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終末の血族  作者: 天津千里
11章:灰燼のアスミノール
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第89話 灰燼のアスミノールVIII

【帝国紀元1800年2月12日 10:00】

【ガゼリウム城館応接室】


 三か月ぶりに訪れたガゼリウムは、東部と南部の正規軍、そして様々な貴族の軍でごった返していた。その喧噪の中、ユリアはカラディン辺境伯からの呼び出しを受けて、ガゼリウム城館の応接室へと向かった。


「失礼します」


 応接室には、そうそうたる顔ぶれが揃っていた。アウルス・ガゼリウム侯爵、ガリウス・カラディン辺境伯、マルケルス・ラティア伯爵。そして正規軍の司令官たるレンクス・カエリウス大将とクレメンス・ヴァルタス大将である。


「こうして会うのも久しぶりだな、ユリア殿。エルズリウム以来だから半年にもなるか?」


 ガリウスが椅子から身を乗り出した。


「はい。九月以来になります」


「そうか。我々の予想を大きく超える戦果を嬉しく思う」


「ありがとうございます」


「わしからも礼を言おう」


 グラスを傍らに置いてから、レンクスが続けた。


「おかげで東部と南部がつながり、ラティアで海ともつながったことで物資不足の懸念は解消された」


「与えられた役目を果たしたまでのことです」


「わっはっは、頼もしい言葉だ。まあ、ちょっと頼もしすぎたのだがな」


「と、おっしゃいますと?」


 答えたのはクレメンスだった。静かに組んでいた手をほどき、ユリアへと向き直る。


「ユリア殿が勇者と目されている……そうお聞きしておりましたが、私もその見立てに賛同致しましょう。南部方面軍としてもユリア殿への支援を惜しまないことを約束致します」


「ガゼリウム侯爵家もユリア殿を勇者と認め、この恩に報いることを誓いましょう」


 アウルスが続けると、マルケルスもグラスを置いて頷いた。


「ラティア伯爵家も同じく。その背を守る一助となれるよう尽力致します」


「そういうことだ。クレメンスはもう少しごねるかと思ったんだが……」


 レンクスがおかしそうに笑う。


「あの騎士を討伐したとあっては認めるしかないでしょう。兵からの支持も無視できる規模ではありません」


 クレメンスは淡々と答えた。


「それはそうだな、わっはっはっ」


(なぜ実利的な大貴族や高位軍人が象徴にここまで? 信仰の重要度が違う……?)


「は、はあ……ありがたきお言葉です」


「実際に騎士を討伐したユリア殿に聞きたいのですが」


 クレメンスが改まった口調で前に進み出た。


「騎士がグラックス・ヴィギリアスと名乗ったのは事実ですか?」


「はい」


「グラックス・ヴィギリアス……帝都の正規軍に籍を置く帯剣貴族ヴィギリアス男爵家の当主です。たしかに武勇には優れていたようですが……部隊を壊滅させるほどのものではないはず」


「それほどの武勇があれば男爵に留まっているはずがないからな」


 ガリウスが腕を組みながら補足した。


「戦ったユリア殿から見てどうでしたか?」


「前提情報がありませんので、戦闘力の面からだけ申し上げます。たしかに腕力は並の近接兵とは比べ物にならないほど強く、剣技も言うだけのことはあるかと。一方で、不測の事態に弱く、やや短絡的。また腕力と剣技が上手く嚙み合っていないようでした」


「ほう……その男に力で押し勝ったと?」


 クレメンスが眉を上げる。


「間違いないだろう。ユリア殿にはうちの問題児も片手であしらわれているからな」


 ガリウスが口を挟んだ。クレメンスが静かに頭を下げる。


「勇者というのはそれほど規格外なわけですか、失礼致しました」


「報告書にあった"あの方"というのは何だと思う?」


 ガリウスが改めて問いかけた。


「これも推測になりますが、男爵が敬うほどですから、何らかの権威……それこそ高位貴族などが関与しているのではないでしょうか。心酔している様子から確たる権威があるものだと思います」


