第14話:同居と食費
――『無明院・備蓄管理台帳(またの名を:神王の宝物庫記録)』より抜粋。
〇月×日:干し肉、残り三日分。順調に減っている。
〇月△日:米俵、見事なまでに空っぽ。嘘だろ。
〇月□日:どうして女の子って、あんなにスタイル良いのに底なしに食うの……? 騎士の胃袋と、育ち盛りの胃袋、マジでヤバい。誰か助けて。俺、三大勢力に殺される前に破産して餓死する。
(のちの歴史家は、この台帳の隅に残された悲痛な走り書きを見て「強大な三大勢力を退けた神王ですら、兵站(食費)の確保には大いに苦しんだのだ」と深く感銘を受けたという)
『辺境の暗殺者はハッタリで生き抜きたい〜「神王の遺骸」なんて無いのに三大勢力が攻めてきた。えっ、俺の血が最強の聖遺物!?〜』
第14話:同居と食費
【前半】
白山の朝は早い。
「悪魔の呪縛を解き、お姉様たちを救うため……今日から極秘の潜入調査(同居)を開始しますっ!」
謎の使命感に燃えるマリエットの元気な声が、無明院の朝の空気に響き渡った。
そんな彼女の最初の任務は、目立つ教団の神官服から、動きやすい村娘の服(トモエのお下がり)への着替えであった。
「マリエット様、私の服では少し丈が余るかもしれませんが……」
「大丈夫です、トモエお姉様。私、こう見えて着やせするタイプなので!」
無明院の一室。すでに着替えを終え、長身と豊満な胸を持て余すトモエと、軍服風のドレスで妖艶なプロポーションを見せつけるルナが見守る中、マリエットはバサリと分厚い法衣を脱ぎ捨てた。
――その瞬間、トモエとルナの思考が完全に停止した。
「……なっ!?」
「嘘でしょ……?」
小動物のように愛らしいちんちくりんの低身長。しかし、分厚い法衣の下に隠されていたのは、スタイル抜群のトモエやルナすらも凌駕する、暴力的なまでの『規格外の双丘』であった。
マリエットがトモエのお下がりの服に腕を通すと、布地が悲鳴を上げ、胸元のボタンが今にも弾け飛びそうなほどパツパツになっている。
「ふふっ、やっぱり少し胸回りがキツいですね。でも潜入調査のため、頑張ります!」
えへへと無邪気に笑うマリエットの無自覚な一撃に、巨乳組の二人が(主に女のプライド的な意味で)敗北感に打ちひしがれる中――。
ダダダダンッ!! ダンッ!! ダンッ!!
台所から、親の仇でも刻むかのような恐ろしい包丁の音が鳴り響いていた。
「……牛。牛が三頭も、我がボロ寺に……ッ!」
筆頭メイドであるシノは、まな板の上の大根を八つ裂きにしながら、ギリギリと奥歯を噛み締めていた。
無明院に集った四人のヒロインの中で、シノだけが唯一の『中学生体型(小柄・貧乳)』である。朝の着替えを覗き見してしまった彼女のプライドは、今まさにズタズタに引き裂かれていた。
(なぜだ……! なぜ当主様(レオン様)の周りには、あのような胸部装甲の化け物ばかりが集まるのだ! あのままでは、当主様の清らかな視線がたぶらかされてしまう……!)
