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終末の血族  作者: 天津千里
12章:蒼海への船出
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第92話 蒼海への船出III

【帝国紀元1800年3月8日 12:00】

【クルキア平原・サマンディウム】


 小さな貿易港と漁港しかなかったサマンディウムに、今は多くの輸送船が訪れていた。クルキアへ送られる資材、作業員に応募する難民、商機を見出した商人……それらで溢れた港に、軍用の輸送艦から軍服に身を包んだ一団が現れた。


「隊長殿。ラシド殿が到着されたようです。なかなかの規律だな」


 カリスが腕を組んで一団を眺めた。


「あれね。あの長いのはライフル?」


「帝国の正規軍が持つ狙撃銃だな……なんであんなとこに?」


 二人が訝しんでいると、一団から一人の士官が前に出てきた。


「ユリア旅団長殿。お出迎えいただき光栄です」


「歓迎するわ、ラシド大隊長」


「ハッ。ラシド大隊、歩兵および後方支援を含め総勢千名。これより正式にユリア旅団長の指揮下に入ります」


「ええ、よろしく頼むわ。郊外に野営地を準備しているからそこを使って。カリス大隊長、案内を」


「承知した。ラシド殿、ユリア旅団大隊長のカリス・レーンフォードだ。これからよろしく頼む」


「ああ、先輩というわけですな? よろしく頼みます」


「早速兵を案内させよう」


「ありがたい」


 カリスが待機させていた兵に指示を出し始めた。その背を見送りながら、ラシドが港を見回した。


「しかし、大した活気ですな、この街は。以前来たときはただの寂れた港町だったんですが」


「ラティア伯の迅速な支援のおかげよ。おかげでちょっと溢れちゃってるけどね」


「ハハハ、たしかに結構待ち時間がありましたな! おかげで準備万端で上陸できたので恥をかかずに済みました」


 ラシドが豪快に笑う。ユリアは本題へと話を向けた。


「立派なものよ。それで、手紙にあった紹介したい人物というのは?」


「うちの傭兵団の方の会計担当でして。先にこの街に来て受入れの準備をさせていたところです。港の料理屋で待ち合わせているので、そこまでの道すがら簡単に説明しておきましょう」


 二人は港の雑踏の中を歩き始めた。


「名をカリム・マルワーン。海洋国出身の元商人です。昔一緒に商売をした仲でしてね」


「あなた、傭兵じゃなかったの」


「こうなる前はこれでもちょっとした商人だったんですよ」


「ふーん、それで傭兵になって大隊長にまでなるんだから大したものね」


「ありがとうございます。まあそういうわけで、紆余曲折あって、今じゃうちの金庫番というわけです」


「紆余曲折、ね」


 ユリアが繰り返すと、ラシドは肩をすくめた。


「そこはまあ、色々と。商人時代からなかなかのやり手で、表も裏も使い分けできるやつですよ」


「商人に戻ったりはしないの?」


「やりたいことがあるらしいですよ。おっと、そこの店です」


 ユリアは店の看板を見上げた。


「酒場じゃない。あなた、私のこと、何歳だと思ってるの」


「貴族なんてものは全部貴族年齢ってもんですよ。年齢に関係なく貴族は貴族でしょう」


「はぁ、まあいいわ。入りましょう」


 店内には紫煙が漂い、体格のいい男たちが何人も酒をあおっていた。ユリアの姿に一瞬ぎょっとした顔を見せるが、すぐに横を向いて、皆一様に目線を合わせようとしなかった。


「店主、カリムは着いてるか?」


「奥の部屋だ。廊下の突き当り」


「おう、ありがとよ! さ、行きましょう」


 店内を奥へと進み、扉を開ける。中では日焼けして浅黒い肌の男が待っていた。立ち上がりながら、男は穏やかに頭を下げた。


「お初にお目にかかります、ユリア旅団長。カリム・マルワーン。傭兵団の会計を担当しております」


「ユリア・コニシよ。お会いできてうれしいわ」


 二人は握手を交わした。カリムの手は商人のそれではなく、長年の苦労が刻まれた手だった。


「旅団として活動するにあたって、補給官はいくらいてもいいと思いましてな。うちの傭兵団も正式に雇用されるということで、こいつの手腕を埋もれさせるのももったいないので推薦させていただいた次第です」