「高位貴族か……不敬と一喝できないのが帝国の恐ろしいところだな」


 ガリウスが苦い顔で呟いた。


「神殿の可能性はどうでしょう? 信仰に狂ったという可能性もありますが」


 アウルスが顔を上げて問いかける。


「神殿はすでに帝国と不可分な権威です。わざわざ帝国を破壊するかというと……」


 マルケルスがソファーに深く背を預けながら答えた。


「たしかにそうですね……洗脳の線はどうでしょうか?」


「他の騎士と比べて明らかに知性があり、言動も矛盾なく答えていました。挑発に乗ったことからも自我ははっきりしていたものだと考えています。仮に洗脳があったとしても、意識を誘導する程度の軽微なものではないでしょうか」


「エルフの魔法にはそういったものもあると聞きますが……」


 アウルスが続けた。


「国境を守るものから言わせてもらうと、たしかに最近のエルフはきな臭いが、その方向は獣人帝国の方向に向いているものと思われる」


 ガリウスが姿勢を正して言い切った。レンクスも頷く。


「東部方面軍としても同意だ。どうもかなり中枢に食い込んでいるようだ」


「ふむ……最近、都市国家群への介入が少なくなっているのも関係しているかもしれません。この件はあとで話し合いましょう」


 クレメンスが手を軽く振って話を区切った。


「承知した」


「力の出所はなんだと思います? 薬物でしょうか?」


 マルケルスがグラスを傾けながら問いかけた。


「人間の力というのは本来の何割かに制限されているものと聞きます。薬物でそれらを解除しただけであれだけの力になるとは思えません。何らかの別の手段で増強させているものと考えます」


「何割かに制限されている……それは異界の理論ですか?」


 アウルスが興味深そうに尋ねる。


「はい。科学的に確立されている理論です」


 その答えを聞き、レンクスがグラスを置いて身を乗り出した。


「騎士の力は人間の限界を超える、か……。勇者の力もそうだが、このような力の増強は魔力だけで説明がつくのか……?わしには神の御業のようにしか思えん……」


「私からはなんとも……」


「それで、ユリア殿」


 ガリウスが改めて向き直った。


「貴殿ならこの状況で東部と南部の全権を与えられたらどう指揮する? なに、正解などないのだ。気軽に答えてくれて構わんよ」


「そう、ですね……」


(北は陸路は厳しい。中央も同じ。南は温暖。輸送路は海路と鉄道。国境は正規軍が守っている。敵本拠は帝都の可能性があるが不明。すでに開始から一年近い……)


「第一目標で可能な限り港湾都市を確保。第二目標で鉄道路線を確保。早期に流通網と軍事路線を復旧させ、能動的防御で敵を削りつつ、経済力と火力で攻勢を維持する……というところでしょうか」


「ほう、帝都ではなく、か?」


 ガリウスが片眉を上げた。


「帝都はすでに消滅していると聞いています。政治的価値が非常に大きいことは認めますが、仮に奪還したとしても、経済的には負債にしかなりません。それよりも、今も各地で生存しているであろう民との連携と防衛能力を確保し、経済を復興させていくことが、将来的に発生するであろう他国との戦争で遅れをとらないために必須だと考えます」


「貴殿は……政治家でもやっておったのか?」


 レンクスが目を丸くした。


「帝都を今すぐ奪還する価値はないというわけですか……そうですか……」


 アウルスが静かに呟く。


「帝都を奪還することで帝国は健在であると示すことができ、他国の介入を阻止できるという見方はどうだ?」


 ガリウスが腕を組み直して問いかけた。


「陥落した時点でそれはありえません。ましてや帝国の大都市の多くが音信不通です。弱り切った不倶戴天の敵を見逃すほど優しい世界なのでしょうか?」


「ふはは、たしかにその通りです。我らの敵はそれほど甘くはない」


 クレメンスが口元に笑みを浮かべた。


「弱った獲物が威嚇したところで変わらんか……」


 レンクスが苦笑する。


「ふむ……西部貴族も海軍も健在で補給路が確保できるとしたらどうだ?」


「それならば西部の戦線で帝都の敵を拘束し、優勢な海軍力を持って沿岸部の奪還を急ぐべきでしょう。これまでの傾向から言って人口が多い都市には相応の兵力が存在します。帝都の大軍を拘束するだけで他の都市ではより有利に戦えます」


