!」
後半、少しだけ声が裏返って頬を染めるクルミ。
「えっ、うちに来るって言っても、ただのボロ寺だぞ……?」とレオンが困惑する暇すら与えず、クルミはカウンターの奥から特大の一升瓶を二本、両脇に抱えて引っ張り出してきた。
「話は決まりね! ――そうとなれば、商談成立とあたしの『無明院・技術主任』就任を祝って、今夜は朝まで無礼講の大宴会よーっ!!」
ポンッ! と威勢よく一升瓶の栓が抜かれ、店内に芳醇な銘酒の香りが広がる。
先ほどまでのクールビューティーな毒舌美女の面影はどこへやら、クルミの瞳は「酒と祭りを愛する大酒飲みの蟒蛇」の狂気的な輝きに満ちていた。
「ほらほら、そこのお花畑の牛どもも、ちんちくりんのメイドも、貧相な三白眼も! あたしの酒が飲めないとは言わせないわよ! 飲んで飲んで飲み干して、喉が枯れるまで歌えーっ!!」
「きゃあああっ!? ちょ、お姉様、お口に直で瓶を突っ込まないでくださいっ!?」
「むぐっ……!? ぷはぁっ! な、なんて強い酒だ……だが美味いぞ! レオン様、私も歌いますぞーっ!!」
「当主様、おつまみの用意は私にお任せを! さあ、あの牛どもを潰してしまいましょう!」
「ちょ、おい待て! 店の中で暴れるな! せっかくの米代が酒代で吹っ飛ぶだろうがぁぁっ!!」
レオンの悲痛なツッコミは、クルミが美声で歌い始めた陽気な酒盛り歌と、あっという間に泥酔したヒロインたちの大合唱によって完全に掻き消された。
のちに無明院を「難攻不落の浮遊要塞」へと魔改造することになる伝説の魔導鍛冶師クルミ・クロガネは、こうして嵐のような大宴会と共に、レオンの騒がしい日常へと加わったのであった。
――『黒鉄堂・閉店のお知らせ(裏面に残された魔導鍛冶師の酔いどれメモ)』より抜粋(※紙面には大量の酒のシミが付着している)。
本日をもって、この店をたたみ白山の『無明院』へ拠点を移す。
理由は、あの三白眼の男が持ち込んだ覇王軍の最新鋭魔導火器と、それを『火遊び』で無力化した異常な技術体系を解明するためだ。決して、あいつがくれた干し柿が甘かったからとか、私の荒れた手を気遣う不器用な優しさに絆されたわけじゃない。勘違いするなよ、バカ。
それにしても、あいつの周りに群がるあの騒がしい牛ども(特に胸元がパツパツの聖女と銀髪騎士)は目障りだ。唯一の良心は、おつまみ作りが上手い小柄なメイドくらいね。
よし、もう一本空けるわよ! あいつのボロ寺、私の手で世界一イカした魔導要塞に作り変えてやるんだから、覚悟しなさいよーっ! ヒック!
(のちの歴史家は、この酒臭いメモを『神王が帝国最高峰の魔導技術を手中に収め、無明院の近代要塞化計画を始動させた歴史的盟約の証』として崇めたが、当の神王は翌朝、二日酔いと店の修理代の請求書を見て普通に泣いていたという)




