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終末の血族  作者: 天津千里
13章:権謀のケクロピア
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第99話 権謀のケクロピアIII

【帝国紀元1800年4月1日 10:00】

【ケクロピア城中庭】


 普段は人影も少なく優雅な雰囲気を漂わせていただろう中庭は、所狭しと並んだ貴族と軍人たちによって熱気に包まれていた。


 最奥に設けられた台座にマルクス・セレニウス公爵が立っている。齢七〇を越えているはずだが、背筋は伸び、その威圧感が会場全体を支配していた。


「この未曾有の事態において、こうして多くの者が集まれたことを嬉しく思う」


 セレニウス公爵の声が会場の隅々まで届いた。


「帝都なき今、各々の才覚によって民を守り、帝国の旗の下に再び集まらんとする皆の忠勤は、帝国貴族の一人として胸を熱くせざるを得ない」


 公爵が一息置いた。


「我々が戦っている間に、他の地域で同じように帝国のために戦ってきた者たちがいる。彼らはこれまでのおよそ一年に渡ってその功を称えられることもなく、それでも帝国に尽くした、まさに帝国臣民の鑑と言える者たちである。今日、我らの希望アウグストゥス皇子より、その功を正式に帝国への忠勤として認め、その功にふさわしい栄誉を授ける」


 宣言が終わると、会場を埋め尽くす拍手と歓声が沸き起こった。セレニウス公爵が静かに手を上げ、会場を落ち着かせる。


「アウグストゥス皇子、どうぞこちらへ」


 一歩引いたセレニウス公爵の前へ、アウグストゥスが歩いてきた。


「私がアウグストゥスだ。皇位継承者第一位であり、最後の皇族として、帝国に尽くした忠臣の功をここに称えるものとする。名を呼ばれた者は順に登壇せよ」


 アウグストゥスが宣言とともにセレニウス公爵へ目配せをした。


「多くの将兵がその功を認められ栄誉を授けられた。ここではその中でも特に戦功著しい者を表する」


 セレニウス公爵が一歩前に出た。


「ディアグラ伯爵、代理バッスス・ディアグラ! 多くの領地が苦戦する中、独力で領地を守り抜き、隣領マラティアの解放に尽力した」


 騎士鎧に身を包んだディアグラ伯の嫡男、バッススが登壇した。


「その功を称え勲三等雷冠功章を与える」


 バッススが恭しく受け取り、拍手の中を退場した。


「アルデリス伯テレンティウス・アルデリス! 敵の猛攻に耐え、最後まで戦い抜き、領地を守り切り、その後のエルズリウム奪還に参加し、ラティアを解放した」


「その功を称え勲三等雷冠功章を与える。合わせてその功績に見合った褒章金を下賜するものとする」


「ガゼリウム侯爵アウルス・ガゼリウム! 苦境の中にあっても領内をまとめあげ、敵の侵攻を許さず、アスミノール奪還においても中心的役割を果たした」


「その功を称え勲二等雷冠功章を与える。合わせて侯爵位とそれに付属する爵位の相続を認める」


「ラティア伯爵マルケルス・ラティア! ラティアを守り抜き、この災厄の始まりから常に周囲へ物資を供給し続けた。特にアスミノール奪還においては南部方面軍の要請に十全に応え、その軍務を支えきった」


「その功を称え勲二等暁光統治章を与える。合わせて嫡男セヴェルスを正式な後継者として認め、フリゲート四隻の所有を追加で認めるものとする」


「カラディン辺境伯ガリウス・カラディン! 災厄の始まりから戦い続け、自領を守り抜き、アルトゥイン伯爵領、エルズリウムを奪還した。その後も東部方面軍とともにラティアを救援し、アスミノール奪還にも参加し、それらの復興にも多大な投資をした」


「辺境伯の多大な貢献を帝国は忘れない。勲一等雷冠功章及び勲三等暁光統治章を与える。また、その威光を持ってアルトゥイン伯爵を後見せよ」


 その都度拍手が起こり、会場の熱気は高まり続けた。


「さて、忠臣たちへの表彰は本来ならここまでなのだが、この災厄において特別に表彰しなければならない者がいる。セレニウス公爵」


 アウグストゥスが促した。


「ハッ、ユリア・コニシ。カラディンに現れた異界人。カラディン辺境伯に付き従い各地を連戦。その戦いの多くで特筆すべき武功を成した。特にエルズリウム、アスミノールではいずれも敵総大将を討伐し、勝利を決定的なものとした」


