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終末の血族  作者: 天津千里
13章:権謀のケクロピア
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第98話 権謀のケクロピアII

【帝国紀元1800年3月24日 14:00】

【ケクロピア・宿泊所】


「おかえりなさい」


 瑞希が立ち上がって出迎えた。


「お帰り、二人とも。お茶でも用意するわね」


 ルシアが台所の方へ向かいながら言った。


「ただいま。ありがとう、お願いするわ」


「ありがとうございます」


 アウレリアが続けた。


「大神殿はどうでしたか?」


 瑞希が二人の顔を交互に見た。


「とても興味深かったわ。とてもね」


「大神殿の神官長、フラウィア様にお会いしてきましたよ」


 アウレリアが弾んだ声で言った。


「へぇー! 神官長ってどれくらい偉い人なんですか?」


「フラウィア様は十三神のそれぞれの最上位、枢機卿のうちの一人なので……」


「枢機卿……?」


 瑞希が首を傾げた。


「世界有数の企業グループの幹部で、社員が数万人いる企業の社長よ」


「ひぇ」


「でも、ユリア様はフラウィア様とも渡り合っていたんですよ! それに、勇者とも認めていただけるみたいですし!」


 アウレリアが興奮気味に続けた。


「そうね。その根拠はあの魔法陣も含んでいるみたいだけどね。カラディンも含めて」


「え? カラディンの神殿ってもう使われていなかったんじゃ……」


「そうよ。そこについても、ウルファリアについても知っていたみたいよ」


 そこへ、お茶の準備を終えたルシアが戻ってきた。カップを一つ一つ丁寧に置きながら口を開く。


「あら、そこまで調べられてるの」


「そうみたいよ。神殿の情報網はどこまで広がっているのやら……」


「まあ、信者がそこら中にいるでしょうからね」


 ルシアが椅子に腰を下ろした。


「えっと……スパイがいるってことですか?」


「そんな大層なものじゃないと思うわ」


 ユリアが首を振った。


「ただ信者が気になったこととかを神官に相談に来て、神官がそれをまとめていく……というのが主だと思うわ」


「えっと……たしかに懺悔に来たり相談に来たりはありますが……」


 アウレリアが少し困ったように続けた。


「末端の聖職者は真面目にやっているのでしょうけどね。一筋縄ではいかないということよ」


 ルシアが静かに言った。


「ええ……」


「アウレリアは大丈夫よ。そこは信用してあげなさい」


 ユリアがアウレリアに目を向けてから、瑞希に向き直った。


「ただ、神官だからといってすぐに信用しちゃだめよって話よ。特に私たちは注目されているんだからね」


「ユリア様……」


 アウレリアが小さく呟いた。


「そこは、はい。気を付けます」


「よろしい」


「どうしたの、ユリア。今日は先生みたいよ?」


 ルシアが少し笑いながら言った。


「これでも保護者だからね。危険の芽は摘んでおかないとね」


「私のほうがお姉さんなんだけど……」


 瑞希がぼそっと呟いた。


「そこはほら、くぐってきた修羅場の数ってやつよ」


「えー」


「うふふ、そうね。今まで一番下だったからね」


 ルシアがおかしそうに笑った。


「そういうわけじゃないけど……」


 ユリアが少し照れたように続けた。


「ただ、それだけ情報収集している神殿でも、魔法陣については知らなかったわ」


「情報を隠しているわけではなくて?」


 ルシアが真顔に戻って聞いた。


「そういう感じではなかったわね。どちらかというと奇跡ととらえているような……」


「おそらく、奇跡として扱っているのだと思います」


 アウレリアが静かに口を開いた。


「その、あんなこと、伝説でしかなかったことですので……」


「アウレリアもそう見るのね。なら少なくとも一般信者からはそう思われるとしたら……あまりそれに反する扱いはできないといったところかしら」


「上に立つ人間なら違う可能性は?」


「ええ、たしかに老獪な政治家だったわ」


 ユリアがカップに視線を落とした。


「ただ、その一方で神の存在を信じている……そういう面も見えたのよね……」


「あの、神官長にもなるような方なら強い信仰心を持っていて当然では……」


 アウレリアが遠慮がちに言った。


「え?」


「あら?」


 ルシアが目を上げた。


「え? え?」


 瑞希も二人の反応につられて首を傾げた。


「……そう。やはりアウレリアに来てもらって正解だったわね」


「え? お役に立てたなら?」


