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終末の血族  作者: 天津千里
10章:蒼海へと至る道
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第80話 蒼海へと至る道VIII

【帝国紀元1799年12月18日 10:00】

【ラティア伯爵領・マスヤフ山麓】


 ラティアを出発した連合軍は、南に延びる街道を進みながら途中の街や村に残るゾンビを次々と掃討した。主要街道沿いの建物は尽く破壊され、無残な姿をさらしていた。しかしひとたび街道を外れると、多くの村々が健在であることが分かった。

 ラティアの解囲を知った人々は、連合軍を歓呼の声で迎えた。

 そうしてラティア南の要衝バニアを解放した連合軍は、そこからアミア領へと向かい、国境のマスヤフ山を前にして、峠に多くのゾンビが留まっているのを発見した。


「ユリア殿、マスヤフ山の敵はどうだ?」


 ラシドが険しい表情で問いかけた。


「上空からの偵察ではおよそ二千。ただし視界が悪く、相当数が把握できていないと思われるわ」

「だろうな……霧までかかってやがるからな」


 ラシドが舌打ちでもしそうな顔で山を睨んだ。


「しかし、これまでは人のいる場所に留まっている傾向がありましたが、なぜこの峠に?」


 セヴェルスが腕を組みながら首を傾けた。


「アルデリス領でも同様の例がありましたが、一部のゾンビは戦略上の要衝を意識した動きをすることがあります」

「はー、人間みたいな動きをするわけか。東部ではどう考えているんだ?」

「一部に知性があり、指揮をとっているという前提で動いています。戦略、戦術問わずです」


 ユリアの言葉に、セヴェルスが眉をひそめた。


「これもその一環である、と?」

「その可能性は高いかと。この峠には城塞や村落などがあったりしますか?」

「いいえ。領境の小さな砦があるだけです」

「なら峠を防衛するよう命令されていると考えても良さそうだな。そう考えないとこの数は異常だ」


 ラシドが腕を組んだ。


「今、斥候を間道などに出して伏兵を探しています。遠からず結果が分かるでしょう」


(おそらく山中には敵はいない……けど、公にできる根拠がない以上、斥候の結果次第ね)


「ユリア殿の部隊は偵察部隊が充実していますね……」


 感心したようにセヴェルスが周囲を見渡した。


「普通はこんな編制見ないぞ。どんだけいるんだ」


 ラシドが半ば呆れたように言うと、ユリアは小さく肩をすくめた。


「情報は多いほうがいいでしょう?」

「それはそうだが……」


 ラシドが言葉を続けようとしたところで、セヴェルスが改めて問いかけた。


「これは我が軍でも編制できるのでしょうか?」

「軽騎兵は問題なく編制できるでしょうが、鳥人は分かりませんね。彼らはあまりまとまった傭兵団をつくりませんので」

「そうですか。中々珍しいものを見せてもらえてるというわけですね」


 そこへフィリオが足早に近づいてきた。


「失礼。間道を偵察にいった斥候からの報告がまとまりましたので」

「待っていたわ」

「間道には複数の敵集団がいましたが、いずれも百から二百程度の少数。特に伏兵や防衛施設などはありませんでした」

「その程度か。中隊を振り分ければ十分だな」


 ラシドが即座に判断を下した。フィリオが続ける。


「主要道も同様に、集団の規模は千程度と大きいですが伏兵などはありません。集団から一部離れて峠に向かう群れも確認されています」


 セヴェルスが眉をひそめた。


「峠へ?」

「はい。敵集団が構えている先でしたので、詳細は不明です」

「分かったわ。ありがとう」

「いえ。それでは、続報が入り次第報告に上がります」


 フィリオが踵を返して去っていった。それを見送りながら、ラシドが顎に手を当てる。


「峠に何か守らないといけないものがあるのか、それとも偶然か」

「何もないところで待っていることを考えると、峠に移動するのも意図があるように思えますが……」


 地図を覗き込みながらセヴェルスが言うと、ユリアが頷いた。


「仮に戦力を集中させているとしても、この機に道中の敵を撃破しておくべきではないでしょうか」

「違いないな。少数ならともかく、大部隊の移動なら早期に発見できるんだろ?」

「はい。バフラームに峠を重点的に見張るよう指示を出しておきます」

「わかりました。攻撃を開始しましょう」


 セヴェルスが力強く頷く。


「よし来た。主要道は俺が行きましょう。防戦ばかりでは体がなまってしまいますからね」


 ラシドが軽く肩を回しながら笑うと、セヴェルスが呆れたように首を傾げた。


「そうですか? ラティアでも毎日楽しそうでしたが」

「狙撃は十分楽しみましたので。さすがに飽きがくるというもんですよ」

「そういうものですか……」

「坊ちゃんも趣味が増えたら分かりますよ。今度ラティアの別の顔でも見に行きましょう! では!」


 ラシドが片目をつぶって去っていった。号令もなく自然に隊列が動き始め、ラシドの部隊が主要道へと流れていく。その動きの淀みなさに、ユリアは無言で目を細めた。口は悪いが、指揮官としての腕は確かなようだ。