 名前を呼ばれ、ユリアは台座へと歩いた。


「本来であれば、私が自ら表彰する身分ではないかもしれない」


 アウグストゥスがユリアに向き直った。


「だが、彼女の功績は特別な対応をしてしかるべきと判断した。個人武勇に与えることは異例ながら勲三等雷冠功章を与える。また、私の権限で与えられる最高勲章である勲一等黎明栄光章を与え、三階級特進させ子爵に叙爵するものとする」


 勲章を受け取った瞬間、背後から爆発的な歓声が湧き上がった。退場する先で、ガリウスやアウルスたち東部・南部の貴族たちが血走った目で、それでいて笑顔のまま拍手をしている。


 会場の歓声と拍手は、ケクロピアの空に長くこだましていた。


 会場から人々が帰っていく中、一角ではガリウスたち東部貴族と南部貴族の面々が集まっていた。


「西部のやつらは我らを一体なんだと考えているんだ!」


 ガリウスが低く唸るように言った。


「まったくです! これだけの貴族の推薦というものの重さが分かっていない!」


 アウルスが続けた。


「彼らの言い分も分かりますが……一年功績を認められなかったこと自体が異常事態です。それを一度に一気に引き上げたことがないからといって認めないのは……」


 マルケルスが慎重に口を開いた。


「ですが、あれほどの功績です。後日、改めて加増される可能性もあるのでは?」


「西部のやつらがそんな丁寧なことをするわけがないだろう!」


 ガリウスが吐き捨てた。


「あの方たちはそんなに度量があるわけでは……おっと失言でしたね」


 マルケルスが苦笑した。


「殿下もなぜあれを認めたのだ! あれでは……」


「侯爵、殿下もお苦しいのだろう。諸悪の根源はセレニウス公爵だろうしな」


 ガリウスが声を落とした。


「殿下は皇孫ですが、セレニウス公爵の孫でもありますからね……」


 テレンティウスが静かに言った。


「そういうことだ」


「あの」


 ユリアが遠慮がちに口を開いた。


「ああ、ユリア殿か。すまないな。推薦しておきながらこの体たらく。だが安心して欲しい。ただで済ませるつもりはない」


 ガリウスが振り返った。


「ええ。抗議しなければなりません」


 アウルスが続けた。


「いえ、私は子爵という立場でも過分なものだと考えています。お立場を悪くしてまで抗議していただかなくても……私は現状で満足しています」


「貴殿の心遣いはありがたいが……これはもはや我らの矜持の問題なのだ。何もせずに収めるわけにはいかん」


 ガリウスが首を振った。


「向こうが前例を認めるわけにはいかないと言っていますからね。これだけの人数の大貴族が推薦したものを反故にするという前例も認めるわけにはいきません」


 マルケルスが静かに続けた。


(西部貴族もなぜこんなことを……いえ、平民からいきなり大貴族など認められるものでもないか……)