 アウレリアがきょとんとした顔で首を傾げた。


「そうね。でも、信仰対象なら詳しいんじゃない?」


 ルシアが続けた。


「神の一生を暴くことは禁忌だそうよ」


「そうくるわけね……。危険は?」


「そこまでではないみたい。ただ、協力を得られるかというと……」


「神殿の人は協力してくれないってことですか?」


「あの、私は協力しますから!」


 アウレリアが勢いよく手を挙げた。


「ありがとう、アウレリア。でもそうね。アウレリア以外の協力は期待しないほうがいいかもしれないわね」


「そう、ですか……」


「となると、他の情報源を探す必要があるわけね」


 ルシアが腕を組んだ。


「貴族も神殿の影響を受けていると考えると……信仰心の薄い人たち……」


「帝国の人ってみんな十三神を信じているんですか?」


「ほとんどの人が多かれ少なかれ信じているはずですが……」


 アウレリアが答えた。


「宗教に対するものといえば、科学……でしょうね」


 ルシアが静かに言った。


「……リオフェルか……」


 ユリアが小さく呟いた。


「先生はちょっと……逆に興味がなさすぎるんじゃ……」


「……そうね。ちょっと方法を考えないといけないわね」


 少しの間があった。


「先代勇者様のお墓を調べるのはどうでしょうか?」


 アウレリアが恐る恐る提案した。


「墓……たしか帝都の皇宮だったわね。入れるの?」


「それは……ちょっと分かりませんが……」


「でもそうね、今はゾンビがいるわけだから奪還のどさくさに……」


「ユリア様!?」


 アウレリアが目を丸くした。


「冗談よ」


 ユリアが軽く笑った。


「でも、手がかりになるかもしれないから調べる価値はあるわね」


「ええ」


 ルシアが頷いた。


 そのとき、扉をノックする音が響いた。


「歓談中失礼します。帝国中央軍副参謀長ヴァレン・モラード様がいらっしゃいました。レンクス大将のご紹介とのことですが……」


 護衛の声に、ユリアが眉をひそめた。


「中央軍の将校……? なぜここに……それにレンクス大将……? いいわ。お通しして」


「ハッ」


 廊下を歩く足音が遠ざかり、しばらくして扉が再び開いた。


「失礼します」


「お初にお目にかかる。中央軍副参謀長ヴァレン・モラードだ」


 入ってきたのは、まだ若い印象を持つ男だった。軍服は整っているが、どこか疲れた色が滲んでいる。


「ようこそいらっしゃいました。ヴァレン副参謀長。申し訳ございません、歓迎の準備ができておらず……」


「ああ、こちらこそ突然訪問してすまない」


 ヴァレンが軽く手を振った。


「それに、敬語はやめてくれ。中央軍副参謀長などとなっているが、すでに中央軍は存在せず、部下もわずかしかいない身だ。東の英雄に敬われても惨めなだけだ」


「ハッ、そういうことでしたら……ヴァレン殿、なぜ私などを訪ねて? レンクス大将の紹介ということだったけど」


「レンクスとは旧知の仲でね」


 ヴァレンが軽く笑った。


「……勇者研究の仲間と言えば十分かな?」


「……盗聴でもしてたの?」


「まさか!」


 ヴァレンが苦笑した。


「勇者と目されるユリア殿がケクロピアに着いて早々に大神殿に出向いているんだ。それほど急ぐ理由など限られるだろう?」


「よく知っているわね。怖いくらいに」


「そう警戒しないでくれ」


 ヴァレンが真顔になった。


「ユリア殿はおそらく自身が思っている以上に注目されている。ティラヌス侯爵の動きなどまさにそうだろう。普通侯爵が港まで出迎えになど来ない」


「……いいわ。話を聞きましょう」


 ユリアが静かに促した。


「まず、神殿で何を聞いたのかは知らないが、あまり芳しくない返事だっただろう?」


「ええ、残念ながらね」


「だろうな。神殿は……」


 ヴァレンがちらりとアウレリアの方に視線を向けた。


「アウレリアのことなら心配いらないわ。私の身内よ」


「そうか」


 ヴァレンが頷いた。


「神殿は皇室と協力して勇者を神として崇めることで研究を止めているからな。俺はなにか不都合なことを隠したんだと考えている」


「不都合ね……例えば?」


「勇者の功績を盛ったくらいならかわいいものだが、功績を奪った、消した可能性もあると思っている」


「奪ったというのは、功績を建国帝のものにしたとかよね? それは理解できるわ。でも、消した? わざわざ?」


「ああ」


 ヴァレンが一息置いた。


「極端な話をするなら、負け戦を全部勇者が戦況をひっくり返していたとしたら? 今の皇統は勇者の血を引いていない。勇者にお膳立てされただけの血筋がこの軍事大国を統べることができるだろうか」


