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終末の血族  作者: 天津千里
15章:遥かなる帝都
112/115

第112話 遥かなる帝都II

【帝国紀元1800年6月26日 10:00】

【帝国西部カヴァラ・カヴァラ東峠】


 テッサロニアを出発した帝国軍が、カヴァラを包囲していた。

 都市自体は地方都市といった風情で、さほど大きな街でもない。城壁も古い。そんな街を大軍が幾重にも取り囲み、海には海軍のフリゲート艦隊が陽光を弾きながら展開している。


 ユリアたちは包囲に先立ち、カヴァラを通り過ぎて西方大街道を東へ進み、街の東側の峠を占領していた。東から来る敵の増援をここで食い止め、主力の背後を守るのが任務である。他の峠にも東部貴族や南部貴族の軍が詰め、麓にはガリウス率いるカラディン軍本隊が予備として待機していた。


 周囲の地形を偵察して回ったユリアが戻ると、野戦陣地を構築していたレオニダスたちが手を止めて迎える。


「隊長殿、周囲はいかがでしたか?」


「大街道というだけあって、道は非常に整備されているわね」


 ユリアは背後にそびえる山の稜線へ目をやった。


「けど、周囲の地形は急峻。すぐ南は海で断崖絶壁。北も……この山は登るのも一苦労ね」


「なら、この陣地も役に立ちそうですな」


 レオニダスが、組み上げたばかりの柵を軽く叩く。


「あまり役に立って欲しくはないけどね。この道幅で大軍相手はしたくないわ」


「それはごもっともですな。他にも道はあるみたいですが……ここが一番広いようで」


「ええ。山の北側の街道はガゼリウム軍が守っているわ。まあ大軍が来たら、麓のカラディン軍に増援を願いましょう」


「承知しました」


 山側に視線を向けると、瑞希とセリーヌが即席櫓の上で何やら話し込んでいた。

 そこへ、土を踏む足音とともにデキムス・ヴァルゲンティウス大隊長が顔を出す。


「お疲れ様です、ユリア殿」


「デキムスもお疲れ様。よかったの? 私の下で」


「そりゃ出世街道のど真ん中にいるユリア殿ですからね。何としても下に着きたいというものでしょう」


「特別な口利きなんてできないわよ?」


「もちろんです。ここにいたら功績をあげる機会が多いと思いまして。東部方面軍からユリア殿の下へ臨時編制で異動できると聞いて、エルズリウムの件を主張した甲斐がありました」


 エルズリウムの名に、ユリアは記憶を手繰った。崩れた市街、頭上を越えていく魔導弾、味方諸共焼く炎。


「物好きね……。だからあの時も中央の街路を進軍していたわけね……」


「その縁でこうして来れたわけですから、人生何事も挑戦が大事というものです」


「命がいくつあっても足りないわよ。それで、わざわざ世間話に来たわけじゃないんでしょ?」


 デキムスはわずかに表情を引き締めた。


「ええ。偵察騎兵がこの先のコモティニア平原の偵察から戻りました。この先二十ケイミルはゾンビがまばらにいるだけで、軍としては存在せず、です」


「そう。なら今日はとりあえず大丈夫そうね」


「テッサロニアで戦闘していることは、知っていてもおかしくないと思いますが」


 柵を結わえる手を止めて、レオニダスが口を挟む。ユリアは東の方角へ目を細めた。


「間に合わないと判断したのか、それとも伝達自体が遅いのか。いずれにしても、物理的に存在していないという情報は重要ね」


「山間部については騎兵が入れていないから分かりませんが」


「もちろん油断はしないわ。この情報は味方にも伝えておいて」


「ハッ、それでは失礼します」


 デキムスが敬礼して、自らの部隊へと帰っていった。

 防衛体制を整えたユリアは、峠の縁に立ち、眼下のカヴァラへ視線を向ける。


 ちょうど、陸と海からの砲撃が開始されたところだった。城門から這い出てくるゾンビの群れへ、魔法攻撃と砲撃が雨のように加えられていく。

 櫓を下りてきた瑞希が、小走りに隣へ並んだ。


「ユリアさん、戦況はどうですか?」


「砲撃戦と魔法戦が始まったところよ」


 眼下で、白い噴煙がいくつも立ち上る。


「海軍さんも参加しているんですね。……あんなにめちゃくちゃに撃ち込むんですか?」


「この時代はこんなものよ。精密砲撃なんて概念はないわ」


「だからテッサロニアもあんなに壊れてたんだ……。あ、城壁が爆発した」


 遠く、城壁の一角が白く弾けた。一拍遅れて、腹に響く轟音が峠まで届く。瑞希が小さく身を震わせた。


「まだ表面が砕けただけね。ただ、もう長くはないわね」


「だからクルキアの城壁もなくしたんですね」


「そういうことよ。これからは街で戦った時点で実質負けよ」


「なるほど……」


 二人が見つめる先で、城門から出てきたゾンビが群れとなって帝国軍の戦列へと向かう。

 対する帝国軍側からも、複数の部隊が整然と前進していった。立ち止まった次の瞬間、部隊全体が硝煙に覆われる。遅れて、また轟音が届いた。その煙が晴れるかどうかというところで、次の硝煙がまた部隊を覆い隠す。


