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終末の血族  作者: 天津千里
14章:テッサロニアの烽火
110/115

第110話 テッサロニアの烽火VII

【帝国紀元1800年6月13日 16:00】

【戦列艦ダマスク・船尾甲板】


 船尾甲板に、ひとりの水兵が直立して待っていた。足元には、油布をかけた擲弾が整然と並べられている。


「アマミヤ子爵! お待ちしておりました! 準備整ってございます」


「ありがとう」


「職務ですので! では、失礼します!」


 擲弾をユリアの手に引き渡すと、水兵は弾かれたように後ずさり、距離を取った場所からこちらを見守る。

  手の中で、ずしりとした重みを確かめる。鉄の塊が掌に冷たい。


(これはさすがに兵に投げさせられないわね……)


 安全装置の位置を指でなぞって確認していると、艦の左舷から砲撃音が轟いた。空気が裂け、腹の底まで震わせる連続音が走る。


 砲撃の向かった先で、敵艦の左舷にいくつもの弾着が突き刺さり、木片を撒き散らしていた。後方へ流れ去っていくその敵艦の砲門は、どことなく不揃いで、あらぬ方向を向いているものさえあった。


(なるほど、これはたしかに海軍が練度の差を確信するわけね)


 ダマスクの前方には、新手の黒影が姿を現していた。だが、それは明らかにこちらへ針路を変え、自ら距離を詰めてくる。

 指揮所のほうから、アルダールの声が微かに届いた。それを受けた伝令が、艦のあちこちへ白兵戦準備の号令をかけてまわる。足音と怒鳴り声が甲板を駆けめぐった。


 ダマスクが一気に速度を落とす。橋板が運び出され、舷側に据えられた。

 敵艦の黒影がぐんぐん迫り、やがて甲板にひしめくゾンビの顔さえ識別できるほどになる。


(今……!)


 ハンマー投げの要領で擲弾の紐を握り、体を回転させて投擲した。


 擲弾は緩やかな放物線を描いて敵艦の帆へと吸い込まれ、布に触れた瞬間、小さな爆発とともに無数の子爆弾を甲板のゾンビの頭上へばら撒いた。

 子爆弾がゾンビに届くか届かぬかという刹那、そこかしこで一斉に炸裂し、小さな鉛玉の雨を降らせる。


 その雨は肉体をぼろ雑巾のように打ち崩し、木片と肉片で甲板を飾り付けた。


 ダマスクの甲板でそれを目にした兵たちから、恐怖とも驚きともつかぬどよめきが漏れる。すかさずアルダールの叱咤が響き、慌てた下士官たちが兵を動かしはじめた。

 ユリアは身を翻し、近接兵たちのもとへ向かった。


「ゆ、ユリアさん、今のはなんなんですか!? なんかグロいんですけど……!」


 瑞希が大弓を抱えたまま、顔を引きつらせている。


「リオフェルの新兵器らしいわよ。ほら、花火やってたでしょ。あの時に実験してたらしいわ」


「えっ、あの時にこれを……?」


「ええ。ほら、橋板が降りるわよ。援護は頼んだわよ」


「あ、はい!」


 瑞希が大弓を構えるのを横目に、ユリアは橋板の一番手前で片手剣を抜いた。リオフェルから渡されたシールド発生器に魔力を通す。


(へえ。やるじゃない)


 普段なら発生器の悲鳴を聞きながら戦うところだが、新型は静かに力を受け止めた。


 水兵の一部が射撃を開始する。その銃声をかき消すような、張り詰めた弦音を立てて瑞希の矢が放たれた。先の擲弾で乱れたゾンビへ、次々と矢が突き刺さる。


 そこへ橋板が叩きつけられた。近接兵たちが雪崩を打って渡る。

 その先頭に立つユリアが、待ち構えていたゾンビを連続して斬り伏せた。側面から飛びかかろうとした一体が、横合いから飛んできた矢に吹き飛ばされる。その隣にいたゾンビへは、返す刃で首を飛ばした。


