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終末の血族  作者: 天津千里
11章:灰燼のアスミノール
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第85話 灰燼のアスミノールIV

【帝国紀元1800年1月27日 7:00】

【アスミノール城壁外市街地・北西街区】


 朝靄の中、ユリア大隊の兵士たちが慌ただしく出撃準備を整えていた。天幕の外では兵士たちが装備を確認し、荷物をまとめる音が忙しなく響いている。


「急に出撃準備とはどうしたんだ?」


「昨夜いくつかの部隊が夜襲を受けて、出撃順が繰り上がったようですよ」


 カリスの問いにフィリオが答える。地図から顔を上げたレオニダスが腕を組んだ。


「詳細はわからんが、そういうことだろうな」


「そういうことよ。これが新しい命令書。私たちは第二次攻撃隊として西城門から突入。城壁の内側を北のガゼリウム軍まで打通させることが任務よ」


 ユリアが手にした命令書をテーブルに広げる。幹部たちが地図を覗き込んだ。


「ここの占領した街区はどうなるの?」


「リディアの部隊が引き継ぐことになっているわ」


 ルシアが頷き、地図上の北西街区に視線を落とす。


「そう。なら街区のバリケードの位置とかの情報を伝えないとね」


「ええ。姉さん、お願いできるかしら?」


「私が指揮していた第一歩兵中隊はユリアが指揮を?」


「そうするわ。引継ぎを終えたら本陣を移動させて」


「わかったわ」


 ルシアが踵を返して天幕を出ていく。それを見送ってから、カリスが地図を指で叩いた。


「打通作戦ということは、近接中隊と第一歩兵中隊を前に出して、俺たちが支援する形でいいか?」


「それでいいわ。それと、フィリオは魔導部隊の位置情報をバフラームから受け取って、それを南部方面軍に伝える役目をお願い」


「承知しました。後方の連絡路の防衛も任せてください」


 フィリオが静かに頷く。


「任せたわ。それじゃあ、行きましょうか」


「応!」


 一同の声が揃った。


 準備を終えた大隊は赤黒く染まった城門を抜け、城壁の内側に沿うようにして北側の街区へと歩を進めた。北の交差点を防衛していた部隊と交代する頃には陽が上り、街を照らし始めていた。


「ここから先は敵勢力圏です」


 レオニダスが声を低くする。


「状況は?」


「交差点の守備隊は奪還に来た武装ゾンビと交戦、敵が少数だったためこれを撃退しています。ただ、こちらの偵察隊も迎撃され被害が出ているようです」


 ユリアは前方を見据えたまま応じた。


「威力偵察と待ち伏せ……かしらね?」


「そのように見えますね……ですが、本当に?」


「少なくともバヤジドの時みたいな簡単な戦術を使うという段階ではないわね」


「それは……先が思いやられますな……」


 レオニダスが低く唸る。ユリアは視線を後続の部隊へと向けた。


「後続のカリスとフィリオにも注意を促しておきましょうか」


「すぐに伝令を出します」


「さて、それじゃあ、行きましょうか」


「ハッ」


 近接兵が交差点から北へと歩を進める。昨日の戦闘の痕跡が残る荒れた道を、警戒しながら進んだ。


 正面から武装ゾンビの一隊が向かってきた。


「引き付けて散弾銃で一撃を加えてから制圧するわよ。射撃用意」


 向こうもこちらに気づいたようで、武器を構えてじりじりと寄ってくる。


「……撃て!」


 号令とともに散弾が放たれ、ゾンビの前衛が大きく体勢を崩す。近接兵たちが一気に走り出し、ゾンビの隊列に食らいつく。


 ユリアも駆け出した。迎え撃とうと剣を振り下ろしてきたゾンビに逆袈裟で応じ、斬撃を受け止め、勢いのままに弾き飛ばし、首元へと振り下ろす。崩れ落ちるゾンビの周りでは近接兵たちが数人がかりで手早くゾンビを仕留めていた。


 制圧を終えた部隊はすぐさま奥へと進む。


 次の交差点ではすでに武装ゾンビの部隊が防御態勢をとっていた。先ほどのように散弾銃を構え一撃を放つ。しかしゾンビたちは突き刺さる散弾に体勢を崩されながらも盾を構えて相対し続ける。


(動かない……?)


 近接兵が斬りかかろうとした瞬間、交差点の周囲にいくつもの魔導弾が着弾した。民家の屋根に大穴が空き、炎が零れ落ちる。崩れた家の瓦礫が頭上に降りかかった。


「下がれ!」


 続けての第二射が今度は道路に着弾し火柱を上げる。ユリアの声で飛び退いた兵たちであったが、何人かは火柱に巻き込まれ火傷を負った。第三射がユリアたちの隣の民家に突き刺さり、炎と瓦礫を降り注がせる。


「チッ……散開! 一旦下がるわよ! 砲撃が来るまで隠れて!」


 続けざまに第四射、第五射と射撃が続き、いくつもの民家に穴が空く。魔法攻撃が降り注ぐ中、ユリアがふと空を見上げると、大きな鳥――バフラームが旋回していた。彼が上空から敵の魔導兵の位置を伝達したのだろう。


 次の瞬間、はるか後方から放たれた味方の砲撃が敵の潜伏地点に降り注いだ。いくつもの爆発音とともに建物の倒壊する音と地響きが連続し、砂煙が白く舞い上がる。さらに別方向からも砲撃音とともに砂煙が巻き上がった。


「今よ! 行け!」


 一瞬気を取られていた近接兵たちがユリアの声で飛び出す。銃兵たちも負けじと前へ進み、先ほどのゾンビたちにお返しとばかりに散弾を叩き込んだ。盾を構えていたゾンビたちであったが、援護のない防御はあっという間に切り崩された。


 それからしばらく進んだところで、ユリアは足を止めた。


(……この交差点だけ何もいない? 物陰もない……?)


