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終末の血族  作者: 天津千里
13章:権謀のケクロピア
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第97話 権謀のケクロピアI

【帝国紀元1800年3月24日 10:00】

【帝国西部セレニウス公爵領領都ケクロピア・ミネア大神殿】


 ケクロピアの宿泊所に到着した翌日、ユリアはアウレリアを伴ってミネア大神殿を訪れていた。前日の夜、大神殿から「都合のよいときに訪ねて欲しい」と要請が届いており、即座に快諾してのことだった。通された応接間で二人は神官長を待っていた。


「ユリア様、昨日の今日でもう訪問しなくても……」


 アウレリアが遠慮がちに言った。


「いいのよ。ちょうど聞きたいこともあったから」


「聞きたいこと、ですか? ウルファリアのことですか?」


「ええ。ただ、上手く聞かないといけないわね……藪蛇になるのは嫌だし」


 アウレリアが少し考えてから口を開いた。


「そうですね、ウルファリアはソリス様とゼルオス様の大神殿が中心となっている神殿でしたので……ここはミネア様の大神殿なので、情報が伝わっていないかも……」


「別物なの?」


「大きな括りではひとつなのですが、それぞれ別の神殿ですので……」


「グループ企業の別子会社みたいなものなのね」


「ぐるーぷ……ですか?」


 アウレリアが首を傾げた。


「ああ、大きな貴族の分家同士みたいなものなのね?」


「はい、そういう感じです」


「知らない可能性も十分あるわけね……なら猶更慎重になる必要があるわね……」


「神殿が知っていてもユリア様の権威が強くなることはあっても、弱くなることはないと思いますが……」


 アウレリアの言葉に、ユリアが静かに答えた。


「いい? アウレリア。私は必要以上の権威は欲しくないの。ただでさえ貴族になろうとしているのよ。重荷は少ないほうがいいわ」


「そ、それは……すみません、私たち……」


「私の存在で心の平穏が得られるならそれはそれでいいのよ。ただ、強い権威には強い欲望が付き纏うものよ。それは今の私には不要でしかない」


 その時、扉の外からノックの音が響いた。


「神官長がいらっしゃいました」


「どうぞ」


 物腰が柔らかく、穏やかな笑顔の老女が若い神官を付き従えて入室してきた。老女はゆったりとした足取りで近づいてくる。


「ようこそいらっしゃいました。ユリア・コニシ様。お付きの方はアラセア神殿のアウレリア・アウスティヌスさんでしたね。このミネア大神殿の神官長を務めていますフラウィア・アエメリアと申します。よろしくお願いしますね?」


「ユリア・コニシです。お招きいただき感謝致します」


「アラセア神殿のアウレリア・アウスティヌスです。お初にお目にかかります」


 アウレリアも丁寧に頭を下げた。


「ささ、おかけになって。私も失礼しますね」


 挨拶のため立ち上がっていた二人に着席を促すと、フラウィアも神官の補助を受けながらゆったりと椅子に座った。


「急なお招きでしたのに、こんなに早くお会いできるなんて……ミネア大神殿一同、心より歓迎致しますわ。勇者ユリア様」


「過分な評価をいただいております。私は本来勇者という柄ではないのですが……」


「ご活躍については遠くなった私の耳にも届いていますわ。カラディン、エルズリウム、ウルファリア、アスミノール、他にもいくつもの場所で活躍されたそうですね」


(カラディンにウルファリア、ね。知っているってことなのね)


 内心の警戒を隠し、ユリアは短く返した。


「仲間に恵まれました。神殿の方からもご助力いただき感謝しております」


「アウレリアさんや従軍神官たちね? お役に立っているようで嬉しいわ。ただ、神殿の本領は後方にこそあるの。よかったらそちらでもお役に立たせていただきたいわ」


「ありがたいお話です。それでは、街の復興に当たって神殿の再建と神官の派遣をぜひ……」


「当然のことです。最大限配慮しましょう。関係する神殿には私からも声をかけておきます」


「ありがとうございます」


「ただ、当然のことをしただけでは神殿全体の度量が疑われるというもの。そうですね、私個人としてはあなたが勇者であることを疑っていませんが、神殿全体では懐疑的なものもいます。その者の説得も行いましょう」


「そこまでお力添えをいただくには……」


「これは神殿全体の権威にもつながる話なのです。持ちつ持たれつというものです。そんなに遠慮するようなものではありませんよ」


「ハッ、ありがとうございます」


 フラウィアが穏やかに笑った。


「あまり都合がいい話だと心配になるでしょう?」


「……正直に言えば。おだてられて調子に乗って破滅した者など例を挙げれば切りがありませんので」


「それを理解しているのならば心配ないでしょう。そうですね……私としてもお願いしたいことがあります」


「私にできることであれば」


「難しいことではありません。あなたの街にミネア様の神殿を新たに建てる許可をいただきたいのと、そこのアウレリアさんに私たちの神殿の神官長の立場を贈らせていただけるかしら?」


