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終末の血族  作者: 天津千里
13章:権謀のケクロピア
103/115

第103話 権謀のケクロピアVII

【帝国紀元1800年4月8日 8:50】

【ケクロピア城】


「ほんとに私が参加してもいいのですか?」


 ユリアは隣を歩くガリウスを横目に問うた。


「ああ。ユリア殿も実質師団長だ。参加しないでどうする」


 ガリウスは前を見据えたまま、迷いのない足取りで廊下を進んでいく。


「名目は旅団長なので、西部貴族の方が認めないような気がしますが……」


「なに、気にすることはありません。ちょっとした意趣返しですよ」


 ユリアの反対側を歩いていたアウルスが、口元だけで小さく笑った。


「そういうことだ。ほら、ここだ」


 ガリウスが立ち止まり、両開きの扉を顎で示した。

 ガリウスを先頭に、東部貴族、南部貴族の面々が大会議室へと入っていく。


 最奥にアウグストゥスが座し、その背後にマルクス・セレニウス公爵が控えている。卓を挟んだ向こう側には、ブルータス・ティラヌス侯爵をはじめとした西部の大貴族が並んでいた。


 その視線が、卓の中ほどに座した壮年の男に止まる。鍛え上げられた肩幅、剣胼胝の浮いた指。


(あれは……アレクシウスにそっくりね。アントニウス・ブカレウス侯爵かしら)


「お待たせしたようで申し訳ございません」


 ガリウスが卓の手前で立ち止まり、軽く頭を下げた。


「よい。定刻前だ。私が勇み足過ぎたようだ」


 アウグストゥスが片手を上げる。


「殿下の高揚、こちらにも伝わって参ります」


「ハハハ、わかるか。さて、揃ったようだ。始めるとしよう」


「ハッ」


 ガリウスが目礼し、東部・南部の貴族たちが各々の席につく。ユリアもガリウスに示された席に腰を下ろした。


「お待ちください」


 低い声が卓の向こう側から響いた。ブルータスが指を一本立てている。


「ユリア殿は子爵のはず。御前に参上するにはいささか……」


「今回、ユリア殿は東部方面軍旅団長兼南部方面軍旅団長として、一万を率いる指揮官として来ていただいています。身分は十分のはず」


 アウルスが受けるなり、ブルータスは肩をすくめてみせた。


「なんと。それはまた重責を預けられましたな。殿下の親征に際して、いささか冒険が過ぎるのでは?」


「我々はユリア殿がその責務に耐えうると確信しております」


「ほほう。そこまでですか。それは失礼しました。老眼で目が曇ってしまっていたようです」


 ブルータスが目元を指の腹で軽く拭うような仕草をしてみせた。


「ハハハ、ご冗談を。ブルータス殿の目は西の敵を今でも見張っていると評判でございます。まだまだ老眼とはほど遠いでしょう」


「これはこれは。一本とられましたな。これからは東のこともよく見ておくことにします」


「じゃれ合いはそれくらいにして。本題へ入ろう」


 アウグストゥスが軽く卓を指で叩いた。


「失礼致しました」


「ハッ、殿下」


 二人がほぼ同時に頭を下げる。


「セレニウス公」


「ハッ」


 セレニウス公が一歩、卓の側へ進み出た。


「アウグストゥス殿下は立皇太子にあたり、帝都奪還の勅を下すことを決断された。我々帝国貴族はそれに馳せ参じ、殿下の竜旗の下、死力を持ってそれを成し遂げねばならない」


 公爵が貴族たちの顔を順に見渡していく。視線が一人一人を一拍ずつ留めながら動いていった。


「親征にあたって、我々は臣下としての責務を確認し、殿下へ勝利を献上するための方策を献策するものとする」


「諸卿の知恵に期待している」


 アウグストゥスの声は静かだったが、卓の端まで届いた。


「ありがたきお言葉。まずはこれまでに決まっている方針の確認だ。来たる帝国紀元一八〇〇年六月、まず西部諸侯一二万を主力として、陥落しているテッサロニアを奪還する」


(一二万。それほどの余力があるわけね。それは強気になるわね)


「合わせて南部諸侯と西方艦隊、南方艦隊がテッサロニア沖へ進出。敵艦隊を掃討し、テッサロニアへ東部諸侯を中心とした五万を輸送する」


(敵艦隊……中央艦隊と北方艦隊の成れの果てというやつね)


「その後は、テッサロニアにて両軍が合流し、合わせて一七万を持ってテッサロニアから東進、カヴァリス峠、コモティニア平原、サリア峠、シルヴェルタ平野を通り帝都を奪還する」


