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終末の血族  作者: 天津千里
11章:灰燼のアスミノール
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第83話 灰燼のアスミノールII

【帝国紀元1800年1月25日 9:00】

【帝国直轄領アスミノール近郊】


 前日まで続いた雨のため進軍を止めていた連合軍は、この日、数日ぶりの晴れ間を見てアスミノールまで進軍した。

 北からはアウルス・ガゼリウム率いるガゼリウム侯爵軍二万強。西からはマルケルス・ラティア率いるラティア伯爵軍に、テレンティウス・アルデリス率いる東部連合軍合わせて二万に、セルギウス師団長率いる補給部隊や艦砲を運ぶ海軍兵やその護衛など。南からはクレメンス大将率いる南部方面軍四万。総勢八万に及ぶ大軍はアスミノールを包囲するように展開し、艦砲がその隊列の前後に配置された。

 西側の東部連合軍の中に、ユリア大隊の姿もあった。


「姉さん、中央で第一歩兵中隊の指揮をお願い」

「今日は出ないのね?」

「味方と連携とらないといけないからね」


 ルシアは短く頷き、踵を返した。


「そうね。わかったわ」

「カリスは左軍。フィリオは右軍に。レオニダスは近接中隊を前衛の補強に出して」

「「「ハッ」」」


 各隊長たちが部隊を率いて配置についていく。その背中を見送りながら、ユリアの視線は自然と部隊の前方へと向いた。隊列の手前に据えられた艦砲が、朝の光を受けて鈍く輝いている。


(魔法兵が大砲の代わりだと思っていたけど……艦砲を持ち込むとはね。この距離の運搬をこなすのはさすがね)


 さらにその奥、アスミノールの外縁ではすでに人影が蠢き、少しずつ集団を作り始めていた。誘引すら必要ないかもしれない。


(誘引前にすでにこちらに気づいているわね。知性ある者がいるなら、今度こそ情報をとれるといいけど)


「ユリアさん。私はどうしましょうか? 前に支援に行きますか?」


 瑞希が傍らに立っていた。


「そうね……」


(あの落ち着きを見ると、戦場でも問題ないとは思うけど……少し引っかかるのよね……)


「今は体力を温存しておきましょう。もしものときは私と共に前に出てもらうわ」

「わかりました。いつでも呼んでください」


 瑞希が少し後ろへ下がる。その入れ替わりに、普段は本陣に引きこもっているはずの人物が顔を出してきた。


「隊長殿や。少しいいかの?」

「リオフェル? 珍しいわね」


 白髪のエルフの師匠は、いつもの気だるげな表情とは少し違う色を目に浮かべていた。


「小娘が制圧弾の調整で力尽きてな。わしが代わりに魔力感知器を使っていたんじゃが……少し妙な反応があってな」

「またセリーヌに無理をさせて……それで、妙な反応って?」

「わし特製の栄養剤を飲ませたからすぐに復活するわい」


 悪びれもせずに笑い飛ばしてから、リオフェルは声を潜めた。


「……都市の中心部に行くにつれ、明らかに魔力が強い集団になっておる。外縁部で見えるゾンビなど羽虫みたいなもんじゃ」

「ふーん……ということは中は武装ゾンビに魔法ゾンビがいっぱいいるわけね?」


 ユリアが腕を組んで思案げに呟くと、リオフェルは顎を撫でた。


「そういうことじゃな。もっとも、輝点が重なりすぎて数とかはわからんがな」

「そこは仕方ないわね。……弱いのは切り捨てて感知できないかしら?」

「ふーむ? 武装ゾンビとかだけを探すわけか? すり抜けることを考えたらおすすめはできんのじゃが……」


 老エルフが少し困ったように眉をひそめる。


「ちょっと思っただけよ」

「まぁせっかくのパトロン様の意見じゃ。考えてみよう」

「無理にとは言わないわ」

「なーに、何事も試してみるもんじゃ。幸い、実地試験には事欠かんからな! カッカッカッ」


 笑いながらリオフェルが背を向けたとき、別の方向から二人の将校が歩み寄ってきた。


「隊長殿、そろそろ私も騎兵を引き連れ誘引部隊に合流してきます」

「私も本隊の指揮下に移動します」


 帝国軍出身の二人の小隊長が、それぞれ短く礼をして持ち場へと向かう。


「ええ、わかったわ」

「わしも退散しておこう。繊細じゃから砲撃音なんてまともに浴びたらたまらんわい」

「はいはい、何かあったらすぐ教えてちょうだい」


 リオフェルの後ろ姿が本陣の方へ消えていく。


「南部方面軍より伝令。まもなく作戦を開始する。各々備えよとのことです」

「了解したわ」


 目の前では軽騎兵たちが土煙を上げながら、昨日までの雨の匂いが残る荒野をアスミノールへ向かっていた。蹄の音が次第に遠ざかり、やがて市街地のすぐそばで軽騎兵たちが振り向きざまに馬上銃の射撃を加える。乾いた銃声が荒野を走り、ゾンビたちが反応した。黒い波が、各部隊の前へと向かい始める。


(ここまではエルズリウムと同じ……)


