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終末の血族  作者: 天津千里
11章:灰燼のアスミノール
82/99

第82話 灰燼のアスミノールI

【帝国紀元1800年1月4日 13:00】

【ラティア伯爵領・ラティア城館会議室】

 

 控えめに祝われた新年の空気が抜けきらないうちに、ラティアには多くの貴族と将校が集まり、軍事作戦の準備を始めていた。

 

「では、今回は私、クレメンス・ヴァルタスが帝国戦時法に則り連合軍の指揮をとらせていただきます」

 

 クレメンスの宣言に、居並ぶ貴族と将校が一斉に敬礼で答えた。

 

「今回の目標はアスミノール。言わずと知れた南部と東部を結ぶ陸の要衝です。ここのゾンビを駆逐し、南部と東部の連携を取り戻します」

 

 クレメンスが地図の前へ移動して説明を続ける。

 

「参加するのは南から南部方面軍四万。西からラティア軍と東部方面軍二万。北からガゼリウム軍二万の総勢八万です。エルズリウムでの戦訓を参考に、半包囲からの野戦によるゾンビの漸減と、アスミノールへの突入の二段構えでいきます」

 

 クレメンスが二枚目のアスミノールの詳細地図の前へと移った。

 

「東側郊外に騎兵を展開して逃げ場を封じた上で三方向から突入し、アスミノール中央の行政府、旧城館、大神殿を主目標として市街全域を制圧します」

「敵の総勢の見込みはいかほどでしょう?」

 

 アウルスが地図を見つめながら問いかけた。若い顔つきにも、大貴族の当主としての落ち着きが滲んでいる。

 

「確たる情報がないので推測になりますが、十五万程度と見込んでいます」

「元の人口からは相当少ないようですが」

「はい。本来の人口から計算しております。我々がアミアなどで討伐したゾンビが五万。ラティアで討伐されたうちの一万、キリオニアでこれまでに討伐された八万など、すでに討伐した数を差し引くと、残りは十五万近くになります。避難民もいることを考え、この程度と見込んでいます」

「ありがとうございます」

 

 アウルスが頷いた。その隣でテレンティウスが腕を組み、眉をひそめながら口を開いた。

 

「エルズリウムでは通りでの武装ゾンビの集団戦と、城館からの無差別魔法攻撃でかなりの被害を出しています。今回も同様の攻撃がある可能性があるのではないですか?」

「報告書を読ませていただきました。ご懸念の通り、今回も同規模以上で魔法攻撃があるものと考えています」

 

 テレンティウスが身を乗り出した。

 

「対策も考えてある、と?」

「もちろんです。南方艦隊から戦列艦およびフリゲート艦の艦砲をお借りしております。これをアスミノールに運び、魔導部隊と合わせて支援火力として活用する予定です」

「艦砲……たしかに支援火力は絶大だったが……」

 

 テレンティウスが言葉を濁した。その隣でアウルスが眉を上げた。

 

「ちょっと待ってください。あれはたしか金属の砲弾を使用していたはず。それを敵魔導部隊への対策に使うのですか?」

「そうです。市街地に立てこもった部隊を発見した場合、ただちに位置を報告していただき、そこへ我々が艦砲で砲撃を加えます」

 

(たしかに支援砲撃があるなら戦いやすそうね)

 

 ユリアが内心で頷いた矢先、会議室に二つの声が重なった。

 

「なんですと!?」

「馬鹿な……! 街を破壊し尽くすつもりですか!?」

 

 テレンティウスとアウルスが同時に声を上げた。クレメンスは表情を変えずに応じた。

 

「あの街に生存者はいませんが?」

「そんな問題ではない! あの街にどれだけ価値があると思っているのですか!」

 

 テレンティウスが語気を強めた。アウルスも続けた。

 

「宗教的影響も無視できません! あの街にどれほどの神殿があると思っているのですか!」

「もちろん、私も若い頃アスミノールにいましたのでよく知っていますとも。よく学生仲間とともに市場で買い食いをして帰ったものです」

 

 クレメンスの口調は穏やかなままだった。アウルスが畳みかけようとした。

 

「ならば……!」

「だが、そんなことはどうでもよろしい」

 

 静かな、しかし揺るぎない声だった。

 

「今大切なのは、アスミノールには帝国に歯向かう賊徒がおり、我々はそれを討伐する必要があるということです」

「そんなことはわかっています! ですが!」

 

 テレンティウスが食い下がった。クレメンスは静かに続けた。

 

「ええ。経済的価値も、宗教的価値も分かっています。私の思い出の場所としても破壊したくない。しかし、それによって陛下の赤子たる兵士たちが避けられたはずの悲劇で命を落とすなど、私の矜持が許さない」

 

 クレメンスの声に、初めて力がこもった。

 

「陛下の敵はすべからく滅ぼされるべきである。そして、兵の命はひとつたりとも無駄にしてはならない。それと比べれば建物の価値など塵芥に等しい」

 

