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終末の血族  作者: 天津千里
10章:蒼海へと至る道
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第79話 蒼海へと至る道VII

【帝国紀元1799年12月12日 10:00】

【ラティア城館会議室】



 昨夜の宴の余韻がまだ街に漂う中、連合軍の将とラティア家の面々は城館の会議室へと集まった。



「お集まりいただき感謝します。改めて現状についての情報を交換していこうかと思います」



 マルケルスが一同を見渡してから口を開いた。



「まず、ラティアの状況から。昨日の戦闘によっておよそ一か月に及ぶ包囲から解放され、これから都市機能の回復に努めて参ります。ただ、領軍はおよそ三割の被害を出しており、領民の被害も総数は不明です。領東部との連絡もまだ回復しておらず、ラティア周辺に残党がいる可能性も否定できません」



 一息ついてから、マルケルスが言葉を続ける。



「一方で、南方艦隊および徴用商船による補給は滞りなく行われていたため、物資に関しては潤沢に準備してあります。現在、皆様方へ順次補給を行っているところです」

「ありがたい話ですが、住民への物資の供給については問題ないのですか?」



 テレンティウスが確認するように問うと、マルケルスは静かに頷いた。



「もちろんです。配給体制、市場の価格統制等万事滞りなく終わっております」

「それを聞いて安心しました」



 テレンティウスが安堵の息を吐いたのを受け、リディアが手元の書類に目を落とす。



「私からは連合軍の状況を。まだ集計は終わっておりませんので概算での報告になります」



 書類をめくり、彼女は淡々と数字を告げた。



「クルキア、ラティアと続いた戦闘で、当初一万一千いた兵力は現在六千を割っております。内訳としては守備隊としてクルキアに二千、負傷兵二千強……これは戦線復帰不能も含みます。戦死千弱……やはり、ゾンビとの戦闘は戦死率が非常に高くなりますね……」



 読み上げるリディアの声が、最後の一言だけわずかに沈んだ。誰も言葉を継がず、室内に短い沈黙が広がる。



「大規模な会戦はできないな」



 テレンティウスが腕を組んだ。



「ラティア伯、負傷兵の治療場所をしばしの間お借りしてもいいでしょうか?」

「当然のことです。医療品も滞りなく届けましょう」

「かたじけない」



 マルケルスがわずかに表情を曇らせてから、再び口を開いた。



「申し訳ないのですが、一つお願いがございます。領内の回復のために反攻を行いたく、その支援をいただけないでしょうか」

「たしかにそれは急を要しますね。リディア殿、今動ける部隊は?」



 テレンティウスの問いに、リディアが書類を繰る。



「比較的被害が軽い大隊が二つほど」

「二大隊か。片方は予備として置いておくとして、一大隊を出そう」

「わかりました。それと、支援ということでしたらユリアの部隊を一部借りるのはどうでしょうか? 被害が大きいので大隊丸ごとというわけにはいきませんが……」



 リディアの提案を受け、テレンティウスがユリアへと視線を向けた。



「偵察部隊か……たしかにあの存在は大きいな。ユリア殿、どうだろうか?」

「分かりました。ただ、戦闘での活躍は期待しないでいただきたい。動かせるのは二個中隊が限度です」

「ああ、それで十分だ」



 テレンティウスがマルケルスに向き直る。



「ラティア伯、一個大隊と二個中隊、およそ千五百程なら動かせそうですが」

「ありがたい。早急に部隊を編制します。指揮官は我が嫡男のセヴェルスを。ユリア殿には本陣に入っていただき、セヴェルスへの指導をお願いしたく」

「私で良ければ」

「ありがとうございます、ユリア殿」

「よろしくお願いします」



 セヴェルスが深く頭を下げる。



「現在までの領東部の情報はないのですか?」



 テレンティウスの問いに、マルケルスの表情がわずかに曇った。



「ラティアが包囲されたのが十一月初旬。その時点では領東部および南部は平穏でしたが、アスミノールは陥落し、隣領のアミア伯爵領がその圧力を受けている状況でした……。我が領も物資を供給していたのですが、包囲されてからはそれも……」

