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終末の血族  作者: 天津千里
12章:蒼海への船出
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第96話 蒼海への船出VII

【帝国紀元1800年3月20日 19:00】

【イアリソス島西方沖・戦列艦ダマスク】


 陽が落ち、アルカディア海が徐々に暗さを増していく中、甲板でユリア、ルシア、瑞希の三人が後方を眺めていた。


 はるかかなた、水平線のぎりぎりに、イアリソス島の大灯台の灯が薄っすらと揺れている。


「こんなところまで光が届くんですね」


 瑞希が目を細めながら呟いた。


「こんなに見えるのなら信仰の中心になるのも納得ね」


 ルシアが静かに言った。


 そのとき、にわかに甲板が騒がしくなった。


「早速お客さんかしらね?」


 ユリアが呟いた直後、海兵が駆け寄ってきた。


「閣下、幽霊艦隊が接近しております。この艦も迎撃態勢へと移行します。よろしければ指揮所で説明しましょうかと艦長が」


「邪魔にならないのであればお邪魔しましょうか」


「ハッ光栄であります!こちらへどうぞ!」


 慌ただしく甲板を行き交う船員を避けながら、一行は中央の指揮所へと向かった。途中、何人かの船員が足を止めて姿勢よく敬礼をする。


「アルダール艦長」


「旅団長殿。改めてようこそ」


 アルダールが一歩前に出た。


「帝国海軍南方艦隊、戦列艦ダマスクは銀の女神の搭乗を心より歓迎致します」


「戦の場に呼んでいただき感謝するわ、艦長。状況を教えてもらえる?」


「ハッ、ここより西方一五ケイミル付近で幽霊艦隊が哨戒網に掛かりました。敵はフルート船四隻。航路に沿ってこちらに接近中です」


 ユリアが眉をわずかに上げた。


「フルート船?武装も最小限の貿易船のはずだけど……商船利用というのはこのこと?」


「よくご存じですね」


 アルダールが頷いた。


「奴らに大砲を使うほどの技量はないようで、ゾンビを満載した商船での移乗攻撃が基本戦術です。中には魔法を使うゾンビや武装ゾンビが混ざっていることもありますが……海軍の敵ではありません」


「火力で接近すら許さないわけね」


「はい。今回は護衛のフリゲート艦隊のみで決着が着くと思われます」


「それを特等席で見せてくれるわけね」


 ユリアの言葉に、アルダールが豪快に笑った。


「ワハハ、そういうわけです」


 しばらくして、夜霧がかかり始めた水平線から四つの船影が見え始めた。もうすっかり暗くなり、背後に見えていた大灯台の灯はとうに消えていた。周囲の艦船では照明が明滅し、互いに位置関係を調整している。指揮所でも通信兵が絶えず報告を上げていた。


「敵艦、確認!距離三ケイミル!」


「針路そのまま!前の艦に続け!」


 操舵手が復唱する。


「アイアイサー」


 アルダールが振り返った。


「まもなく敵と交戦します。といっても本艦は戦わない予定ですが……」


 言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、前方から激しい発砲炎と轟音が響き始めた。月明かりに浮かぶ黒影のそばに赤い光が瞬き、たちまち数を増やして海鳴りのように砲撃音がこだました。


 ユリアが窓越しに遠くの閃光を見据える。


「近いわね。夜間だとこんなものかしら?」


「これでも早く見つけた方ですね。霧が深くなると一ケイミルでも怪しいところです」


「なるほど。海軍でそれなら、ましてや商船なら……ということね」


 アルダールが静かに続けた。


「はい。昼間は遠くからでも不審船に気付けますから、商船の被害も限定的ですが、夜間に至近距離に寄られると風向きによっては逃げる暇もなく……」


「商船も完全に非武装ではないんでしょう?」


「はい。鎖弾で帆を破壊したり、散弾でゾンビを打ち倒したりと色々対抗はしているようです」


 ユリアが腕を組んだ。


「それは頼もしいわね。発見できる距離が近いのが問題か……」


「そうですね。この戦闘も哨戒網があったから準備できましたが、いきなりとなると……」


「そうね、士気も準備も厳しいでしょうね」


 話しているうちに、幽霊艦隊へいくつもの砲弾が着弾した。一隻のマストが折れ、もう一隻から炎が上がって急速に速度を落とし始める。


「お、二隻仕留めました」


 アルダールが目を細めた。


「炎上し始めたのは炸裂弾?」


「ええ。アスミノールでも使用されていたのでしたね。まだ大量に使えるわけではないですが、ここぞという時には使用しています」


「なるほど……木造船に対して炎は強力ね……」


「とは言っても、海洋国や王国の艦船は消火してきますからね。これだけ効果的なのは相手がゾンビだからというのもあります」


 ユリアが海図に目を落とした。


「海洋国はたまに名前を聞くわね。王国は帝国西方のヴァルステイン王国?」


「その通りです。どちらも幾度となく砲火を交えた間柄ですよ」


 通信兵が振り返った。


「艦長、カスパル司令から、このまま前進してトドメを刺せとのことです」


「承知した」


「合わせて、南にいた第二護衛艦隊から、先行するので距離に注意されたしと」


 アルダールが素早く指示を飛ばした。


「ああ、挟み込むわけだな。偵察兵、前の艦の様子を見ておけ!信号を見逃すなよ!」


「アイアイサー!」


 左舷に目をやると、いくつもの艦影が左前方をぐんぐん進んでいくのが見えた。マストでは発光信号が絶えず明滅している。少し離れたところで、それらの艦影からも次々と発砲炎が上がった。正面の幽霊艦隊の周囲にいくつもの水柱が立ち上がり、時折、船から何かが吹き飛ぶように散らばっていく。


