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終末の血族  作者: 天津千里
15章:遥かなる帝都
113/115

第113話 遥かなる帝都III

【帝国紀元1800年7月5日 14:00】

【帝国西部・コモティニア平原】


 カヴァラを攻略した帝国軍は、その勢いに乗って、コモティニア平原の残敵を掃討しつつ東を目指していた。


 西方大街道を皇太子アウグストゥス率いる本隊が進軍し、平原に広がる支道を各部隊が分担して掃討していく。ユリア旅団もその一つとして、宿場町コモティニアの南を通る街道を進んでいた。


 馬上から見渡す平原は、夏の陽を浴びて穏やかに広がっている。点在する農村と、その間を縫う細い支道。だが、耕された畑はあるのに、それを耕すはずの人の姿が、あまりに少なかった。


「各大隊から報告よ。いずれも損害は軽微、順調」


 隣に馬を寄せたルシアが、報告書から目を上げて告げる。


「ありがとう、姉さん」


 ユリアは短く応じてから、改めて周囲を見回した。


「ねえ、この平原ってこんなに人口少ないのかしら?」


「西方大街道の宿場町以外は農村が多いみたいね。ただ、農地の割には少ない気はするけど」


「やはりどこかに集まっているのかしらね」


「その可能性は十分あるわね」


 そのとき、街道の後方から一騎が駆けてくる。


「本隊より伝令! サリア峠に敵大部隊を発見。ユリア旅団長、本陣へお越しください」


「承知した」


 手綱を引き、ユリアは前方の山並みへと目をやった。


「……当たりみたいね」


「そうみたいね。部隊は指揮しておくわ」


「ええ。お願い」


 ルシアに後を託すと、ユリアは馬腹を蹴った。


 街道の途中に設営された帝国軍の本陣へと馬を走らせる。天幕の連なる一角に着くと、すでに皇太子アウグストゥスを中心に西部貴族が集まっていた。遅れて、東部貴族、南部貴族の面々も続いて姿を見せる。


 将たちが集まると、ブルータスが口を開いた。


「すでに連絡が行っていると思うが、この先のサリア峠に敵が集まっている。早いものは麓まで降りてきているようだ」


「サリア峠か……。難所だな」


 ガリウスが腕を組んで唸る。


「それが、敵は決戦の構えのようだ。副参謀長殿、状況の説明をお願いする」


 ブルータスに促され、ヴァレンが一歩進み出た。


「承知した。敵の総数は現在把握できているもので二十万。ただし、後続がまだ相当数いるものと思われる」


「これが続々と峠を越えてこのコモティニア平原へと降りてきている。その多くが通常ゾンビだが、一部に武装ゾンビの隊列を確認。アスミノールで見られた騎士ゾンビが率いている可能性もあり、注意が必要だ」


 ユリアの視線が、その言葉でわずかに鋭くなった。


「わざわざ決戦を挑みに来ているというわけですか……」


 アウルスが眉をひそめる。


「サリア峠に籠るのは下策と見たということか。たしかに動かぬ目標なら砲撃と魔法で削りやすいが」


「しかし、野戦でも奴らに勝機はなさそうだが?」


 ガリウスが小さく首を傾げた。


「アスミノールのように騎士による突撃で削り取るつもりではないでしょうか」


「たしかにあの突撃ならば苦戦は免れないだろう。だが、それも火力支援が届かない場合に限ってだ。身を隠す場所がない野戦ではそう長くは続かないだろう。それに気づかないということはないと思うが……」


「その武装ゾンビの隊列は固まっているのか?」


 アントニウスの問いに、ヴァレンが答える。


「両翼に多めに配置されているようだ。ただ、先ほど言ったように、未だ後続が来ているため、それも確実ではない」


「接敵はいつの予想だ?」


「このまま敵が動くのであれば、明日朝には接敵する予定だ。これは夜間の行軍が行われるという前提だ」


「なら砲兵は早めに動かしておく必要があるな」


「ならば両翼に厚めに配置するべきか」


 ガリウスが頷いた。布陣の話へと議論が移っていく。ユリアは静かに口を挟んだ。


「両翼とのことですが、どれくらい戦闘幅をとって迎撃するのですか?」


「およそ十ケイミルだ。敵の数を考えるとどうしても回り込まれないだけの幅が必要だ」


「この騎士ゾンビの攻撃で大きく削られる可能性を考えると密度も必要なのでは?」


「幅を重視する分、砲兵の支援と騎兵を予備兵力として活用して遊撃戦力とすることで能動的に厚みを増やす計画だ」


「あれは砲撃で止まるのでしょうか……?」


「砲撃を受けて止まらない兵など存在するのか?」


「ユリア殿の懸念も理解はできる。あれと戦った唯一の将だからな。その意見は聞くべきだろう」


 ガリウスが取りなすように言う。


「だが、それも予想に過ぎないだろう。実際にアスミノールの突撃はまさにユリア殿の大隊が阻止しているし、帝国の近接兵も魔法や砲撃を受けるとシールドを持つとは言ってもさすがに足が止まるからな」


