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終末の血族  作者: 天津千里
10章:蒼海へと至る道
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第76話 蒼海へと至る道IV

【帝国紀元1799年12月10日 18:00】

【ラティア伯爵領・港湾都市ラティア北方】


 クルキア子爵領を出発した連合軍は、ユリア大隊を先頭にコメルキア子爵領を越え、ラティア伯爵領へと入った。途中で遭遇した少数のゾンビはフラウィウス率いる軽騎兵たちに蹴散らされ、連合軍は大きな妨害もなくラティア伯爵領へと入った。しかし、ラティアがゾンビの大軍に包囲されているという報告を受け、北方で各部隊が合流することとなった。日が傾き始めた野営地では、集まった将たちが篝火を囲み、翌日の作戦を練り始めていた。


「ラティアは北側におよそ三万、東側に一万のゾンビが展開しています。ラティア自体は健在のようですが、城壁前に相当数の死体があったことから何度か力攻めも受けているようです」

「合計四万……か。ここまで増えているとはな」


 テレンティウスが腕を組む。


「北と東に距離があります。東は他の場所から来た集団なのではないでしょうか」

「その可能性はあるな。まずは北側の三万を全力で叩くしかあるまい」

「仕方ありません。当初よりこちらの戦力は低下していますが、ラティアの部隊と連携がとれれば不利ということはないでしょう」


 リディアが冷静に状況を整理すると、ユリアが続けた。


「ラティアの沖合には軍艦がいるようです。所属は帝国軍のようですが……すみません、識別情報を持っていないため、詳細な所属や艦種は不明です。大型艦四、中型艦八としか分かりません」

「帝国海軍か。朗報だな。艦隊の支援があれば戦闘を有利に進められるだろう」


 テレンティウスの言葉にリディアが頷いた。


「ラティアだと帝国南方艦隊の管轄ですね。ある程度近づけば通信魔法も可能だと思います。その後にユリアの鳥人に詳細を届けてもらえば事故もないでしょう」

「そうだな。艦隊の支援がない可能性も考えて作戦を練る必要はあるが……利用できるならば利用しないとな」

「支援攻撃はどの程度まで届くのでしょうか?」


 ユリアが問うと、リディアが記憶を辿るように少し間を置いてから答えた。


「海軍の最新の情報はないけれど、私が軍学校にいた十年前の時点で最大射程二ケイミル、対地射撃で有効射程一ケイミルが目安と習っているわ」


 テレンティウスが地図に視線を落とした。


「……ならば海岸側から接近したほうが良さそうだな」

「こちらの丘陵地帯を越えて農業区域を通る道ですね」


 ユリアの指が広げられた地図の街道をゆっくりと辿る。


「敵の群れがラティア北側にいますので、海岸から東に向けて布陣するのはどうでしょうか?」

「そうだな……敵は全部艦隊の射程には入るのか?」

「いえ、海岸から多少距離が必要なはずですので、半分強程度になるかと」


 リディアが答えると、テレンティウスは小さく息を吐いた。


「そうか。だが贅沢も言ってられんな。この方向で進めよう」

「わかりました。この東側にいる敵はどうします? 北上してきて側面を突いてくる可能性がありますが」

「それは面白くないな。東側をやや下げて側面を守らせるのも手だが……」


 テレンティウスが顎に手を当てたとき、リディアが地図の一点を指差した。


「むしろ、この田園地帯の中央にある丘陵で守るのはどうでしょう?」

「ここか? たしかにいい位置にはあるが……かなりの激戦を覚悟せねばなるまい」

「しかし、リスクに見合うだけの価値があります。ここに防衛線を敷けば東側の敵が北上しようとしても、大回りしないことには側面を突けません」


 ユリアが地図を見つめたまま口を開いた。


「追加の部隊を貸していただけるなら、私の部隊がその役目を請け負いましょう。近接部隊も多く揃えているので、敵の攻勢でも長く耐えられると思います」

「わかった。ユリア殿の部隊が出るなら勝率も高いだろう」

「では私の部隊から出します。一大隊でいいかしら?」


 リディアがユリアに確認すると、ユリアは迷わず頷いた。


「ええ。十分です」


 テレンティウスが力強く頷いた。


「決まりだな。では海岸からこの丘陵に向け布陣し、艦砲射撃とラティアの支援を受けながら主力は早期に北側の敵主力を撃滅。その後ただちに丘陵南側へ移動し、丘陵で交戦しているであろう東側の敵の側面を突く」