シノは特大のコンプレックスと、密かな恋心から来る強烈な嫉妬の炎を燃やし、手元の包丁を力強く握り直した。
(……いざとなれば、あの三頭の無駄な脂肪、私が暗器で綺麗に削ぎ落として差し上げます)
朝からとんでもなく物騒な決意を固めるオカン系暗殺者。
四つ巴のヒロインたちが火花(と質量)を激しく散らす無明院の朝は、こうして波乱と共に幕を開けたのであった。
無明院の朝の食卓は、かつてないほどの華やかさと騒がしさに包まれていた。
「レオン様、毒見は済んでおりますわ。さあ、私の手から『あーん』をどうぞ、ニコッ」
「ずるいですルナお姉様! 私の……いえ、レオン様、私の分のお魚も『あーん』してくださいっ!」
軍服ドレスの胸元を強調しながら箸を差し出すルナと、パツパツの村娘服から暴力的な双丘をテーブルに乗せて対抗するマリエット。
二人の絶世の美女が、レオンの両脇から甘い声を上げている。傍から見れば、男の夢を具現化したような究極のハーレム空間である。
だが、当のレオンの三白眼は、ルナの色気にもマリエットの胸の谷間にも一切向けられていなかった。
彼の視線はただ一点、食卓の向かい側に釘付けになっていた。
「ぷはぁーっ! 朝から食うシノ殿の飯は最高だな! すまない、白米特盛りで、お代わりを所望する!」
「……はい、トモエ様。ただいまよそいます(この牛、朝から五杯目ですよ……!)」
騎士の鍛錬で培われたエネルギー消費量(基礎代謝)をフル稼働させ、トモエが凄まじい速度でお櫃の米を真空掃除機のように吸い込んでいく。
さらにマリエットも「私、実は結構食べるんです!」と育ち盛りの胃袋を発揮し、シノが渋々出した『なけなしの秘蔵・高級干し肉』を次々と口に運んでいた。
(あああああッ!! 俺の米! 俺の干し肉ゥゥッ!!)
レオンの心の中で、悲痛な絶叫が木霊した。
彼はヒロインたちのスタイルの良さにドギマギするどころか、超リアルな『食費の恐怖』に支配されていた。
(ヤバい、こいつらめっちゃ食う! お嬢様育ちのルナはまだしも、女騎士と育ち盛りのエンゲル係数がエグすぎる! ただでさえギリギリの俺の貯金と備蓄が、このペースだと一週間で完全に消滅するぞ……!)
迫り来る『破産』と『餓死』の二文字。
その圧倒的な恐怖を前に、レオンの足がガクガクと激しい貧乏ゆすりを始めた。
「あっ……レオン様の足が、ものすごい速度で振動しています!」
マリエットが驚きの声を上げると、大盛りご飯を頬張っていたトモエが箸を止め、真剣な表情で頷いた。
「うむ。あれは周囲の微細な殺気を感知し、いかなる奇襲にも即座に反撃できるよう全身の筋肉をアイドリングさせている『武の極地』だ。食事中すら一切の隙を見せないとは……流石は私の王だ」
「なんと……! レオン様は私のお魚を食べながら、見えない敵と戦っておられるのですね……!」
勘違いの沼に肩まで浸かっているヒロインたちが、尊敬と熱烈な恋心を込めた熱い眼差しをレオンに向ける。
しかし、レオンの頭の中は(どうしよう、マジで来週には食べるものが無くなる……!)という切実な生存本能で埋め尽くされていた。
「……ちょっと、俺、食べてすぐだけど外に出てくるわ」
レオンは箸を置き、決死の覚悟を秘めた顔(※ただの青ざめた顔)で立ち上がった。
このままでは飢え死にする。一刻も早く、自給自足のサイクルを強化しなければならないと悟ったのである。
「……俺は裏山で少し『大地の開拓』をしてくる。神聖な儀式だから、お前らは絶対に手出しするなよ」
食後の縁側。
納屋から引っ張り出してきた使い古しのクワを肩に担ぎ、レオンは恐ろしく神妙な面持ちでそう言い放った。
(俺が必死にただの畑仕事してるなんて知られたら、威厳が地に落ちるからな……!)という、ビビリ特有のセコい防衛本能による言葉だった。