「あれを帝国の近接兵と同等と見るのは些か抵抗があります」


「そのための砲の集中配置だ。むしろ集中させなければ止まらない可能性も考慮すべきだろう」


 ユリアは続けた。


「中央に騎士ゾンビが来た場合、遊撃の砲兵と騎兵の数で足りますか?」


 その問いに、ブルータスがわずかに口をつぐんだ。


「……ユリア殿の意見も一理ある。中央に両翼と同数の騎士ゾンビが来た場合は苦戦は免れないだろう」


「ならば、中央の厚みを増やしておいたらどうだ? 殿下もおられるのだ。用心に越したことはないだろう」


「その分、他の戦線が薄くなるぞ」


「それは承知の上だ。そこは地形を利用して陣地を築くことで対応しよう」


「ふむ。それならば可能か……」


 ユリアは小さく頷いた。


「では布陣はいかがしましょうか」


 アウルスの問いに、ブルータスが全体図を描き出す。


「中軍はセレニウス軍と諸侯軍七万。左軍は我がティラヌス軍四万。右軍は東部諸侯および南部諸侯のうち三万。これに遊撃と予備はブカレウス軍三万で考えている」


「我々の一部は中軍というわけですか」


「左様。右軍については、丘陵地帯への布陣ということと、工兵を重点的に回すことで兵力の不利を補っていただきたい」


「いいだろう。中央の厚みを増すべきと主張したのは私だしな」


「協力に感謝する」


「だが、両翼に砲兵を重点的に配置するということだったが、この丘陵地帯に置くのか?」


「そうなるな。機動力は落ちるが、高所からの砲撃という利点はそれを補って余りあるはずだ」


「この丘陵地帯を砲兵の拠点として運用し強固な野戦陣地でそれを守るわけだな。悪くない」


「ふむ。我々は砲兵の運用経験が浅いからな。ブカレウス侯爵がそういうのならいいだろう」


 将たちが布陣の細部を確かめ合うところへ、これまで沈黙を保っていたセレニウス公爵が口を開いた。


「決まったか?」


「ハッ、細部は我らで詰めますので、大枠では合意ができたものと考えます」


 ブルータスが一礼する。セレニウスは小さく頷き、皇太子へと向き直った。


「殿下、献策はいかがでございましょう」


「いいだろう」


 アウグストゥスが鷹揚に応じ、それからユリアへ視線を向けた。


「ユリア殿は中軍に来るのか?」


「敵の騎士が両翼にいる以上、右軍を担当してもらうのがよいかと」


「そうか。ティラヌス侯爵がそう判断するならそれがよいのだろう」


「ありがたきお言葉」


「では、この策の実現に全力を尽くせ」


「ハッ」


 こうして、本陣での評定は閉じられた。


 * * *


 天幕が変わると、張り詰めていた空気がいくらか緩んだ。東部貴族と南部貴族だけが集まり、ガリウスがまずユリアへと向き直る。


「右軍の兵を減らしてすまないな」


「いえ。中軍の厚さはたしかに必要です。戦力の抽出も、丘陵地帯に布陣する軍からというのは仕方がありません」


「ユリア殿を右軍にと指定されてしまいましたね」


 テレンティウスの言葉に、ユリアは静かに応じた。


「騎士ゾンビへの対処がある以上、当然のことです」


「しかし、それなら砲撃で対処するという話はどうなった?」


 バッススが腑に落ちない様子で問う。


「殿下が少し色気を見せたからな。牽制したのだろう。たしかあのオヤジは娘を正妃にしようと動いていたはずだ」


「戦場でそういうのはあまり……止めていただきたいところです」


 ユリアがわずかに眉を寄せる。


「仕方ありますまい。絶えず権力争いをするのが貴族という生き物です」


 テレンティウスが苦笑混じりに肩をすくめた。


「しかし、ユリア殿の一万は決まりとして、他の部隊はどうしましょうか?」


「私たち南部諸侯軍は中軍にしていただきたいところです。あまり丘陵地帯での戦闘になれていませんので……」


「なるほど。では東部諸侯から出しましょうか」


「私が出よう。ちょうど二万連れてきている。それにうちのリディアはユリア殿と何度も共に戦った仲だ。連携という面でも私の部隊が適任だろう」


 ガリウスが名乗りを上げた。


「そうですね。私も何度か共にしていますが、五千では足りませんからね」


 そこへ、天幕の入口から声がかかった。


「失礼。工兵部隊の打ち合わせに来たのですが」


 現れたのは、ヴァレンだった。


「ヴァレン副参謀長自ら来られるとは」


 ガリウスがやや意外そうに眉を上げる。


「なに、正規軍で一番階級が高いのが私だったというだけですよ」


「中央軍副参謀長というのは軽い椅子ではないはずですが……」


「ちょうどユリア殿に確かめたいこともありましたので」


「私に?」


「ええ。ユリア殿。騎士ゾンビとの戦闘記録も見せてもらったが、あなたがあれほど警戒する存在に思えない。大隊を二個撃破して次のユリア殿の大隊に負けた……それだけだ」


「そう、ね……」


 ユリアは静かに息をつき、ひとつの事実だけを置いた。


「私が知る限り、私とまともに斬り合える人間なんて数人しかいないのだけど……帝国軍にはそれほど武勇を誇る人間がいるのかしら」


「なるほど、勇者と斬り合えるほどの武勇、か……」


 ヴァレンはしばし、その言葉を咀嚼するように沈黙した。


「それほどならば“万剣”と斬り合えるほどの武勇と見なければならないか。……それは脅威度を改めねばならないな」


 万剣、というのが誰のことか、ユリアには分からなかった。だが、ヴァレンが敵への評価を引き上げたことだけは伝わってきた。


「甘く見ていい敵ではないわ」


 ユリアは、静かに、しかし確かに告げた。


「あれは人ではないのだから」


「助言感謝する。危うく敵軍を見誤って戦いに臨むところだった」


 彼は短く頭を下げ、踵を返す。


「では、失礼する。すぐに作戦計画を修正せねば」


 慌ただしく天幕を出ていくその背を、ユリアはただ見つめていた。

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