「これまで我らは数倍に及ぶ敵であっても討ち果たしてきた。同様に帝都にいる百万であろうと、準備をすれば倒せぬ敵ではないように思えるが?」


 ガリウスがユリアの目をまっすぐに見据えた。


「これまでの敵は戦術と言ってもたかが知れていました。ですが、アスミノールでは違いました。少なくとも指揮官が帝国軍人の知識を持っているのならば、相手を人間と考えて計算するべきだと考えます」


「……西部貴族が十二万、我々が五万の計十七万とかいう話でしたな?」


 マルケルスがグラスを傍らに置いて静かに口を開いた。


(えらく具体的な数字が出て来たわね……)


「ええ。そして、帝都から出てくるのは一度に五十万という想定でした」


「仮面が外れているではないか」


 ガリウスが苦笑した。


「……仕方ない、種を明かすとしよう。実は西部貴族から立皇太子の儀と帝都奪還作戦を打診されておる」


「それは失礼しました」


「言っておらんからな。問題ない。いや、むしろ、想定以上の返答だ。皆、どうだろうか?」


「異議なし。むしろ遅いくらいじゃろう」


 レンクスが即答した。


「異議なし」


「異議ありません」


 マルケルスとアウルスが続く。


 クレメンスはわずかに間を置いてから、静かに答えた。


「いいでしょう」


「あの、どういう……?」


「ふっ、我々はユリア殿を伯爵に推薦することに決めた」


「伯爵……ですか……? ですが、私は地球の出身で、貴族でもありませんが……」


「先代勇者は正妃なのだから公爵だ。ならば今代勇者が伯爵でも何の問題もあるまい」


「象徴たる勇者なのだからそれ相応の箔は必要だろう」


 レンクスが力強く頷く。


「この歳で大隊長すら異例のはずです……ましてや上級貴族など……」


「年齢なんて関係ありませんよ。私だってこの歳で侯爵になっているのですから」


 アウルスが軽く肩をすくめた。


「で、ですが……」


「軍の出世みたいなものだ。貴殿ならば問題あるまい」


 ガリウスが笑みを浮かべる。


「そうですね。伯爵ならば最低でも師団長くらいにはするべきでしょうが……二階級特進はよろしくないですね。南部方面軍旅団長に任命しておきましょうか」


 クレメンスが提案した。


「なんだ、クレメンス。急に大盤振る舞いじゃないか。だがたしかにそうだな、大隊長から急に師団長は問題だな……東部方面軍旅団長にも任命しておこう。これで実質は師団長だな。わっはっはっ」


「領地においても、軍の再編においても我らラティアに支援はお任せを」


 マルケルスが身を乗り出した。


「気が早いぞ。帝都の許可……皇太子府になるのか、それが出てからだぞ」


 ガリウスがたしなめる。


「……皇太子府」


 クレメンスが静かに繰り返した。その声には、僅かに何かが滲んでいた。しかしすぐに表情を収め、続けた。


「まあいいでしょう。帝都の許可を待たずとも旅団長には任命できます。先に領地として推薦する予定だったクルキア一帯の復興任務を出しましょうか」


「それがいいな。官僚どもを待っていたら年が変わってしまうわい」


「ユリア殿、隣領の領主として歓迎します」


「もちろん私もです」


「は、はあ……」


 それ以上の言葉が出てこなかった。


 ユリアが部屋を後にすると、廊下にまで陽気な笑い声が響いてきた。


作品露出を増やすため投稿時間を変更します。

GW期間中のみ追加投稿を入れますが、それ以外は原則週3の月・水・金投稿を続ける予定です。


もし良ければ、この機会に評価等いただけると嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。

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