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終末の血族  作者: 天津千里
14章:テッサロニアの烽火
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第107話 テッサロニアの烽火IV

【帝国紀元1800年5月10日 14:00】

【クルキア市街・ベルンハルトの工房】


 リオフェルから依頼された武器の開発について打ち合わせをさせて欲しい、と言われたユリアは、ルシアを連れてベルンハルトが構えた工房へと足を運んでいた。


「時間を作ってもらって悪いわね。コメルキアは問題ない?」


「ええ。瑞希さんに任せてきたわ」


 並んで石畳を歩きながら、ユリアは横目でルシアを見た。


「瑞希に? 大丈夫? 部下に舐められない?」


「実戦でも活躍しているし、レオニダスさんも認めているでしょう? 一目置かれているみたいよ」


「それは武官に限った話じゃないの?」


「文官の人も噂を聞いて敬意を払っているみたいよ。怖いのかもしれないけど」


 ユリアは小さく息を吐いた。


「はあ……ほんとに脳筋国家ね……やりやすいのは助かるけれど」


「恩恵のほうがいいからいいじゃない。あ、着いたみたいよ」


 通りに面した、煤けた石壁の建物。扉の上には真新しい看板が掛かっている。二人は扉を開けて工房に入った。


 中はアルトゥインの頃の再現のように散らかっていた。床には図面が広げられ、作業台の上には用途の知れない器具が無造作に積み上げられている。インクと油と金属の匂いが入り混じっていた。


