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終末の血族  作者: 天津千里
10章:蒼海へと至る道
78/95

第78話 蒼海へと至る道VI

【帝国紀元1799年12月11日 19:00】

【ラティア城館応接室】


 ラティアの街が陽気な音楽に包まれている中、ユリアたちはラティアの主の城館へと招待されていた。

案内された応接室には異国風の調度品が品よく並べられていた。どこか南方を思わせる色鮮やかな織物、見慣れない意匠の燭台が柔らかな明かりを灯し、窓の外から時折差し込む花火の光が室内を鮮やかに染める。戦場の喧騒が嘘のような静けさがそこにはあった。

 調度品の並ぶ奥に、ラティア伯一家が静かに立っていた。


「救援感謝致します。アルデリス伯」


 中央に立つ線の細い壮年の男が深くお辞儀をすると、隣に立つ奥方と、その後ろに控えた姉弟がそれに続いた。


「無事にお会いできて嬉しく思います。ラティア伯」


 テレンティウスが手を差し出し、二人は固く握手を交わす。


「しかし、伯の領地からはかなり距離がありますが、どうしてラティアに?」

「東部方面軍と東部諸侯で連合を組んで今回の災厄に対応しておりまして、ガゼリウム侯の要請でここまで来たのですよ」

「おお、ガゼリウムは無事でしたか! よかった……これは失礼を。こちらのお二人は?」

「ああ、これは紹介が遅れました。こちら、カラディン辺境伯のご息女、リディア・カラディン殿です」

「お初にお目にかかります、ラティア伯」


 リディアが静かに一礼した。


「カラディン家の……! お会いできて光栄です」

「そして、こちらがカラディン家の客将のユリア・コニシ殿です」


 ユリアが深くお辞儀をする。


「客将……ですか? どこの方ですか?」

「どこ……と言われると……彼女は異界人なのですよ」


 マルケルスの口元から笑みが消えた。


「異界人!? ……本当なのですか……? いえ、伯を疑うわけではありませんが……帝国存亡の危機に現れた異界人の女性。その意味を、お二人がご存じないはずはありますまい」

「もちろんですとも。我々はそういうつもりです」

「左様ですか……」


 沈黙が続くラティア伯の傍らで、奥方が静かに一歩前へ出た。


「あなた、こんな素晴らしいお客様をお待たせするものではありませんわ。ご紹介をお願いできる? 私からもお礼を申し上げたくて」

「あ、ああ、そうだったな、すまない。改めて紹介させてください。妻のコルネリア。奥に控えるのは我が子のクラリッサ、セヴェルスの姉弟です」


 二十代半ばほどの金髪の女性が静かに礼をする。その隣では、十六歳ほどの優しげな青年が深く頭を下げた。


「アルデリス伯、ラティアを救っていただきありがとうございます。街の市民を代表してお礼を言わせていただきますわ」

「ラティアの宝石を救えたこと、わが身の誇りと致します」

「リディア様も、ご武名は風の便りで聞いております。本来であれば盛大に歓待したいところなのですけれど……生憎準備ができておらず、申し訳ない限りでございます」

「いえ、軍務ですのでお気遣いなく。兵たちを宴に参加させていただいただけでもありがたい歓待だと思っています。兵に代わって礼を申し上げます」

「街を救ってくれた英雄たちですもの。当然のことですわ」


 コルネリアの柔らかな笑みの奥で、その目が一瞬だけ値踏みするようにユリアを見た。


「それで、このお嬢さんが異界人さん?」

「ハッ、ユリアと申します。お見知りおきを、奥様」


 ユリアが改まって答えると、コルネリアは楽しそうに首を傾けた。


「あらあらまぁ、ご丁寧に……でも、そんなに硬くならなくていいのよ?」


 コルネリアの言葉にユリアは少し困ったように答えた。


「いえ、これでも大隊長の任についておりますので……」


 コルネリアが柔らかく微笑んだ。


「あの丘陵にいたのはあなたでしょう? 遠くから見ていました。小さな英雄さんに、私からお礼の品を贈りたいのだけど、受け取っていただけるかしら?」


 ユリアがリディアに助けを求めるように視線を向けるが、リディアは静かに頷くだけだった。ユリアは一瞬だけ言葉に詰まってから、「……ありがとうございます」と静かに頭を下げた。