 セレニウス公が説明を結んだ。


「方針に異論はない」


 ガリウスが卓に両手をついた。


「だが、帝都のゾンビは一〇〇万と言うではないか。一七万で足りるのか?」


「なにも一〇〇万全てが出てくるわけではあるまい」


 ブルータスが鼻で笑うように顎を上げた。


「帝都に一〇〇万が籠るならそれもよし。艦砲射撃と魔導弾で削りきるのみ」


「迎撃に半分出てきたとしても一七万で五〇万を討伐か。些か厳しそうだが」


「三倍程度、伯も討伐しているだろう。臆するものではないように思えるが」


 ガリウスの眉がわずかに寄った。指が卓の天板を一度叩く。


「規律のない暴徒なら問題ない。だが、状況が変わった」


「アスミノールか」


 それまで黙っていたアントニウスが、低く言葉を差し挟んだ。


「ああ。明確に精鋭といえる部隊が出現している。一〇〇万全てが規律のない暴徒と同じとは思わないほうがいいだろう」


「騎士ゾンビだったか?」


 ブルータスがアウルスの方へ顔を向けた。


「報告書を見る限り、確かにそれなりの戦力があるようだ。だがそこの少女に討たれたのだろう? 伯がそれほど警戒するものとは思えないが」


「それはユリア殿が規格外であっただけです」


 アウルスの口調が一段低くなった。


「彼女がいなければどれだけの部隊に被害が出たか……」


「それは憶測に過ぎん。結果としては被害は二個大隊程度だろう」


「たしかに痛ましい被害だが、その部隊も討ち果たされたのだろう?」


 アントニウスが指を組んだ。


「それに火力支援がない場所という条件も大きいように思える」


「火力支援はたしかにそうだ」


 ガリウスが浅く頷いた。


「敵は火砲の射程を避けて動いていたからな」


「小賢しい動きをするわけだな。ならば帝都内での戦闘は気を付ける必要性はありそうだな。アスミノールの再現を許すわけにはいくまい」


「火力は欲しいところですが、さすがに帝都を更地にするわけにもいかないでしょう」


 アウルスの言葉に、ブルータスが両手を広げてみせた。


「それこそアスミノールの再現だな。殿下が率いる軍でそれは許されない」


「ならばどうする?」


 アントニウスが顎を引いた。


「その理屈だと艦砲射撃もあまり使えないぞ」


「魔導部隊で焼くか? 西部方面軍がいるだろう?」


 ガリウスが視線をブルータスへ向けた。ブルータスは数瞬考え込み、それからセレニウス公の方を見やる。


「魔導部隊か……セレニウス公、あれは借りられるのだろうか?」


「中央軍のあれか。問題ないだろう。そのために置いているのだからな」


「中央軍?」


 ガリウスが顔を上げた。


「いるのか?」


「ああ、遠征の下準備に来ていた部隊がな。と言っても今は補給を断たれた居候だ」


(中央軍……ヴァレンが言っていた部隊ね)