 沈黙が落ちた。テレンティウスが深く息を吐いた。

 

「む……承知、しました」

 

 アウルスも渋々といった体で頷いた。

 

「……大将の命令に従いましょう」

 

 クレメンスは小さく頭を下げた。

 

「熱くなり過ぎ失礼しました。……続けましょう。この砲撃によって市街地の八割ほどの範囲は制圧可能と見ています」

「八割ですか? 残りはどういった理由で?」

 

 リディアが静かに問いかけた。会議室の視線が一斉に彼女へと向く。クレメンスは地図の一部を指し示した。

 

「射程の問題もありますが、古い城壁で囲まれた旧市街は効力射が撃てない可能性が高いです。そのため、旧市街にある行政府と旧城館については支援射撃なしで確保する必要があります」

「支援射撃なしですか……」

 

 リディアの声に、わずかな緊張が滲んだ。

 

(旧市街は激戦になりそうね……)

 

 ユリアは地図に視線を落としながら、静かに覚悟を固めた。

 

「やむを得ないでしょう。本来であれば市街地戦は魔導部隊の支援のみで行うものです」

 

 テレンティウスが補足した。

 

「艦砲を使うとのことですが、補給線には従来以上の負担がかかりそうですね……。今回の作戦ではどれだけの砲弾を準備する必要がありますか?」

 

 マルケルスが手元の書類に目を落としながら問いかけた。

 

「およそ一艦隊で二会戦分です。南方艦隊の備蓄を近日中にラティアへ輸送します。陸路での馬車については、東部方面軍のセルギウス師団長より融通していただけると伺っております」

「はい。資材運搬用に使用していた馬車を流用可能です」

 

 セルギウスが短く応じた。

 

「承知致しました。それでは受け入れの準備をしておきましょう」

 

 マルケルスが手元に書き込みながら頷いた。

 

「よろしくお願いします」

 

 一通りの確認が済んだところで、アウルスが改めて口を開いた。

 

「先ほど言われていた武装ゾンビの集団戦というのは?」

「それについては私から」

 

 テレンティウスが前に出た。

 

「最初に確認されたのはアルトゥイン伯爵領です。ここでは伯爵と思わしきゾンビを指揮官として、近接兵の装備で身を固めた、まさに兵士と言うべきゾンビが戦闘に加わっています」

 

 アウルスが腕を組んだ。

 

「たしかに前線からはそのようなゾンビの報告が上がっています。ただ、最近はほとんど発見報告はありません」

「ラティアでも同様です。一連の戦闘において武装ゾンビは確認されていません」

 

 マルケルスが静かに補足した。

 

「ええ。それを我々は意図的に温存されていると見ています」

 

 テレンティウスの言葉に、クレメンスが目を細めた。

 

「温存された武装ゾンビがアスミノールにいるというわけですね?」

「その可能性は十分にあるかと」

「……それは、何者かが戦略レベルでゾンビを動かしているということですか?」

 

 アウルスの声に、わずかな動揺が混じった。

 

「我々はそう見ています。武装ゾンビの指揮官のように、部隊単位で指揮していることから一部に知性があることは間違いないと思います。それならば、それ以上の規模を見ている者がいても不思議ではない……ということです。なにより、そうでないと考えにくい動きが多すぎます」

「マスヤフ峠のように、ですね」

 

 マルケルスが静かに言った。

 

「その通りです。マスヤフ峠のように、人はいないが戦略的に重要な場所に大群がいることがおかしい」

「たしかにその通りです。そう考えると武装ゾンビがアスミノールに集められていても何も不思議ではないでしょう」

 

 クレメンスが頷いた。

 

「それが部隊として戦術を持って動く、というわけですね?」

 

 アウルスが確認するように問いかけた。

 

「はい。バヤジドでは迂回戦術を行っていますし、エルズリウムでは通りで隊列を組んで封鎖し、そこへ無差別魔法攻撃を実行しています」

「それは……非常に厄介ですね……」

 

 アウルスが低く呟いた。その若い顔に、初めて本格的な緊張の色が浮かんだ。

 

「ある程度は砲撃で排除できるとは思いますが、旧市街などの砲撃の射程外については、従来の魔導部隊による支援攻撃で対応する必要があります。魔導部隊にはエルズリウムでも効果が実証されている制圧弾を配布しますのでご活用ください」

「おお、あれがあるのですか。助かります」

 

 テレンティウスの表情が僅かに緩んだ。

 

「ただ、数は多くはありませんのでそこはご容赦ください。こんなところでしょうか。では作戦の準備にとりかかりましょう。早ければ中旬にはアスミノールと対面したいところです」

「「「ハッ」」」

 

 一同の返事が会議室に響いた。

 各々が資料を手に席を立ち、会議室が慌ただしくなり始めた頃、ユリアの元へリディアが近づいてきた。

 

