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終末の血族  作者: 天津千里
14章:テッサロニアの烽火
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第109話 テッサロニアの烽火VI

【帝国紀元1800年6月13日 14:00】

【テッサロニア沖・戦列艦ダマスク戦闘指揮所】


 早朝に敵発見の報を受け、南方艦隊と西方艦隊は迎撃予想海域へ急行していた。南東から南方艦隊、南西から西方艦隊、北から幽霊艦隊が、一つの海域へ向けて迫っている。


 その南方艦隊の戦列艦の隊列に、ダマスクはあった。後甲板の戦闘指揮所に、ユリアと瑞希が立っている。


「まもなく予定海域です。哨戒艦からも、敵は着実にこちらに向かっていると報告を受けています」


 艦長アルダール・ギオスが、海図から顔を上げた。


「そう。わざわざ解説してもらって悪いわね」


「いえ。英雄に海軍の戦いを知ってもらうというのも仕事ですからね」


「名に恥じないようにしないとね」


「わはは。それで、こちらのお嬢さんをご紹介いただいても? たしか、以前もご一緒されていましたよね?」


「私の一門になる、瑞希よ」


「雨宮瑞希です。よろしくお願いします」


「これはご丁寧に。アルダール・ギオスです。可憐なお嬢様」


 アルダールが瑞希の手を取り、手の甲に口づけた。


「はわわわ」


「すみません、あまりこちらの礼節に慣れていないもので」


「いえいえ。驚かせてしまって申し訳ない」


「す、すみません」


 接敵まではまだ間がある。指揮所には、戦端を前にした最後の緩んだ空気が残っていた。それを断ち切るように、通信兵の声が飛んだ。


「先頭艦から報告、敵艦見ゆ」


「来たか。戦闘配置につけ!」


「総員戦闘配置!」


 副官の復唱が艦内へ走る。アルダールがユリアへ向き直った。


「先行するフリゲート艦隊が敵艦隊の漸減作戦を行います」


「私たちの出番はまだ先?」


「はい。しばし観戦していただけたらと」


「わかったわ」


 北の水平線に、黒い影が広がり始めていた。そこへ、四本のフリゲートの艦列が、挟み込むように先行していく。


「あの黒く見えるの、全てゾンビの船なんですか?」


 瑞希が問う。


「その通りです。戦列艦を中心に、商船などが周囲を囲んで大きな塊となって、帝都から南下してきています」


 南からの風を受けて、南方艦隊の戦列艦は速度を上げ、北上を続けた。先行したフリゲートの艦列は、もう小さい。  やがて北の黒影の一部が分離し、東西へ動き始めた。それに応じて、帝国のフリゲート艦隊も半数が東西へ舵を切る。


「分離したのは幽霊艦隊の……フリゲートのようですね。風下の不利を悟ってか、我らと同航戦に持ち込むつもりのようです」


「へえ、そういう艦隊行動もできるわけね」


「はい。陸の方々が忠告くださった、まさにその頃から、です。幽霊艦隊本隊には決戦を回避され続けてきましたので、ついに見せたか、というところではありますが」


 ユリアは黒影の動きを目で追った。


「大きな転換点を迎えたのかもしれないわね。知性のない敵ではなく、人類と変わらない相手をしている……そう考えるべきでしょうね」


「死してなお知性を保つ……それこそ永遠の命のようにも見えますね」


「永遠の命なんて人の身には過ぎたるものよ。あんな姿になってまで生きたくはないわ」


「ワハハ、たしかにそうですな!」


 東西に分かれた艦列から白煙が上がり、遠雷のような砲声が届き始めた。北上する艦列からも、同じ煙と音が上がる。黒影が身震いするように動き、その中から小さな影がいくつも分かれて、フリゲートの艦列へ取りついては炎を上げた。中央からも白煙が立ち、あちこちで水柱が噴き上がる。


 ダマスクも、戦場へ近づいていく。水兵たちの顔に、こわばりが見え始めた。水柱が絶え間なく上がり、時折、破裂音と木材のへし折れる轟音が海を渡ってくる。


 東西に外れたフリゲートの艦列は、徐々に北へ針路を取り、速度を上げてなお砲撃を続けていた。前を進む艦列は、燃える商船を後目に、敵艦隊の後方へ回り込んでいく。


「前方艦から連絡! 取り舵一〇にて接近する、です」


「操舵、前方艦に合わせて取り舵一〇!」


「取り舵一〇!」


 ダマスクを含む南方艦隊の戦列艦は、幽霊艦隊の接近に合わせ、より敵へ寄る針路を取った。


「エルディン総司令はだいぶやる気のようですね」


「だいぶ近づくのね。商船はまだいるようだけど……」


「多少の白兵戦を覚悟してでも、火力を当てる必要があるということでしょう」


「ああ、帝国の戦列艦は硬いとか言っていたわね」


「そういうことです。このダマスクも、堅牢さには定評がありますよ」


「それは頼もしいわね。白兵戦もということは、準備だけはさせておきましょう。瑞希、兵たちに準備をさせるように伝えて。それと、あれもね」


「はい!」


 瑞希が、甲板で待機する近接兵たちの方へ駆けていった。


「あれ?」


「ちょっと擲弾をいくつか持ってきてるのよ」


「ああ、港で言っていたあれですか……。あんなもの投げるのですか?」


「ええ。白兵戦が始まるときは言ってちょうだい。広い場所を借りるわ」


「承知しました。船尾甲板は余裕があります」


「わかったわ。あとで借りるわね」


「ハッ」


 そうしているうちにも、幽霊艦隊との距離は大きく縮まり、一隻ごとの艦影が識別できるほどになっていた。中央の戦列艦が海上にそびえ立ち、その周囲を多くの商船が囲んで進む様は、大都市を遠目に見ているかのようだった。