「では、アミアの無事を確認する必要もありそうですね……」



 リディアが静かに言葉を継ぐ。



「そうしていただけると。アミアと交流のある市民も多く、心配している者も多くいると思われます」



 マルケルスの言葉を受け、テレンティウスが慎重に口を開いた。



「分かりました。しかし、あくまで確認までで、それ以上の軍事行動は控えることにさせていただきたい」

「目の前の都市が包囲されていてもですか?」



 セヴェルスが思わず身を乗り出す。



「はい。すでに私たちの軍はかなりの損害を受けており、これ以上の損害は許容できません」

「しかし、それでは無辜の民が!」

「セヴェルス、控えなさい」



 マルケルスが低い声で制した。テレンティウスは静かにセヴェルスへと視線を向ける。



「我が軍の兵も、私の愛する民です。その者たちを、より多くの帝国の民を救うために戦わせているのです。どうかご理解ください」

「……失礼しました」

「愚息が失礼を。……まだ若いもので」



 マルケルスが静かに頭を下げると、テレンティウスが穏やかに首を振った。



「こちらこそ失礼を。セヴェルス殿の民を愛する心は伝わりました。我々も無策でいるわけではありません。できる限り多くの民を救えるよう努力しましょう」

「ありがとうございます……」



 セヴェルスはただ小さく頭を下げた。その目が、言葉より雄弁に感謝を伝えている。

 リディアが場を引き取るように声を上げた。



「では、少しでも多くの民を救えるよう、私たちも再編を急ぎましょう」

「そうしよう。ユリア殿、よろしく頼む」

「ハッ」



 マルケルスが一同を見渡し、深く頭を下げる。



「皆さま方、どうか、よろしくお願いします」





【帝国紀元1799年12月13日 13:00】

【ラティア郊外・ラティア軍宿営地】


 宿営地へと向かう道すがら、バフラームが落ち着かない様子で問いかけてきた。


「ユリア殿、本当に私が出席していいのか?」

「当然でしょう。あなたの翼が見込まれて、ラティア軍への支援部隊に入ったのだから」

「しかし、傭兵の鳥人が貴族の参加する軍議に出るなど……」

「実務担当者を外してどうするのよ。大丈夫よ、あくまで貴族本人じゃないんだから」

「ううむ、しかし……」


 バフラームがなおも渋る様子を見せると、ユリアは足を止めた。


「胸を張りなさい。それだけの実績があるんだから」


 そう言い切ると、ユリアは再び歩き出した。宿営地の入り口が目の前に迫っている。


「ようこそおいでくださいました! セヴェルス様が中でお待ちです!」


 護衛兵の案内で二人は宿営地の会議室へと入った。


「お待ちしておりました、ユリア殿。……後ろの方は?」


 セヴェルスの視線がバフラームへと向いた。


「私の信頼する偵察部隊長です。今日はより詳細に予定を詰める必要があるかと思い、実務担当者として連れて参りました。鳥人傭兵でダムール族の族長でもあるバフラームです」

「バフラーム・シル・ダムールと申します」


 バフラームが静かに一礼した。

 セヴェルスは驚いたように目を丸くする。


「左様でしたか……まさか鳥人とは」

「驚かせてしまい申し訳ございません。何分私もこの世界の常識には疎く……作戦の成功を第一に考えて連れて参りましたが……同席させてもよろしいでしょうか?」

「セヴェルス様。ここには貴族の体裁を気にするものなどおりません。ユリア殿が作戦の成功をと言われているのです。どうか許可を」


 室内に控えていた一人の壮年の男が、静かに割って入った。その落ち着いた物腰には、長年の経験が滲んでいる。


(なるほど、あまり貴族が多いところには連れて行かないほうがいいわね)


「そうだな、ラシド殿。貴殿の言う通りだ。バフラーム殿、ぜひ知恵を貸して欲しい」

「もちろんだ」


 バフラームが力強く頷いた。


「ありがとうございます」


 ユリアは小さく息を吐き、頭を下げた。


「それで、信頼されている偵察部隊長さんとやらは、なにができるんだ?」


 ラシドが興味深そうにバフラームを見る。


「それではこれを。昨日調べたこの周囲の地形図と部隊配置だ。地名は分からないため記号のみになるが」


 バフラームが地図を広げると、室内がしんと静まった。


「こ、これは……」


 セヴェルスが思わず声を上げる。ラシドはそれには答えず、「ほーう……」と低く呟きながら地図に顔を近づけた。


「この配置はどうなのかしら? セヴェルス殿?」


 ユリアが地図の一点を指さすと、セヴェルスが険しい表情で答えた。


「……街も村もこの通りです……」

「ハッファ、バニアの赤駒はなんだ?」


 ラシドの問いにバフラームが地図を指差す。


「北東街道と南街道のこれか。これはどちらもゾンビと思われる群衆を発見した場所だ。どちらも大群ではないが……」


 セヴェルスが地図を覗き込みながら表情を曇らせた。


「それは……どちらも侵攻路上です。包囲に増援が来たときに覚悟はしていましたが……」

「この東側の街は生存しているのよね?」


 ユリアがバフラームに確認すると、バフラームが頷いた。


「ああ。そちらは人間がいることは間違いない」

「カルダーハだな。その周囲も大半が黒駒ということは……」


 ラシドが顎に手を当てると、バフラームが静かに答えた。


「そこら一帯は無事だ」

「それはよかった……」


 セヴェルスが小さく息を吐いた。バフラームの地図が示す情報の精度に、室内の誰もが改めて目を見張っている。


「セヴェルス様、この者の力は間違いありません。この者の情報を元に東を解放しましょう」


 ラシドが力強く言い切ると、セヴェルスの表情が引き締まった。


「そうしましょう。これならば何とかなりそうです」

「部隊はどれくらい準備できそうなのですか?」


 ユリアが確認するように問うと、ラシドが答えた。


「セヴェルス様指揮の大隊が一つ、俺が指揮する大隊が一つで計二個だ。そちらからの支援部隊と合わせて、実戦部隊が三大隊になる」

「総勢五千ほどですか。十分な戦力ですね」

「ええ。まずは南のバニアの敵軍を一掃。それから東に向かい、マスヤフ峠を越えてアミア伯爵領の情報を集めましょう」


 セヴェルスが地図を指でなぞりながら言うと、ラシドが力強く頷いた。


「ハッ」







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