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終末の血族  作者: 天津千里
13章:権謀のケクロピア
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第100話 権謀のケクロピアIV

【帝国紀元1800年4月1日 12:00】

【ケクロピア城】


 アウグストゥスとの会談は、執事が彼を呼びに現れたことであっさりとお開きになった。


(議論が白熱しすぎたからって皇族を呼ぶなんてね……辺境伯たちは大丈夫なのかしら)


 廊下へ出たユリアが内心でそう呟いた矢先。応接間の扉のすぐ横、壁に背中を預けた青年が声をかけてきた。


「よう、少しいいか?」


 軽い口調だったが、その立ち姿には一切の無駄がなかった。


「……どなた?」


「アレクシウス・ブカレウスという。これでも社交界ではそこそこ顔が売れていると思っていたんだが……まだまだだったか」


 アレクシウスと名乗った青年は、苦笑混じりに肩をすくめた。

 ユリアは微かに眉を寄せる。その分厚い胸板と、剣を握り慣れた手のひら。どう見ても武の道を歩む者のそれだが。


「ブカレウス侯爵家の方? 何分、こちらの社交界には詳しくないもので、失礼しました」


「親父が当主をやってる。……なんだ、異界人というのは本当のことなのか」


「ええ。一年前に来たばかりです。ご無礼をしてしまっていたら申し訳ございません」


「気にするな。よくできている。……そんなことより、一つ、手合わせを願いたいのだが」


 ユリアはわずかに目を細めた。カマをかけられていたことに気づきつつ、淡々と返す。


「手合わせ?……構いませんが」


「ほう。てっきり断られると思っていた」


「断る理由もありませんので」


 アレクシウスはしばらくユリアの顔を見つめ、それからゆっくりと口角を上げた。


「……本物のようだな。練兵所を人払いしてある。そちらに向かおう」


「承知しました」


 二人は並んで廊下を歩き始めた。途中、すれ違った貴族の何人かがアレクシウスの顔を見て表情をこわばらせたが、当の本人は気さくに片手を上げて通り過ぎた。

 練兵所にはすでに模擬剣が整然と並べられ、人の気配は一切なかった。


「用意がいいですね」


「ああ、軍には顔が効いてね。ここにも知り合いがいるから、快く使わせてもらえたよ」


「あら、社交界にも軍にも顔が効くなんて、顔が広いんですね。さっきすれ違った方たちも?」


「ああ、何度か剣を競った仲でね。今回も彼らにお願いしたというわけだ」


 ユリアは思わずその貴族たちの顔を思い浮かべた。あの強張った表情の理由が、いまなんとなく分かった気がした。


「はあ、仲がよろしいんですね」


「ああ、男同士の友情というやつだ。さ、得物を選んでくれ。どれも整備はしっかりしている」


 ユリアは迷うことなく棚の前へ向かい、両手剣を手に取った。


「では、使い慣れたこれを」


「……体格に見合っていない気がするがいいのか?」


 アレクシウスが眉を上げた。ユリアは重厚な剣を片手でくるりと一回転させ、そのまま微動だにせず空中で静止させてみせた。


「それを試すのでしょう?」


「一本とられたな。じゃあ私もこれにしよう」


 アレクシウスも同じく両手剣を手に取った。


「あなたこそ、わざわざ合わせなくていいのですが?」


「帝国貴族たるもの、得物が変わった程度で力が発揮できないなどあってはならないことだ」


「……そんなの初めて聞きましたけど」


「俺が前から提唱しているんだがな。証明しても中々聞き入れてもらえなくてな」



 ユリアは呆れたように短く息をついた。


「……そうでしょうね」


「残念な話だ。……さあ、やろうか」


「いつでもどうぞ」


 アレクシウスが騎士礼を行い、剣を左後ろ側に構えた。空気が張り詰めた次の瞬間、そのままの勢いで振りかぶりながら突撃してくる。

 ユリアは半歩引いて躱し、左から斬り返した。アレクシウスもそれを躱しながら、振り抜いた剣を遠心力のまま上段へと持っていき、そのまま猛然と振り下ろす。


 ユリアは振り抜いた剣を強引な腕力で引き戻し、右から左上へと斬撃を放って受け止めた。

 ガァンッ! と激しく剣がぶつかり合い、押し合いになる。


「そんな受け方ありかよ!?」


「この剣くらいの重さならね」


 非常識な膂力に、アレクシウスが飛び退いて距離をとった。一呼吸置いて突きの構えを見せ、再度飛び込んでくる。

 ユリアは剣を立てて軌道を逸らした。アレクシウスが逸らされた剣を強引に横に動かそうとするが、ユリアの立てた剣は大岩のようにびくともせず、アレクシウスが外側へと跳躍して回避する。


