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終末の血族  作者: 天津千里
13章:権謀のケクロピア
102/117

第102話 権謀のケクロピアVI

【帝国紀元1800年4月5日 9:00】

【ケクロピア・ケクロピア城臨時執政府】


 執政府の広間に通されたユリアを、紋章官が深々と頭を下げて迎えた。


「お待ちしておりました。ユリア・アマミヤ様」


「よろしくお願いします」


 紋章官が背筋を伸ばし、朗々とした声で読み上げ始めた。


「貴殿は日頃の帝国への忠勤著しく、帝国の名の下、その剣、その盾となることを皇室より認められた。よって、ここに帝国貴族として、子爵家の創始を宣言し、新たなる一族を帝国の歴史に刻むものとする!」


「謹んで御受け致します」


 ユリアが静かに頭を下げた。


「新たなる名跡を継ぐ者よ。汝の剣は皇帝の矛、汝の盾は帝国の壁となるか」


「我が命ある限り、日輪の威光と帝国の御名に奉じることを誓います」


「よろしい。それでは子爵家創始の証として、貴殿が日輪の下に掲げる家紋を示されよ」


 ユリアは懐から紙を取り出し、紋章官の前に広げた。


「我がアマミヤ家は、この紋章を掲げます」


 紋章官が紙に目を落とした。次の瞬間、その表情がわずかに引きつった。


「……アマミヤ子爵、ほ、本当にこれを使用されるのですか?」


「ええ。月桂冠と双頭の鷲です。我が家に古くから伝わる家紋なのです」


「異界人とは聞いておりましたが……異界では獣人の象徴を紋章にされるのですか……」


 紋章官が困惑を隠しきれない様子で言った。


「ええ。地球には獣人がいませんでしたので」


「月桂冠ならばいくつか使っている家門もあるのですが……鷲は……」


「こちら、双頭の鷲なのですが、獣人に双頭の鷲がいるのでしょうか?」


 紋章官が口をつぐんだ。しばらく考え込んでから、ゆっくりと首を振った。


「む、た、たしかにそのような獣人は聞いたことがありません」


「でしたら、異界の伝説の生き物ということでどうでしょうか?……それに、殿下より、竜を使わなければ御家再興ということで自由に選んでよいとお言葉をいただいております」


