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終末の血族  作者: 天津千里
14章:テッサロニアの烽火
105/118

第105話 テッサロニアの烽火II

【帝国紀元1800年4月21日 10:00】

【クルキア城館・会議室】


 街中では昨夜の祝賀会の片付けが進んでいた。その喧騒をよそに、アマミヤ子爵家の幹部たちはクルキア城館の会議室に集まっていた。


 ユリアが正面に立ち、集まった面々を見渡した。


「先だって連絡していたように、皇太子殿下から帝都奪還の勅令が下ったわ」


 改めて告げられた内容に、幹部たちの顔に熱気が混じった。


「6月には作戦が始まる予定よ。それまでに準備が整うよう、方針を切り替えていきましょう」


「ではまず現状から報告致します」


 クラリッサが手元の書類に目を落としながら立ち上がった。


「ええ。問題もあったと聞いたけど?」


「はい。まずは住民の問題から。ラティアやガゼリウムなどにいた避難民の多くが帰還を望み、大挙して押し寄せています。ですが、住居がまだ足らず……治安などもあまりよくありません。現在は巡回の兵を増やして対応しています」


「住居のほうは?」


「それは俺から」


 ベルンハルトが腕を組みながら引き取った。


「避難民から作業員を募集して建設速度を上げているところだ。ただ、職人が足らないからな……仮設住宅でしばらくは我慢してもらうしかない」


「こればかりは仕方ありません。徐々に解消するのを待つしかありません」


 クラリッサが書類に目を戻しながら続けた。


「いいでしょう。物資は?」


「帳簿上は潤沢に存在しています」


「帳簿上?」


 ユリアが眉を上げた。


「はい。ここで問題となっているのは輸送の中継地点です。例えばサマンディウムでは、港の許容量が限界を迎えています」


「そういうことね……。カリス、状況を詳しく」


 カリスが地図を広げながら口を開いた。


「サマンディウム港は元々漁港でしかなかったからな。拡張工事も行っているが、それでも限界がある状況だ。これ以上を望むならば新しい港の建設が必要だが、現状は復興特需だと考えると、過剰投資になりかねない」


「荷揚げを終えても、その後の輸送路も問題です。街道自体が細く、馬車の往来には限界があります。他の街道も大なり小なり似たような状況です」


 カリムが静かに補足した。


「解決策は?」


「経済面から言わせていただくと、街道と港湾は拡張すべきと考えます」


 カリムが人差し指を立てながら言った。


「一時的に過剰投資となっても、将来的に領地の発展に伴って必要とされるでしょう」


「財政的には不可能ではありません。ただし、過剰投資となる期間が長くなれば長くなるほど、維持費の負担が重荷になる可能性はあります」


 クラリッサが慎重な口調で補足した。


「街道はともかく、港は軍の補給港として整備したらどうだ? そうすれば軍から使用料を頂戴できないか?」


 ラシドが身を乗り出した。


「需要自体はないわけではないだろう。ただし必ず貰えるとは限らない。あまり当てにしないほうがいいんじゃないか?」


 カリスが渋い顔で返した。


「方針自体は異存はないわけね?」


「ああ。アスミノール無き今、間違いなくクルキアには南北の中継点としての価値がある」


「ええ。この地は間違いなく発展する余地があるわ。いいでしょう。軍の補給港として整備しましょう。仮に使用料が貰えなくても問題ないわ。ちょっとゾンビの首でも持っておじ様たちにおねだりに行くわ」


「ハハ、領主自ら稼ぐっていうなら俺らも頑張らないとな」


 ラシドが笑った。


「あまり一時金を当てにした運営は好ましくないのですが……」


 クラリッサが眉をひそめた。


「最終手段よ、最終手段。南北の中継地として整備すれば元はとれるはずよ」


「はい。失礼しました。必ずや発展させましょう」


 クラリッサが書類を揃えながら頷いた。


「他に問題は?」


「私から」


 レオニダスが立ち上がった。


「クルキア門での防衛ですが、防衛自体は問題なくできておりますが、その頻度が問題です。隊長殿がケクロピアに行かれていたおよそ一か月の間に二回ほど大規模な戦闘が発生しています」


「クルキア門に到達される前に迎撃した小規模な戦闘も含めると両手では足りないほどです」


 フィリオが続けた。


「山岳地帯に侵入してきている者も存在している。いずれもオルフェンたちの餌食にはなっているが……」


 バフラームが腕を組みながら付け加えた。


「敵の意図は? 偵察?」


「今のところはまだなんとも。正面に来ているものも強行偵察にしては小規模過ぎます。一方で、山岳地帯に侵入している敵も迂回路を探しているというにはお粗末に過ぎます」


 フィリオが地図に視線を落とした。


「山に入ってくるのはちょっとだけ」


 オルフェンが短く言った。


「……ゾンビの反応消失でこちらの反応を伺っている……?」


 ユリアが静かに呟いた。


「ゾンビが定期連絡などするのか?」


 カトが眉を寄せた。


「ああ、そうね……仮にゾンビが通信魔法のようなものを使えるとしたら?」


「なに……? それは……可能なのだろうか?」


 カトが前のめりになった。


「リオフェル。可能性は?」


「ふーむ、軍の話は分からんが、統制のとれたゾンビがおるんじゃろう? なら少なくとも上位者から下位者へ何らかの魔力的つながりがあると思うが……それが切れたと分かるならそのような使い方もできそうじゃが」