しかし、残されたヒロインたちは縁側からその背中を覗き見ながら、うっとりと頬を染めていた。
「ああ……ご覧なさい。真の王たるレオン様が、我らを養うために自ら原野を切り拓き、大地の霊脈を呼び覚まそうとしておられるわ……!」
「愛の力ですね! 私たちとの生活を守るために、あの細腕で大自然に立ち向かうなんて……私の彼、なんて逞しいのかしら!」
「なんと慈悲深きお方だ。我らの胃袋を満たすため、あのように泥にまみれて剣ならぬクワを振るわれるとは……!」
ルナ、マリエット、トモエの三人が、感動のあまり目に涙を浮かべている。
彼女たちの視線の先では、ただの青年が「やばい! 早く種を撒かないと俺が餓死する!」と半泣きになりながら、必死の形相で雑草をむしり、大根やサツマイモの種を蒔いているだけである。
しかし、ただ一人。オカン系暗殺者のシノだけは、感動よりも主君への過保護が勝ってしまった。
「当主様にあのような泥仕事をさせるわけにはいきません! 私が今すぐ山の裏側を丸ごと焼き払って、バシリカ本家特製の大農園に変えてまいります!!」
「えっ、ちょ、シノ殿!? 燃やすのはマズい、山火事になる!」
「シノお姉様、落ち着いて! 愛情はゆっくり育むものですっ!」
明後日の方向へダッシュしようとするシノを、トモエとマリエットが必死で羽交い締めにして止めている。
一方その頃、裏庭のレオンは土にまみれながら、ハッと致命的な事実に気がついていた。
(……待てよ。今から大根とか芋の種を蒔いても、収穫できるのって数ヶ月後じゃん!)
カラン、と。レオンの手から絶望と共にクワがこぼれ落ちた。
(来週には備蓄が尽きるのに、数ヶ月も待ってたら普通に餓死するわ!! どうする!? なんか金目のモノ、金目のモノはないか!?)
冷や汗をダラダラと流しながら辺りを見回したレオンの脳裏に、数日前の記憶がフラッシュバックした。
そういえば以前、洞窟で自爆した(※グスタフの魔導銃の火花による粉塵爆発)ヤバい武装集団が、重たい鉄のガラクタを大量に放置していったはずだ。
(あいつらが落としていった『鉄くず』! あれを麓の裏道具屋に売っぱらえば、当面の米代くらいにはなるはずだ!!)
それが南朝覇王軍の誇る『国家機密レベルの最新鋭・魔導火器』であることなど露知らず。
レオンは生きるため(食費のため)に、その重たい鉄くずを麻袋に詰め込み、すぐさま麓の町へと下山する決意を固めたのである。
のちに無明院の魔改造を決定づけることとなる『毒舌な天才魔導鍛冶師』との出会いが、すぐそこまで迫っていた。
――『無明院・筆頭メイドの業務日誌(裏表紙は暗殺対象リスト)』より抜粋。
本日、無明院に居座る不届きな雌牛どもの「胸部装甲」が、極めて規格外であることが判明した。特に新入りの聖女の装甲は偽装されており、当家の規律(と私の精神)を著しく乱す恐れがある。いざとなれば暗器で平坦に削ぎ落とす所存である。
また、当主様は自ら原野を切り拓き、大地の霊脈を呼び覚ます「天地開拓」の神聖な儀式(※ただの農作業)に入られた。不肖シノ、少しでもお力になろうと裏山を焼き払って広大なプランテーションを創設しようとしたが、他の女共に止められてしまった。当主様の深謀遠慮、私にはまだ到底計り知れない。
追記:当主様が、かつて敵兵が落としていった『鉄くず』をまとめて山を下りる準備をされている。……いよいよ、覇王軍の兵器を利用した他国への『経済侵略』が始まるのだろうか。私もただちにお供の準備をせねば。
(※のちの歴史家たちは、この日を境に神王陣営が「他国の最新鋭兵器を利用した恐るべき経済戦争」に乗り出したと語り継いだが、実際の目的はただの『明日の米代稼ぎ』である)




