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終末の血族  作者: 天津千里
11章:灰燼のアスミノール
84/95

第84話 灰燼のアスミノールIII

【帝国紀元1800年1月25日 18:00】

【帝国直轄領アスミノール近郊・ユリア大隊本陣】


 野戦の余韻がまだ空気に残る中、大隊の幹部たちが天幕に集まっていた。テーブルの上にはアスミノールの地図が広げられ、蝋燭の明かりが街区の細かな路地を照らし出している。


「みんなお疲れ様」

「お疲れ様、ユリア」


 ルシアが静かに応じる。


「明日からアスミノール市街に入るわけだけど、クレメンス大将から各部隊の担当区域が割り振られているわ」


 ユリアは地図の一角を指で示した。


「俺たちはどこになるんだ?」

「北西街区から西門までのあたりね。比較的狭い路地が多いみたいだから、近接中隊と散弾銃を持った第一歩兵中隊を正面戦力、第二歩兵中隊、第三歩兵中隊を支援に回そうと思っているわ」


 カリスが地図に視線を落としたまま頷く。


「了解した」

「承知しました」


 フィリオも続いて応じた。


「建物の制圧が多くなりそうですな。オルフェン殿をお借りしても」


 レオニダスが隣に控える大柄な影へ目を向ける。


「ええ。若熊傭兵団は近接中隊と行動を共にして」

「ああ、任せろ」


 オルフェンが短く答えた。その太い腕が地図の上で静かに組まれる。


「今日の戦闘で城壁外の市街地にいたゾンビはその多くが討伐されたはずだけど、まだ建物内などに残っている可能性があるわ。突入の際は十分注意して」

「ハッ」

「城壁外ということは中にはまだ?」


 ルシアが地図の内側を指でなぞりながら問いかける。


「ええ。セリーヌ、報告を」

「は、はい。戦闘中も何度か魔力感知器を使いましたが、最後まで城壁内の強い魔力反応は動きませんでした。弱い反応については輝点が重なってしまい分かりません」


 セリーヌが手元の記録を確認しながら答える。その声には、もっと正確な情報を伝えられないことへの悔しさが滲んでいた。


「今日の戦闘で討伐した数も十万強と見られているわ。まだ数万は城壁の内側にいる可能性があるというのが大将の見立てね」

「市街地に数万か……しかも強い魔力反応?」


 眉をひそめたカリスに、ユリアは続けた。


「全てではないにしろ、相当数の武装ゾンビ、魔法ゾンビが紛れていると思われるわ」

「エルズリウムの再現というわけか……」

「魔法ゾンビがどれくらいいるかは判明していますか?」


 フィリオが地図から顔を上げて問いかけた。


「すみません、そこまでは……比較もしたことがないですし……」


 セリーヌが申し訳なさそうに首を振る。


「それは……そうですね、失礼しました」

「いえ、なんとか判別できるといいんですけど」

「魔法ゾンビに対しては、位置を艦砲部隊に伝えれば砲撃を行ってくれるらしいわ」

「ああ、例のあれですか。本当に神殿等でも砲撃するつもりなのでしょうか……」


 フィリオの声には、どこか割り切れないものが混じっていた。


「今日の砲撃を見る限りはやるだろうな。あれはさすがに肝が冷えたぞ」


 レオニダスが苦笑いを浮かべる。


「あー、そうだな。あれならたしかにやりそうだな……本気かよ」


 カリスも同じように苦い顔をした。


「まあ私はそれで被害が減るなら文句はないわ。まずは明日。城壁外をしっかり抑えましょう」

「「「ハッ」」」


 一同の声が揃った。


* * *


 幹部たちが天幕を後にし、野営地に夜の静けさが戻ってきた。遠くに見えるアスミノールの城壁が、月明かりの中に黒く浮かび上がっている。

 明日、あの中へ入る。

 それだけのことだった。


* * *


【帝国紀元1800年1月26日 夜明け前】


 陽が上る前から動き出した連合軍はアスミノールを三方向から歩兵で包囲し、残る東側に騎兵を展開して、市街地へと進軍を始めた。前日の戦闘で倒れ、打ち捨てられたゾンビの死体を避けながら、各部隊が警戒しながら市街地へと入り込む。ユリア大隊も先陣のひとつとして、北西側から市街地へと突入した。