 その射撃戦の奥では、何度も砲撃を浴びていた城壁が、ついに崩落した。土煙が大きく舞い上がる。崩れた箇所へ砲撃が集中し、部隊がじりじりと近寄っていく。瓦礫の隙間からばらばらと這い出てくるゾンビへ砲弾が当たり、魔法の火柱が立ち上った。さらに射撃が始まり、顔を出したそばから討ち取られていく。


「城壁あっという間でしたね……」


 瑞希が、崩れていく城壁を呆然と見つめる。


「所詮は石積みよ。土塁にしないと話にならないわ」


「石の方が強そうですけど、逆なんですね」


「ええ。もう高さがあるだけの城壁は邪魔なだけよ。衝撃を吸収できて、厚みがある土塁で受け止めるしかないわ。ただ、それも鳥人がいるからいつまで……という話ね」


「バフラームさんたちですか? やっぱり空を飛べるって大きいんですね」


「どんな高い壁も、どんな厚みのある壁も、いずれは火力が上回るし、なにより、空の下では等しく無力よ」


「だからバフラームさんたちを部族丸ごと受け入れたんですか?」


 ユリアは一瞬、言葉を切った。眼下の戦火を映す瞳が、わずかに遠くを見る。


「……そういう面は否定しないわ。まだ誰も価値に気付いていないから、確保したかった。……まあ、あとは、故郷を追われて行く宛がない辛さは分かるからね」


「ユリアさん……?」


 瑞希が顔を覗き込もうとすると、ユリアは前へ視線を戻した。


「ほら、あなたは帝国軍の動きをよく見て勉強しなさい。これだけの練度の軍を俯瞰して見学できる場面なんて早々ないわよ」


「は、はい!」


 慌てて姿勢を正した瑞希の前で、カヴァラの城壁は、崩れた箇所へ集中する砲撃でさらに大きく崩されていく。そこを囲むように、部隊が弓なりに配置されていった。


「部隊が城壁の壊れたところを囲むように動いたのは、攻撃を集中させるため?」


「その通りよ」


 ユリアは、弓なりに広がっていく隊列を指し示す。


「時代に限らず、正面からの撃ち合いは警戒されているから有効打にはなりにくいわ。ただ、人は前しか見れないものよ。少し意識からズレた方向から攻撃されると、思っていた以上に簡単に崩れるわ。それは部隊でも同じ」


「そっか、いきなり横から走ってこられても避けられないですもんね」


「そういうことよ」


「でも、人がいっぱいいるんだから、手分けして周囲を見たらだいぶ変わるんじゃないですか?」


「それはもっと後の時代ね。この時代では指揮官の下で横並びで動くのが原則よ」


「後の時代ではできるんですよね?」


「ええ。この時代ではまだ、兵は言われたことを言われた通りにやるものなのよ」


 眼下で、弓なりの隊列が一斉に前進を始めた。


「自分で考え、自分で決めて、自分から動くというのは、非常に高度なことなのよ。それを実現するためには高い教育水準が必要ね」


「そういうものなんですか」


「そもそも、あなたが受けていた教育も、この時代では望むことすらできない高度なものなのよ」


「えー。数学とか英語とかですか?」


「ええ。あなたが勉強したものは、この時代から数百年かけて得られた先人たちの知恵の結晶よ。それは教科書だけでなく、教え方や考え方も全てね」


「あんまりよくわからないです……」


 首をかしげる瑞希に、ユリアは小さく笑った。


「まあ、今はまだ、兵を集団で動かすしかないということだけ覚えていなさい」


 やがて、城壁への砲撃と魔法攻撃が止んだ。部隊の前列から、少数の兵たちが徐々に密集しながら崩れた箇所へ向かっていく。その後ろを、隊列を維持したままゆっくりと続く一群があった。


「前にいるのは近接兵の人たちですよね? あの人たち、バラバラでもしっかり動けている気がします」


「ああ。近接兵と魔法兵は、軍学校に通っているこの世界のエリートよ。さっきの条件を満たしているのよ」


「あ、だから自分たちで考えて動けるということなんですね」


「そういうことよ。中軍の銃兵たちが、さっき言った集団で動く兵ね」


 瑞希が、密集して崩れ口へ迫る前列の兵を、目で追う。


「……え? エリートの人が、最前線で剣を振ってるんですか?」


「……だから私はこの国が脳筋国家と言っているのよ……」


「あっ……」


 城壁の崩れた口へ、兵たちが突入していく。やがて城門も崩れ落ち、各方面からカヴァラへと、帝国軍の兵が殺到していった。

 硝煙と土煙にかすむ街へ、雪崩れ込んでいく無数の影。峠の上から、ユリアと瑞希は、ただ静かに、カヴァラが陥ちていくのを見届けていた。

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