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終末の血族  作者: 天津千里
10章:蒼海へと至る道
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第77話 蒼海へと至る道V

【帝国紀元1799年12月11日 8:30】

【ラティア近郊】


 ユリアたちが接敵するより早く、西側では連合軍が戦端を開いていた。

 魔導銃の鋭く弾ける爆発音、銃兵の斉射が空気を震わせる轟音、そして海上からの一斉射撃が遠雷のように地面を伝って響いてくる。硝煙の匂いはまだここまでは届かないが、遠い戦場の熱がじりじりと迫ってくるようだった。その音を上書きするかのように、兵士たちの鬨の声や悲鳴が波のように流れてくる。

 ユリアの周囲にいる兵士たちも、戦闘音を聞きながら徐々に迫ってくる正面の敵を見つめている。握り締めた得物の柄に力が入り、隣の兵士と無言で目を合わせる者もいた。


「味方は始めたみたいね。こちらも始めましょうか……魔導部隊、攻撃開始!」


 ユリアの合図とともに後方から魔導銃の射撃音が響き、頭上を何十発もの魔導弾が鋭い唸りをあげて飛んでいった。着弾の瞬間、火柱がいくつも立ち上った。焦げた土と肉の匂いを含んだ煙が、風に乗って流れていく。ゾンビの群れが火を避けるように乱れた。


(やはりエルズリウムの時と比べるとどうしても火力が足りないわね)


 何度も叩きつけられる炎を物ともせず、黒い波が迫ってくる。地面を踏みしめる無数の足音が、低い振動となって斜面の底から這い上がってきた。両側面からは銃兵たちの斉射が始まる。白煙が横一列に広がり、すぐに次の射撃へと準備が整えられていく。

 二度三度と斉射が繰り返されている音を背に、ゾンビたちが前衛へとにじり寄ってくる。


「中衛、構え……撃て!」


 ユリアの号令によって、直属の第一歩兵中隊が散弾銃を撃つ。放たれた散弾は敵の波を吹き飛ばし、前列のゾンビが折り重なるように崩れた。


「第二射構え! ……撃て!」


 波の合間に入り込んできた新手が、続けざまに放たれた斉射で吹き飛ぶが、少しずつ波が前衛へと近づいてくる。


「各小隊は任意射撃に移行! 弾幕を切らすな!」

「応!」


 銃兵たちが小隊長の指示で斉射を繰り返す中、前衛から大きな鬨の声が上がったかと思うと、兵士たちが間近に迫ったゾンビの群れへと踏み出し、武器を叩きつけた。金属と骨がぶつかり合う鈍い音、泥を踏む足音、荒い息遣いが入り混じり、前線は瞬く間に喧騒に包まれた。


「しばらくはこのままね……瑞希、落ち着かないのなら弓を使ってもいいわよ」

「あ、はい。すみません、ちょっとだけ行ってきます!」

(やはり変な気がするわね。焦っているわけではないみたいだけど……)


 前に行き大弓を構える瑞希の背を見つめる。その背に不安や恐怖の色は見えなかった。

 ユリアたちが戦い始めておよそ一刻。斜面の土は踏み荒らされ、あちこちに倒れたゾンビが折り重なっていた。兵士たちの額には汗が光り、交代のたびに後退してくる者たちの息は荒く、肩が上下していた。それでも誰一人として崩れることなく、陣地は持ちこたえていた。

 正面の敵集団はその圧力をより高め、ユリアはその対応に追われていた。

 前方から伝令が駆け込んできた。「左軍、前衛の一部が崩され陣地内に敵が侵入!」


「本陣へ伝令、魔導部隊の射撃を左軍側に集中。それとドミティウス隊の部隊を左軍へ回して」

「ハッ」


 伝令が踵を返して駆け出すのを見送りながら、ユリアは素早く状況を整理した。


(崩れるのが少し早かったわね。まだ持ちこたえるのは問題ないけれど……)


 視界の奥、ラティアでは街から打って出た部隊が城門前で待ち構えていた群れとぶつかり、未だ突破できていない。城門前の地面は黒く染まり、激しい戦闘が続いていることが遠目にも見て取れた。


(ラティアが部隊を出せたのは朗報。でも敵を突破するほどの戦力は残っていない、か。拘束してくれただけ良しとしましょう)


 西側を見ると、北集団の中央でいくつもの爆発が起こり、集団に大穴が空いている。砲弾の着弾が巻き上げる土煙と黒い塊が宙を舞い、轟音が遅れて届いてきた。


(海軍の艦砲射撃は想定以上の効果ね。これもあってラティアは無事なのかしら)


 そのとき上空から影が舞い降りてきた。


「報告! 東側へゾンビの一部が迂回し始めています。フラウィウス騎兵小隊長からは、活躍の場をいただき感謝、と」

「そう。わかったわ。東側、何かあったらすぐ教えて」

「はい! 失礼します!」


 鳥人は報告を終えるとすぐに翼を広げ、風を切って上空へと戻っていく。


(やはり迂回してきたわね……騎兵だからある程度は有利に戦えるとは言え、場合によってはドミティウス隊から更に部隊を借りる必要があるわね)


 上空へ戻る鳥人を見送りながら思案にふけっていたユリアを、正面から上がった悲鳴と怒号が現実へと引き戻した。

 前衛の一角が崩れ、なだれ込んできたゾンビに中衛の銃兵たちが押されていた。至近距離からの発砲音と銃剣がぶつかり合う金属音、兵士たちの怒号が入り混じり、その一帯だけが別の戦場のような様相を呈していた。