「ハッ」


 ユリアとリディアの声が重なった。


【帝国紀元1799年12月11日 7:00】

【ラティア伯爵領・港湾都市ラティア北方】


 翌朝、テレンティウスとリディアが部隊を率いて海岸線側へ移動を開始するのに合わせ、ユリアもまた南下を開始した。

 朝日の中、あちこちに農機具が放置された農業区域を部隊が粛々と進んでいく。刈り取られた後の畑が広がり、干したままになった農作物が風に揺れていた。人の気配はどこにもなかった。その光景を横目に丘陵へと登り始めると、坂の傾斜とともに視界が開けていった。

 丘陵の頂に立つと、ラティアとその周辺が一望のもとに広がった。沖合では艦隊が北上を始めており、ラティアの城内からは炊事の煙が幾筋も立ち上っていた。海岸線から丘陵の手前まで味方の部隊が大きく横に広がり、ゆっくりと南下してくるのが見えた。対するゾンビはいずれもまだ動き始めておらず、ラティアの北と東に漠然と散らばっていた。


「ふーん……あれがラティアで、あっちが帝国海軍……」


 地形を確認しながらユリアが呟いたとき、背後から馬蹄の音が近づいてきた。


「ユリア殿! 戦場を共にするのはエルズリウム以来ですな!」


 駆けてきたのはドミティウスだった。その声には久々の再会を心から喜ぶような明るさがあった。


「あら、ドミティウス大隊長。先日のクルキアでも一緒だったじゃない」

「会議室ではユリア殿の勇姿が見られませんからな!」

「もう大隊長だから前に行くのは心配されるのよ。この前も護衛を増やされてしまったわ」


 ドミティウスが豪快に笑い飛ばした。


「ハッハッハッそれだけで済んでるというのは信頼されている証ですよ! 私が前に行こうとすると副官に羽交い絞めにされてしまいます」

「あら、あなたも前に出るの?」

「私の剣技は人並ですからなぁ……最前線に立ったら早々に寝込んでしまいます」

「なら副官さんには頑張ってもらわないといけないわね」


 ドミティウスがまた笑う。


「ハッハッハッ……して、私はどこを担当したらよいでしょうか?」


 ユリアは丘陵の地形を素早く見渡してから口を開いた。


「私が南側を担当するから、西側をお願いするわ。ただし、味方を援護する程度で基本的には守りに徹して。その分一部兵力を私の部隊の支援火力にして欲しいわ」

「承知しました。魔導部隊と銃兵の一部をそちらに回します」

「ありがとう。背中は任せるわよ」

「お任せください」


 ドミティウスと別れ、ユリアは丘陵の南側斜面へと足を向けた。

 斜面では兵士たちが大急ぎで陣地の構築を進めていた。掘り起こされた土が次々と積み上げられ、空堀の輪郭が見る見るうちに形を成していく。その横では若熊たちが息の合った動きで柵柱を打ち込み、頑丈な防柵の列が斜面に沿って伸びていった。開けた場所には物資が続々と運び込まれ、ベルンハルトとアウレリアが声を張り上げながら配置の指揮を執っている。どこを見ても兵士たちの動きに淀みはなく、戦いを前にした緊張と高揚が斜面全体に満ちていた。

 ユリアの元に中隊長たちが集まってくる。


「隊長殿、野戦陣地の建設は順調です。部隊配置はどうしましょうか?」


 フィリオの問いにユリアは地図へと視線を落とした。


「そうね……最南端にはレオニダスと私の部隊を。右軍にフィリオ、左軍にカリス。東側の平地にフラウィウスの軽騎兵とバフラームの鳥人偵察兵を配置して迂回ルートは潰すように。丘陵の上はアエミリウスとセリーヌの魔導部隊と、ドミティウス殿から送られてくる部隊を配置して火力支援を行うように」

「承知しました」

「了解した」


 フィリオとカリスが相次いで頷く。


「直属部隊は私が指揮を執る?」


 ルシアが確認するように問うと、ユリアは首を横に振った。


「私が行くわ。姉さんは火力支援の統制をお願い」

「わかったわ」


 ユリアは一同を見渡し、静かに、しかし力を込めて言った。


「さあ、長い一日が始まるわよ。気を引き締めていきましょう」

「応!」


 朝の光が田園地帯を照らし出す中、ユリアが南側へと視線を転じると、ラティア東側に散らばっていたゾンビたちが、まるで潮が満ちるようにじわじわと集まり始めていた。その動きはまだ緩やかだったが、朝靄の中で膨らんでいく黒い塊は、嵐の前の静けさそのものだった。遠く海の方角に目をやると、艦隊がゆっくりと定位置へと動いているのが見えた。




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