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終末の血族  作者: 天津千里
15章:遥かなる帝都
111/116

第111話 遥かなる帝都I

【帝国紀元1800年6月17日 14:00】

【帝国西部テッサロニア】


「ああ、ユリア殿。海戦でも大活躍だったそうじゃないか」


 ガリウス・カラディンが片手を上げて近づいてきた。陽に焼けた顔に、隠しきれない上機嫌が滲んでいる。


「艦長の腕が良くて機会に恵まれました」


「ワハハ、そう謙遜せずともいい」


「ええ。南方艦隊も感謝していましたよ」


 傍らのアウルスが穏やかに言葉を添える。


「そうであれば頑張ったかいがあったというものです」


「まあ、テッサロニアも落とし、海軍も無事幽霊艦隊を撃退してひと段落といったところだな」


 ガリウスが満足げに顎を撫でた。アウルスがわずかに眉を寄せる。


「港が思っていたより破壊されているのが気がかりではありますが……」


「物資の荷揚げには問題ないでしょう」


 口を挟んだのはマルケルス・ラティアだった。淡々とした口ぶりに、アウルスが頷く。


「そうですか。マルケルス殿がそういうのなら」


「マルケルス殿。海戦に参加したんだろう? 南部の兵はどうなんだ?」


 ガリウスの問いに、マルケルスはわずかに表情を引き締めた。


「やはり被害はそれなりに出ています。それに、港の警備にも回す必要がありそうです。負傷兵を中心に回しはしますが……」


「東部の兵から一大隊ほど回そう。ユリア殿なら東部方面軍の指揮権限もあるからな。問題にならんだろう」


「ああ、その手がありましたか。両属とは便利なものですな」


「だろう?」


 ガリウスとマルケルスのやり取りに、ユリアは一拍遅れて自らを指した。


「私ですか? 構いませんが……」


「なに、向こうから来たいと言っていたからな。言うことを聞かんということはないはずだ」


「わざわざですか? あまり知り合いはいないはずですが……」


「デキムス・ヴァルゲンティウス大隊長。エルズリウムでユリア殿に助けてもらったと言っていたぞ」


 その名に、ユリアは記憶を手繰った。


「ああ、あの時の旧市街前にいた……」


「義理堅い人ですね」


 アウルスが微笑む。


「そういうわけでな。彼をユリア殿の下につけようと思っている」


「そういうことでしたら」


「他も南部方面軍の部隊ですから比較的指揮はしやすいのではないでしょうか」


 マルケルスの言葉に、アウルスが軽く肩をすくめた。


「諸侯軍はどうしても貴族位で動きがちですからね。子爵位では統制には厳しいものがあります」


「なるほど。その点正規軍は軍階級で見るため指揮しやすいわけですか……。それはありがたい話です」


 ユリアが得心したように頷くと、ガリウスが豪快に笑った。


「まとまってよかった。レンクスの悪知恵もたまには役に立つな」


「悪知恵などと言ってしまってはレンクス大将に悪いですよ」


「ワッハッハッ、そうだな! すまんな、レンクス!」


「今頃バヤジド要塞でくしゃみでもしていますよ」


 アウルスの一言に、ガリウスがまた笑い声を上げる。


「老体だから気を付けてやらんといかんな。さ、西部のやつらを待たせてもうるさいだけだから行くか」


「そうしましょう」


 一同は会議室へと足を向けた。

 重い扉を押し開けると、上座近くから声が飛んできた。


「おう、遅かったではないか。さ、座れ。何か飲むか?」


 ブルータス・ティラヌスが手を広げて出迎える。ガリウスが片眉を上げた。


「どうしたのですかな、ティラヌス侯爵? えらくご機嫌ではないですか」


「ひと段落したからな。援軍も無事に来たんだ。機嫌もよくなるというものだ」


「それはよかった。テッサロニア攻略も首尾よく?」


「ああ。ちょっと街は派手に壊れたがな。陸軍の被害は軽微で済んだ」


「ますます良い話です」


「そういうことだ。……殿下、揃いましてございます」


 ブルータスが居住まいを正し、上座へ向き直る。アウグストゥスが鷹揚に頷いた。


「うむ。テッサロニアの攻略、沖合での海戦、ともに無事勝利を得られたことを嬉しく思う」


「殿下の御威光の賜物でございます」


 マルクス・セレニウスが恭しく頭を下げる。


「次はいよいよ帝都か……」


「ハッ、ここテッサロニアより西方大街道を東へ向かい、カヴァラ、サリアを補給港として復旧させ帝都に至る予定です」


「まだまだ遠いな……。距離は六百ケイミル程か?」


「はい。帝都付近は敵の圧力が強く、どうしても……」


 マルクスが言葉を濁す。アウグストゥスは小さく息をついた。


「仕方あるまい。第一段階は無事に完遂できたのだ。一歩ずつ進めるとしよう」


「御意」


