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終末の血族  作者: 天津千里
14章:テッサロニアの烽火
108/115

第108話 テッサロニアの烽火V

【帝国紀元1800年5月28日 10:00】

【ラティア伯爵領・ラティア城館会議室】


 会議室の窓は南へ開かれ、沖合に艦隊が浮かんでいた。戦列艦の黒い船体が陽を弾き、林立する帆柱が水平線を区切っている。フリゲートが間を縫い、外周に小型艦が散っていた。


 ユリアは一度それを視界に収め、室内へ目を戻した。


 奥の席に南方艦隊総司令エルディン大将。両脇をクレメンス大将と、この地の主マルケルス・ラティア伯爵が固めている。ユリアは貴族たちの列の前方に腰を下ろした。


 エルディンが軽く頭を下げた。


「お集まりいただき感謝致します」


 卓には、テッサロニア湾口を中心に交戦海域を囲った海図が広げられている。


「殿下のご下知により、帝都奪還作戦が計画されています。我々海軍はテッサロニアへの艦砲射撃、輸送路の確保を行います。そのため、迎撃に来るであろう幽霊艦隊主力を大局的には撃滅ないし撃退する必要があります」


「海戦自体は我ら海軍が責任を持って勝利します。しかし、ここで戦略上の要請があります。我々はあまりに多くの艦船を失っています。早急にこれを回復させなければ王国や海洋国の伸張を許すでしょう」


「そのため、我々は幽霊艦隊となったかつての同胞たちを我々の手に取り戻そうと考えています。つまり、移乗攻撃による拿捕です。しかし、その実現には海軍の白兵戦力には些か不安がございます。そのため、南部諸侯の方々に白兵戦力の提供のお願いに参った次第です」


 マルケルスが諸侯へ向き直る。


「ということだ。皆さまにもご協力願いたい」


 ユリアは視線を上座へ戻した。


「どれほどの戦力を必要と見込んでいるのでしょうか?」


「海軍で充足できない分……戦列艦二十隻分。およそ二千名程です」


 マルケルスが眉を上げた。


「なかなかの兵数ですな……。ですが、遠征軍から出せない数ではありませんね」


「私たちの役目は軍艦への移乗攻撃という認識で問題なく?」


「その通りです。砲撃戦で相当数を削る予定ですが、削り切れない分を……お恥ずかしながら、帝国海軍の戦列艦は堅牢過ぎまして、砲撃で全てを削り切る自信がありません。そのため、戦列艦が盾となり受け止め、白兵戦を持ってトドメを刺すつもりです。ここを補助していただきたい」


 列の中ほどから、恰幅のよいアミア伯爵カエキリウスが身を乗り出した。


「いいだろう。今回の遠征、南部だけでどれほどの兵になるんだ?」


 マルケルスが指を折る。


「我々が四千、アミア伯爵が三千、ホルス伯爵が三千、アマミヤ子爵が四千、他南部方面軍および諸侯軍で六千の計二万だ」


 痩せた長身のホルス伯爵ウァレリウスが、ユリアへ目を向けた。


「アマミヤ子爵が四千?……無理はしなくていいんだぞ?」


「正規軍から支援を受けておりますので」


「そうか。ならいいが」


 カエキリウスが指で卓を叩いた。


「この中から近接兵を二千か。負担は兵の一割を目安でいいな?」


「南部方面軍から多めに出すつもりです。一割出していただければお釣りがきます」


「承知した」


 クレメンスが言葉を切った。


「ただ、白兵戦自体損害が多く発生するものです。可能な限り、戦略上有効な目標に限っていただきたい」


「当然の要請です。我々としても何としても確保したいのは戦列艦とフリゲートになります」


 マルケルスが諸侯を見回す。


「では、この方針で各家で抽出した部隊を海軍部隊へ派遣。他は輸送艦という流れでよろしいですか?」


「はい。問題ありません。ご協力に感謝致します」


 腕を組んでいたクレメンスが顔を上げた。


「敵の概要は?」


 エルディンが海図の余白を指でなぞる。


「幽霊艦隊の戦力は中央艦隊と北方艦隊の戦列艦四十隻ないし五十隻、フリゲート五十隻ないし六十隻、及びゾンビを乗せた商船など二百隻前後を想定しています。こちらの戦力は南方艦隊、西方艦隊合わせて、戦列艦五十隻、フリゲート八十隻です」


