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終末の血族  作者: 天津千里
10章:蒼海へと至る道
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第75話 蒼海へと至る道III

【帝国紀元1799年12月4日 20:00】

【クルキア・郊外鉄道駅広場】


 一日を戦い抜いた連合軍は、一部の警戒部隊を市街地に残したまま、主力をクルキア郊外へと移していた。駅前広場に設けられた連合軍本陣には、各部隊の将が集まり、篝火の橙色の光に照らされながら、将たちが地図を囲んで言葉を交わしていた。

 駅前広場のそこかしこには、鎧を脱いで腰を下ろす兵たちの姿があった。しかし本陣の将たちに休む様子はなかった。


「では、情報をまとめるとしよう。まず市内から」


 テレンティウス・アルデリスが口を開くと同時に、広げられたクルキア平原の地図へと視線を向け、西側に描かれたクルキアの街を指差した。


「北東から突入したユリア大隊の活躍によって、本隊は敵の側面から強襲することに成功している。東西に抜ける大通りを早期に打通し、南北に抜ける大通りに集まっていた敵の多くも挟撃し殲滅できた。市内の大半の掃討は終了したものと見ていいだろう」

「東部各地で見られた武装ゾンビは、市内にはまばらにいたのみで、統制された動きなどは確認されていません」


 ユリアが続けると、リディアが平原の状況を補足した。


「平原の各所にある村落については、北部から東部にかけて、およそ七割ほど制圧が完了しています。こちらも統制された部隊は確認していません」

「むしろ、初期のような、無秩序な集団がいくつもいた状況に近いように思えます」


 ユリアの言葉にテレンティウスは静かに頷いた。


「そうだな……まだ集計中だが、敵の撃破数も事前情報と大きく差異はないようだ」

「夕刻、範囲を広げて偵察を行いましたが、周囲には目立った集団は確認できていません。懸念されていた行方不明の二万は、北西のアダリウム、南東のアスミノール、あるいは……南方かもしれません」