 ブルータスが卓上に広げられた地図に手を置いた。


「では、次の攻略目標、カヴァラについて話を詰めていきましょう」


「それについてですが、海軍から一考をお願いしたい」


 声を上げたのはエルディンだった。ブルータスが視線を向ける。


「一考? なんでしょう?」


「先日の海戦の結果、艦艇の多くが修理ドッグ行きになっています。ここから東のオリエンス海の補給線を維持することも確約できない状況です」


「多少の損害は想定内だったのでは?」


「それ以上の損害です。最終的には復帰する戦力が多数とはいえ、直近の戦力が不足しています」


 卓の一角からガリウスが身を乗り出した。


「それについては私から提案が。ここテッサロニアから北上してブカレウス領を結ぶ鉄道を復旧させて、ブカレウス領から直接帝都を狙うのはどうでしょう?」


「ブカレウス侯爵。どうでしょう?」


 問いを向けられたアントニウス・ブカレウスは、思案するように地図を見下ろした。


「たしかに鉄道網は整っています。ですが、こちらもアスクス要塞に三万を置いてハドリアノポリスからの攻勢を防いでいる状況です。これ以上の兵站の負荷は厳しいものがあります」


「先遣隊を派遣してハドリアノポリス攻略はどうでしょう?」


「想定兵力は三十万です。防戦はできても攻勢には生半可な戦力では……」


「厳しいでしょうな」


 ブルータスが引き取った。


「それに、これほどの迂回路は行軍時間の延長を招き、物資の消費量自体を莫大なものにしてしまいます。ただでさえ帝都付近の工業地帯を喪失している状況です。どれだけ後方が耐えられるかというと……」


「そう、ですな。かと言って戦力を減らすと帝都を奪還できない、ですか……」


 ガリウスが腕を組んで唸る。


「やはり当初案でいきましょう。海軍には艦艇の修理を急いでいただいて、最終的には物資の滞留もあるものと想定しておきましょう」


 ブルータスの結論に、マルケルスが地図上の一点を指で辿った。


「サリアから帝都への陸路で使う想定だった馬車をここで使いましょう。カヴァラ峠とサリア峠を通る以上、多少の損耗は覚悟の上です」


「それでは本来の場面で十全に補給できないのでは?」


 アウルスの懸念に、マルケルスは動じなかった。


「追加で徴募しましょう。それに、海軍の艦艇が修理されれば補給も徐々に海路を中心に組めるはずです。そうですよね、エルディン大将?」


「はい。現在も修理を急がせています」


 そこへ、ユリアが口を開いた。


「クラウストラ半島を攻略して、クラウストラ海峡の安全を確保できませんか?」


 ブルータスが地図に視線を落とし、半島の付け根あたりを指で押さえる。


「ここか? ……ここを確保すればオリエンス海の補給路は安全になりますか?」


「それは間違いなく。帝国中部沿岸からの攻撃はあるでしょうが、帝都の残存艦隊を封鎖できるのは非常に大きいです」


 エルディンの即答に、ユリアは続けた。


「先の海戦のように、この海峡を抜けた先で迎撃に来た残存艦隊も撃破できれば、ソリス海に直接輸送可能になり、補給の問題は解決するのではないでしょうか」


「たしかに艦艇が修理できればそれも可能です。それに海峡を封鎖していただけるだけでも、海軍としては非常に助かります」


 ブルータスが頷いた。


「そういうことであれば、サリアの次は別動隊をクラウストラ半島に派遣したほうがいいでしょうな」


「ではその任は東部が請け負いましょう。主攻は西部にお任せしても?」


 ガリウスの申し出に、ブルータスは即座に応じる。


「問題ありません。それが当初案でもありますからな」


「東部三万だけに行かせるわけには。我々南部も向かいましょう」


 マルケルスが言い添える。


「承知しました。では東部と南部合わせて五万をそちらに向かわせましょう。カヴァラとサリアの攻略は予定通り西部を主力として行います」


 話がまとまると、ブルータスは改めて上座へと向き直った。


「殿下、作戦案、出揃いましてございます。我々としては当初案の通り、カヴァラ、サリアを通り帝都へ向かう方針でいかがでしょうか? 途中の補給路の問題についてはクラウストラ半島へ別動隊を向けることで、海軍との連携を強化、負担は一時的に高まりますが、帝都攻略の際にはお釣りが来ると思われます」


「殿下、いかがでしょうか?」


 マルクス・セレニウスが続ける。


「私としても、この作戦案で大きく不足することはないという認識でございます」


 アウグストゥスはしばし地図を眺め、やがて鷹揚に頷いた。


「よかろう。この案で進める。セレニウス公は追加の予算の手配を」


「必ずや」


「諸卿の活躍に期待している」


「ハッ」


 一同の声が、会議室に揃って響いた。

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