 リオフェルが顎に手を当てながら言った。


「なるほど……」


 フィリオが地図の上で指を止めた。


「迎撃するときはそれを踏まえて攻撃を」


「承知しました」


 フィリオが頷いた。


「もう一点懸念があります。正面の部隊には武装ゾンビは含まれていません。意図的に外されている可能性は否定できません。なにしろ出発元はアダリウム方面です。武装ゾンビは十分に存在するはずです」


「主力の温存はほぼ確実だと思います。問題はその主力が向かう先です」


 レオニダスが地図を指しながら言った。


「クルキア門の可能性も十分にあるわけね」


「ハッ、ただ、山岳地帯まで迎撃している現状を考えますと……」


「ガゼリウム侯爵の守る、オスマルクム要塞に投入される可能性が高い、と」


「はい」


 レオニダスが静かに頷いた。


「いいでしょう。警報を出しておくわ」


 ユリアが視線を会議室全体に向けた。


「こんなものかしらね? この状況から、帝都奪還作戦へ参加する部隊を捻出する必要があるわ」


「まずは防衛から絶対に外せない部隊は置いておくべきだと思うわ」


 ルシアが落ち着いた口調で言った。


「編制ではユリア殿も参加する帝都奪還作戦を優先すべきでは?」


 フィリオが前に出た。


「あくまで主力は殿下と西部貴族よ。私たちは手伝いに過ぎないわ」


「しかし、殿下の勅なのでしょう?」


「ええ。そして、今は私の活躍は望まれていないわ」


「栄冠を得るのは殿下であるべき、ということですか」


 フィリオが静かに確認した。


「そういうことよ。それにせっかく復興しようという時にまた民が被害を受けるのは嫌よ」


「ハッ失礼致しました」


 フィリオが頭を下げた。


「帝国貴族としての視点、とても助かるわ」


「とんでもない」


「クルキア門の防衛のため、二個大隊は必要だと思うけど、どうかしら?」


 ルシアが地図を見ながら言った。


「その見立てで問題ない。交代も考えると妥当だ」


 カトが頷いた。


「じゃあ、クルキア門にフィリオ。クルキアに遊撃としてカト。サマンディウムを中心に南側の警備でカリスの計三個大隊に防衛を任せるわ」


「ああ、了解だ」


 カリスが短く答えた。


「それと、バフラームとオルフェンも置いていく」


「よろしいので? お二人の部隊はそれぞれ空からの目と陣地設営で重宝しておりますが」


 レオニダスが顔を上げた。


「ええ。できたら連れていきたいところだけど、クルキア門の情勢と、西部貴族との政治的対立を考えると危険は冒せないわ」


「あの様子ではこちらが報告しても無視される可能性もあるわね……。それならここで活用したほうが効率的に思えるわ」


 ルシアが静かに補足した。


「む、たしかに西部に獣人を連れていくのはいらぬ諍いになりかねませんな」


 レオニダスが腕を組んだ。


「承知した。クルキアはしかと守ろう」


 バフラームが静かに頭を下げた。


「となると、行くのは、俺の部隊とレオニダス殿の部隊とユリア殿直率の部隊か……旅団というには少し少ないが」


 ラシドが頭を掻きながら言った。


「私は子爵だからね。十分でしょう」


「おっと、そうだったな。西部貴族の嫌がらせもたまにはいいことがあるんだな」


「ほんとね。まあおかげで三個大隊も領地の防衛に回せるのだから、今だけは感謝しておきましょう」


「ハハハ」


 ラシドが豪快に笑った。


「ああ、それと、帰りに聞いたのだけど、帝国では近接兵が海上で白兵戦をすることもあるんですって?」


「ええ、まあ。あまり好きではないですが……」


 レオニダスが少し顔を曇らせた。


「南方艦隊から、一部を白兵戦要員に回して欲しいらしいわよ」


「そう来ましたか……編制しておきます」


「私も出るから、そのつもりで」


「またですか!?……わかりました。私も行きます」


 レオニダスが覚悟を決めたように頷いた。


「なんだ、お前らしくない。そんなに嫌なのか」


 カトが不思議そうに眉を上げた。


「……泳げないんだ」


 レオニダスが静かに、しかしはっきりと言った。  会議室に一瞬の沈黙が落ちた。


「……無理すんなよ……」


 カトが珍しく言葉を失いながら言った。


「泳げないならお休みね」


「……ハッ」


 レオニダスが深く頭を下げた。その表情には複雑なものが浮かんでいた。

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