「あなたの雇った鳥人の情報?」


 リディアが問うと、ユリアは淡く微笑んだ。


「ええ。よく働いてくれるわ」

「鳥人を雇ったと聞いたときは物好きだと思ったものだが、なかなか見事なものだ」

「ありがとうございます」


 テレンティウスは一度地図に目を落とし、思案するように腕を組んだ。


「この際、アダリウム、アスミノールの可能性は除外して考えよう。仮にその二都市に行ったのならば、打てる手はない」

「南方であれば……ラティア……ですね」


 リディアの言葉に、テレンティウスの表情がわずかに険しくなった。


「もしそうならば急ぐべきだが……後背をとられるのは面白くないな」

「クルキアに防衛隊を配備しますか」

「そうだな。戦力が落ちるのは好ましくないが……包囲されることだけは避けねばならん」

「ならば、ガゼリウム軍にお願いするのがいいでしょう。ここならば緊急時にガゼリウム侯の援護も受けやすいので、防衛力も期待できるかと」

「そうしよう。他の部隊はそのままラティアに急ぐとしよう」

「では私の部隊が先行しましょう」

「私の部隊も平野の残りの掃討が終わったらすぐ追いつくわ」


 テレンティウスは二人を順に見渡し、力強く頷いた。


「では、ユリア殿には前軍をお願いする。敵の本隊を見つけたらすぐに連絡してくれ」

「ハッ」

「以上だ! 明日も慌ただしくなるぞ! 各員の奮戦に期待する!」


 将校たちの低い唱和が、夜の冷気の中に響き渡った。

 自陣へと足早に戻ったユリアは、間を置かず幹部たちを集めた。


「さて、聞いていたわね。明日、私たちは南方への先陣を務めるわ。バフラームは大変だと思うけど、南方を中心に早朝から索敵を行ってちょうだい」

「承知した。この程度でへばるような戦士たちではない」


 バフラームが胸を張って答えると、ユリアは少し表情を和らげながらも、真剣な目を向けた。


「ええ。けど無理はさせないで。疲弊した状態で得た情報より、万全で得た確かな情報のほうが価値があるわ」

「ああ、期待に応えよう」

「ここからラティアへは……コメルキア子爵領を通っておよそ七日の距離だな」


 カリスが地図を指でなぞりながら言うと、フィリオが眉をひそめた。


「コメルキア子爵領の情報はありますか?」

「南方の街だな? ……途中、少数の人影をいくつか確認しているが、街自体に人影は見えないようだ。まだ遠目での確認だけだから詳細は不明だ」


 バフラームがメモをめくりながら答えた。フィリオはしばし押し黙り、静かに口を開いた。


「人影が見えない……ですか……ゾンビが通ったのは間違いなさそうですね……」

「だな。問題はそれが例の二万なのかどうかだ。子爵領ならその一部だけでも十分な脅威だからな」


 カリスの言葉に、ルシアの表情がわずかに曇った。


「街が複数壊滅していることを考えると、当初の想定の二万を超えている可能性もあるわね……」

「そうですね……ただ、そう考えるとクルキアで少なくとも、クルキア平原の二万は片付いたことになるしね」

「ええ。いずれにしても、ラティアまで行かないといけないことに変わりはないしね」


 ユリアは短く息を吐き、地図へと視線を戻した。


「南下するにあたって、少数の人影についてはフラウィウスの騎兵に確認と対処を任せましょう」

「ハッ」


 フラウィウスが簡潔に応じると、ユリアはベルンハルトへと視線を移した。


「ベルンハルト、先行する都合上、明日早朝からの物資の補給になるから、よろしくね」

「おう」

「重傷者はクルキアにて治療をしてもらっても大丈夫ですか?」


 レオニダスの問いにユリアは頷いた。


「ええ。すぐにセルギウス師団長の後方部隊も来るでしょうからそちらに任せましょう。アウレリア、引継ぎの準備をしておいて」

「はい、ユリア様」


 アウレリアが丁寧に応じると、レオニダスがわずかに逡巡する素振りを見せてから口を開いた。


「それと……少し気になったのですが」

「なに?」

「戦死者がゾンビに変わる率が下がってきている気がします」


 ユリアの目が細くなった。しばらくの沈黙の後、静かに口を開く。


「……感染力が下がっているってこと……? それとも噛まれていない?」

「いえ、噛まれているのは間違いありません。ただ、戦死直後にゾンビになることが減っているようです……気のせいかもしれませんが……」

「負傷者の方がその……亡くなられてから変わる率はあまり変わっていませんが……」


 アウレリアが躊躇いがちに付け加えた。


「念のため調べましょうか。部下の死に方の統計をとるのはあまりいい気分ではないけどね」

「すみません」

「いいわ。大切なことよ。レオニダス、手配しておいて」

「ハッ」

「大きな問題は以上かしら? ……少し話題は変わるけど、瑞希のことなのだけど……」

「えっ私?」


 突然名前を呼ばれた瑞希が目を丸くすると、ルシアが穏やかな笑みを向けた。


「今日、一緒に戦ったのよね? 大丈夫そうなの?」

「問題ないわ。むしろ突出している戦果ね」

「でしょうなぁ……」


 レオニダスが苦笑交じりにこぼすと、ユリアが少し意地の悪そうな目を向けた。


「あなたからなんとか一本とれるって聞いたけど……」

「ハッハッハッ、まだまだ技術は負けませんからな」

「はぁ……まぁいいわ。それで、今後実戦に加わってもらおうと思うのだけど、適切な配置場所はあるかしら?」

「レオニダスさんの近接中隊とかじゃダメですか?」


 瑞希が自分から提案すると、レオニダスが顎に手を当てて考え込んだ。


「……近接戦闘は文句なしなのですが、弓まで使えますからね。少しもったいないかもしれません」

「やっぱ隊長殿のそばに置くのがいいんじゃないか?」


 カリスがそう言うと、ユリアは眉をひそめた。


「私のそばは……ちょっと危ないじゃない?」

「は? ……ああ、危ないのは確かだな。……ならミズキは隊長殿の護衛という形がいいんじゃないか?」

「うむ……そうだな……それが良さそうだ」


 レオニダスが重々しく頷き、フィリオも静かに同意した。


「それが最善でしょうね」

「私のそばだとダメって言ったわよね?」


 ユリアが抗議の声を上げると、ルシアが涼しい顔でそれに続いた。


「私も瑞希さんはユリアの護衛がいいと思うわ」

「ちょっと、姉さんまで!」

「満場一致ですし、一旦その方向でいきましょう。レオニダス隊長、護衛部隊への編制をお願いします」


 フィリオがさらりとまとめると、レオニダスは苦笑しながら頷いた。


「ああ、承知した」


 ユリアの抗議は、幹部たちの和やかな笑い声にかき消されるようにして、夜の駅前広場へと消えていった。

 それでもユリアは、笑い声が収まった後もしばらく天幕の出口から夜空を見上げていた。笑い声の余韻の向こうに、南の暗闇が静かに広がっている。ラティアはまだ遠い。





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