 乱れた敵の隊列に大穴が開く。そこへ近接兵たちが次々と入り込んだ。

 ユリアが斬り進むたび、甲板上のゾンビの集団に風穴が開く。マストから狙ってくる個体には、瑞希の矢が容赦なく洗礼を浴びせた。


 周囲に砲撃音が絶え間なく続くなか、甲板を掃討したユリアたちは、戦場を船内へと移す。

 階段を上ってくるゾンビへ剣を叩きつけ、そのまま死体を蹴り落としながら降りていく。木と火薬の匂いが立ちこめる薄暗い船内に、足音と呻きが反響した。


 下層へ降りた瞬間、並んだ大砲の合間から銃撃が飛んできた。だがシールドが淡く光り、銃弾は勢いを失って床へ落ちる。


「敵は射撃武器を持っているわ! シールドを確認! 突入せよ!」


「応!」


 ユリアの横をすり抜けて、近接兵たちが敵を斬り倒していく。時折、銃撃音が混じったが、それを上回る喚声が船腹を満たし、下層もまたたく間に制圧された。


 戦列艦の制圧を終え、ユリアがダマスクへ戻ると、アルダールが出迎えた。背後では水兵たちが帆を畳み、拿捕した艦の後処理に追われている。


「お疲れ様でした。アマミヤ子爵」


「無事に制圧完了よ。引き上げて問題ないわね?」


「ハッ、後処理はお任せください」


 アルダールが部下へ短く指示を飛ばし、それから改めてユリアを見た。


「それにしても、噂に違わぬ活躍でしたな」


「海は慣れないから疲れたわ」


「ハハハ、一端の船乗り顔負けでしたよ。それに、最初の爆発! あれはなんなんです?」


「ああ、うちに変わり者のエルフがいてね。彼の開発した試作品よ」


「ほう……。ちなみに海軍に納入の予定は?」


「興味あるの? 残念ながらまだ改良の余地ありで本格投入は未定よ」


「威力は十分に見えましたが」


「あれ、重さ五キロ……五ケイグラッドあるのよ。それでいて二十ミル以内の範囲に銃弾を撒き散らすから、下手したら自爆よ」


「五ケイグラッドですか。……砲弾の半分ほどの重さを? それをあんな遠くまで投げたのですか?」


 アルダールがまじまじとユリアの腕を見やる。


「ええ。下手に真似したら大惨事よ」


「はあ……改良を待つことにしましょう」


「実用化できれば、ね。さ、準備できたら次に行きましょうか」


「楽しみにしておきましょう。では、拿捕した戦列艦の処理が終わればすぐにでも。後ろの艦も何隻か勝利したみたいですな。この調子で行きましょう」


 やがて水兵から処理完了の報告があがり、ダマスクは次の獲物を探しはじめた。

 いくつかの商船を砲撃で沈めながら進むうち、砲撃でかなりのダメージを受けた戦列艦を見つける。先ほどと同じように、接近を試みた。


 ユリアも船尾甲板で、目標へ向けてクラスター擲弾を投じる。今回は二度目ということもあり、二発を続けて投擲し、敵艦の甲板に地獄を作り出した。  そして、同じように橋板の手前で待つ。


