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終末の血族  作者: 天津千里
13章:権謀のケクロピア
101/115

第101話 権謀のケクロピアV

【帝国紀元1800年4月3日 18:00】

【ケクロピア・カラディン辺境伯家宿泊所】


 扉を開けたリディアが、ユリアの顔を見るなり表情をほころばせた。


「いらっしゃい、ユリア。待っていたわ」


「お招きいただきありがとうございます」


 奥のソファに腰を下ろしていたガリウスが、ワインのグラスを片手に口を開いた。


「なに、一度じっくり話したくてな」


「光栄です」


「そう固くならなくていいぞ。今は辺境伯家じゃなくて、カラディン家としてだからな」


 畏まるユリアに、ユリウスが笑いながら言った。


「そういうなら、その興味津々な目はやめてあげてください」


 リディアが兄をたしなめる。


「いつもお前ばかり相手しているから仕方ないじゃないか」


 ユリウスがおどけたように肩をすくめた。


「そうだぞ。私など立場があるから猶更だぞ」


 ガリウスもグラスを揺らしながら同意する。


「父上まで……ほら、ユリアが固まってしまったじゃないですか」


「あ、いえ、少し印象が……」


 ユリアは言葉を濁した。普段の辺境伯家とはあまりに空気が違いすぎて、どう反応するべきか一瞬迷ったのだ。


「気楽にしてくれ。うちは元々そんなに固い家じゃない。まあ、普段は辺境伯としての立場があるがね」


 ガリウスが苦笑しながらグラスを置いた。


「はあ、そういうことでしたら」


「さ、何か飲むか? このブカレウス侯爵領産の十五年物のワインなど、なかなかだぞ」


 ユリウスが棚から瓶を取り上げてみせた。


「ユリアはまだお酒は飲まないらしいわよ。ほら、あなたにはセレニウス公爵領産の葡萄果汁を用意させるわ。美味しいわよ」


 リディアが執事に目配せしながら言った。


「あ、ありがとう」


「ユリウス、そんなワインがあるなんて聞いていないぞ」


 ガリウスが目を細めた。


「これは昨日アレクシウスに貰ったんです。父上にはちょっと度数がきついでしょうね」


「蒸留酒じゃなくてワインだろう!? いいから私にも味見させなさい」


 ガリウスがグラスを差し出した。


「はあ……少しだけですよ」


 ユリウスが渋々瓶を傾ける。


「ああ、ちょっと待て、新しいグラスを用意させよう……ほら、この前手に入れた帝都のグラスを持ってこい」


 ガリウスが執事に声をかけた。


「あのグラスは少しではないでしょう……」


 ユリウスが呆れ顔でそう言う間に、執事が例の大ぶりなグラスを運んできた。


「なに、なみなみと注いだりはしないさ。で、アレクシウスの小僧がどういう風の吹き回しだ? あいつにそんな気配りなんてできたのか?」


 ガリウスがグラスにワインを注がせながら言った。


「あれでいて、意外と何でもこなすんですよ、彼」


 ユリウスが前菜の皿に手を伸ばした。


「ブカレウス家の嫡男の方ですよね? あの……そこら中に一騎討ちを挑んでいるという……かなりの腕前だとか」


 リディアが首を傾けた。


「ああ。何がそんなに楽しいのかは知らないが……女性に吹っ掛けることはないらしいが」


「そうらしいですね。女性には紳士的という噂は聞いています」


 リディアがグラスに口をつけながら頷いた。


 ちょうどそこへ、ユリアの葡萄果汁が運ばれてきた。


「お、来たようだな。それでは、ユリア殿の子爵叙爵を祝って……乾杯」


「乾杯」


 グラスが静かに鳴った。


 ガリウスはワインを一口含んでから、満足げに目を細めた。


「アレクシウス・ブカレウスか……。まだ未婚らしいがな。西部貴族じゃなければ、リディアの婚姻相手の候補だったんだが」


「それより! ユリアも気をつけなさいよ」


 リディアが話を逸らすように、前菜にフォークをつけながら言った。


「女性にはと言っても、これだけ武で目立ってたら目を付けられるかもしれないわよ」


「……もう挑まれた後です」