「前方艦から連絡。面舵一〇にて接近する……です!」


「操舵!合わせて面舵一〇!」


「面舵一〇、前に合わせます!」


 アルダールが砲手長に向き直った。


「砲手長、通常弾を装填、敵艦にトドメを刺せ」


「アイサー、通常弾装填準備!急げ!」


 正面の艦影がぐんぐん大きくなる。夜闇の中でもくっきりと輪郭が見えるほど近づいた瞬間、砲手長の号令とともに轟音が響き、視界に硝煙が立ち込めた。木材を砕く音があちこちで鳴り響き、マストが倒れるのが見えた。


 続く幽霊船の甲板にはまだ人影が蠢いていたが、後続の戦列艦が次々と砲火を浴びせ、瞬く間に船体が割れて沈んでいった。戦列艦ダマスクはそのまま進み、先ほどマストが折れて漂っていた船にも斉射を行い、悠々とその場を後にした。


「戦闘態勢終了。警戒は怠るな!」


「警戒態勢へ移行!」


 アルダールがユリアに向き直った。


「どうでしょう、旅団長。戦果は護衛のフリゲートの一部が確認する予定です。漂った幽霊船に襲われたなどとなってはいけませんからね」


「素晴らしい練度ね、艦長。ますます帝国海軍が頼もしく見えたわ」


 アルダールが胸を張った。


「ありがとうございます。このまま艦隊は予定通り、三日後にはケクロピアに到着できる見込みです」


「ケクロピアについて教えてもらえる?あなたの主観でいいわ」


 アルダールがわずかに間を置いた。


「……これはあくまで私見でしかないのですが、ケクロピアは信用できない街ですね。どうも自分の街の発展しか考えていないように見えます。本当に帝国のことを考えているのか……。まあ直轄都市でもない、あくまで領地貴族の街なのでそういうものかもしれませんが。……私見ですがね」


「それは仕方ないかもしれないわね」


 ユリアが窓の外の海に目をやった。


「もっとも、領地貴族の街でも、自分たちは帝国の民なのだと思っている街もあるから、その街の気風によるところもあるかもしれないわね」


「まさにその通りです。どうも古い都という自負があって、それを裏付けるだけの規模もありますからね」


「ただ、国難の時くらい手を取り合って欲しいものね」


「まったくです」


【帝国紀元1800年3月23日 8:00】

【帝国西部セレニウス公爵領・古都ケクロピア】


 夜明けを待って艦隊はケクロピアへ入港した。


 街の奥の丘には大きな神殿が構え、向かいの丘は城壁で囲まれた城がそびえ立っている。その麓には所狭しと白い建物が立ち並び、港には南方艦隊以外にも多くの商船が停泊していた。沖合には警戒のための軍艦が何隻も浮かんでいる。


 上陸したユリアたちの前に、鍛え上げられた体格のよい大男が待ち構えていた。


「貴殿がユリア・コニシ旅団長……いや、勇者様と呼ぶべきかな?」


 男がゆっくりと一歩前に出た。


「私がブルータス・ティラヌス。侯爵だ。ようこそケクロピアへ」


「旅団長ですら過分な待遇だと思っています。勇者などとても……。お出迎えいただき光栄です、ティラヌス侯爵」


「フハハハ、謙虚なものだ」


 ブルータスが腕を組んだ。


「その謙虚さを忘れんようにな。どうも戦に出てばかりいる者は謙虚さを忘れてしまうようだからな」


(戦に出てばかり……よほど東部貴族が嫌いなのね)


「ご忠告ありがたく。戦場に出ると豪胆さばかりが評価されるのでつい流されてしまいそうです」


「たしかにな」


 ブルータスが顎に手を当てた。


「だが、流れに身を任せず、自らの足で立ってこそ一人前という見方もある。貴殿も自らの足で立っているのでは?」


(東部貴族から離れろって?)


 ユリアは表情を崩さずに答えた。


「まだまだ若輩者故、周囲の皆さまのご助力あってこそでございます」


「ふむ、謙虚なものだ」


 ブルータスが目を細めた。


「いつか貴殿に渋みのない葡萄酒を贈る機会があるといいのだが……」


(わざわざ"渋みのない"葡萄酒、ね……)


「一人前になった暁にはぜひ」


「そうだな。その時を楽しみにしていよう」


 ブルータスが一歩引いた。


「ありがとうございます。それでは、失礼致します」


「ああ、貴殿にソリウスの祝福のあらんことを」


(なんとか回避できた、か……)


 一行は港を離れ、宿泊所へと向かった。


 しばらく歩いてから、瑞希が小声で口を開いた。


「あの、ティラヌス侯爵でしたっけ?なんか、言ってることは小言をいうおじさんって感じでしたけど……なんか目が笑ってなかったような……」


「あら、よく気づいたわね」


 ルシアが静かに言った。


「え?」


 瑞希が目を丸くした。


「貴族流の挨拶というやつよ」


「カラディン家から離れて大人しくしておけって言ってたのよ」


 ルシアが淡々と続けた。


「敵対するなら殺すともね」


 ユリアが付け加えた。


「えええええ!」


「シッ、ユリアもそこまで言わなくていいじゃない」


 ルシアが苦笑しながら窘めた。


「警戒するのは大事でしょ」


「それはそうだけど……」


 瑞希が目を丸くしたまま二人を交互に見た。


「貴族流の挨拶って……」


「気にしちゃ負けよ。どうせ味方になればニコニコ手のひらを返してくるわ」


「そうなんですか……」


 瑞希の声に、納得とも呆れともつかない響きが混じっていた。


 石畳の道を進みながら、ユリアはふと空を見上げた。空に浮かぶ日輪にどこか翳りが見えた気がした。


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