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終末の血族  作者: 天津千里
14章:テッサロニアの烽火
104/116

第104話 テッサロニアの烽火I

【帝国紀元1800年4月20日 15:00】

【本拠地クルキア】


 城門をくぐった瞬間、万雷の拍手がユリアたちを包んだ。


 兵士や作業員を中心に、集まってきた商人たちの姿も混じっている。大通りを行進しながら城館へと向かう間、歓声は途切れることなく続いた。


 城館の前ではクラリッサをはじめとした文官が整列して出迎えた。


「おかえりなさいませ、アマミヤ子爵。臣下一同、ご帰還を心待ちにしておりました」


 クラリッサが深々と頭を下げた。


「ただいま、クラリッサ。クルキアは問題なかったかしら?」


「復興途中ですので小さな問題は多々ありますが、どれも対応済みです。詳細は近日中に報告会議をさせていただければと」


「ええ。予定を調整しておいてちょうだい」


「かしこまりました。お疲れのところ申し訳ございませんが、夜には祝賀会を予定しておりますので……」


「わかったわ」


 城館へと入る間も、外からは歓声が長く聞こえていた。


 一刻もすると準備が整い、ユリアは呼ばれて城館の中庭へと舞い戻った。


 中庭にはいくつものテーブルが並び、その上には豪勢な料理が隙間なく並べられていた。ルシアと瑞希を先頭に、カリスやフィリオ、レオニダスたち幹部を前に、多くの将兵と文官がユリアの登場を待ち構えていた。


 ユリアは会場の中央に進み出て、集まった全員を見渡した。


「皆のおかげで私は帝国に認められ、こうして子爵になり、勇者の名跡まで継ぐことになったわ。ありがとう。この名に恥じぬよう、これからも私は持てる全ての力を使って皆を守っていくことを誓うわ。――乾杯」


 一瞬の静寂の後、爆発するような「乾杯!」の唱和が中庭を震わせた。


 祝賀会が始まり、歓談と飲食が落ち着いたところで、ユリアは自ら来賓席へと足を運んだ。


 リディアがグラスを片手に振り返り、表情をほころばせた。


「あなたの晴れ舞台だもの。なんとしても来ないとね」


「リディア殿、セヴェルス殿、お越しいただきありがとうございます」


 隣に座っていたセヴェルスが立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


「お招きいただきありがとうございます。改めて、お祝い申し上げます」


「ありがとうございます。クラリッサにも常日頃から活躍してもらっていて、ラティア家には深く感謝しています」


「とんでもない。ラティア家が受けた恩を考えると当然のことです。それに……姉上も元気なようで安心しました」


 セヴェルスが会場の奥に目をやりながら言った。


「無理をしないようにとは言っているのですが……」


「ラティアでも働いているときこそ生き生きしていましたからね……」


「情景が浮かぶようです」


「アハハ……」


 セヴェルスが苦笑いを浮かべた。


「ほら、ユリア。みんなのとこにも回ってあげて。私たちだけで独占していたら嫉妬されちゃうわ」


 リディアがグラスを揺らしながら笑った。


「あら残念。じゃあ後でまたね」


「ええ」


 来賓席を離れて会場を見渡すと、隅のテーブルでバフラームとオルフェンが他の獣人を交えて話し込んでいた。


(あれは……カーヴェルとナームダール?)