 ラシドが紹介すると、ユリアはカリムへ向き直った。


「元は商人だったんですって?」


「はい。ミラディア共和国……海洋国のほうが通りがいいですか。そこで貿易商をしておりました。団長ともその時に知り合いましてね」


 カリムは少し間を置いてから、口元に薄い笑みを浮かべた。


「もっとも、最初は剣を交えたものでしたが……」


「へえ?」


「余計なことまで言うな。そういう仕事だったんだ」


 ラシドが遮ると、カリムは肩をすくめた。


「まぁそれが縁でこうして生きていられていますからね。文句は言えません」


「カリムのほうが真っ当に生きてたわけね」


「いやいや、こいつも大概ですよ。そうじゃないと貿易商が傭兵団の会計になんてならないでしょう」


「私は真っ当に商売をしていただけなのですが……いささか儲けすぎましてね」


 カリムがグラスを傾けながら続けた。


「海洋国の豪商連中に目をつけられてしまったのが運の尽きというわけです」


「なるほど。……で、その腕でラシドの部隊に『帝国の正規軍用狙撃銃』まで調達したってわけ?」


 ユリアが静かに問いかけると、ラシドが「おっと」と声を漏らした。カリムはグラスを置き、表情ひとつ変えずに答えた。


「ハハハ、おかしなことを。銃の横流しや密売などという法に触れるようなことはしていませんよ」


「あらそうなの。大貴族でも簡単には手に入らない代物に思えるけど」


「なに、大した手品じゃありません」


 カリムが指を一本立てた。


「軍に納品するほど信頼されている工房に、軍に納品できるほどいい製品を作ってもらって、軍お抱えの組み立て工房で働けるほど技術のある工員たちに、休日のお小遣い稼ぎを斡旋して……うちの傭兵団お抱えの工房でそれらを組み立ててもらっただけです」


「物は言いようね。それでできたのがラシドが使っている狙撃銃というわけね。軍から咎められなかったの?」


「調査には何度か来ましたが、何も後ろめたくありませんからね!」


 カリムが胸を張る。


「堂々と調査を受けて、たまたま形が似ているだけということになりましたよ!」


「はぁ……あなた、その頭脳と胆力は大したものね。貿易商として成功したというのも頷けるわ」


「お眼鏡にかなって光栄です」


 カリムが軽く一礼した。ユリアは話を続けた。


「でも、あなたなら商人として再起することも傭兵団を大きくすることもできそうだけど……なぜ今になって私に?」


「それはもう、勇者様のお力になれる機会など早々ありませんからね! せっかく団長が手土産を探していたのですから、それを逃すなんてありえないでしょう」


 カリムが軽い口調で答えた。ユリアはしばらくカリムを見つめた。


「ふーん、勇者、ねぇ? あなたがそんな殊勝な心構えで仕官してくるとは思えないのだけど……」


「……勇者様ということは、今後帝国を代表するような大貴族になるものだと思います」


 カリムの声からわずかに軽さが消えた。


「私もラティア家のクラリッサ様のように、将来の大貴族様の内政面で大きな貢献をして権益を手中に収めようと……」


「それなら、法をすり抜けて銃を調達したなんて言わないわよね」


 カリムの目が一瞬揺れた。ラシドへ視線を向ける。


「……おい、団長。ユリア殿は大貴族かなんかなのか?」


「いいや? 異界の平民出身と聞いているぞ」


「負けました。白状しましょう」


 カリムがため息をついてから椅子に深く座り直した。


「先ほど、以前は海洋国で貿易商をしていたが、豪商に目をつけられたと言いましたよね?」


「ええ」


「その頃の私は清廉潔白な商人でしてね。いい品に適正な値段をつけ、それを適正な値で市民に届ける……これが皆が幸せになる商売だと信じていました」


 カリムの目が遠くを見るような色を帯びた。


「市民からもそれを認められ、マルワーン商会といえば安くていい品が手に入ると評判でした。いくつかの豪商の商売を脅かしているのは把握していましたが、商売上での妨害程度、どうとでもなると思っていたんです」


 言葉が途切れ、カリムの表情が硬くなった。


「しかし、やつら、街中の屋敷を襲ってきやがった……! 妻も息子も従業員たちも皆……!」


 拳がテーブルの上で静かに握られた。


「私がどうやって助かったのかはわかりません。気づいたらラシドに拾われて船の中でした。それ以来、傭兵団の会計というわけです。だが、私は決して許しはしない……!」


 しばらくの沈黙が部屋に落ちた。


「港で倒れていたのを見つけたときはびっくりしたぞ。よく助かったもんだ。まあ、拾ったせいで俺も海洋国から逃げる羽目になったんだがな」


 ラシドが苦笑しながら言った。


「それは申し訳ない。捨ててくれてもよかったのですが……」


「昔の話だ。それに、俺には海洋国でのちっぽけな海賊稼業なんて性に合わなかったんだ」


「おや、海賊と白状してしまうんですか?」


「おっといけない。聞かなかったことにしてくれ」


 ラシドが肩をすくめる。場の空気がわずかに和らいだところで、ユリアはカリムへ向き直った。


「カリム、あなたは海洋国に復讐したいの?」


「叶うならば」


 カリムの声は静かだったが、その目には消えることのない熱があった。


「私はただの異界人よ。国を相手に戦えるほどの力を貸すことはできないわ」


「今はそうかもしれません」


 カリムが顔を上げた。


「ですが、ユリア殿は必ずや力を手に入れられます。それこそ国家を相手にできるほどの……。もしユリア殿に無理だったのなら私も潔く諦めましょう」


「ただの一貴族がそんな力を持つと?」


「ええ。あなたの輝きは人を惹きつけてやまない。私にはそれが世界すら焦がすものだと信じております」


 ユリアはしばらくカリムを見つめた。


「……上手いものね。ただし、必ず力を貸せるとは限らないわよ?」


「承知の上です」


「ラシド、いい人材を紹介してくれたわね。二人ともこれからよろしくね」


「御意」


 カリムが静かに頭を下げた。


「正義と契約の神エレティアに誓って」


(家族の仇を討つ、か……)


 ユリアは静かに席を立った。


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