 東西へ進んだフリゲートの艦列は、もう敵味方の判別もつかぬほど遠く、互いに混じり合っている。幽霊艦隊の横を抜けていったフリゲートの艦列は、艦隊を抜けきって回頭を始めていた。それを追った商船が、数えきれぬほど海域に散らばり、いくつもが炎上し、沈みつつある。それでも、無事な商船の多くが、先に抜けたフリゲートを追っていた。


 味方戦列艦の艦列は、その真っ只中へ突き進んでいく。後方では、南西から来た西方艦隊の戦列艦が、幽霊艦隊の針路を塞ぐように東へ向かっていた。その横腹に、何層もの砲門が並んで姿を見せている。


 前方で凄まじい轟音が起こり、ユリアの視線が戻った。幽霊艦隊の先頭を走る戦列艦の周囲に、数えきれぬ水柱が立つ。遅れてまた轟音が海を走り、水柱を突っ切って接近する戦列艦へ、新たな砲火が浴びせられた。何かの破片が艦の周りを舞い、無数の水しぶきを上げる。


「始まったわね」


「ええ。ここまでは順調と言えるでしょう」


「ここからは?」


「神のみぞ知る、といったところですな」


「ふふふ、そうね。勝利の女神にでも祈っておきましょう」


「なーに、すでに銀の女神がついているのです。どんな苦難があろうと、勝利は約束されたようなものですよ」


「そう願うわ」


 側面をすり抜けるように突き進む戦列艦の艦列に驚いたか、フリゲートを追っていた商船が、再び回頭しようと右往左往している。そこへ前方の戦列艦が砲撃を放った。商船は瞬く間に水柱に覆われ、船体のへし折れ軋む音が響く。だが、その戦列艦の周囲にも幽霊艦隊の戦列艦からの砲撃が飛び込み、いくつもの水柱が船体を濡らした。それに勝る勢いで、前方の味方戦列艦から次々と砲が火を噴く。海域には、雷のような轟音と、水柱の崩れる音と、木材のへし折れる音が、絶え間なく交錯していた。


「砲術長、始まるぞ」


「準備万端です。いつでも行けます」


「よろしい。……左舷、撃て!」


「左舷、撃てぇぇ!」


 ユリアの視界を、白煙が覆った。耳が遠くなるほどの轟音が、立て続けに響く。煙が切れた先では、撃たれた敵艦が後ろへ抜けていくところだった。追う間もなく、新たな艦影が現れる。三層の砲門が顔を見せた次の瞬間、その敵艦が白煙に包まれ、ダマスクの周囲に水柱が立った。


「左舷、再装填急げ! 次は右舷だ!……撃て!」


「右舷、撃てぇぇ!」


 いつの間にか右舷へ寄っていた商船へ、砲火が襲いかかる。白く染まった視界が戻った先では、商船が水柱に覆われ、甲板に押し寄せた水がゾンビを押し流していた。


「……再装填急げ! 客は待ってくれないぞ!」


 伝声管へ叫ぶ砲術長の声が、遠のいていた耳に、徐々にはっきりと戻ってくる。


「チッ、上手く当たらなかったか。あれは後ろに任せよう」


「左舷、いけます!」


「次は目の前の商船だ! 当てろよ?……撃て!」


「左舷、撃てぇぇ!」


 ダマスクの砲撃で視界が白く染まった瞬間、その煙を切り裂いて水柱が立ち上り、艦の側面で木材が悲鳴を上げ、木片が宙を舞った。いくつかが甲板へ降り注ぐ。だが水兵たちは、血走った目のまま、気にも留めず作業を続けていた。


「前方艦から連絡! 敵艦接近、白兵戦に移る。先に行け……です」


「もう、か。操舵、面舵一〇!」


「面舵一〇!」


 前方の艦が左へ針路を取るのを横目に、ダマスクが右へ寄っていく。前方の艦はそのまま速度を落とし、艦列を外れて、接近してきた敵艦へぎりぎりまで詰めていった。その横を、ダマスクがすり抜ける。


 甲板では、近接兵たちが武器を手に出番を待ち、端には大きな橋板が用意されていた。アルダールの号令で、また右舷に現れた商船へ砲撃が叩き込まれる。その密度は徐々に上がり、すでに白兵戦へ移って敵艦へ橋板を架け、乗り込んでいる味方艦も出始めていた。北方では、回頭を終えたフリゲートの艦列が、やや距離を取りながらゆっくりと戻ってくる。


「前方艦より連絡! 取り舵三〇にて敵艦隊へ斬り込む。追随されたし」


「そうか。操舵、取り舵三〇!」


「取り舵三〇!」


 艦がやや傾き、遠心力がかかった。幽霊艦隊を見れば、針路を塞がれて艦列が詰まったか、先ほどより速度を落としている。向かい風に蛇行し、頭を押さえられ、敵はもう思うように動けずにいた。


「ユリア殿。そろそろ白兵戦へ移行します。ご準備を」


「待っていたわ。じゃあ、船尾甲板を借りるわね」


「はい。ご活躍、楽しみにしております」


「役目は十全に果たしましょう」


 そう言い残し、ユリアは船尾甲板へ向かっていった。

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