 カエキリウスが低く唸った。


「……大艦隊だな……こんな規模、いつぶりだ?」


 ウァレリウスが海図に視線を走らせたまま口を開いた。


「敵味方で火力は大差ないのではないか? まともにぶつかったら勝ったとしても無視できない損害を被りそうだが」


「ご懸念もごもっともです。正面から撃ち合えば、商船の分の差もあり、はっきり言って勝ち目の薄い戦力差です。ですが、強行偵察の結果、幽霊艦隊の練度は想像以上に低いことが分かっています。同格相手の砲戦なら我々に負けはありません」


「砲撃戦は優位という予想なわけか。白兵戦はどうなんだ?」


「数は到底及ばないのは分かっています。そのため、基本は砲撃による接近阻止戦術になり、高価値目標に限定しての移乗戦闘になる見込みです」


 ユリアは説明を頭の中でつないだ。砲で削り、近づけさせず、奪うべき艦にだけ取りつく。だが、二百の商船を撃ち合いの最中に締め出し切れるとは思えなかった。


「敵側の商船からの移乗は?」


「優勢なフリゲートでの漸減作戦実施の上、戦列艦であれば十分対応できるものと考えております」


「そのための私たちというわけですか」


 エルディンは答えず、否定もしなかった。ウァレリウスが腕を組み直す。


「挟撃を受けての白兵戦はかなり厳しいだろう」


「必然的に商船などの低価値目標相手でも白兵戦をすることになるのではないか?」


「多少はやむをえません」


「完璧を求めることはできない……ですか」


「最善を尽くします」


 クレメンスが小さく息をついた。


「まあいいでしょう。海戦自体は避けられない以上、敵戦列艦を倒すためには必要な措置だと判断します」


「ありがとうございます」


 クレメンスが海図から顔を上げ、室内を見渡した。


「海戦はこれでいいでしょう。遠征はこれで終わりではないですからね。上陸後のことも話し合っておくべきです」


 マルケルスが腕を組んだ。


「およそ二万ですか。大将級を連れてきたいところなのですが……」


「さすがに私は管轄外ですので出られませんね。それに今回は親征とのことなので、皇太子殿下が名目の指揮になります。師団長二名を選出すれば十分でしょう」


「ならば一人はラティア伯だな」


「ああ。さすがに伯を差し置いて指揮はとりたくないな」


 マルケルスが頭を下げた。


「承知しました。お二人には副将をしっかり務めていただきます」


「問題ない。しかと補佐しよう」


 マルケルスを長に、ホルス伯爵とアミア伯爵が脇を固める。一個師団、およそ一万。

 クレメンスの視線がユリアへ移った。


「南部方面軍はユリア旅団長に指揮していただきましょう」


「ハッ」


 二万が二つに割られる。一方をマルケルスの師団が、もう一方を、自前の三個大隊四千に南部方面軍と諸侯の六千を重ねたユリアの手勢が受け持つ。数は師団と並ぶ。旗に記されるのは旅団の二文字だった。


 カエキリウスが肩をすくめた。


「決まりだな。どうせ主力は西部の連中だ。我々は側面あたりに回されるだろう」


「違いないな」


「では、ユリア殿、我が配下および諸侯の六千をよろしくお願いします」


「頼りにしております」


 返しながら、ユリアの内に一拍、別のものがよぎった。


 これだけの船を、これだけの兵を、奪い合うために費やす。木の船は、いずれ鉄と蒸気に取って代わられるだろう。それでも、いまこの海では、戦列艦の一隻に二千の白兵をつぎ込むだけの価値がある。


 ――まだ、そういう時代なのね。


 ユリアは組んだ指を解き、海図へ視線を戻した。窓の外で、艦隊が静かに波に揺れていた。

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