「前衛、止まれ!」


「隊長殿、どうされました?」


 レオニダスが振り返る。


「ここ、不自然じゃない? なんで何もないのかしら」


「はぁ……たしかに、バリケードや遮蔽物となるようなものが一切ありませんな……」


 二人で交差点を見渡す。開けた石畳に、風だけが吹き抜けていく。


「一部をここの防衛に置いて裏道から行きましょう。周囲の建物の中も先に制圧して」


「ハッ。第二小隊、そこの小道から裏を回れ。第三小隊は反対側だ」


 近接兵たちが裏通りへと向かうと、すぐに激しい戦闘音が聞こえてきた。


「潜伏していた敵と遭遇、現在交戦中です」


「ご苦労。銃兵第一分隊、応援に行ってきて」


「ハッ」


 銃兵たちが駆けていく。しばらくして戦闘音が静まり、裏通りから部隊が戻ってきた。


「あの見晴らしのいい場所で退路を断たれるところでしたね……」


 レオニダスが静かに息を吐く。


「拙速は禁物ね。慎重に行きましょう」


「承知」


 その後もゾンビたちの待ち伏せはいくつか続いたが、一度その手口が分かってしまえば歴戦のユリア大隊には容易いものだった。


 昼には北から向かってくるガゼリウム軍とも合流し、付近の建物の掃討と城壁の抜け穴の調査が始まった。城壁際のぼろ家や防御塔の地上階で、何か所も抜け穴や隠し倉庫などが見つかった。


 市街地側の前線をレオニダスに預け、抜け穴の確認をしていたユリアの元へカリスが訪れた。


「なんだ、ここにも抜け穴があったのか」


 カリスが狭い入口を覗き込みながら言う。埃と黴の匂いが漂っていた。


「ええ。もう三か所目よ」


「こっちも一か所追加だ」


「そっちも?」


 ユリアは思わず苦笑した。


「よくもまあこんなに作ったものね」


「城門が四か所しかないからな……不便だったんだろうな」


 カリスが入口の石組みを手で叩きながら続ける。


「壁の厚さからして、かなり古いものもあるぞ」


「こんなもの壊せばいいじゃない」


「城壁を? なんだかんだ安心感はあるからな。城壁内の住民はなかなか合意しないもんだ」


 二人は並んで抜け穴の前に立ったまま、しばらく黙った。遠くから断続的な銃声が届いてくる。前線はまだ動いている。


「それで、どうしたの?」


「ああ、この後どうするのかと思ってな」


「定石通りならこのまま市街地を制圧して押し込むのでしょうけど……なかなか進んでいないみたいね」


「だな。第三次、第四次攻撃隊も参加しているが、いまだにうちが敵勢力圏と接しているしな」


 カリスが腕を組んで前線の方角を見やる。その表情には、じりじりとした焦りが滲んでいた。


「まずは城壁付近を確保して、城壁外市街地の安全確保と抜け穴を使った補給路の確保ね。その後は……夜戦に備えて拠点作りね。下手に見晴らしがいいと魔法攻撃を受けそうだから全員を屋根の下に入れないと」


「了解した。少し骨が折れそうだな」


「仕方ないわ。早めに始められてよかったと思いましょう」


「そうしよう」


 カリスが頷き、踵を返す。その背中が路地の角に消えてから、ユリアは改めて周囲を見渡した。


 崩れた建物、煤けた石畳、砲撃の痕跡があちこちに刻まれた街並み。空が赤く染まり始める頃には、準備は整いつつあった。


* * *


 夜闇が街を包む頃、昼間の怒号と砲撃音は、夜陰を引き裂く絶叫と銃撃音へと変わっていた。


「ユリアさん、敵襲です。至急来て欲しいと」


 仮眠していたユリアの元に瑞希が駆け込んできた。


「すぐ行くわ」


 ユリアは急ぎ装備を身につけ、天幕を飛び出した。すぐ隣に設営された臨時本陣では、すでにルシアが声を張り上げて指示を飛ばしていた。


「負傷者を後方へ! 代わりに第二中隊から部隊を!」


「ハッ」


 伝令が駆けていく。


「対応ありがとう。戦況は?」


「旧市街から出てきた強力な敵部隊が一部戦線を突破。ここの東側の部隊も合わせて出てきた部隊に突破を許したみたい。第三中隊が現在交戦中」


「やっぱり動いたわけね……」


「ええ。それも想定以上に強力な部隊がね」


「魔力感知器は?」


「あれのおかげで奇襲を受けずに済んだわ」


「後で労ってあげないとね」


 ルシアが小さく頷く。


「ええ。ただ、奇襲は防げたとは言え、すでに建物に突入されたりして被害が出始めているわ」


「敵は武装ゾンビ?」


「みたい。今レオニダスさんが近接中隊から動ける兵を集めているわ。もうすぐ集まるはず」


「じゃあその部隊を率いて火消しをするとしましょう」


「今戻った! とりあえず二個小隊だ!」


 レオニダスが息を切らせながら駆け込んでくる。


「護衛も合わせると十分ね。レオニダス、私が率いるわ」


「ハッ、光栄です!」


 ユリアは剣の柄を握り直し、夜の路地へと踏み出した。炎が上がる方角から、断続的な怒号が届いてくる。


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