 ユリアが近づくと、バフラームが気づいて振り返った。


「こんばんは、みんな」


「ユリア殿、叙爵、おめでとうございます」


 バフラームが深く頭を下げた。


「貴族、なった、おめでとう」


 オルフェンが短く続けた。


「ありがとう。この二人は……」


「ああ、主に都市国家群で商売をされているザラフィル商会のカーヴェル殿と、護衛のナームダール殿だ」


 バフラームが二人を手で示した。カーヴェルが軽く頭を下げた。


「ご無沙汰しております。バフラーム殿とオルフェン殿が世話になっているということで、私からもお祝いの品を、と無理を言って参上させていただきました」


「ウルファリア以来だな」


 ナームダールが腕を組みながら言った。


「あなたたちも元気そうね。無事でよかったわ」


「もうお知り合いになられていたのですか」


 バフラームが目を丸くした。


「ウルファリアで偶然ね。ここで会うとは思わなかったけど」


「ハハハ、思いがけず西に抜ける道が開通したからな。こうして獣人が少ない西へと移動してきたというわけだ」


「間一髪でしたよ! ウルファリアの店は移動して数日後には燃やされましたからね!」


 カーヴェルが両手を広げながら言った。


「運がよかったわね。ここには長くいるの?」


「近いうちにラティアへ抜けて、そこから海路でミラディア共和国へ行く予定だ」


「ナームダール殿! 予定を人目があるところで話さないでください!」


 カーヴェルが慌てて周囲を見回した。


「おいおい、人目があるからだろうが」


 ナームダールが涼しい顔で言った。


「クルキアを出るまでは警備を厚くしておくわ。そんなに危ないならここにも無理して来ないほうがよかったんじゃない?」


「ネコ様の様子も……と思いまして……」


 カーヴェルが少し照れたように視線を逸らした。


「律儀ね。あっちに瑞希がいるから声をかけたらいいわ。あの子が世話しているから」


「ありがとうございます」


「じゃあ、そのネコ様に挨拶に行ってくるとしよう。バフラーム、オルフェンもまたな」


「ご武運を」


「また」


 二人が会場の奥へ消えていくのを見送ってから、ユリアはバフラームに向き直った。


「あの二人が来るとはね。二人も知り合いなの?」


「カーヴェル殿は以前から付き合いが」


「俺もだ」


「ナームダールは?」


「護衛ということだったが……虎獣人が犬獣人の下で働くなんて普通はない」


 バフラームがグラスを手にしたまま少し声を落とした。


「ナームダール殿、とても強い」


 オルフェンが静かに付け加えた。


「ナームダールという名も偽名だろう。気軽に入れるような事情じゃなさそうだ。あまり事情に深入りはしたくないな」


「そうね。あからさまに怪しいものね」


「敵意、なさそう」


「ええ。害がないなら深入りしないほうがいいわね。邪魔したわね、楽しんで」


「ああ、このような機会なかなかないからな。部族の者も楽しんでいる」


 バフラームが会場を見渡しながら言った。


「それはよかったわ」


 会場を一巡りしながら他の参加者へ順番に挨拶をしていくと、ベルンハルトとリオフェルが何やら言い争っているのが目に入った。


「まてまて、そんなに予算つぎ込んだのか、それ!?」


「大丈夫じゃ、問題ない。それに、坊も興味あるから協力したんじゃろ?」


「坊は止めろ! そんな歳じゃねえ!……それはそうだが」


 ユリアが近づくと、ベルンハルトが慌てて居住まいを正した。


「あら、どうしたの?」


「あ、子爵殿……えーと、これは……」


「隊長殿、実はこの後、花火を予定しているんじゃが……」


 リオフェルが悪びれもせずに言った。


「あら、豪華ね」


「ちょっと、実験も兼ねておってな。そっちの予算からもちょっとじゃな……」


「あ、いや、たしかに有意義な実験ではあるんですよ。花火の時にするべきかは分かりませんが……」


 ベルンハルトが頭を掻いた。


「はあ、クラリッサの許可は降りたの?」


「あの嬢ちゃんもきちんと許可をくれたぞ」


「あとで俺のところによく見張っておくようにって通達が来たんだが?」


「だからこうして協力させてやったんじゃろうに……」


 リオフェルが肩をすくめた。


「たしかにちゃんと見張らせてもらったけどな。特等席で」


 ベルンハルトが苦笑いを浮かべながら言った。


「それで、何を?」


「花火は広範囲に火を撒き散らすじゃろ? あれを応用できないかと思って、魔石を使って再現しようとしたんじゃ」