「突入開始。事前の手筈通りにやるわよ。油断しないように」


 ユリアの合図とともに各中隊長たちが部隊を各方面へと動かし始める。


「魔導部隊は後方から支援射撃。必要に応じて制圧弾の使用を許可するわ」


 セリーヌとアエミリウスが声を揃えて応じ、それぞれの部隊へと駆けていく。


「バフラーム、艦砲部隊が再配置を行って砲撃が止まっている今日のうちに、都市中央部の偵察を。地図を渡すから配置を確認しておいて。明日以降、本格的に城壁の内側へ攻め入れば、今度は市街地そのものへ艦砲の支援射撃が降り注ぐわ。そうなったら低空は飛べないわよ」

「承知した。さすがにあの砲撃の中では飛べないな……」


 バフラームは鳥人たちの元へと歩いていった。


「リオフェル、魔力感知器はどう?」

「相変わらず中は輝点に覆われとるわい」

「やはり都市で使うのは厳しいのかしらね」

「なにか対策を考えねばならんな……あと消費魔力じゃな! しおれてしまうわい!」

「そうでしょうね。セリーヌのためにもそうしてちょうだい」


 ユリアが指示を出している間にも、前線の部隊は通りを進み、周囲の建物の扉をこじ開け、中を制圧していく。扉を叩き壊す音、射撃音、剣戟の音が断続的に響いていた。


「隊長殿、ちょっといいか?」


 振り返ると、ベルンハルトが部下を引き連れて立っていた。


「あら、ベルンハルト。補給の方はもういいの?」

「そのことなんだが……あのお嬢様……クラリッサ嬢は何者なんだ?」

「ラティア伯のご令嬢よ。内政官として非常に優秀らしいけど、役に立ってる?」

「道理で……。あっという間に仕事を奪われてしまってな……。いや、こっちが専門だから助かるんだが……」


 ベルンハルトが気恥ずかしそうに頭を掻く。仕事を奪われたと言いながら、その声には確かな安堵が混じっていた。


「そういうわけで、整備拠点を作っていきたいんだが、本陣に設置していいか?」

「それなら医療拠点と共に本陣に置きましょう。ただし、制圧の進捗に合わせて移動するからそのつもりでね」

「おう! すぐ準備する!」


 ベルンハルトが慌ただしく部下に指示を飛ばし始める。市街地に入ったばかりの交差点は、ユリア大隊の拠点へと急速に整えられていった。

 市街地突入から数刻、ユリア大隊の掃討は順調に進んでいた。城壁外の市街地に残っていたゾンビの数は昨日の野戦で大幅に減っており、建物内に潜んでいた残存個体を一体ずつ丁寧に処理していく作業が続いていた。オルフェンたち若熊傭兵団が扉を叩き壊しながら建物を制圧していく光景は、エルズリウムの市街戦とはまた違う力強さがあった。


(感知はされていなくてもこの数、か……。なかなか骨が折れるわね)