「え!? ……ちょっと兄上、話が違いますが」


 リディアがフォークを止めてユリウスを見た。


「いやはや、彼の手の早さは噂以上だな」


 ユリウスがワインを一口飲みながら苦笑した。


「いつやるんだ? それとも断ったのか?」


 ガリウスが身を乗り出した。


「あ、論功行賞の日に挑まれて、そのまま戦いました。返り討ちにしましたが……よかったでしょうか?」


「返り討ち……まあ、そうなるよな」


 ユリウスがグラスを置きながら呟いた。


「くっくっくっ、いやはや、さすがだな」


 ガリウスが肩を揺らして笑い、グラスをあおった。


「もう……あなたも血の気が多いわね……」


 リディアが溜め息をつきながらパンをちぎった。


「それで昨日ワインを持ってきたんだな。後見人への迷惑料のつもりか」


「今頃、ユリア殿の宿泊所にも届いているかもしれんな。わっはっはっ」


 ガリウスが上機嫌に笑いながらグラスを掲げた。


「ワインなんてもらっても飲めないのですが……」


「なに、そのうち客に出してやればいい。それか飾っておけ。箔には十分だ」


「うちからも何か贈っておくわね。と言ってもラティア伯あたりも贈ってくるでしょうけど」


 リディアが果汁のグラスをユリアに向けながら言った。


「クラリッサ嬢か……あれはしてやられたな」


 ユリウスがローストに手をつけながら苦笑交じりに言った。


「どうやったら救援に行ってそのまま当主の娘を貰えるんだ? 英雄譚の主人公か? ……勇者だったな!」


 ガリウスがナイフとフォークを構えたまま声を上げた。上機嫌な笑顔が顔いっぱいに広がっている。


「父上、もう酔ったんですか……?」


「ちょっと、あなた。父上のワインは葡萄果汁にすり替えておいて」


 リディアが背後の執事に小声で指示を出した。


「うちからも誰か出すべきか……? だが当主の娘となると……」


 ガリウスがローストを口に運びながら考え込んだ。


「父上、今リディアに抜けられては大変ですよ。親族がこれ幸いと群がってきます」


 ユリウスがグラスを置いて釘を刺した。


「たしかにあいつらにこっちの軍権に食い込まれるのは不愉快だな」


 ガリウスがフォークを置きながら頷いた。


「もう十分ご助力いただいていますので」


「まあ、そうだな。何かあったらちゃんと言うんだぞ? 相談してもらえない後見人など、悲しいものだからな」


「ありがたく」


 ユリアが姿勢を正して礼をした。


「父上、酔って忘れる前に先日の話を」


 ユリウスが軽く咳払いをした。ガリウスがナプキンで口元を拭いながら表情を引き締めた。


「そうだったな……あれだけ伯爵に推薦すると言っておきながら子爵に叙爵など……まことにすまない。公の場では謝れないが、この場で謝らせてくれ」


「いえ、私は子爵でも十分すぎるほどですので」


「さすがに許せんと抗議はしたんだが、アウグストゥス殿下まで出てきてはな……」


 ガリウスが、すり替えられたとも知らずにグラスの赤を一口含んだ。


「殿下からも、今はこれで我慢してくれと言われました。名跡を継がせていただけた上に家紋などでは配慮していただけるそうですが……」


「なに? ……私たちが抗議している間にか?」


 ガリウスが手を止めた。


「はい。あの後部屋に呼ばれまして……」


「名跡って……なかなか出てこない話よ。なんて苗字をもらったの?」


 リディアがフォークを置いて身を乗り出した。


「"アマミヤ"と」


「聞かない苗字だな」


 ガリウスが眉を寄せた。


「先代勇者の苗字と伝わっているとお聞きしました」


 しばらく沈黙が落ちた。三人がそれぞれに顔を見合わせた。


「ほう……」


 ガリウスがゆっくりとグラスを置いた。


「殿下は思っていた以上に独立心が強いようですね?」


 ユリウスがグラスを傾けながら言った。


「そうだな。だが、いずれ帝位に着くお方だ。それくらいでいてもらわないと困る。……しかし、思った以上に重いものが出て来たな。今まで一度も表に出たことはないんじゃないか?」