「ユリア、ちょっといいかしら」

「あらリディア。どうしたの?」

「艦砲を運んでアスミノールを街ごと砲撃するという話だけど……ああいう戦法は、向こうでもあるの?」

「ええ。海に面した港湾都市などに対しては、一般的な戦術だと思うわ」

 

 リディアがわずかに目を伏せた。

 

「……それって、まだ逃げ遅れた市民がいる場合でも?」

「そうね。戦争になれば、そういうものを考慮しない国の方が多いんじゃないかしら」

「……そう。人間同士なのに、怖い話ね……」

 

 しばらく沈黙が落ちた。ユリアは窓の外へ視線を向けながら、ぽつりとこぼした。

 

「人間同士の戦争でさえそうだから……異種族もいるこちらの世界の方が、もっと容赦のない激しい戦争をしていると思っていたわ」

「たしかに歴史上は、苛烈な種族間戦争は多かったわ。でも、少なくとも人間同士の最近の戦争では、市民を巻き込んで街ごと焼き払うような真似はほとんど聞かないわね」

 

 リディアが静かに応じた。

 

「向こうの世界より、よっぽど理性的ね」

「そうかしら……。いえ、いいわ。暗い話題は変えましょう」

 

 リディアの表情が少し和らいだ。

 

「実は、私、海を見るのは初めてなのよ。今度、一緒にラティアの料理でも食べに行かない?」

「いいわよ。せっかくだから海鮮がいいわね」

「海鮮っていうと魚? やはり海の魚だと違うの?」

「ああ、カラディンは内陸だものね。川魚とはだいぶ違うと思うわ」

「へぇ。じゃあ挑戦してみようかしら」

 

 二人が笑い合っていると、背後から穏やかな声がかかった。

 

「失礼、少しいいでしょうか」

 

 振り返ると、クレメンスが立っていた。

 

「これはクレメンス大将。どうなさいましたか?」

 

 リディアが姿勢を正す。

 

「報告書に上がっていたユリア殿と、一度ゆっくりお話ししたいと思いまして」

「そうでしたか。改めてご紹介するまでもないかもしれませんが、当家の客将のユリア・コニシ殿です。エルズリウムでも大きな功績を上げた、私が信頼している将です」

「ユリア・コニシです。過分な評価をいただいております」

 

 ユリアが頭を下げると、クレメンスは柔和な笑みを浮かべた。

 

「マスヤフ峠では立ち話程度しかできませんでしたからね。ここで改めてご挨拶できることを嬉しく思います」

「いえ。しかし、私は一介の大隊長でしかないのですが……」

「ご謙遜を。エルズリウム以外でのご活躍も耳に入っています。あそこまでの活躍は過去の英雄たちと比べても劣るものではありますまい」

 

 褒めそやしながら、クレメンスがゆっくりと一歩距離を詰める。

 

「……ありがとうございます」

「特に、ビレクトゥスでは単独で都市を攻略したとか? 今回のアスミノールでもその手腕に期待をしております」

 

 クレメンスの口調は変わらず穏やかだったが、ユリアはその視線の奥に何かを測るような色を感じた。

 

「運に恵まれました。ビレクトゥスと言えば……敵の首魁は南部方面軍を名乗っておりましたが……」

「そのようですな。たしかにドルスス大隊長は南部方面軍の所属でした。ただ、アスミノールの部隊にいたはずですが……ゾンビ災禍が発生してから連絡がとれなかったため、他の部隊同様壊滅したものだと……」

 

 クレメンスが穏やかな口調のまま続けた。

 

「左様でしたか。本人は密命だと言い張るのですが、クレメンス大将の人柄を聞く限り、信ぴょう性が薄いとは感じていたところでした」

「ハハハ、そう言っていただけるとは光栄です。私が陛下に歯向かうような不遜な命令など出すはずがありません。むしろ、そのようなことを騙るなどとんでもない話です」

 

 一拍置いて、クレメンスが続けた。

 

「……彼をこちらに引き渡していただけたりは?」

「申し訳ありません。私にはそのような権限はなく……」

「おっと、そうでしたな。いや失礼。東部方面軍に打診してみることにしましょう。お邪魔してしまいましたね。またお会いしましょう」

「ハッ」

 

 クレメンスが踵を返して去っていった。その背中が見えなくなってから、リディアが小さく呟いた。

 

「……あれは、どっちの意味なのかしら?」

「引き渡しの件ね。口封じなのか、制裁するつもりなのか……」

 

 ユリアは視線を窓の外へと向けた。

 

「ちょっと読めなかったわね」

「さすがは方面軍総司令ということね」

「ええ、ほんとに」

 

 ユリアは小さく息を吐いた。

 

「さ、考えても息が詰まるだけよ。食事のことでも考えましょ」

 

 開けられた窓からは、ラティアの潮風が静かに吹き込んでいた。


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