 リオフェルが身を乗り出した。


「上手くいけば、投石の感覚で広範囲を制圧できるようなものができるはずなんだが……」


 ベルンハルトが続けたところに、セリーヌが駆け込んできた。


「先生、準備できました!」


「よし! じゃあ早速実験じゃ! ではな、隊長殿!」


 リオフェルとセリーヌがそのまま外へと駆けて行った。


「聞いた限りだと有用そうだけど?」


 ユリアがベルンハルトに向き直った。


「ああ、有用なんだが……音と光がすごくてな。何度か苦情をもらってしまって……」


「ああ、それでこの機会に……」


「そういうわけなんだ」


「見張れって言われてたみたいだけど?」


「ちゃんと見張ってたぞ!……その、ちょっと、手伝ったりもしたが……二人を見張ってくる! おい! 待て!」


 ベルンハルトも慌てて二人の後を追って駆けていった。


 ユリアが苦笑しながらその背中を見送っていると、しばらくしてクルキアの郊外から夜空に大輪の花が打ち上げられた。来場者からも感嘆の声が上がった。


 笑い声やグラスの触れ合う音が絶え間なく響く中庭をひと通り見渡し、ユリアは喧騒から少し離れるように応接室のバルコニーへと歩を向けた。

 そこには、リディアがすでに手すりに寄りかかって夜空を眺めていた。


「綺麗ね。こんなの軍都とかでも見たことないわ」


「リオフェルたちが何かの実験をしているらしいわよ」


 ユリアがリディアの隣に並んだ。


「え? あのエルフのお爺さんよね? 実験?」


「ええ、魔石擲弾の実験らしいわよ。詳しくは今度聞くわ」


「はあ、魔石擲弾……それがこうなるのはよくわからないけど……」


 リディアが首を傾けながら夜空を見上げた。


「色々開発してるわよ。変なものも多いけどね。いい拾い物だったわ」


「アルトゥインの時のエルフよね? あれを見てよく登用するわね」


「能力はたしかだと思ったからね」


「普通は問題児だと思って登用しないものよ」


「見てて面白いけどね」


 ユリアが葡萄果汁のグラスを揺らした。


「やっぱりあなたも変わっているわね」


「やっぱりってなによ」


 リディアが苦笑しながら夜空に目を戻した。花火が弾けるたびに二人の顔をほのかに照らす。


「いつも思うのよね。……あなたは本当に一六歳になったのだったかしらね。本当に一六歳なの?」


「あら、何歳に見えるのかしら? 大人に一歩近づいて見える?」


 ユリアがグラスの香りをゆっくりと楽しみながら言った。


「見た目だけなら会ったときと変わっていないように見えるくらいよ……」


「残念。成長したかと思ったのに」


「中身は歳相応には見えないけどね? 異界出身だとそういうものなの?」


「人によるんじゃないかしら? 瑞希はかわいいものよ」


「ミズキさんはたしかにまだ幼い感じがするけど……あなたより年上じゃなかったかしら」


「私が保護者だからね」


 リディアがくすりと笑った。


「たしかにそうなっているけどね……あの子が普通なんじゃないの?」


「さて、私には普通っていうのはよく分からないわね。元々私と姉さんは子供のときから色々勉強させられたからね」


「それだけじゃないような気がするけど……」


 リディアがグラスを置き、ユリアの横顔をそっと見た。


「人はそれぞれの経験によってそれぞれの速度で成長するものよ。私たちはたまたまそういう環境にいただけ」


「そういうもの……かしらね」


「ガゼリウム侯爵やアウグストゥス皇太子だって私とそう年齢は変わらないでしょう?」


「それは、そうね」


「それに、私にとってここは異世界。ここでの地位を欲しているわけではないもの。冷静に物事を見えるというものよ」


 夜空がひときわ明るく染まった。二人の間にしばらく沈黙が落ちた。


「……やはり、帰りたいの?」


 リディアが静かに聞いた。


「もう帰りを待つ人はいないけど、それでも父も母もあの地に眠っているもの」


 ユリアがグラスを手すりの上に置いた。


「……それに、瑞希は地球の人間よ。それも平和だった日本のね。戦乱の地にいるべきではないわ」


「まるであなたは違うみたいね?」


「私は慣れているからね」


「それも経験?」


「ええ」


 リディアがグラスを持ち直し、夜空へと視線を戻した。


「……そう」


 それきり二人は言葉を交わさず、夜空に咲いては消える花火をただ眺めていた。

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