「ええ。皇室の管理している名跡で我々も知らないということは……本物かもしれませんね」


「その上で調停案を出してきたわけか……策士だな」


 ガリウスが腕を組んだ。


「調停案ではなんと?」


 リディアがグラスを手にしたまま問うた。


「複数の子爵領の領有許可だ。なるほどな……名跡を継がせるほどの子爵であれば複数子爵領を持っていてもおかしくない……」


「領地自体もクルキア周辺と、こちらの希望を通してきましたからね」


 ユリウスがパンをちぎりながら付け加えた。


「さすがに南部方面軍が復興任務として認めているんだ。そこまでは向こうもケンカを売る気はないらしい」


「名目は子爵だけど、複数の子爵領で実質伯爵……そんな方法いいのですか?」


 リディアが首を傾けた。


「貴族の数が足りないのは分かっていたことだからな。いずれにせよこの災厄で活躍した者を引き上げなければならないことは西部の連中もわかっているらしい」


「実質伯爵、ですか……」


 ユリアが小さく呟いた。グラスを両手で包むようにして持ちながら、その言葉を頭の中でゆっくりと繰り返した。


「まあ最初に想定していたことと大して変わらないだろう。配下の爵位だけはやや抑えられるがな」


 ユリウスがローストを切りながら言った。


「権威も、子爵とは言っても、東部と南部は勇者として認めていて、皇室も勇者の名跡を継がせるくらいだから認めているようなものだから、下手な伯爵より強いわ。逆らう愚か者はいないでしょう」


 リディアが自信ありげにグラスを置いた。


「むしろ動員義務が軽くなるからいいことかもしれんぞ?」


「指揮権も旅団長権限があるから早々配下に組み込めませんしね……結論から言えば、意外とよかったかもしれません」


 ユリウスが締めくくるように言った。三人がそれぞれに納得した様子でグラスに口をつけた。


 しばらくして、リディアがナイフを置きながら首を傾けた。


「しかし、なぜ殿下はこれほどの厚遇を? 味方にしたいと言っても、一伯爵領では軍事力が足らず、東部貴族全体で見ると、後ろ盾が西部貴族から東部貴族に変わるだけでは?」


「さてな。勇者に協力する姿勢自体が信仰面での評価に繋がり、一般民衆や神殿の支持を得る……というのはあると思うが」


 ガリウスが、葡萄果汁の入ったグラスを回しながら答えた。


「建国神話の再現を狙っているのでは?」


 ユリウスがグラスを傾けながら言った。


「ああ、勇者が正妃になったという話か。……そうか、それはあり得るな」


 ガリウスがフォークを持つ手を止めた。


「ゴホッ」


 ユリアが突然むせた。葡萄果汁のグラスを慌てて置く。


「ほら、ユリアしっかり。まだユリアには早いのでは?」


 リディアが苦笑しながらユリアの背を軽く叩いた。


「殿下と年齢も近いですからね。婚約者とするだけでも殿下の発言力は非常に大きくなるでしょう。ただ、それを西部貴族が許すとは思えませんが」


 ユリウスがローストを口に運びながら淡々と続けた。


「ふむ……その様子見の一手というわけか。あわよくばそれで西部貴族も分断できれば良しとしてそうだな」


 ガリウスが腕を組んだ。


「私は結婚する気はないのですが」


「ハッハッハッまだ先の話だ! ま、未来は色々あるということだ。ほら、この鴨のローストも美味いぞ?」


 ガリウスが豪快に笑いながら皿をすすめた。


 ユリアはグラスを持ち直し、曖昧に微笑んだ。


「は、はあ……」


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