「少し前へ出るわ。護衛小隊、ついてきなさい」

「は、はい!」


 腰を落として大弓を撃ち込んでいた瑞希が我に返ったように慌てて返事をする。周囲の護衛兵たちからも口々に応答が返ってくる。

 ユリアが斜面を降りて破られた前線につくわずかな間にも、中衛の銃兵たちは削られ続けていた。一人が倒れ、隣の兵士が歯を食いしばって穴を塞ごうとしている。


「ここの敵は引き受けるわ! 今のうちに態勢を立て直しなさい!」

「大隊長!」「た、助かった……!」「誰か医療班を呼んでくれ!」


 ユリアの一閃で何体ものゾンビの首が飛ぶ。返り血を浴びながらも足を止めず、次の獲物へと剣を向ける。護衛兵たちがユリアが止めた群れに剣を次々叩きつける。奥から現れた新手の首に瑞希の放った矢が突き刺さり、ゾンビが勢いで後ろに倒れる。ユリアはその倒れたゾンビに剣を突き立て、引き抜いた勢いでそのまま次のゾンビを逆袈裟に切り裂く。

 ユリアの左右を護衛兵たちが固め、味方陣地に食い込んでいたゾンビは次々と駆逐されていく。その隙に、食い破られた前衛の穴を埋めようと増援の近接兵が駆けつけ、残ったゾンビも全て倒された。荒い息遣いと、地面に倒れたゾンビを確認する足音だけが残る。


「とりあえず何とかなったわね」


 近接兵が力強く頷いた。「ハッ、後はお任せください」


「ええ、頼りにしているわよ」


 西を見ると、味方の隊列は硝煙に覆われ、そこへ殺到している黒い波があちこちで爆ぜていた。


(まだ決着は先ね……)


 波は絶えることなく押し寄せ、返し、また押し寄せた。

 太陽は中天を過ぎ、冬の陽光が低く差し込んで斜面を照らすころには、兵士たちの動きに重さが出始めていた。交代で下がってくる兵士たちは膝に手をついて息を整え、水を求める声があちこちから上がった。それでも前線は崩れなかった。

 大隊が何度目かの波を押し返し終えたころ、ユリアは砲声が途絶えていることに気付いた。


(艦砲射撃が終わった?)


 西の海上に目をやると、艦隊が砲撃を止め、ラティアの城壁の陰へと回り込んでいくところだった。さらにラティアの城門前にいた味方も北へと進み始めていた。


(西は決着が着いたのね。あと少し……!)


 空からバフラームが舞い降りてくる。


「あら、東はもう大丈夫なの?」


 バフラームが目を細めた。「ああ。フラウィウス殿はさすがだな。寡兵でもしっかり敵を食い止めていた」


「援護がいるかと思ったけど無用な心配だったわね」

「ユリア殿!」


 そこへドミティウスが部隊を引き連れてやってきた。その顔にも疲労の色はあったが、目には力があった。


「西は掃討戦に移りました。我々は一足先にこちらの援護をと」

「ありがとう。正面の部隊に支援射撃をお願いしていいかしら?」

「もちろんです。第一中隊、第二中隊続け!」


 ドミティウスが慌ただしく前方へと進んでいく。


「私たちも最後の一仕事ね。バフラーム、配下を集めて休憩をとらせておいて。この後、周囲の広域偵察に出てもらうわ」


 バフラームが力強く頷いた。「承知した」そう言い残すと、再び翼を広げて空へと上がっていった。

 正面ではドミティウスの部隊が手早く隊列を整え、次々と射撃を始める。まだまだ奥には多くのゾンビが残っているが、近づく前に撃たれて倒されるゾンビも多くなった。新手の味方を得た兵士たちの士気も目に見えて上がり、それまで重かった前線の空気が変わった。

 ラティアの東城門も開かれ、そこから城兵たちが打って出てきていた。その沖合には、艦隊の先頭の大型艦が姿を見せ始めている。


(もうここまで来ると大丈夫ね。……なんとかラティアは間に合ったわね……)


 南の海上から大型艦の砲声が轟き始めた。しばらくすると、それに重なるように中型艦の砲声も加わり、東集団の後背に次々と砲弾が降り注ぎ始める。前方では連合軍の隊列が丘陵とラティアの間へと展開し、側面からの射撃を始めていた。四方から圧力をかけられたゾンビの群れは、それまでの波のような勢いを失い、あちこちで立ち止まり、ばらばらに散り始めた。


「全部隊、前進。逃がさないように」

「応!」


 号令とともに前衛が押し出す。もはやゾンビたちに、先ほどまでの圧力はなかった。

 それからさほど時間もかからず、東集団の残存はほぼ掃討された。

 戦場に静けさが戻ってくる。硝煙と土埃が漂う斜面に、兵士たちが思い思いに腰を落とす姿があちこちに見えた。鎧を外して肩を回す者、黙って水筒を傾ける者、隣の仲間と肩を叩き合う者。長い戦いを終えた体が、ようやく休息を求めていた。


「……よく耐えてくれたわ。皆、ご苦労様」


 返ってきたのは、万歳でも歓声でもなく、深い息と力の抜けたような笑い声だった。

 瑞希もまた、大弓を下ろして静かに息を吐いた。額に薄く汗が滲んでいたが、その表情は穏やかだった。


「……終わりましたね」

「ええ。終わったわ」


 ユリアは南の海上へと視線を向けた。艦隊の砲声も止み、穏やかな冬の陽光がラティアの城壁を静かに照らしていた。




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