「ユリアさん、通信兵から報告です。西城門付近で敵部隊と交戦開始だそうです」


 手元の通信記録を確認しながら、瑞希が報告を上げる。


「敵部隊……そう、城門は守られているわけね。救援は必要そう?」

「通信では発見の報告だけでした」

「わかったわ。引き続き通信兵には周囲の部隊の情報を整理してもらって」

「はい、伝えておきますね」


 遠くから魔法の爆発音が響いてくる。城門方向だ。断続的に続くその音が、激戦を物語っていた。

 一刻ほど後、瑞希が再び顔を上げた。


「西城門制圧完了と通信がありました!」

「意外と早かったわね」

「合わせて防衛部隊の増強を要請しているみたいですね」

「さすがに被害は大きそうね……」


 その言葉を飲み込むようにユリアが前方へ視線を戻した直後、前線から伝令兵が駆け込んできた。


「ルシア中隊長より伝令! 目標地点であった北西街区警備詰所を確保とのこと!」

「ご苦労! 瑞希、聞いたわね。本陣を前に出すわ。各員に伝達して」

「はい!」


 空が徐々に赤く染まり始めた頃、大隊は担当地区の制圧を終え、バリケードの設置を進めながら夜に備えていた。戦闘がひと段落したこともあり、各部隊の隊長たちが本陣になっている警備詰所に集まってきた。


「今夜なのだけど、北西街区の主要な交差点を封鎖して、交代での夜警を行うのと、この警備詰所を中心に、周囲の大きな建物に分散して宿営でいいかしら?」

「おおよそ、そのような形で問題ないと思います」


 フィリオが地図に目を落としながら応じると、カリスが地図を指で叩いた。


「城壁側を少し手厚くしたほうがいいかもしれん」

「へえ? 城門側じゃなくて?」

「ああ。城門を人知れずすり抜けてくることは厳しいが、城壁に隠し通路などがあれば分からないからな」

「たしかにそうね。城壁とは言っているけど、外に街があることを考えたら障害物でしかないものね」


 ルシアが静かに補足する。


「そういうことね。わかったわ。配置を見直しましょう」


 翼を軽く動かしながら、バフラームが口を開いた。


「私からも。夜間の上空からの警戒は必要だろうか?」

「夜も見えるのか?」


 レオニダスが眉を上げる。


「視力は落ちるが、動きがあれば察せられる程度には」

「夜間は飛ばないというのがよく知られている話だが……」

「それは着陸場所が見えにくいからだな。これだけ明るい場所ならば問題ない」

「そうか。荒野で明かりが見えれば、遠くても居場所が分かるものな……」

「そういうことだ」


 胸を張るバフラームに、ユリアが横から問いかける。


「明日の交代要員は確保できるの?」

「なんとかな」


 その少し無理をしたような声色に、ユリアは少し考えてから首を振った。


「そうね……今回はやめておきましょう。危険度と優位性を考えたら無理にしてもらうほどではないわ。明日に支障がない範囲で、見張り要員として城壁側の警備についてちょうだい」

「承知した。すぐに手配しておこう」


 バフラームが静かに頷いて離れていく。

 遠慮がちにセリーヌが手を挙げた。


「あの、魔力感知器は使いますか?」

「使えるのがリオフェルとセリーヌだけなのよね……」

「しかし、内部の動きを探るにはもってこいですから……奇襲を避けるためにも……」


 フィリオが地図に視線を落としながら言う。


「そうね……仕方ないわね。二人で交代で定期的に使ってちょうだい」

「わしもか!?」

「あなたいつも朝早くから動き回っているじゃない。早朝の担当ね」

「ぐぬぬ……わかったわい。ますます使える人間を増やさねばならんな……」


 リオフェルが唸りながら腕を組む。その様子に、疲れた顔をした幹部たちから小さな笑いが漏れた。


「明日は朝から城壁内部に行くと思うから、出鼻を挫かれないようにしないと」

「責任重大だな。しかし、城門でも抵抗が激しそうだったが……中はどうなってるんだ?」


 カリスが地図の城壁内側を指でなぞりながら問いかける。


「相当数の武装ゾンビと魔法ゾンビが待ち構えているのは間違いないわい」

「それを砲撃でどれだけ崩せるかが勝負所ね」

「抵抗が激しいとアスミノールが更地になるわけですか……嫌になりますね」


 フィリオが苦い顔で呟いた。


「そうね……」


(生存者はいないとはいえ、街ごと敵をすり潰すのは……いえ、やるしかないわね)


 その夜、警備詰所の明かりが遅くまで灯っていた。城壁の向こうには、まだ深い闇が広がっている。


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