「殿下が……。それに、御家再興、ですか……。そういうことでしたら認めないわけにはいきますまい」


「ありがとうございます」


 紋章官が居住まいを正し、再び朗々とした声を上げた。


「……確かに受領した! この紋章を帝国紋章録に刻み、今日この刻より、アマミヤ子爵家の正当なる旗印として帝土全域に布告する!」


 帰り道、三人は並んで石畳を歩いた。


「この月桂冠と鷲の紋章、かっこいいですね!」


 瑞希が紋章の写しを手に取り、目を輝かせた。


「そう? ありがとう」


「でも、紋章官の人はなんか微妙な顔していましたね。やっぱり鷲が気になるのかな?」


「獣人帝国と長年敵対しているから、動物の紋章が存在しないみたいね」


 ルシアが前を向いたまま淡々と答えた。


「じゃあ、ライオンの紋章とかもないんですね」


「獅子ね。あの様子ではそうでしょうね」


「かっこいいのにもったいない」


「こればっかりは文化の違いね」


 ユリアが苦笑しながら言った。


「でも竜だけはいいんですね?……竜、いるんですか?」


 瑞希が首を傾けた。


「建国神話で勇者が討伐しているからみたいよ。今は……どうでしょうね?」


 三人はそう話しながら宿泊所へと戻った。


 扉を開けると、アウレリアが出迎えた。


「お帰りなさいませ、皆様」


「ただいま、アウレリア。異常なかった?」


「セレニウス家、カラディン家を始めとした多くの貴族の方からお祝いの品が……こちらが目録です」


 アウレリアが丁寧に折りたたまれた紙を差し出した。


「お礼を出さないといけないわね」


「手配しておくわ」


 ルシアがさらりと引き取った。


「ありがとう。お願いするわ」


 一息入れてから、全員が客室に集まった。ルシアが部屋の中央に立ち、静かに口を開いた。


「Nostra manent secreta」


 ――われらの秘密は守られん。


 部屋の空気がわずかに変わった。


「もういいわよ」


「いつ見ても不思議です……音魔法のようですが……」


 アウレリアが感心したように呟いた。


「音が外に聞こえなくなる魔法ですよね? この宿泊所って貸し切りじゃないんですか?」


「外から見張られているのよ」


 ユリアが窓の外に視線をやりながら答えた。


「ど、どこですか!?」


 瑞希が思わず窓に近づこうとした。


「向かいの建物2階、裏の路地、外で休憩している老人……」


「ヴァレンさんが来た時にも来てませんでした?……その人たちは……」


「それくらいで落ち着くような相手じゃないわよ」


 ルシアが肩をすくめた。


「まあ、あの人みたいに排除するほどではないからね。穏便でいいでしょう?」


「ユリア様はお優しいのですね」


 アウレリアが小さく微笑んだ。


「穏便……?」


 瑞希がどこか腑に落ちない表情で呟いた。


「さあ、雑談はこれくらいにして、ケクロピアで集まった情報を整理しましょうか」


 ユリアが椅子を引いて座りながら言った。


「あ、あの、これからはアマミヤって名乗るんですよね?」


「ええ、そうよ。先代勇者の苗字らしいけど」


「この苗字、紋章官の人が言ったとき、他の人の名前のときみたいに、聞こえる音と口の動きが別じゃなかったんです。普段は少しズレてるのに」


 瑞希が少し考え込むような顔をしながら言った。


「……アウレリア、呼んでみてくれる?」


「あ、はい。ユリア・アマミヤ様」


 アウレリアが静かに呼ぶと、ユリアとルシアが顔を見合わせた。


「……同じね。偶然?」


「リディアさんとか他の人の名前はみんな違って、私の名前を呼ぶときはいつも同じになっているので……」


「日本語から来たのかしらね……。姓も瑞希のアメミヤと近いしね」


「はい、よく電話とかで呼び間違えられるので……」


 瑞希が苦笑いを浮かべながら言った。


「もしそうなら、異界人という話にも合致するから、本当に勇者の姓という可能性が高いわね……」


 ルシアが椅子の背にもたれながら静かに続けた。


「あ、でも、この世界の人の名前を呼ぶときは、ユリアさんもルシアさんも音と口が一致しているので、そういうルールなのかも……」


「……私たちは魔法言語を知っているからかもしれないわ。少なくとも、瑞希が呼ぶときはズレているわよ」


 ユリアが顎に手を当てながら答えた。


「あ、そっか。……ユリアさん、何か国語話せるんですか? 魔法言語を国の言葉にしていいのかは分からないですけど」


「魔法言語も混ざってたりするから分からないわね」


「私、英語だけでも苦戦しているんですけど……!」


 瑞希が頭を抱えた。


「あら、翻訳魔法がかかっている今ならテストでも満点ね」


「この魔法、書くのは自力で覚えろって言ってるんですけど!」


「魔法も万能じゃないってことよ。だから音と口のズレに気づけたんじゃない」


 ユリアが少し笑いながら言った。


「むう、そうですけど……」


 瑞希が頬を膨らませた。


「でも、勇者様の姓を使っても大丈夫なんでしょうか? なんか、西部貴族の方々は否定的みたいですが……皇子様ってたしか西部貴族の方々が後ろ盾になってるんですよね?」


 アウレリアが心配そうに眉を寄せた。


「単純な関係でもないみたいよ。それに、私たちは日本語との一致やカラディン辺境伯の推測、皇子の発言みたいに判断材料が多いけど、それを知らない人から見たら、あまり有名ではない名跡を継がせた……くらいになるかもしれないわ」