 ユリアはその一瞬を逃さず振りかぶり、大きく横薙ぎを放った。アレクシウスが咄嗟に剣で受け止めるが、じりじりと靴底を滑らせて押し込まれ、後退する。


「……私は、なんの相手をしているのだ……」


「失礼ね。見たまんまよ」


「冗談を」


 アレクシウスが再び鋭い袈裟斬りを仕掛けてくるのに合わせ、ユリアも袈裟斬りで応じた。

 受け止められたアレクシウスはすぐに剣を引いて突きを放つ。ユリアは突きに斬撃を当てて逸らし、振り下ろした剣を逆袈裟に斬り上げる。剣を戻していたアレクシウスが斬撃で応じ、互いに力を込めて競り合う。


 刃が十字に交差し、鋼が軋む。アレクシウスが全力で圧し潰そうとするが、ユリアは一歩も引かない。ユリアがさらに力を込めると、徐々に押し返され、アレクシウスが後退し始める。


 ユリアはすかさず踏み込み、横薙ぎを放った。アレクシウスが更に下がって躱す。ユリアは横薙ぎの勢いのまま剣を振り上げ、一気に踏み込んで振り下ろした。

 逃げ切れないと悟ったアレクシウスが、剣を横にして受ける。


「ぐぅ……ッ!」


 片膝をついたアレクシウスがなんとか剣の軌道を逸らすが、地面に叩きつけられたユリアの剣が、盛大に土と石を吹き飛ばした。

 横に転がって避けたアレクシウスが、急いで体勢を立て直す。


「……これが銀の女神……! 噂とは当てにならないものだな……!」


「兵士が勝手に呼んでいるだけだからね」


「そうだろうな! 実際に戦ったら、そんな異名をつけるもんか!」


「あら、なんてつけるのかしら」


 言葉と同時。ユリアがアレクシウスの元へ飛び込み、居合のような速さで剣を振り抜いた。

 アレクシウスが剣で受けるが受けきれず、大きく体勢を崩される。再び強引に軌道を戻してくるユリアの斬撃を辛うじて躱し、逆に剣を振り下ろすが、ユリアがそれを無表情でがっしりと受け止めた。


「こんなもの、竜と呼ぶしかないだろ……!」


「まったく、女神、勇者、竜……好き放題異名をつけるわよね。もう少し女の子にふさわしいものにできないのかしら」


「こんな光景を見て、誰がそんなものつけるというのだ……」


「あら、そう?」


 アレクシウスの渾身の力を込めた斬撃を、ユリアは涼しい顔で受け止めている。

 次の瞬間だった。一瞬だけ剣がユリア側に沈んだかと思うと、周囲に淡い蒼い光が舞い散った。

 直後、アレクシウスの剣が弾かれ、ユリアの剣が目にもとまらぬ速さで彼の首のすぐ横を突き抜けた。


「いいかしら?」


「……ああ」


 二人は剣を納め、短く握手を交わした。

 アレクシウスは荒い息をつき、口を開いた。


「どうやらあの報告書は公爵たちが言うように偽りだらけなのだろう。方向性は逆のようだがな」


「それでも子爵だそうよ。十分すぎるわ」


「ハハハ、たしかに本当のことを書いたらますます信じてもらえないな。まあいい。いい試合だった。ありがとう」


「こちらこそ。いい気晴らしになったわ」


「次はもっと強くなってくるからな。楽しみにしていてくれ」


「……は?」


「安心してくれ。別に吹聴するつもりもない。あまりそういうのは好きじゃなさそうだしな」


「いえ、模擬戦自体別に好きでは……」


「次はもっと満足させてみせるさ、じゃあな」


 アレクシウスは一方的にそれだけ言うと、ユリアの静止など聞こえないふりをして足早に去っていった。

 一人取り残された練兵所に、ユリアの呆れたような声が響く。


「いや、もうやらないわよ?」


 練兵所の外へ消えていく背中に向かって言ったところで、返事が来るはずもなかった。








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