「まだ私は叙爵も正式には決まっていませんが……」


「それについては心配いりません。殿下には以前から私からもお話しさせていただいていますので」


 ユリアは内心で『殿下』という言葉を受け止めながら、続けた。


「そういうことでしたら。アウレリアの件は……私はこの世界の宗教事情に詳しくなく、問題があるようでしたら断らざるを得ないのですが……」


「どうかしら? アウレリアさん。アラセアの巫女の地位を捨てろというわけではありません。あくまで名誉職という扱いです」


 水を向けられ、アウレリアが慌てたように両手を振った。


「わ、私はまだ経験の浅い巫女でしかありませんので、神官長など畏れ多いです」


「困ったわね……。そうね、これはユリア様のためなのです」


「ユリア様の?」


 アウレリアの問いに、フラウィアが静かに答える。


「正式に勇者と認定されれば、いろんな神殿から息のかかった神官を送られてくるでしょう。特に戦神ポレモスのところなどは本気になると思います。変な神官にユリア様のお膝元で動かれるのは困るでしょう? それを防ぐためにはあなたが神殿に対する盾にならないといけないと思うの」


「そこまでしていただかなくても……ミネア様の神殿で牽制していただければそれで」


 ユリアが慌てて割って入ろうとしたが、アウレリアが静かに立ち上がった。


「ユリア様、大丈夫です。神官職の兼任はないわけではないので、私、お役に立てるよう頑張ります」


「アウレリア……」


「決まりね。神殿には支えになるよう優秀な者を送るわ」


 フラウィアが満足そうに頷いた。


「……ありがとうございます」


 ユリアは短く、苦味を交えて礼を口にした。


「まとまってよかったわ。けどこれじゃあ、私ばかりが得をしてしまうわね」


「こちらにも利があるお話でしたので」


「ふふふ、少しくらいわがままを言ってもいいのよ?」


 そう言ってフラウィアが微笑むと、ユリアも表情を切り替えて静かに問いを返した。


「そう、ですね……でしたら、勇者について教えていただいても? 私は勇者と呼ばれたりはしますが、その勇者について何も知りません」


 フラウィアが少し考えてから答えた。


「そうね、勇者と言っても、一般的に認知されているのは建国帝と共に戦った先代勇者様ね。ただ、古代帝国の時代には、他にも何人かいたらしいわ。呼び名は残っていないけど、竜を討った話や戦いを勝利に導いた話がいくつか残っているわ」


「古代帝国に?」


「ええ。ただ数は少ないから、先代勇者様ほどではなかったというのが学者たちの見解ね」


「ではやはり先代勇者が特別?」


「功績で言うとそうなるわね。もっとも、先代勇者様の功績も多くが残っていないと言われているから、古代帝国の時代ともなると記録も乏しく、本当のところは分からないわ」


「そうですか……。先代勇者についてはどうなのでしょうか? 正妃になったとは聞いていますが、皇族の方にはその血が?」


 フラウィアが静かに首を振った。


「いえ。そこは明確に否定されているわ。先代勇者様には子がおらず、側妃の子が皇統として跡を継いでいるのは間違いない話よ」


「正妃というのは確かなのですか?」


「たしかに記録があるわ。ただ、若いうちに古傷が元で亡くなったと言われているわ。帝都の皇宮の墓地に埋葬されているようです」


(……帝都の皇宮。なら、地球には……?)


 ユリアは、自身の最大の関心事へと静かに話題を向けた。


「帝都の皇宮ですか……彼女は地球へ帰らなかったのでしょうか?」


「後半生は謎が多いですからね。帰ったとする話もあるにはあるのですが……文献もほぼなく、研究はほとんど進んでいません」


「前半生……それこそこちらの世界に来たときの話はどうですか?」


 フラウィアが背筋を伸ばした。


「それについてはある程度は。建国帝は東方辺境の生まれで、古代帝国の神殿を調査しているときに先代勇者に出会ったようです。その後数年をかけ、先代勇者様と共に各地を巡りながら力を着け、味方を増やし、統一戦争を始めたと記録に残っています」


「古代帝国の神殿とはどこか分かりますか?」


「残念ながら、どこの神殿で出会ったのかは分かりません。まだこの頃は建国帝も無名の学生でしかなく、時代も戦乱の時代でしたから……」


「では、力を着けたという神殿は?」


「帝都を始め国内の大きな街の多くに訪れた記録があります。ただ、その中でどこで本当に力を得たかまでは語られてはいないようです」


 フラウィアが、探るような流し目でユリアを見つめた。


「それこそ、ウルファリアで力を得たのでは?」


「……あの魔法陣がそうであるならば、そうかもしれません。あれはそういうものなのですか?」


「そうだろうとしか言えません。何しろ起動した記録がないのです。我々はそれが生きた魔法陣だと思っていませんでした」


「帝国は詳細な記録を残していると聞いています。それでもですか?」


 フラウィアがわずかに声を落とした。


「ええ。我々神殿にも残っていません。それに、彼女について研究することは禁忌なのですよ。もちろん罰せられたりするわけではありませんが」


「どういうことですか? 六〇〇年前の人物ですよね? そして、現在の皇族と血もつながっていない……」


 フラウィアが静かに微笑んだ。


「そう、たしかにあなたは異界人なのね……。帝国人にとって、勇者は神の一柱なのですよ。誰が神の一生を全て暴こうというのでしょう。神話を疑い研究するとはそういうことなのですよ」


「……待ってください。実在の人物なのですよね?」


「もちろんです。そして我々にとって勇者の神話とは、神の実在の証拠なのですよ」


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