 コルネリアは自分の首から真珠のついたネックレスを外すと、ユリアにそっとはめた。


「あとでちゃんとした品を届けますから、今はそれで我慢してちょうだいな」

「光栄です、奥様」

「奥様、ユリアも突然のことで戸惑っているようです」


 リディアが苦笑交じりに口を挟んだ。


「あら失礼。ではきちんと時を改めますわ。でもそうね……何も渡さずに異界人を帰したなんて言われるとラティアの名折れ……何かお礼をさせてくださいな」


 コルネリアは扇を口元に当てるような仕草で、しばし考え込んだ。


「そういえば、ユリア様はカラディン家の客将だとか……商人の相手をするのに慣れている家臣などがいたほうが良いかもしれませんね。カラディン家の前で武人を貸すのは中々厳しいものがありますが、ラティア家は港湾都市の主です。商人の相手をするならば帝国でも指折りの者を揃えられます。その者をお貸ししましょう。きっとお役に立てるはずです」

「あら、お母さま。それならば、私がユリア様にお仕えしましょう」


 その言葉が終わらぬうちに、室内の空気が一変した。


「は……?」

「姉上!? どうしたのですか、急に!」


 クラリッサの言葉に、マルケルスとセヴェルスが同時に声を上げた。


「ク、クラリッサ?」


コルネリアも予想外だったのか、余裕ある表情がほんの一瞬だけ揺らいだ。


「私、これでもラティアで指折りの内政官という自負があります。きっとユリア様のお役に立てますわ」

「姉上がラティア一の内政官というのは幼子ですら知っています! ですが!」


 セヴェルスが言葉を続けようとするが、クラリッサはそれを穏やかな眼差しで受け流した。


「その、私は貴族の身でもないので、伯爵家の令嬢に仕えられるような立場ではないのですが……」


 ユリアが口を挟むと、クラリッサは静かに首を振った。


「立場なんて……異界人というだけで十分です。それに、カラディン家の方も、ラティア伯家の一族の者が仕えていたほうが都合がいいと思いますわ。ですよね、リディア様?」

「た、たしかにラティア家が当家の客将を支援してくれるというのは願ってもない話ですが……」


リディアの声に困惑が滲んだ。


(……これは……断るには出された手札が強すぎる……)


「しかし、今はまだ軍務の途中です! ご令嬢が同行するには負担が……」


 テレンティウスが眉をひそめると、マルケルスも続けた。


「そうだぞ、クラリッサ! 軍務の邪魔をすべきではない!」


 クラリッサは涼しい顔で答えた。


「あら、部隊の中に鳥人の子供たちもいたみたいですが……」

「……ええ。保護した鳥人の家族が同行しています」


(よく見ているわね……!)


「でしょう? お邪魔はしませんから。どうか同行を許していただけませんか?」


 リディアに視線を向けても、返ってくるのは力ない首振りだけだった。


「……わかりました。お力を貸していただきたく」

「ありがとうございます。ユリア様」

「あ、姉上……」


 セヴェルスが縋るような声を出した。


「セヴェルス、これが皆にとっての最良なのよ。ラティア伯家にとってもね」

「別に姉上でなくとも、ラティアには役目を果たせる優秀な者が多くおります!」

「私が行くからこそ、よ」


 その短い一言には、これ以上の議論を許さない静かな重みがあった。


「ここラティアからでも力になれることは多いのだから、わざわざ直接軍務につくこともないだろう?」


 マルケルスがなおも食い下がる。


「あなた、クラリッサが決めたのだから背中を押してあげなさいな」

「母上?」


 セヴェルスが戸惑いの目を向けた。


「あなたも分かるでしょう。たしかに最良だと」


 マルケルスは口を開きかけ、また閉じた。しばらくの沈黙の後、深く息を吐く。


「……わかった。クラリッサ、ユリア殿のお役に立つのだぞ」

「はい、必ずや」

「ユリア殿、クラリッサをよろしく頼みます」

「ハッ」

「……ユリア殿」


 セヴェルスが一歩前に出た。その声には、まだ納得しきれない想いと、それでも姉の決断を受け入れようとする葛藤が滲んでいた。


「姉上のこと、よろしくお願いします」


 ユリアはセヴェルスをまっすぐに見つめ、静かに、しかし力を込めて答えた。


「ええ。ラティア家の皆さまの信頼に応えるよう、全力を尽くすわ」


 そのとき、窓の外で花火が一際高く打ち上がった。鮮やかな光が応接室に流れ込み、その場にいる全員の顔を一瞬だけ照らし出した。





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