「そういうこと……。強すぎる力だと、他が霞むわけね。そしてこの国は弱い支配者を許さない……」


「もちろんこれは極論でしかない。証拠もない」


「帝国内で発言するには危険すぎる発言な気がするけど?」


「聞かれるようなヘマはしないさ」


 ヴァレンが窓の外へちらりと視線をやった。それだけだったが、その一瞬に何かが動いたような気がした。


「そういうこと。証拠はないというけど、その考えに至った理由があるのでしょう?」


「……勇者の記録には鉄則がある。それは誰が見ても分かる功績しか書かれていないというものだ」


「誰が見ても分かる功績?」


「竜を何頭斬った、敵将を討ち取ったならいくつもある。しかし、そこに至るまで敵兵を何人斬ったというのは一切出ない。軍の記録に被害の概算すら出ていない。ただ敵陣に斬り込み敵将を討った。それだけだ」


 ヴァレンが続けた。


「そして、その時の戦況を一切問わない。たとえ本陣に攻め込まれていようが敵将を討っている。移動速度も無人の野を進んだのと変わらない」


「なら私は勇者ではないわね。そんな化け物みたいなことやっていないもの」


「ハハハ、あくまで仮定の話だ。六〇〇年も前の記録だからな。そういう点での正確性はわからない。それこそ盛っている可能性も十分ある」


「あら残念。普通の女の子扱いしてもらえると思ったのに」


「ユリア殿をか? ハハハ、冗談が上手いな!」


 ヴァレンが声を立てて笑った。


「こっちに来ている記録を見る限り、そんな扱いはできないな! 首が物理的に飛んでしまう」


「どんな記録がいってるのかしら……それこそ盛ってるんじゃない?」


「おいおい、総大将はクレメンスだろ? あいつがそんなことするもんか。むしろ未確認とかいって不記載にしてないかを疑うところだぞ」


「……むしろそっちのほうが良かったのだけどね」


「ま、利用できると思って死ぬ気で調べたんだろう。やたら詳しかったからな」


 ヴァレンが少し表情を引き締めた。


「ただ、それを西部貴族の連中が信じたかは別の話だ」


「信じたくないのでしょう」


「そうとも言うな。まぁその結果、何か企んでいるようだが……」


「それを私に言っていいの?」


「本当はダメだな」


 ヴァレンが苦笑した。


「一応、今は西部方面軍に間借りしている身だからな」


 ヴァレンが胸元のロケットをふと触れた。すぐに手を離したが、落ち着かない様子だった。


「間借り? そもそも中央軍は帝都にいると聞いているわ。それが西部にいる……違和感はあるけどね」


「ちょうど災厄があったときは中央軍の王国遠征前でな……」


 ヴァレンが静かに続けた。


「俺は西部方面軍との調整のためにこっちに来ていて、そのまま帰る家がなくなったってわけだ」


「ああ、それで……」


「今の俺は西部の飼い犬ということになるな」


 ヴァレンが小さく笑った。


「ま、俺を飼いならせると思っている連中の頭には感謝だな」


「忠犬にはならない性格なのね」


「すでにご主人様がいるってだけでならないわけじゃないさ」


「へぇ……売り込んでも対価を払えないわよ?」


「出世払いで、もしものときはそちらに屋根を借りに行くさ」


「中央軍の副参謀長ともあろう人が? 都落ちもいいところよ」


「今更だからな」


 ヴァレンが軽く肩をすくめた。


「ま、そういう気分だったんだ。気にしないでくれ。さて、あまり長居するのも悪いからこれで失礼するとしよう」


「いい情報を得られたわ。ありがとう」


「お役に立てたなら何より」


 ヴァレンが立ち上がり、一礼して部屋を出ていった。


 扉が閉まり、四人が顔を見合わせた。


「ヴァレンさん、だったかしら。だいぶ疲れているみたいだったけど」


 ルシアが静かに言った。


「なにか危うい感じがしました……」


 アウレリアが不安そうに呟いた。


「でも、悪い人じゃなさそうですよ?」


 瑞希が首を傾げた。


「……この周囲に血の匂いがしなければ、ね」


 ユリアが静かに言った。


「えっ」


「もう片付けられてるから大丈夫よ」


 ルシアが涼しい顔で続けた。


「ええ!?」


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