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終末の血族  作者: 天津千里
10章:蒼海へと至る道
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第81話 蒼海へと至る道IX

【帝国紀元1799年12月18日 13:00】

【ラティア伯爵領・マスヤフ山麓】


 ラシド率いる前軍がマスヤフ山を登るのに合わせて、セヴェルス率いる本軍も山道を警戒しながら進んでいた。その中にいるユリアの元には、航空偵察、斥候、魔力感知と、複数の手段による情報が絶えず集まっていた。


「間道の別動隊は順調に進んでいます。まもなく前軍と合流するものと思われます」

「前軍に別動隊の情報を伝えておいて。同士討ちは勘弁だからね」

「承知しました」


 フィリオが踵を返して去っていくのとほぼ同時に、リオフェルが手元の計器から顔を上げた。


「隊長殿。峠の戦闘は終わったみたいじゃぞ」

「そう。ならバフラームもそろそろ接触できるわね。あとは連携がとれればいいのだけど……」


 そこへセヴェルスがやってきた。


「ユリア殿、状況はどうでしょうか?」

「セヴェルス殿、いらしたのですか。峠の戦闘は終了したみたいです。間道を進んでいた別動隊もまもなく合流予定です」


 報告を受け、セヴェルスは少し安堵したように前方の山道へ目を向けた。


「ということはこの主要道に残っているゾンビの群れで終わりということですか」

「おそらくは。前方の群れも二千から三千程度のはずですので、側面から別動隊が到着すれば遠からず決着はつくでしょう」

「これでアミアの情報もわかりますね」


 期待を込めた彼の声に、ユリアも静かに頷く。


「そうですね。あとは無事に南部方面軍と連絡をとるだけです」


 二人で峠の方を見上げた。先ほどまで戦闘の喧騒に満ちていた峠は、今は静寂を取り戻しつつある。あとは南部方面軍との合流を待つばかり、そう思った矢先だった。

 峠から、閃光が走った。

 次の瞬間、数百発に及ぶ魔導弾が山道へと降り注いだ。弾丸は山道を封鎖していたゾンビの群れに直撃し、山道の両側に立ち並ぶ木々をなぎ倒しながら、炎と爆風を巻き起こした。吹き飛んだゾンビたちが黒煙の中に呑み込まれていく。


「な、なにが……」

「この距離で攻撃!?」


 南部方面軍による支援射撃だとユリアはすぐに察した。しかし事前の連絡は一切なかった。続けざまに第二射が飛んできて、再び周囲に破壊の嵐を巻き起こす。前方ではラシドの部隊が予期せぬ攻撃に動揺しているのが見えた。


(混乱している今こそ、前に動ける部隊が必要ね)


「念のため前に出ます。セヴェルス殿は本陣へ!」


 セヴェルスは一瞬ユリアを見たが、すぐに頷いた。本陣で指揮を執るべきだと、自ら判断したのだろう。


「ああ。前軍は任せました!」

「ええ。護衛中隊ついてこい! フィリオ隊はこの場の防衛を!」

「ハッ」


 ユリアが駆け出そうとしたその時、空からバフラームが慌てた様子で舞い降りてきた。


「ユリア殿、南部方面軍からは『無事が確認できて安堵した。化け物を討伐する故、巻き添えにならぬよう注意を』と!」

「こちらがいると確認した上でこの攻撃を!? 一歩間違えれば大惨事だったわ!」


 魔導弾による支援射撃を味方の至近距離に撃ち込むなど、通常ありえない。照準が少しでも狂えば、ラシド隊が直撃を受けていた。


「すまない、返事をもらって急いで戻ったのだが、飛び立ってすぐに攻撃が始まってしまった」

「巻き添えにならなくてよかったわ。すぐにそれを本陣のセヴェルス殿に伝えて。私は前軍へ急ぐわ」

「あ、ああ。承知した!」


 本陣へ向かって飛び立つバフラームを後目に、ユリアは駆け出した。護衛兵たちが慌ただしくその後に続く。一ケイミルにも満たない道のりだったが、駆け抜ける間にも峠からは騎兵が斜面を駆け下り始めたようで、土煙に混じって馬の嘶きが風に乗って届いてくる。