「ユリアさん、あの爆弾って条約とかに違反しないんですか……?」


「……なんで?」


「いや、あの、血の海なので……いいのかなぁって」


「この世界にそんな条約ないからいいのよ。それに、あれは人じゃないわ」


「あ、そ、そうですよね、すみません、変なこと聞いて」


 ユリアは一拍だけ瑞希を見た。


「……あなたはその感覚を大事にしなさい。さ、始まるわよ」


「あ、は、はい!」


 橋板が降ろされ、ユリアを先頭に一気に甲板へ突入する。瑞希や水兵の援護射撃が頭上を越えて撃ち込まれた。

 すでに砲撃と擲弾で大きく数を减らしていた敵は、甲板ではほとんど抵抗できず、そのままユリアたちの下層への突入を許した。


 ユリアが先陣を切り、階下で待ち受ける敵へ躍り込む。集中射撃を浴びるも、そのすべてがシールドに弾かれ、構えていた武装ゾンビが切り裂かれていく。

 群がるゾンビに、斬り結ぶ間さえ与えず死体の山を築いた。鎧をまとった一体も、ユリアに蹴り飛ばされて大砲へ叩きつけられる。

 そこへ甲板から近接兵が突入していった。


 残りを近接兵に任せ、臨時の指揮所を構えていたユリアのもとへ、水兵が駆け込んでくる。


「アマミヤ子爵! ダマスクに敵が乗り込んできました! 至急援護を!」


「敵兵? いいわ、戻るわよ! 第四小隊は着いてきなさい!」


「ハッ」


 ユリアは甲板へ駆けあがり、橋板を渡ってダマスクへ取って返した。


 ダマスクの前方甲板には、人だかりができている。水兵を指揮するアルダールを横目に、ユリアは前方甲板へ急いだ。  舷側には縄梯子が何本もかかり、何体ものゾンビが群がり上ってきていた。


 その最前列で、瑞希が剣を振るってゾンビを叩き飛ばしている。弾き飛ばされたゾンビは甲板の縁に叩きつけられ、へし折れたような体勢で動かなくなった。


「瑞希、援護に来たわよ!」


「あ、ユリアさん! ゾンビが急に!」


「すぐに叩き返すわよ!」


「はい!」


 ユリアたちが戦列に加わると、形勢は一気に逆転した。甲板に上ったゾンビが次々と掃討されていく。  そのまま、ユリアは縄梯子のかかる商船へ飛び乗った。着地と同時に、群がる敵を一息に切り裂く。


 敵が包囲しようと動くが、右へ左へと激しく身を躍らせながら剣を振るうユリアに翻弄され、あちこちで包囲網を崩されていった。

 そこへ縄梯子を伝い、瑞希を先頭に近接兵たちが移乗してくる。商船は、あっという間に制圧された。


 戦闘を終え、ユリアと瑞希はアルダールのもとへ戻った。


「ありがとうございます。アマミヤ子爵」


「まさか乗り込まれるとはね……」


「砲撃で仕留めきれず……。お恥ずかしい限りです」


「接舷して動けないから仕方ないわ」


「そう言っていただけると。それにしても、ミズキさんでしたか。子爵に負けず劣らずの活躍でしたね。アマミヤ家も安泰ですな」


「お役に立ててよかったです」


「あまり戦場に立たせたくはないんだけどね……」


「ユリアさんに守ってばかりでは申し訳ないので……私にできることはやりたいです」


「はあ、現に助かっているし、私が戦って瑞希がダメとも言いにくいのはたしかだけどね……」


「心配なのはわかりますが、あれほどの武勇を腐らせるのはもったいないですよ」


「武勇を示すと文官にまで効くのには驚いたわよ」


「ハハハ、文官と言えども帝国人ですからな!」


「まったく……。それで、戦況はどうなの?」


「おお、そうでした」


 アルダールは沖合へ目をやった。あちこちで白煙が立ちのぼり、遠雷のような砲撃音は、もうずいぶんと間遠になっている。


「主力同士の決戦はケリが着きました。予想以上に手こずりましたが、なんとか勝利といったところですね。フリゲート艦隊もそれぞれ被害を出しつつも、相当数を拿捕できたようです」


「それはよかったわ。これでテッサロニアへの輸送路に障害は?」


「問題なくなるでしょう。我らも全力で護衛していきますので」


「頼りにしているわ」


「ありがたきお言葉」


 辺りはもう暗くなり、西の空に、わずかに炎のような赤が見えるだけだった。

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