「ではまたな。皆、西部のやつらの控室へ行こう」


「ハッ」


「ええ」


「ほんとに行かれるのですか!?」


 ユリアが思わず声を上げた。


「諦めな、ユリア殿。東部はそういう気質だからな」


 バッススが苦笑しながら言った。


「は、はあ……」


 去っていく大貴族たちを見送っていると、執事風の男が近づいてきた。


「ユリア様、我が主、アウグストゥス殿下がユリア様にお会いしたいと」


「私に?……私は殿下にお会いできるような身分ではありませんが」


「問題ありません。殿下は身分を気にされるような方ではありませんので……」


「そういうことでしたら断れません。どちらに伺えば?」


「こちらの応接間でお待ちでございます」


 執事に連れられて応接間に入ると、アウグストゥスがすでに椅子に腰を下ろして待っていた。


「お呼びいただき光栄です、殿下」


「ああ、よく来てくれた。そこにかけて楽にしてくれ」


「ですが……」


「ああ、下がっていいぞ」


 アウグストゥスが執事に向き直った。


「ですが……」


「大功あるものに個人的に話を聞くだけだ。問題ない」


「ハッ、御用の際は御申しつけください」


 執事が退室していった。扉が閉まると、アウグストゥスの表情がわずかに緩んだ。


「邪魔は消えたよ。改めてアウグストゥス・セレニウスだ。色々あって皇位継承者第一位ということになっている。さ、座ってくれ」


「失礼します。ユリア・コニシ。地球から来ました。今はカラディン辺境伯家でお世話になっています」


「ああ、大変だったみたいだね」


 アウグストゥスが静かに言った。


「だが、見知らぬ土地にも関わらず、しっかりと功績を残した」


「まわりの助けが大きかったです」


「それでも早々できることではない。……あの報告書、祖父たちは信じていないみたいだけど、真実なんだろう?」


「何を書いてあるのか知りませんので……」


「ヴィギリアス男爵と名乗る騎士を討ったと書いてあるよ。他にも色々あるが……ここが一番詳しかったな」


「それについては、はい」


「祖父たちはこの男爵は腕が立つと言っても異界人の女に負けるということは噂だけだったと言っているけど、じゃあこの南部方面軍の被害は何から受けたんだという話だよ」


 アウグストゥスが苦笑した。


「私は帝国の一般的な騎士の強さを知りませんのでなんとも」


「ハハハ、それはそうだ」


 アウグストゥスが笑った。


「報告書の見る限り、そして多くの貴族がいなくなった今、君を伯爵にするのが妥当だとは思う。だが中々私の一存では決められなくてね。今回は君に我慢してもらうしかないんだ、すまない」


「皇族が私のようなものに頭を下げてはいけません」


「皇族といっても本来傍系もいいところだからね」


 アウグストゥスが肩をすくめた。


「それに誰も見ていないだろう? 君が言わなければわからないさ」


「胸にしまっておきます」


「まぁ爵位と領地は私の一存ではどうしようもないが、他のことはできるだけ便宜を図ろう。なにかあるかい?」


 ユリアは少しの間考えてから口を開いた。


「では、各地の史書を調べる権利を。もちろん知りえた機密は口外しません。ただ勇者のことを調べたいのです」


「大貴族の領地は私の力でも厳しいが……帝国直轄地は許可を出そう」


「十分です。ありがとうございます」


「さすがにそれだけでは迷惑料にもならないな。他にないかい?」


 ユリアはしばらく黙ってから、静かに答えた。


「そう……ですね……では、家紋を自由に選ぶ権利をいただけませんか?」


「家紋を?……ふむ」


 アウグストゥスが少し考えた。


「……これも皇族の竜さえ使わなければ構わないだろう。非公式だが、神殿も君を勇者として扱うという話もある。それくらいの自由は許されてしかるべきだ。地球で使っていたものがあるのかい?」


「私の実家が代々継いできたものがあります。長い間向こうでは使えていなかったので……」


「御家再興というわけか。それならばなおさら我が国としても認めないわけにはいかないな」


 アウグストゥスが少し表情を和らげた。


「……それが理由では褒美としてはなんとも言えないところだね。……そうだ、勇者の苗字だったと言われるものが一つ伝わっている。君にはその名跡を継いで欲しい」


「勇者の苗字……ですか?」


「ああ。先代は正妃となって苗字を変えたらしいからな。子もいなかったため誰も継がず、皇室で管理している。君ならふさわしいだろう」


「ハッ、ありがたく……」


「ハハハ、あまり嬉しそうに見えないぞ」


「すみません、何分実感に乏しく……これからなんと名乗ればよいのでしょうか?」


「ああ、そうだったな」


 アウグストゥスが静かに、しかしはっきりと言った。


「これからはユリア・"アマミヤ"。そう名乗るといい」


 ユリアは一瞬だけ、その響きに引っかかりを覚えた。日本語に近い……いや、むしろ日本語そのものに聞こえるような。しかし今はそれを追う余裕はなかった。


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