「ベルンハルトー! お邪魔するわよー! リオフェルー! 来たわよー!」


 ユリアが工房の奥へ声を張り上げる。


「あらまぁ……お邪魔しますね」


 ルシアが散らかりように苦笑しながら続いた。  奥の部屋からは、聞き慣れた言い争いの声が漏れてくる。


「おー、来たか! 中へ来てくれ! 汚いところですまんのう!」


「やかましい! 半分はジジイのものだろ!」


 声を辿って奥の部屋へ入ると、案の定、老エルフと工房主が向かい合って言い合っていた。


「あなたたちまたやってるの……」


 ユリアの呆れ声にも構わず、リオフェルが嬉々として振り返る。


「待っておったぞ! 依頼されたものを作るに当たって、色々と聞かねばならんことがあってな!……あと見せたいものもあってな」


「通信道具の話?」


「そっちはもう試作品と試験も完了済みじゃ。クラリッサの嬢ちゃんが人を回してくれたらすぐに工事を始めることになっておる」


 横からベルンハルトが腕を組んで口を挟んだ。


「護身用の魔導拳銃とかシールド発生器を改造するとかいう話らしいじゃないか」


「ああ、そっち」


 ユリアは軽く頷いた。


「支給されたやつはすぐ壊れちゃってね。拳銃は回路が融解して不発、シールド発生器も最初に貰ったときからこれで何個目かしら……」


「もう四個目よ……」


 ルシアがやや申し訳なさそうに付け加える。


「ごめんなさいね、ユリアはすぐ魔力を込めすぎちゃうみたいで……」


「いつもちゃんと抑えてるでしょ。たまたま力が入っちゃっただけよ」


 リオフェルが片眼鏡の奥の目を細めた。


「力が入ったら壊れるというのもおかしな話じゃけどな。隊長殿は“公式には”魔力量四二〇〇ジャウルの出力Cと聞いているんじゃが? ルシア殿も同じらしいが」


「公式には?」


 ベルンハルトが眉を寄せる。


「その値じゃ壊れないだろ。……ああ、測定から一年か。成長している可能性はあるが……そんなに変わるか?」


「この数値が間違っておるんじゃろ。どうやってかは知らんがな」


 リオフェルがあっさりと言い切った。ユリアが一拍だけ間を置いてから、口の端をわずかに上げた。


「……ええ。よく気づいたわね」


「あんな魔力で輝いている人間がこんな数値なわけないじゃろ」


「ああ、魔視鏡で見えているんだったわね?」


 ルシアの声が、ほんの一瞬だけ低くなった。


「おい、ジジイ! それ言っちゃダメなやつじゃないのか!」


 ベルンハルトが慌てて口を挟む。ユリアは軽く手を振った。


「いいわよ。でも、ここだけの話ね」


「もちろんじゃ」


 リオフェルが大きく頷き、本題に戻る。


「それで、魔導拳銃とシールド発生器を改造するために、魔力許容量をどれくらいで設定すればいいか調べたいんじゃが」


 ルシアがちらりとユリアを見た。


「ユリア……無理に改造してもらわなくてもいいんじゃない?」


「いえ、身の安全は大切だもの。それに、瑞希にも持たせる必要があるじゃない?」


 その言葉に、ルシアの表情がわずかに和らいだ。


「ああ、瑞希さんね……。そうね、ユリアの身に何かあったら困るから仕方ないわね……。でも、情報漏洩は許さないわよ?」


「客の情報は死んでも漏らさない。武器を作るものの鉄則だ」


 ベルンハルトが胸を張る。


「患者の情報は秘匿するぞ? そうせんと次がないからな」


 リオフェルが続けると、ユリアは訝しげに目を向けた。


「ベルンハルトのは分かるのだけど……リオフェルのは医者視点ではなさそうね? まあいいけどね」


「かっかっかっ、まあ、ほれ、この測定機を使ってくれ。特注品じゃ」


 リオフェルが部屋の隅に据えられた装置を顎で示した。座面と一体になった、見るからに大ぶりな機械で、回路の刻まれた金属部分が鈍く光っている。


「このためか……」


 ベルンハルトがげんなりとした顔で呟いた。


「高いのに、よく予算降りたな……」


「まあ気にするな! クラリッサ嬢もこの計画の重要性は理解しているということじゃ」


 ユリアは半眼でリオフェルを見やった。


「あなた、時折、難しい交渉を成功させてくるわね……。変なことしてないでしょうね?」


「真摯に訴えただけじゃ! ほら、早く座るんじゃ」


「はいはい」


「ユリア、先に私が」


「そう? わかったわ」


 ルシアが先に立ち、測定機へと歩み寄った。茶会の席にでも着くような自然な所作で腰を下ろし、肘掛けの測定台に手を載せる。リオフェルが操作盤に向かい、つまみを回し始めた。  ルシアの手が、淡く光を帯びる。