 市街地から溢れ出した波が連合軍へと向かい始めた、その瞬間。

 後方に据えられた艦砲が一斉に火を噴き、雷鳴のような轟音がアスミノールの荒野を震わせた。

 残響が新たな爆音に上書きされ、今まさに市街地から溢れ出ようとしていた波の只中で砲弾が爆ぜた。いくつもの建物に大穴が開き、黒い塊が爆風に吹き散らされる。だが市街地の奥からは新たな波が現れ、砲撃によって穿たれた穴を埋めるようにこちらへ向かってくる。細切れにされた群れは、向かってきながら徐々に合流し、再び大きな波へと変わろうとしていた。


「バフラーム」

「ここに」


 翼を畳んで傍らに控えていたバフラームが、すっと顔を上げる。


「偵察に出している鳥人を戻しておいて。それと師団本陣に伝令を」

「戻すのか? 伝令には私が行こう」

「ええ。巻き込まれたらおもしろくないからね。伝令の内容はアスミノール中央に武装ゾンビが集中している可能性あり、よ。魔力感知器の説明は難しいから、偵察結果ということにしておいて」

「承知した」


 バフラームが本陣に向けて慎重に飛び立つ。その影が荒野の上を滑るように遠ざかっていく。


(誘引に簡単にかかったことといい、ここまでは統制もされていない。……けど、これだけ騒いで出てこない内部の敵は……嫌になるわね)


 視線の先ではゾンビが一ケイミル付近まで接近しており、師団本陣の統制を受けた魔導部隊が射撃態勢に入っていた。砲声に混じって、各部隊の魔導部隊から攻撃の号令が聞こえる。味方の隊列から伸びた魔導弾の放物線がゾンビの群れへと突き刺さり、大きな火柱をいくつも立ち上らせた。

 砲撃は徐々に炸裂弾から砲丸へと切り替えられ、ゾンビの群れを縦に引き裂きなぎ倒していく。前列に構えていた艦砲が散弾に切り替えて待ち構える。すでに五百ミルまで近づいているゾンビに対し、前列から破裂音とともに散弾が放たれ、群れのあちこちで転倒し踏みつぶされる者が相次いだ。


(これだけの砲撃を受けて逃げ出さないというのはそれだけで脅威ね)


 見る見るうちに砲撃と魔法で削られていくゾンビ。だが装填の合間に続々と後ろから押し寄せる群れが、徐々に味方の隊列へと迫っていく。

 ついにその顔まで識別できるようになったとき、本陣から迎撃命令が下った。


「全部隊、前衛を前進! 第一歩兵中隊は中衛も前進せよ!」


 指示が配下へと直ちに広がり、大隊の近接兵たちが、撃ち終えて後退する前列の艦砲と入れ違いに最前線へと進み出る。重い砲架が土を削りながら下がっていく音と、兵たちの足音が交差した。

 周囲の部隊でも近接兵が前に押し出し、その背後で銃兵たちが静かに銃を構える。

 誰も声を出さない。

 装填の金属音だけが、張り詰めた空気の中に響いた。

 一拍の沈黙の直後。

 帝国の隊列から火と硝煙が一斉に噴き出し、轟音とともに近づいてきていた群れを薙ぎ払った。第二射、第三射が続き、煙が厚くなるにつれて前方の視界が白く霞んでいく。それでも煙の向こうから、絶えず新たな影が押し寄せてくる。

 近接兵たちの緊張と高揚が、後方に立つユリアにまで伝わってくる。肩に力が入り、息を詰める気配。ゾンビたちがいよいよ近接兵に触れようとしていた。


「第一中隊射撃開始!」


 ギリギリまで引き寄せてから放たれた散弾は、近接兵に飛び掛かろうとしたゾンビをぼろきれのように吹き飛ばし、その周囲に鉄の暴風を起こした。


「前衛、構え。……敵を一体も通すな! 迎撃開始!」


 周囲の各部隊でも指揮官たちの大声が響き渡る。部隊の正面で待ち構える近接兵にゾンビが組みつこうとするが、たちまち斬り伏せられる。後から後から出てくるゾンビを中衛の銃兵が撃ち抜き、近接兵が素早く処理する。群れの後方には絶えず砲撃と魔法が降り注ぎ、隊列へ向かってくる数を少しでも減らそうとしていた。

 その砲撃が、徐々に前線へと近づいてきていた。


(クレメンス大将……! ええ、たしかにそこに当てるのが一番効果的でしょうね!)


 マスヤフ峠で見せたような、味方の頭越しすれすれを狙う苛烈な砲撃に、ユリアは思わず奥歯を噛み締めた。


「ユリアさん! あんな近くに砲撃するもんなんですか!?」


 耳を塞ぎながら瑞希が顔をしかめる。


「しないわよ! まったく……!」


 小さく息を吐きながら、ユリアは傍らの伝令に向き直った。


「各部隊に伝令! 前衛の兵士たちが動揺しないように早めに落ち着かせておきなさい!」

「ハッ」


 伝令が駆けていく。

 一刻もすると、無尽蔵に思えたゾンビの群れに最後尾が見え始めた。迂回した騎兵たちがその背後を蹴散らし、群れの中央に降り注いでいた鉄と火も徐々に数を減らしていく。硝煙の霧が風に押されてゆっくりと晴れ、荒野の輪郭が戻ってきた。

 ユリアの周囲には、疲労やケガで後退してきた兵士たちが倒れるように休んでいる。荒い息遣い。泥と血に汚れた鎧。それでもその顔には、確かな充足があった。


(帝国の火力であれば有象無象など相手ではないわけね)


 ユリアの視線は前線のその先、大きな口を開けたアスミノールへと向けられた。


(次はこの大都市。統制のとれた敵が相手ね……)


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