「皇室が名跡を継ぐことを許可すること自体が名誉ということで目くらましにもなっている可能性もあるわね」


 ルシアが人差し指を立てながら付け加えた。


「そういえば、私と姉さんはアマミヤ姓を使うけど、瑞希はどうする?」


 ユリアが瑞希に視線を向けた。


「えっ、私も変えたほうがいいですか?」


「アマミヤとアメミヤだから……そのまま分家として通してもいいし、アマミヤ姓を使ってもいいわ」


 瑞希がしばらく考えてから、静かに首を振った。


「それだったら、そのままがいい、かな? なんとなく変えない方がいい気がするんです」


「ええ、それでいいわよ」


「アウグストゥス皇子はなぜその名跡をユリアに?」


 ルシアが話題を戻すように言った。


「辺境伯たちが言うには、建国帝の神話を再現させて権威を高めて西部貴族からの影響下から脱しようとしているのではないかという話よ」


「建国帝の神話というと……建国帝と勇者は二人で各地を転戦して、最後は二人が結ばれたっていう?」


「そう。それの再現をして、私の軍事力を背景に皇室として権威を取り戻す……そういう話ね」


「え! ユリアさん結婚しちゃうんですか!?」


 瑞希が目を丸くした。


「しないわよ。何のために帰る方法を探していると思ってるの」


「皇帝陛下と結婚なんてお伽噺みたいな話なんですけどね……」


 アウレリアが遠い目をしながら呟いた。


「アウレリアも聞いたでしょう? 結婚しても子供もおらず、記録もほとんどないって。あんまりいい未来に見えないわよ」


「そうねぇ、少なくとも自由に動き回るユリアには向いていなさそうねぇ」


 ルシアがくすりと笑いながら言った。


「嫌よ? 後宮に閉じ込められて庭園の花を眺めて本を読むだけなんて」


「脱走するのが見えるわねぇ」


「ツキカゲちゃんみたいですね……」


 瑞希が思い出したように言った。


「あの猫、脱走してるの?」


「すぐいなくなるんですよねぇ。食事の時間には必ずいるんですが……」


「ああ、あの黒い子ですか。たしかにたまに散歩しているのを見ますね」


 アウレリアが少し笑いながら頷いた。


「まぁ帰ってくるならいいわ。とりあえずそういう狙いはあるかもって話よ」


 ユリアが話を戻すように言った。


「意図は分かるけど、さすがに西部貴族も許さないでしょうから、今すぐどうって話にはならないでしょうね」


 ルシアがテーブルの上で指を組んだ。


「ええ。万が一それが許されるとしても、それより先に私たちが地球へ帰るのが理想よ」


「問題はその帰る方法ね……」


 ルシアが静かに呟いた。


「ウルファリアの魔法陣は勇者様の力の方に関わるものなのでしょうか?」


 アウレリアが身を乗り出した。


「カラディンに来たときも魔法陣が光っていたから、あれが呼んだのかと思ったのだけど……」


「カラディンのものはリオフェルさんたちが調べて接続現象のエネルギーを利用しているかもって話だったわね」


 ルシアが腕を組みながら続けた。


「接続でたまたまカラディンの旧神殿に出て来た……? さすがに考えにくくないかしら?」


 ユリアが眉を寄せた。


「やっぱり魔法陣が呼んでいるんですかね……?」


「あなたを?」


 ユリアが目を凝らして瑞希を見た。


「あ、ユリアさんをです。国の危機に呼ばれて活躍して国を救う……勇者という感じがしません?」


「私は呼ばれた覚えがないんだけどね……。瑞希を呼んでいるんじゃない?」


「怖いこと言わないでくださいよ……。私にはユリアさんみたいな真似できませんよ……」


 瑞希が首と手を同時に振った。


「ユリア様の従者として呼ばれているのではないでしょうか? ほら、冒険譚とかだと勇者を支える仲間というのもあるでしょう?」


 アウレリアが少し嬉しそうに言った。


「そのポジションかー。たしかにそれはあるかも」


「あら、じゃあ私が魔法使い担当かしら」


 ルシアがおかしそうに笑った。


「もう、姉さんまで。ただ、勇者も神殿を巡っていたというのはいい情報ね。力を得ていたという話だったけど、私たちと同じように魔法陣を調べていたのかもしれないわ」


 ユリアが真剣な表情に戻りながら言った。


「勇者様の巡礼の記録は各地に残されていますから……」


 アウレリアが静かに付け加えた。


「問題はそれだけ調べても帰ったのか帰っていないのかが定かではないことね」


 ルシアが静かに言った。


「勇者様のお墓が帝都の皇宮墓地にあるという話でしたが……私も初めて聞きました」


「もしかしたら、そのお墓や皇宮には何か残っているかもしれないわね」


「なら、帝都……ですか」


「ええ。手がかりがあるならまずはそこね……」


 ユリアが窓の外に目をやった。  北の空は憎たらしいほどに晴れ渡っていた。

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