 前軍のラシドの元へと急ぐと、彼の怒声が山道に響いていた。


「各隊の隊長は兵を早く落ち着かせろ! 攻撃は当たっていない!」

「ラシド殿!」

「ユリア殿か。この攻撃はなんなんだ! 南部方面軍なのか!?」


 怒号混じりに問い詰めてくるラシドへ、ユリアは手短に答えた。


「南部方面軍から返信です。巻き添えにならぬよう注意と」

「せめて返信が届いてから攻撃しろ! くそが!」


 ラシドが吐き捨てるように言った。怒りはもっともだ。魔導弾で敵を崩してから騎兵で突入するのは帝国軍の定石だが、今回は味方の頭越しに撃ち込んできたのだ。


「その定石通り、峠から騎兵が突っ込んできます。部隊が固まっていないと巻き添えになりますよ」

「味方の目の前にぶつけてくる以外は定石通りってわけか! 上等だ!」


 怒りを無理やり闘志に変換し、ラシドは自身の得物を握り直す。


「前線の再構築を手伝います」

「ああ、すまん! 右軍の前衛を頼む! あそこが一番開けているからな。騎兵が通るならそこだ!」

「わかったわ」


 ユリアは即座に踵を返し、右軍の前衛へと向かった。

 右軍は混迷していた。近接兵たちが隊列を保ちながらゾンビを抑えているそのすぐ奥に魔導弾が着弾し、爆発が連続して起こっている。爆風で吹き飛んだゾンビが近接兵を越えて銃兵のすぐそばへ叩きつけられる。銃剣でとどめを刺すたびに斉射に穴が空き、その間隙をついたゾンビが前衛をすり抜けかける。続けざまの射撃でどうにか食い止めてはいるものの、もはや統制射撃など望める状況ではなかった。


「護衛兵、銃兵たちを守れ!」


 ユリアの号令で護衛兵たちが銃兵の隊列へと割り込み、前衛を抜けてきたゾンビを素早く始末していく。


「銃兵、落ち着きなさい! 私の護衛兵があなたたちを守るわ。目の前に集中して!」


 護衛兵たちがゾンビを次々と始末するにつれ、銃兵たちが少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「まだ安心するのは早いわよ! 味方の騎兵が突入してくるわ。覚悟させなさい!」

「騎兵が!?」


 遠くから地響きが聞こえ始めた。山全体が揺れるような重低音だった。


「早く!」

「ちゅ、中隊、衝撃に備えろ! 味方の騎兵が来るぞ!」


 その声を聞いた兵たちが反射的に盾を構え、銃撃を止めて腰を落とした。

 その直後、ゾンビの群れが揺れた。

 部隊の左奥、まだ燃え盛る魔法の火柱の向こう側から轟音が響いたかと思うと、ばらばらになったゾンビの体が炎を突き抜けて四方へと飛び散った。火の粉と黒煙をまとった肉片が頭上に降り注ぎ、群れが後ろから次々と将棋倒しになっていく。鈍い衝撃音と馬の嘶き、そしてそれらを塗りつぶすほどの鬨の声が一帯を支配した。

 向こう側が見えないほどひしめいていたゾンビの群れは、その多くが一瞬にしてなぎ倒された。黒煙が晴れた先では、数えきれないほどの騎兵が右側面へと駆け抜けていくのが見えた。


(これが南部方面軍……! いけない、この機を逃すわけにはいかないわ!)


「この機を逃すな! 敵にとどめを刺せ! 全て討ち果たせ!」

「お、応!」

「腑抜けた返事をするな!」


 ユリアが一喝すると、「応!」という声が今度は力強く返ってきた。我に返った兵士たちが一気に前へと突撃をかけた。倒れたゾンビに剣を突き立て、起き上がろうとしているその背に鉛玉を叩きつけていく。

 鬨の声が次第に遠ざかり、山道に残るのは焦げた臭いと兵たちの荒い息遣いだけになった。ユリアは周囲を見渡し、戦闘の終息を確認した。視線を上げると、晴れ始めた黒煙の向こうに南部方面軍の軍旗がはためいているのが見えた。


【帝国紀元1799年12月18日 18:00】

【マスヤフ山麓・ラティア軍本陣天幕】


 戦闘の残り香が漂う中、南部方面軍総司令クレメンス・ヴァルタス大将から会談のために訪問したいとの連絡があり、ユリア、セヴェルス、ラシドの三人は急遽本陣の天幕に集まった。三人が席に着くのを待っていたかのように、クレメンス大将が天幕を訪れた。