「またそういうことを……」


 セヴェルスが苦笑混じりに呟いた。


「彼はいつもあんな感じですか?」

「普段は抑えているのですが……まあ……」


 言葉を濁すセヴェルスの表情には、苦笑と諦めが入り交じっていた。


「はあ……なるほど」


 ラシドの部隊が出撃して少しすると、セヴェルス率いる本隊も主要道への進撃を開始した。陣地の跡地では折りたたまれた天幕が補給部隊の荷車に積み込まれ、補給兵たちが慌ただしく片付けをしていた。それを背に隊列を整えた兵たちが列をなしてマスヤフ山へと進んでいく。前方からは銃撃音と爆発音が山々にこだまして聞こえてきていた。

 セヴェルスの本隊とともに進むユリアの元へ、魔導感知器を抱えたセリーヌが血相を変えて駆け寄ってきた。


「ユリア隊長、峠の方で大量の魔力反応が……」


 息を弾ませる彼女の横から、感知器の円盤を覗き込んだリオフェルが勢いよく身を乗り出す。


「おお、これは魔法兵の攻撃か!? 輝点が多すぎて数えられん!」

「先生! 静かにしてください!」

「いいデータがとれておるんじゃ! 隊長殿も許してくれる!」


 興奮して声を上げる師匠を慌てて押し退け、セリーヌがユリアに向き直った。


「……峠で戦闘が発生しているのかもしれません。こんな濃い輝点は初めて見ました。警戒を」

「ええ、わかったわ。……リオフェルの手綱はよろしくね」

「えっ」


 ユリアが苦笑交じりに頼むと、セリーヌは引きつった顔で頷いた。


「ど、努力します……」

「ありがとう。引き続きお願いね」


 セリーヌが思わずリオフェルの方へ振り向くと、リオフェルはすでに手元の紙へ何かを熱心に書き込んでいた。こちらの視線にも気づかず没頭しているその姿に、セリーヌは小さくため息をつく。

 そこへ上空からバフラームが舞い降りてきた。


「ユリア殿。峠で複数の爆発と近接兵の突入を確認。軍旗は南部方面軍だ」

「南部方面軍……ビレクトゥスの賊軍が名乗っていたのも南部方面軍だったわね」


(敵か味方か、それとも別の何かか。峠で戦っているということは少なくとも今は同じ方向を向いているはずだけど……)


「接触を試みるか?」

「東部方面軍の名では摩擦が生じかねないわ。セヴェルス殿に一筆いただいてくるわ」

「承知した」


 ユリアはバフラームを連れてセヴェルスの元へ急いだ。ちょうどラシドも戻ってきていた。


「峠の方が妙な雰囲気になってきたので一旦戻った。判断を仰ごうと思って……ユリア殿も来たのか」

「ラシド殿、前線はよろしいので?」

「ああ、いくつかの群れは殲滅したが……残りの連中が、まるで何かに引き寄せられるように峠へ向かっている。あいつらに逃げるなんて発想があるのか判断を仰ごうと思ってな」

「そのような姿は今まで見たことありませんが……」


 ユリアが首を傾げると、セヴェルスが問いかけてきた。


「ということは、ユリア殿の索敵にも何か異変が?」

「ええ。峠で大規模な戦闘を確認しました。どうも南部方面軍が戦っているようです」

「南部方面軍が!? それはよかった」


 ラシドが怪訝そうにユリアの顔を覗き込んだ。


「なんだ、味方の到着なのに浮かない顔だな」

「いえ。南部方面軍とはビレクトゥスでひと悶着あったので……」


 言葉を濁したユリアに、セヴェルスが不思議そうに首を傾げる。


「ビレクトゥス? だいぶ北の街ですね。なぜそんなところで?」

「街を不法に占領していまして。捕らえた部隊長が、南部方面軍からの密命で動いていると主張していたのです」

「街を占領する密命だぁ?」


 ラシドが大仰に眉を上げると、セヴェルスもまた困惑した表情を見せた。


「にわかには信じがたいですが……」

「たしかに南部方面軍はきな臭い噂はあるが……こんな情勢のときに変なことをするか?」


 腕を組み、ラシドが忌々しげに吐き捨てる。


「そう思います。なので私としても判断がつきかねるのです。しかし、まずは接触が必要だと思うので、セヴェルス殿から一筆いただこうかと」

「なるほど、たしかに東部方面軍の名では問題になりかねませんね。わかりました。すぐに一筆したためましょう」


 セヴェルスが懐から紙を取り出し、その場で手早く書き付けると、ユリアへと差し出した。


「ありがとうございます」

「念のため、俺も前線に戻ろう」

「わかりました」


 ラシドが素早く踵を返すのを見届けてから、ユリアはバフラームに書状を手渡した。バフラームは力強く頷き、大きく翼を広げて青白い霧の中へと飛び立っていった。


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