「なるほどな。それなら火力は期待できるな」


「そういうわけだ。伯の懸念には応えられただろうか?」


「まだ足りない気はするが……手札が足らんだろう?」


「ああ。うちの火砲も出すが、そこまで数がいるわけではない」


 アントニウスが肩をすくめた。


「そうか……ない物ねだりをしてもな」


 ガリウスが息をつき、卓に置いた手を引いた。


「仕方ありません。警戒だけは怠りなきよう」


 アウルスが場を引き取るように言葉を継ぐ。セレニウス公が一同を見渡した。


「懸念事項の検討は十分だろうか?」


「十分に」


「よかろう。殿下、意見、出揃いましてございます」


「うむ。各々、滞りなく準備するよう。帝国は貴公らの献身に期待している」


「ハッ」


 一同の声が短く揃った。


 会議室を後にし、控室へ戻る廊下に、中庭からの陽光が差し込んでいた。


「ユリア殿、初めての大貴族同士の会議はどうだ?」


 ガリウスが歩きながら振り返った。


「思っていたよりは冷静だったように見えます」


「ワハハ、頼もしい話だ」


「まったくです」


 アウルスが苦笑を浮かべた。


「それにしても、ティラヌス侯爵は相変わらずでしたね……」


「こちらに到着したときも出迎えで歓迎されました」


「なんだ、もう歓迎されてたのか」


 ガリウスが眉を上げた。


「ブカレウスの子せがれといい、セレニウスの孫といい、西部の連中は手が早いな」


「油断のならない人たちですからね」


「まったく。ブルータスもユリア殿に突っかかるとは……歳を考えろ、あのオヤジめ」


「それでも、悪意で思考を曲げたりはしていないように見えました」


 ユリアが静かに口を挟むと、アウルスが小さく首を傾けた。


「報告書を信じていないようでしたが?」


「私だって、自分みたいな小娘が部隊を壊滅させるような騎士を討ち果たしたなど早々信じられませんよ」


「それはそうかもしれないがな」


 ガリウスが顎を撫でた。


「我らが保証している意味を少しは考えて欲しいものだ。オヤジは頑固でいかん」


「まあまあ。最善というのはなかなか得られないものです」


「そうだな。おっと、着いたようだ」


 ガリウスが控室の扉に手をかけた。


「立皇太子の儀まで休むとしよう」


 三人は控室へと入っていった。


【帝国紀元1800年4月8日 13:00】

【ケクロピア城・中庭】


 陽は中天をわずかに越えたあたりで、雲一つない空に張りついていた。


 ケクロピア城の威容を背景に、中庭の中央に大きな壇が築かれている。白い大理石を積み上げた壇の上には玉座が据えられ、その背後には日輪を中央に据え、四隅で竜が構える帝国旗が、城壁に届くほどの大きさで掲げられていた。両脇には同じ意匠の小旗が幾本も並び、わずかな風を受けて緩やかに揺れている。


 壇のすぐ下には、正装に身を包んだ大貴族たちが並んでいた。ガリウス、アウルス、マルケルス、テレンティウスといった東部・南部の面々と、セレニウス公、ティラヌス侯、ブカレウス侯ら西部の面々が、一列に肩を並べている。その後ろには軍装を整えた将官と多くの貴族が、塵一つ立てぬ整然とした隊列を組んでいた。ユリアは東部貴族の列の端に立ち、視線だけを壇の上に向けていた。


 壇上にアウグストゥスがゆっくりと上った。白を基調に金糸で意匠の刺された法衣を纏ったフラウィアが、若い神官に補助されながら正面に進み出る。


「十三神の御名において問う」


 フラウィアの声が中庭に響き渡った。


「汝、アウグストゥス・セレニウス。帝国の民を導き、日輪の威光を末代まで守り抜くことをここに誓うか?」


「我が命、我が血に代えて、帝国の守護を誓おう」


 アウグストゥスが頭を垂れた。フラウィアが静かに頷き、若い神官から皇太子の宝冠を恭しく受け取る。金の本体に細やかな竜の鱗の細工が連なり、頂部では一匹の竜が翼を広げて天を仰いでいた。フラウィアの両手が、その宝冠をアウグストゥスの頭上にゆっくりと授ける。

 冠を戴いたアウグストゥスが身を翻し、壇の中央に据えられた玉座へと足を進めた。背後の大旗の四隅の竜が、その肩を囲うように構えている。

 アウグストゥスが玉座にゆっくりと腰を下ろす。

 その瞬間、張り詰めていた静寂が割れた。


 ガリウスやブルータスを始めとする大貴族たちが、一斉に頭を垂れた。中庭を埋め尽くす将兵たちから、地鳴りのような歓声と拍手が爆発する。


(帝国は皇太子の名の下に結束したように見える。政治的衝突も多いけど、上層部は大局を見失うようなことはなかった。かつての私の一族とは違う。……破滅の日にこうであれば変わったのだろうか)


 歓声が広場を震わせる中、アウグストゥスがゆっくりと玉座から立ち上がった。

 最前列の演台へと、力強い足取りで歩みを進める。両手を上げ、群衆の歓声を静かに鎮めた。波が引くように歓声が収まっていく。


「諸君、ここまで帝国のために心血を捧げてきた諸君」


 アウグストゥスの声は、先ほど会議室で聞いたものよりも一段低く、一段重かった。


「一年前のあの日、帝国は国家の父である陛下を始め多くを失った。その全容は未だに定かではない。その日を生き抜き、隣の友と肩を寄せ合い、明日の運命も分からぬまま、それでも希望を捨てずに帝国のため戦い続けた諸君には頭が下がる思いだ」


 群衆は静まり返ったまま、その一語一語を聞いていた。


「諸君の献身は今日この日報われる。私はここに皇太子として最初の勅を下す」


 アウグストゥスが一拍、間を置いた。


「帝都を奪還し、そこに巣食う賊徒を殲滅せよ! 帝国の暗雲を払い、再び日輪を輝かせよ!」


 中庭が割れた。

 これまでの歓声を凌ぐ咆哮が、城壁に幾度も跳ね返り、陽炎のような熱気を中庭全体に立ち上らせた。

 その熱気を切り裂くように、二羽の鷲が中庭の上空を舞った。広げた翼の影が、玉座の前の石畳を一瞬かすめていく。二つの黒い影は緩やかに弧を描き、やがて連れ立って北の空へと飛び去っていった。


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