「皆さまと合流できたこと、このクレメンス、大変嬉しく思います」

「ここまで来ていただけるとは、光栄です。クレメンス大将」


 セヴェルスが歩み出て握手を交わした。


「我々は領内を掃討してアミアへ向かう予定だったのですが……アミアはどうなりましたか?」

「ここより南と東は南部方面軍が解放しております。もちろんアミアもです」


 事もなげに語るクレメンスに、セヴェルスは感嘆の声を漏らした。


「それはよかった。南部方面軍にはラティア包囲下での補給を始め、多くの支援をいただき感謝の念が絶えません」

「当然のことをしたまでです」


 クレメンスが静かに首を振った。


「閣下はこの後どういう予定で?」

「そうですね……目的地だったラティアは解放されたようですが、一度情報交換も行いたいですし、ラティアを訪問させていただけないでしょうか?」

「そういうことでしたら、すぐに父へ早馬を出しましょう」

「ありがとうございます」


 和やかな空気が流れる中、ラシドが静かに、しかし刺々しい口調で口を開いた。


「閣下、先ほどの戦闘……いくらなんでも無謀すぎませんか?」

「ラシド、やめるんだ」


 セヴェルスが制したが、クレメンスは手を上げて静かに遮った。


「いえいえ。お怒りもごもっともです。ただ、我々は被害を少なくするためにもっとも効率的な方法をとったのです。実際に誤射などは起こっていないはずです」

「それはそうかもしれませんが!」

「私とて無暗に驚かすつもりなどなかったのです。ただ、あの瞬間に突撃を仕掛けることが最適だった。それはご理解いただきたい」


 クレメンスの口調は穏やかだったが、その言葉には一切の揺らぎがなかった。反論を許さないというわけではなく、ただ事実として述べているだけだという静けさがあった。


「ラシド、そこまでだ。閣下の言われる通り、実際に被害はなく結果は出ているのだから」

「ハッ……失礼いたしました」


 ラシドが渋々といった体で頭を下げた。クレメンスはそれを見て小さく頷いてから、ふとユリアの方へ視線を向けた。


「こちらのお嬢さんは? 見たところ東部の方のようですが……」

「お初にお目にかかります。カラディン軍所属のユリア・コニシ。大隊長を拝命しております。現在は東部方面軍としてこちらまで任務のため参りました」

「ほう。カラディン辺境伯の。それに東部方面軍ときましたか」


 クレメンスの目が僅かに細くなった。


「閣下は東部の情勢をご存じで?」

「残念ながら。この混乱が始まって以降、北側の部隊とは連絡が取れず、唯一の窓口だったラティアが包囲されてからは管区の南半分しか掌握できていませんでした」


 クレメンスは淡々と語りながら、ユリアの言葉を待つように視線を促す。


「左様でしたか。現在東部は諸侯と東部方面軍が共同でこのゾンビ災禍を乗り越えようと連合軍を結成して帝国領の解放を行っております。我々もエルズリウムを奪還して、最近ようやくディアグラ、ウルファリア、ビレクトゥス、ガゼリウム、ラティアと連絡線をつなげられたところです」

「エルズリウムを奪還……ですか。やはり帝都やアスミノールのように……」


 クレメンスが言葉を途切らせた。その表情には、確認したくなかった事実を突きつけられたような翳りがあった。


(ビレクトゥスという名を聞いても表情ひとつ変えなかったわね……この人物、侮れないわ)


「街は三月以降、不死者……ゾンビに占領されていました」

「そうですか。しかし、東部も反撃に転じているというのは朗報です。南部方面軍だけでこの難局を乗り切るのは厳しいと思っていたところです。東部とは連絡が取れると考えていいのですよね?」


 声色に僅かな期待を滲ませるクレメンスに、ユリアは頷いた。


「はい。そろそろ東部方面軍のセルギウス師団長もラティアに到着する頃だと思われます」

「なおさらラティアに行かなければいけないようですな」


 クレメンスが口元に僅かに笑みを浮かべた。


「閣下と共に戦えることを感謝致します」


(底は見えない……でも、正規軍として動いている以上は今は同じ方向を向いているはず)


 ラティアの解放、そして南部方面軍との合流。少しずつではあるが、確かに前へ進んでいる。まだ先は長い。それでも、ユリアの傍らには確かに多くの味方がいた。


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