「……一万……二万……」


 リオフェルの読み上げに合わせて、ルシアの周囲の空気が緩やかに渦巻き始めた。窓も開いていないのに、室内に風が生まれる。


「三万……四万……」


 積まれた図面の端が、ぱたぱたと持ち上がった。ベルンハルトが目を見開く。


「おい、それ魔力量か!? ほんとに!?」


「四万五〇〇〇……出力S……にはなっておるが、こんな指標なんの役にも立たんな」


 リオフェルが嘆息する。


「いいかしら?」


「ああ、もう大丈夫じゃ」


 ルシアが手を離すと、風がやんだ。リオフェルは片眼鏡の奥でしばし目を眇めている。


「……予想はしておったが……これほどとは……」


「機械の故障じゃないのか? 宮廷魔導師で一万前後と聞くぞ」


 ベルンハルトが半信半疑で言うと、リオフェルが声を荒げた。


「バカもん! 工場用の大出力測定用じゃぞ!」


「げっ、とんでもなく高いやつじゃねーか! 工場用で人間を計ろうとするな!」


「結果的に正解じゃったろう!?」


 ベルンハルトは頭を抱えつつ、装置に視線を戻した。


「じゃあこの数値が正ってことか……これはもう使用者の魔力量による制限じゃなくて本体側の耐久度次第になるんじゃないか?」


「まあそうなるじゃろうな……。本命の隊長殿、いいかのう?」


「ええ」


 ユリアは立ち上がりかけて、ふと装置を見やった。


「……ちなみにこれいくつまで測れるの?」


「一〇万ジャウルじゃ。宮廷魔導師一〇人分。大規模工場の最大出力でも問題ない」


 ユリアは何も言わず、測定機に腰を下ろした。手を測定台に載せ、リオフェルが操作盤を起こす。


「……一万……二万……」


 ルシアのときと同じように、風が生まれ始めた。だが、その勢いはすぐに桁違いのものへと変わっていく。


「三万……四万……」


 ユリアへ向かって吹きつけるように風が渦巻き、周囲の物が風圧で揺れ始めた。作業台の器具がかたかたと鳴る。


「五万……七万……九万……」


 舞い上がった紙が、ユリアに近づいたものから順に音もなく燃え尽きていく。ベルンハルトが息を呑んだまま後ずさった。


「……一〇万」


 その声が告げられた瞬間、計器の針がピタリと止まった。


「魔力量一〇万、出力S」


「もういいわね?」


 ユリアの確認の声と同時に、風が止んだ。荒れ狂って舞っていた紙が、力を失ってはらはらと床に降ってくる。  リオフェルが、呆然と片眼鏡を押し上げた。


「……隊長殿は……ほんとに出力を制御できるのか……」


「そんなこと、可能なのか?」


 ベルンハルトの声がかすれている。


「この機械はひたすら魔力を吸っていくやつだろ? 人間側で制御できるようなもんじゃないだろ」


「高価な機械を壊しちゃ困るでしょ」


 ユリアは何でもないことのように席を立った。


「……さすがは勇者といったところじゃな……」


 リオフェルが感嘆とも諦めともつかぬ声を漏らす。


「この数値を見せたら西部のお偉いさんもひれ伏すだろうに」


「化け物としてでしょう? とりあえず、口外しないように」


「誰が信じるって言うんだ」


 ベルンハルトが乾いた笑いを浮かべた。


「いや、勇者なら……というのか」


「もちろん、口外などせん。この数値を元に調整しておくわい。結果を楽しみにな」


 リオフェルが操作盤に何事か書きつけ始める。ベルンハルトも気を取り直したように装置を覗き込んだ。


「魔導拳銃もシールド発生器もどうしても入力制限は掛ける必要がありそうだな。そのままだと回路が焼き切れるのは間違いない」


「今までの入力制限は内側から吸い過ぎないようにしてあるからのう。外側からこんなものを叩きつけられたらそりゃあすぐ壊れるじゃろうて」


「専門的な話は任せるわ」


 ユリアは服についた紙の燃えかすを軽く払ってから、続けた。


「それで、見て欲しいものもあるんですって?」


「おお、そうじゃった! ベル坊、あれじゃあれ。早く!」


「物の名前が出なくなってるじゃねーか」


 ベルンハルトがぼやきながら、近くの作業台に無造作に置かれた機械を手に取った。


「これか?」


「そうじゃ! これとかどうじゃ? 花火のときに実験したあれじゃ」


 差し出されたのは、ずんぐりとした金属の塊だった。ユリアはそれを手の中で軽く転がす。


「大きな手榴弾に見えるわね」


「魔石擲弾の改良版じゃ! 投げると一定時間で爆発して、小さな子爆弾を撒き散らして、中から銃弾をばらまく……そういう代物じゃ」


「クラスター弾ね」


 ユリアは重さを確かめるように持ち上げた。


「有用そうに思えるけど……これ重くない? 遠くまで投げられるの?」


「レオニダス殿にお願いしたら、同じ重さのもので二〇ミルくらいじゃったかな? オルフェン殿で三〇ミルくらいじゃな」


「……ちなみに、加害範囲は?」


「バラつきがあるが……半径二〇ミルを越えるのう」


 ユリアは半眼になった。


「レオニダスで二〇ミルでしょ? 普通の兵士が扱える代物じゃないわね。要改良。投石紐とかワイヤーをつけるなりしなさい」


「だから言っただろ。性能はともかく重すぎだって!」


 ベルンハルトが我が意を得たりと声を上げる。


「性能のためには仕方ないじゃろ。投げる方法さえ考えればいいんじゃ。後の運用は隊長殿に応用してもらおう」


「ちゃんと使えるものにしてくださいね?」


 ルシアが釘を刺すと、リオフェルは慌てて頷いた。


「あ、ああ、ちゃんと心得ておる!」


 ユリアはクラスター弾を手の中で弄びながら、思案げに口を開いた。


「これ、今度の戦場に何個か持っていってもいいかしら?」


「作るのはそこまで難しくないから、うちに任せてくれたらすぐ作るぞ」


 ベルンハルトが請け合う。一方でルシアが、信じられないという顔をした。


「これ投げるつもりなの……?」


「とりあえずワイヤーでもついてたら十分でしょう。両手剣よりちょっと重い程度だしね」


「それは……そうかもしれないけど」


 ルシアの歯切れの悪さをよそに、リオフェルは満足げに手を打った。


「ぜひ頼むぞい。実地試験の結果は貴重じゃからな」


「あなたは留守番よ?」


 ユリアがさらりと告げると、リオフェルが目を剝いた。


「なんでじゃ! 魔導顧問じゃろう!」


「だから通信網の設営を任せてるんじゃない。セリーヌを連れていくんだからあなたが指揮しないとだめよ」


「ぐぬぬ……またしてもか!」


 工房に、老エルフの嘆き声が響いた。その傍らで、ベルンハルトが小気味よさそうに肩を揺らしている。ユリアは手の中の擲弾をもう一度確かめてから、小さく笑った。

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